【短編】おとぎ話のライバル王女に転生したようですが、王子の様子が変です【コミカライズ】
お読みいただきありがとうございます。
ゆるい気持ちでご覧ください。
え、ニンギョ?!
ヘンリエッタが見たのは、海辺に打ち上げられているどう見ても高貴な格好をした見目麗しい青年を懸命に助けようとする美少女――ただし、体の半分に魚がくっついた、いわゆる人魚と呼ばれる種族だった。
ヘンリエッタがここの修道院に来てから半年。
すっかり日課となった建物周辺の清掃作業を終え、集めたゴミを捨てに行こうとした時だった。
崖下から、何やら声が聞こえたのは。
この修道院は、海のそばのちょっとした崖の上に建っていて、いつか誰かが設置した石階段を少し降りれば、ささやかな砂浜とゴツゴツした岩場だらけの海辺に降りることが出来る。
ヘンリエッタはたまに修道院を抜け出し、その砂浜で波が押しては引く様子を眺めることが好きだった。
そのイチオシのスポットから、何かの声がする。
始めは猫かと思ったが、そろりそろりと近づくにつれて、それが人語だと分かる。
大変なことに巻き込まれるとまたシスターに怒られると思いながら岩壁からこっそり覗くと、冒頭の珍事が起きていたのだった。
(ナマ人魚!麗しすぎます!というか、この世界は人魚もいたんですね〜魔法使えるだけじゃなくてそんな存在にも会えるなんて僥倖です)
うんうんと彼女が1人納得していると、砂を踏みしめる足に力が入ってしまったのか、足元の砂がジャリ、と軋んでしまった。
その音に顔を上げた人魚は、慌てて海に戻って行ってしまう。
人間に見られるのはアウトなのかもしれない。
そうして、波が絶えず打ち寄せる砂浜には、意識のない男性が1人取り残された。
慌てたヘンリエッタは、急いでその人に駆け寄って、頰をペチペチしたり、体を揺すったり、呼びかけたりする。
「……ん」
声と共に、男性の瞼がうっすらと開く。鮮やかなブルーの双眸がヘンリエッタを見つめていた。
「! 気がつきましたか?」
「あ、れ……僕は……?」
「あ、無理はなさらないでください。……そう、ゆっくり」
慌てて起き上がろうとした彼を制し、ゆっくりと半身だけ起き上がらせる。
砂や木屑など、色々なものが付着しているし、髪も海水でべったりと濡れている。
だが、近くで見る彼はとても整った顔をしている。
腰から下げている短刀の柄についた装飾も豪華で、何かの紋章のように見える。
彼はまるで王子さまのようで……。
そこまで観察して、ヘンリエッタははたと気付く。
(……王子さま?いや、まってください。このシチュエーション、なんだか既視感がありますね)
――確か昨日は、台風何号ですかって思うくらい雨風が強かった。この状態で海上に居たならばひとたまりもなかっただろう。
それに彼を最初に介抱していたのは、麗しい人魚だ。
その後に現れて、意識を取り戻した彼と話をする修道女風の自分自身。
おまけに自分は実は隣国の王女で、聖職者としてではなく、教養をつけるべく修道院に入っているだけの存在だ。
(いやこれ、"人魚姫"のおとぎ話まんまじゃないですか?!わたし人魚姫の決死の恋路を邪魔した挙句、泡にしちゃうライバル王女じゃないですか!)
彼女は3歳の時、母の死のショックで倒れた事があった。
その時に頭の中に流れ込んで来たのは、日本人だった頃の記憶。
その膨大な量の記憶に3歳の脳は耐えきれず、熱が出て、ようやく元気になったのは倒れてから3日後のことだった。
前世では本を読む事が大好きで、特にお姫さまが出てくる絵本は小さい頃から何度も何度も読んだ。
成長してからも本好きは変わらず、図書館や図書室にもよく通っていた。
お伽話は奥が深く、ほんわか優しい児童書やアニメのものと違って、原作はなかなかグロテスクな部分もある。そうした違いも含めて、楽しんで読んでいた。
人魚姫も例に漏れず、何度読んだか分からないほどだ。
一目惚れした王子を嵐の海から助け、彼に会うために魔女と契約して足と引き換えに美しい声を失い、最後は王子の愛を手に入れられずに泡となる人魚姫の悲恋。
アニメでは幸せになる人魚姫も、原作では報われない。
泡になってしまった後、精霊になって王子たちを見守るというラストもあるようだが、言葉も話せず、うまく歩けず、自分が命を救ったことも、王子さまを愛していることも何も言えないまま消えてしまうなんて辛すぎる。
(そしてそんな健気な人魚姫のところに横からやってきて、あっという間に王子をかっさらう役どころなんですね、わたしは)
海辺に打ち上げられた王子様を介抱する修道女。
王子様はその人に恋心を抱くも、修道女とは結ばれないため半ば諦めながら人の姿になった人魚姫と共に暮らす。
そんな時に持ち込まれた王子様の縁談。
全く乗り気では無かった王子様も、相手となる隣国の王女さまの姿を見て、あっという間に了承する。
王子様が一目惚れしたあの修道女は、隣国の王女が行儀見習いをしていただけだったのだ――
状況的に、この"隣国の王女"が自分にあたるのではないか。ヘンリエッタはそう結論づけた。
ただし、ヘンリエッタを取り巻く内情はかなり違う。
