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世界一のハッピーエンド  作者: ズック
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視界の世界


目がさめると真っ白な場所に立っていた。前後左右、上下でさえ、純粋な白以外何もない、そんな空間。自分が今立っているののが地面なのか、はたまた空中なのかさえもわからない。

俺はただ、異様に気持ちよかった。ずっとここに居続けたい、そう心から思った。


前に進もうとする。脚が重たい。というより、何かに引っ張られているような気がする。

ここではないどこかへ連れ出そうかというように、脚が下に重い。海で脚が波と砂に呑まれているような、そんな感覚。


ここにいたい、そう思った。だから俺は脚を無理矢理あげた。

ぷつり、と音がした。それっきり足に重さがなくなった。どこへでも行けるという高揚感が溢れ出てきた。実際はここには白しかないのだけれど。



しばらく時間が経った。何日かは分からないが、それなりの日が流れた気がする。

寂しい、と初めて思った。嬉しさだけだった心に別の感情が蘇った。なんでもいい、何かが欲しい、そう思った。


次の瞬間には、俺は大きな図書館の中にいた。本は退屈だった今を高揚させるのに十分すぎた。


なんでもいいから読みたかった。そして一番最初に目についたのが、唯一机の上に無造作に置かれていた、普通のサイズよりも2回りほど大きい本。


これを読もうと、なんとなく思った。本を手にする。

「なんだ、これ」

題名はかすれていて読めない。ページを開く。最初のページには、大きくこう書かれていた。


“幸せな奴っていうのは、何かを好きになって、そのために死んでもいいと心から思える奴なんだ“



|



春。高校へ入学した僕を待っているのは今までと変わった日常なんかじゃない。今まで通りのいつもの日常。


入学7日目。

放課後はいつも街の中央図書館へと行く。本は僕を世界から引き剥がしてくれる。読んでいる間は自分のことすら考えられなくなる。だから僕は本が好きなんだ。


ぺらり、ページをめくる。本を読むには静かな空間がいい。今はページをめくる音さえ心を安らかにしてくれる。


しばらくは本の世界に没頭できていた。当たり前だ。普段からここの図書館は僕以外に使われてはいない。僕がいるから閉鎖されないんじゃないか、とすら思わせるくらいに。


「あれ、こんなところでどうしたの?」


声をかけられて本の世界から意識が戻される。いいところだったのに、誰だろうか。珍しい。


顔を上げて声の方向を見る。それは少し意外な、なったばかりのクラスメイトだった。名前は確か。


「若林さんか。ただ本を読んでただけだよ。君こそ本なんか読まなそうだけど、どうしたの。」


「私はけっこー本読むよ。ホラーとか好きかな。」


意外だと思った。彼女は入学して7日だというのに、もうクラスの中心にいる。要するに僕とは逆の立ち位置、ということだ。

そういう人の殆どは本が好きじゃないと勝手に思っていただけあって、なんというか、驚く。


「そうだ、さっき読んだ怖い話ししてもいい?時間を戻せる力を手に入れた男の子が、事故にあったときに時間を戻すんだけど、戻った時はもう事故が避けられない瞬間なの。今もその男の子は死なないために時間を戻し続けてるんだって!怖くない?」


なるほど、よくあるタイプの物語だ。

僕の個人としてはホラーはあまり好きではない。というのも、明確にフィクションとリアルが混在しているから現実ではないとどうしても割り切れない。だからこそ、心が冷めてしまう。


「面白いかは別として、怖くはないかな。その子がどうなってるのかもわかるタイプの話だしさ。」


ちょっとつまらない返しだったかな、と思う。ちら、と目をやると彼女が興味を持っていることがわかった。


「すごい、なんでわかるの?この話だけじゃ全然想像できないんだけど!」


どうやら彼女はファッションとしてではなく本当に本が好きらしい。

普段はあんまり人と深く話さないんだけど、、、同じ本好きとして布教はしておくべきか。


「まあつまらない考え方かもしれないけどね。僕達は今生きてるだろ?つまりはその男の子が時間を戻すことを諦めたってことだよ。あくまで現実の話として考えたらだけどね。」


話してみて思う。やっぱり今のは相当つまらない回答だったのではないか、ホラーが好きな彼女にとって現実を持ち出されるのはあまり好みはないのかもしれない。


ただ、返ってきた反応は少し予想外だった。

彼女はニマニマしながら、


「君さ、結構面白いね。入学してから話したことなかったよね?自己紹介すると、私、若林りさっていうの。君の名前は知ってるよ。私クラスメイト全員覚えてるし。これからよろしく。」


今まで人と深く関わったことのない僕にとって、それは異様なものだった。

見栄ではなく僕は一人が好きだった。人と関わることがあまり好きではなかった。

だから、


「こちらこそよろしく。本好きのクラスメイトがいて嬉しいよ。」


としか返さなかった。

それでも彼女は嬉しそうににっこり笑って、またね、と言って帰っていく。


これだけ人と、しかも異性と話したのはいつぶりだろうか。わからない。多分、覚えていないくらい前なのだろう。


僕もそろそろ帰るか。廊下を歩き出す。

どうやら気づかないうちに体が強張っていたようで、廊下で派手に、すてん、と転んでしまった。

廊下の奥でエレベーターを待っていた彼女が振り返って、笑ったのが見えた。

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