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1 蘇る魔王


「ひぃいい! なんでこうなったんですかー! さっきみたいにあの人たちを吹っ飛ばしてくださいよー!」


「……何故か力が湧かぬ! 恐らく例の呪いのせいだろうな、ハハハ!」


「笑ってる場合じゃないですよぉおお!」


 崩れた屋敷をバックに、金髪の長髪を揺らしながら走る彼女――リリィと俺は憲兵たちから逃げていた。背後からは無数の矢や火球たらが飛んできていて、ちょっと走る速度を緩めるだけでも集中砲火を食らってしまうだろう。


「ひぃぃい! 生きて逃げ延びたとしても、もうこの街に入れないですよ……!」


「そんなに気を落とすな。人間界は広いのだろう? こんなちっぽけな町から追放されたとしても、さほど問題ではない」


 そして俺は再び豪快に笑う。と、耳のすぐ隣をびゅん! と矢が通り過ぎて思わず閉口した。



 どうして俺たちはこんなことになってしまったのか。それは数時間前にまで(さかのぼ)る。




 






「――!?」


 突拍子もなく意識は覚醒して、いつの間にか倒れていた俺は起き上がった。


 はあはあ、と息切れを起こしながら辺りを見回してみる。


「……ここは?」


 どうやらここは魔界ではないようだ。

 空を見上げると、長方形の青い空が覗かせていた。どうやら俺は、人間界の大きな都市によくある路地裏にいるみたい。


「しかし何故……?」


 俺はこんなところに来た覚えはない。首を傾げてこの状況について考えてみる。


 確か俺は、人間界とは少し違う『魔界』という場所で、東の地域を支配する魔王をやっていて、それで……。


 ――魔王城を墜としに来た勇者に、殺された。


「なるほど……。自動再起異能リスポーン・アビリティが発動したのか」


 俺みたいな中々強い魔族には、基本的に死んでも蘇ることのできる異能、自動再起異能リスポーン・アビリティというものがついている。簡単にいえば、死んでも生き返ることのできる能力だ。

 だから、俺はこのように自動的に蘇ったわけだ。ちなみに服とかも一緒に復活する。便利。


 だが……、


「どうして、人間界に……?」


 自動再起異能リスポーン・アビリティはある程度の月日が流れた後に、その死んだ場所で蘇るというものだ。本来ならば、俺は東の魔王城で蘇るはず。


 しかし、何故か人間界で蘇ってしまった。しかもこんな薄汚い路地裏で。庶民的な臭いが服についたらどうするつもりだ。


「でもまあ良い。せっかく人間界にいるのだ」


 立ち上がってフフフ、と笑ってみる。


 そうだ、俺は魔王だ。いつかは人間を統べる者となると云われている存在。

 その『いつか』が今なのだ!


「待っていろ! 人間!」


 俺はウッキウキになって路地裏から飛び出し、表通りに躍り出た。

 たくさんの人だかりのある中で、大通りの真ん中に立って、俺は両手を広げて上を向き、目をつぶってみる。



 フハハハハ! 俺の姿を見て(おのの)け! 悲鳴を上げろ! 逃げまどえ!



 俺の姿を見たら、並みの人間は涙を流して恐れるだろう。俺は悠々とその時を待った。


 しかしいつまでたっても悲鳴のひとつも上がらない。

 それどころか、クスクスと小さく笑う声が聞こえてくる。なんで?


 俺はちょっとふてくされて、目を開けた。視線を戻すと、今俺のいる大通りを歩く人たちは、俺を見て小さく笑っていたようだった。



 どうして? 俺、魔王だよ??



 チンプンカンな頭の中、俺は首を傾げる。


 俺の姿は模範的な魔王だぞ? 下級魔族がビビって逃げ出すぐらいには威厳のある見た目なハズだけど?


 おかしいなあ、と思って手を顎に当てる。


 ん? なんか感触が違う。なんか顎のトゲトゲがない……。うええぇ!?


 慌てて両手を広げ、その手のひらを眼前においた。

 人間の手だ。そこには、人間の手がついていた。俺の大好きなトゲトゲはなく、さらさらしてる手のひらがそこにあった。


 まさかと思って、手で自分の顔をペタペタと触れてみる。

 やはりトゲトゲがない。頑張って魔法を習得して生やしまくったのに、その努力が水の泡だ。


 ――いや、そんなことはどうでもいい! 調べる限り、どうやら俺は今人間の姿みたいなのだが、どうして俺が人間の姿で復活しているのだ!?


 前に西の魔王と殺し合って死んだとき、自動再起異能リスポーン・アビリティは普通に発動していたはずだ。

 それなのに何故、今回は中途半端にしか発動していない……? 復活場所にしろ、復活した体にせよ、ちょっとおかしなことになっている。


「……うーん、まあでも」


 しかし俺は至ってポジティブだった。魔界でもポジティブに生きてきた。だからポジティブに考えるのだ。


 人間界で悪事を起こし魔王となるのは、別に人間の姿でもできる。今感じたのだが、魔王時代に俺の中にあった大量の魔力は未だ健在だ。これはつまり、今の俺は魔王並みの魔力を持った人間である、と言っても過言ではないのではないだろうか。


「ふむ。何ら問題はないな!」


 思わずガハハハハ! と笑ってしまった。俺はポジティブなのだ! 北の陰険クソ魔王とはわけが違うのだ。俺はこの姿でも魔王として君臨できる!