彼女がこの修道院に来たのは、行儀見習いとは名ばかりで、体のいい厄介払いだった。
自国では正妃様の子の姉姫ばかり優遇され、側妃の子である自身は冷遇されており、それも側妃が亡くなった後は何かと放置されていた。
だからこそ自由気ままに成長したという部分もあるのだが。
「あなたが助けてくださったのですか……?」
違います。タナボタです。
ヘンリエッタは心の中で即答した。
眼前の王子は、キラキラとした眼差しでタナボタ王女のヘンリエッタを見つめる。
嵐の海に揉まれた筈なのに、人魚姫の献身的な介抱のおかげで見た目より随分元気そうだ。
ちら、と海の方に視線を移す。
人魚姫が隠れているのか、浅瀬にある岩の陰から美しいブロンドの髪が風に靡いてるのがヘンリエッタには見えた。
(――やるべきことは、ひとつですね)
彼女はそう決意する。
「いいえ。あなたを助けた方は、わたしがここに来る前に立ち去ってしまいました」
(魔法が使える世界に興奮して、魔女に弟子入りしたこのわたしが、海の魔女より先に彼女を幸せにしたらいいんですね)
彼女が思い出した前世の記憶は25歳あたりで途切れ、自分の死因も分からない。
今世では産まれた時から膨大な魔力を有していたこともあり、5歳にしてお城に遊びに来ていた魔女に弟子入りし、10歳の時には師匠に連れられて行った隣国の姫の生誕パーティーで、姫への死の呪いを解呪したりもした。
13人目の魔女が姫にかけた「王女は15歳になると、紡ぎ車の錘が指に刺さって死ぬ」という呪いを聞いて、"いばら姫"の生誕パーティーだということにヘンリエッタは気がついた。
とりあえず呪いは完全に解いて、他の魔女の祝福もささやかなものに変えて師匠とその場を去った。
あの両親の子なら普通に美少女に育つと思うので、100年寝て待たずとも良縁に恵まれるだろう、そう考えた。
原作によっては寝込みを襲うやばい王子もいるようなので、おちおち寝かせてはおけない。
12歳の時には、修行中の姉弟子と一緒によその国に遠征し、家族に虐げられていた女の子を魔法で綺麗に着飾らせて舞踏会に行かせる事となった。
あの少女は"シンデレラ"に違いない。
カボチャを馬車に変えた際、力が入り過ぎて12時越えたら魔法が解けるはずが、翌日までカボチャに戻らなくて隠すのにひと苦労したのは今ではいい思い出だ。
彼女が楽に家に帰れて何よりだった。
(――この有り余るチカラ、ここで使わずしていつ使うというのでしょう)
ヘンリエッタは右手の人差し指をあの岩陰に向けた。
「今は事情があっておふたりを引き合わせることは出来ませんが、絶対にあなた様の元に彼女を連れていきます。だから、待っていてあげてくださいね」
「……!」
きっと王子にも、あの輝かしいブロンドの髪が見えただろう。
ここで恩人としての誤解を解いておけば問題はないはずだ。
「では、まずは修道院でお休みいただきますね?立てますか?」
ヘンリエッタは身体強化の魔法をこっそり使い、王子の肩の下に身体を入れてぐっと持ち上げる。
彼の美しい瞳が驚愕に見開かれたのは見なかったことにする。
大丈夫、あなたには可愛い人魚姫がいるから、この謎の剛腕女が嫁に行くことはありません。そう心の中で呟く。
彼を支えて修道院に向かう石階段を登りながら、ヘンリエッタは密かに振り返って人差し指を一振りした。
小鳥の姿をした光が、一直線に人魚姫の元へと向かって行く。
彼女のところへ着いたら、ヘンリエッタからのメッセージを彼女に伝えてくれる仕組みだ。
"彼にまた会いたければ、今夜ここに1人で来るように"
出来るだけ簡潔に、要点だけをと思ったら脅迫文のようになったが、大丈夫だろうか。
(……来てくれますよね?人魚姫)
自分の文章力に一抹の不安を覚えながら、人魚姫の悲恋のフラグを折るべく、ヘンリエッタは歩みを進めた。
◇
その後、ヘンリエッタは、無事に人魚姫を人型にして王子様のもとに送り込んだり、赤い頭巾を被った少女に惚れた狼さんのお手伝いをしたり、王妃から送られてきた刺客と対峙したりして時を過ごしていた。
――その日が来たのは突然だった。
「ヘンリエッタ姫、迎えに来たよ」
修道院に急に現れたのは、いつぞやの王子だ。
どうしてあの王子様が修道院に来ているのでしょうか。
そんな展開あったでしょうか。
そしてどうしてわたしの名前を知っているのでしょうか。
ヘンリエッタの脳内は疑問符で埋め尽くされる。
「え……あの、にんぎょ、シレーヌ姫は?」
「ああ。彼女から事情は聞いているよ。心配しなくても、彼女も城にいる」
「あ、元気にしているんですね。良かったです」
「僕は君を迎えに来たんだ。隣国の姫君」
(人魚姫は?!失敗したのでしょうか)
ヘンリエッタの戸惑いをよそに、王子はぐっと近寄ってきて彼女の手を取る。
人魚姫が失恋しても泡になる魔法はかけていないからいいのだが、この展開は流石に予想外だ。
「ひめ……」
王子の手がヘンリエッタの腰をぐっと引き寄せ、色っぽい声と共に彼の顔がどんどん近づいてくる。
(大変です。わたし、前世を合わせてこういうことに免疫がありません!)