 さて、どんな悪事をしてやろう、と楽しく悪だくみをしてみる。すると、どこからか何だか騒がしい音が聞こえてくるではないか。


 なんだろうと思って、その音の方へ向いてみると、その音はこちらに向かってくる馬車の音だった。猛スピードで大通りを駆けている。


「おいアンタ! あぶねぇよ! 避けな!」


 近くで八百屋をしていたオヤジが俺に声をかけてきた。

 そういえば、俺は人間に姿を見せびらかすために、大通りの真ん中に飛び出ていたのだった。


「フン! 俺……じゃない、我が何故避けなくてはならぬのだ! 馬車が我を避けるべきなのだ!」


 危ない危ない。一人称として『俺』を使うよりも、『我』を使った方が威厳があると、秘書に言われていたのだ。俺はちゃんと学ぶ魔王なのだ。


「そんなこと言ってる場合じゃないよ! あぶねえって!」


「ハハハハ! 笑止!」


 俺は八百屋のオヤジの言うことなど無視して、馬車に向かって手を伸ばす。


 俺は魔王だ。俺がどく道理などない。どうして馬車のためなどに道を開けねばならぬのだ。


「どけ! 俗物!」


 馬車はすぐそばまで来ていた。

 俺はニヤリと笑うと、爆発魔法を発動させる。


 瞬間、思惑通りに馬車の荷台が小爆発を起こして馬と分離し、乗せていた大量の荷物を道中にまき散らしながら止まった。

 馬は荷台が取れたのに気づくと、奇跡的に大人しく止まる。


「……ふむ。出力が弱いな」


 本当は馬や近隣の建物すべてを巻き込んだ大爆発を起こす予定だったのだが、かなり小規模なものになってしまった。俺は普通にその気でやったのだが。


 おかしいなあ、と荷台から零れ落ちている果実や野菜、鎧などの金属製品を見ながら悩んでいると、続々とやじ馬がその荷台の近くに出てきた。


 これは俺の悪評を広めるチャンスだ。

 俺はウッキウキでその場所から台の上に飛び乗った。距離として数十メートル。その距離を跳べる人間など、そうはいないだろう。


 俺は荷台の上に飛ぶと、人間の視線がこちらに向くのを少し待った。


 ふむ、いい感じに向けられてきたな。


 そう思って、俺は両手を広げて高らかに宣言する。


「この爆発は我が起こした! 宣戦布告というものよ! ハハハハ!」


 高らかに笑う俺。しかし、なんか言いたいことが微妙に言えてない気がする。

 まあそれでも、俺がこの馬車を爆発させるという悪行を行ったことは広まっただろう。及第点だ。


「あ、貴方がこの馬車を……?」


 やじ馬の中から、一人の少女が前に出てきた。俺はそのバンダナをした少女を見下ろすと、足を一歩前に出して叫んだ。


「おうとも! 全て我の仕業よ! フハハハ!」


 俺がそう言うと、辺りは一瞬にして静まり返った。


 そうだろうそうだろう! 俺は悪をやり遂げたのだ。脆弱な人間どもはその行為に恐怖し、口も利けないのだろう……!


 しかしその沈黙もつかの間。一気にひそひそ声が溢れ出した。


「あの馬車って、例の盗賊団のやつだよな……?」

「それを止めたって、あいつが?」

「えっ!? 騎士団も中々捕まえられずにいたんでしょ?」

「マジかよ……。一瞬で捕まえやがったのか……!?」

「しかも荷台にはあんなに盗品が入ってたんだぜ……? こりゃ勲章ものじゃ……?」

「しかも宣戦布告って……?」


「……んん!?」


 俺の耳は割と良い。部下がひそひそと言ってた俺に対する悪口が聞こえるぐらいには。


 その感じからすると、なんとこの馬車で運んでいたものは全て盗品だったようだ。

 加えて、この馬車を操縦していたのはなんと盗賊団のメンバーだったらしい。


 そう、彼らは言うまでもなく完全な悪党(我が同志)だったのだ! なんということをしてしまったのだ……!


 俺が軽く絶望していると、やじ馬の中から新たに青年が飛び出してきた。そして、あろうことか倒れた荷台の上に俺に向かって、手を差し伸べてきたのだ。


「あの! すみません! 握手、いいですか!?」


 キラキラとした瞳で俺を見る青年。どうやら彼らから見て俺は、盗賊団の悪行を逃がさなかった善人に見えるようだ。気味が悪い。


 ならば、俺は考える。ここで握手するフリをして、青年の腕をへし折ってやろう! すれば俺は悪党として君臨できる!


 俺は大声で笑うとしゃがみ、青年の方へ手を伸ばした。 


「フハハハ! 受け取れぇ!」


「わー! 感激です! ありがとうございます!」


「――な!」


 青年と握手をした右手。青年の手を容赦なく破壊しようとする右手。しかし何故だか力が入らない。


 ここで俺はこの『力の入らない』に感覚に見覚えがあった。やりたいけどできない。そのむずがゆさの原因。それは、



 ――呪い。



「な、なにーッ!? この俺が、呪いにかかっているだとォー!?」


 青年から思わず手を離し、荷台の上で高らかに叫んでしまった俺。その俺の奇行にやじ馬の目と耳が働き、『俺が呪いにかかっていること』が人間に記憶されていく。






 ――これは、『悪事ができない』呪いにかかった、元魔王の話。



読んでくださりありがとうございます。

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