本を読んでいる中では憧れのシチュエーションではあったが、それが自分の身に降りかかるとなると話は別だ。
再び身体強化の魔法をかけ、王子を思いっきり突き飛ばそうと彼の胸を両手で押す。
しかし、豪腕王女のはずが、いくら力を入れても彼の体はビクともしない。それどころか、ますます腕の拘束を強められる。
ヘンリエッタの焦った様子を見て、王子はくすりと笑う。
「――ああ。君の魔力はすごいよね。僕と互角だなんて。そんなところも気に入ったんだ。絶対に連れて帰るよ」
楽しそうにクスクス笑う王子のその姿も大変美しいが、彼にそんな魔力があるなんて聞いていない。
この拘束から逃れるため、ヘンリエッタは変身魔法で猫になった。生前大好きだったマンチカン風の猫だ。
お陰で王子の腕からするりと抜け出す事が出来た。
「――へえ。姫は追いかけっこがしたいんだね?」
王子の周りの空気がぴしりと張りつめたように感じ、全身の猫毛が逆立つ。
(なんだかとっても危険な気がします……!)
そうヘンリエッタが思った次の瞬間、彼の体が光り、その姿が狼のようになった。銀色の毛が美しい。
「さあ、可愛い猫。逃げてごらん。僕が絶対に捕まえてあげる」
ぺろり、と赤い舌で舌なめずりをする狼の姿は、もうまさに捕食者だ。猫はぶるりと震える。
(いやこの展開、人魚姫全く関係ないですよねー!!)
彼女の心の叫びはもちろん誰にも伝わる事はなく、なんとか逃げようと様々な魔法を駆使するも、最終的には王子様に捕まり、この上なく溺愛されてしまうのでした。
めでたしめでたし
⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎おまけ
―人魚姫と隣国の姫―
ちなみに……ヘンリエッタに人間に変えてもらった人魚姫のシレーヌですが。
お城に着いて早々愛の告白をかまして、あえなく撃沈したものの、泡になることはありませんでした。
そして、王子の恩人としてお城でもてなされ、なんやかんやとお世話をしてくれる王子様付きの騎士様と愛を育んだといいます。
(どうしてこうなったのでしょう……。物語と違う部分と言えば、わたしの魔法……。まさか、わたしが完璧な状態の人間の姿にしたからでしょうか?!)
ヘンリエッタはしばし考察し、そこに思い至りました。
そうなのです。足が不自由でない人魚姫は、王子自らお世話をしなくとも1人でなんでも出来ました。
それに、すぐに告白もできました。
お世話をするためのお姫様抱っこなどの触れ合いや、想いを伝えられないからこそのもどかしさなど、人魚姫が王子様に対して想いを募らせる期間が、逆に圧倒的に不足してしまっていたのです。
容易に解決出来ない障害があるからこその、純愛かつ悲恋だったのです。
「最初は王子様カッコいいって思ってたんですが、一緒に過ごす内にどんどん騎士様のことが気になっていったんです!これが真実の愛というものなんですね、ヘンリエッタおねえさま!」
「……ええ。そうなのでしょうね」
お城の庭園で2人で紅茶を飲みながらにこにこと愛らしい笑顔を振りまく人魚姫のシレーヌとは対照的に、ヘンリエッタはとても遠い目をしていました。
おまけ おしまい
人魚姫の結末はどの物語も大体同じですが、いばら姫は色んなお話があるようなので、ググってみてください!
特にバジレ版が衝撃でした。え?寝込みを襲う……!?
拙い作品を読んでいただきありがとうございました(^^)




