思っていたのと違う
あの後、俺は殆ど追い出されたと言っても過言ではない勢いで、アマルガムと共に昼過ぎには村を出た。
どうやら母よりも父の方が怒りの有頂天に達していたようで、自分達も早々に村を出ると言っていた。唯一の鍛冶屋が居なくなった農村の未来とか、想像するまでもないな。
じゃあ、一緒に村を出ればいいのでは、と母が言い出したが、父はそれを却下した。
「今のままではリリィの足手まといにしかならないよ。親としてそれは不甲斐ないと思う。僕達も冒険者を離れて体が鈍っていたようだ。アマルガムさんが相手だったとはいえ、剣を折るなんてね。僕達が鍛え直して強くなったらリリィに会いに行くよ」
親としてなのか男としてなのか、プライドがあるのだろうと俺は思った。
「お主、両親の前だと口調が変わるな」
深夜に戦った山頂付近に戻ってきた後、別れ際、アマルガムはからかうように言った。
「ほっとけ」
そのままの眼に見える一番遠い場所へと何度か転移したが、耳に奴の笑い声が残っていた気がする。
なんとなくまた会えるような気はしていた。デカいから見つけやすいだろうし。
俺はそのままの半日ほど山伝いに転移を繰り返し、その後平地に降りて、最初に見つけた町に寄ることにした。
にしても、もうここがどこだかわかんないんだけど。
とりあえず、馬車の通り道をひたすら歩くことにする。
この世界にも馬はいる。村にいた馬は餌が悪いのかあまり育たないらしいが、前世の馬とだいたい同じような大きさで、足が六本ある。餌が良ければ世紀末覇者が乗れるくらいに育つのかもしれない。足が六本もあるのは、ダーウィンさんの進化論で考えると、悪路に強いんじゃないか、というのが俺の予想。それに雑食だから、多分、野生なら人間も食べるかもしれない。速度よりも安定性と攻撃力がありそうだ。
いつか見た、馬小屋で兎を六本の足でタップダンスのように踏み潰し、ミンチにして啄む様子を思い出す。
...あれ以来、実は馬が怖い。
そういうものだと最初から思っていれば平気なのかもしれないが、俺の場合前世の記憶と比べてしまう。
だから法治国家の先進国に比べ、基本的にこの世界は野蛮に見える。
例えば、今。この街道から200メートル位離れたところに森があるけれど、その入り口から50メートル位入ったところで男五人が女一人を追い回している。
どうやら商人の娘らしいが、もう父親は殺されているようだ。
糸から伝わる声によると、男達はその状況を楽しんでいるようだが。
さて、どうしようかな。
正直、面倒くさい。
進行方向にある、その親子の物だろう馬車には二人が見張りがついているけれど、そっちを強奪した方が楽だし美味しい。けど馬が2頭の繋がってるし。
五人の方を片付けて、娘を助けて御者をさせるか? そうすると7人を片付けなきゃならないか。
「よし、気づかなかったことにしよう」
この世界は野蛮だが長閑だ。牧歌的な空気だな。
よし、暇だし、魔法の練習くらいしておくか。
今張ってある諜報用の糸だが、魔法ではあるが物理的に干渉することができる。空気の振動を感知できるのだから当然ではあるが。
蜘蛛の糸を想像しているのだから、獲物を捕まえることも可能である。俺の意思でどんな形にも枝分かれし広げられるので粘着性は持たせていないが。
だって気持ち悪いじゃん、ベタつくし。
なので、今感知している7人をそのまま拘束が可能というわけだ。強度は糸を束ねればそれだけ強くなるけれど、数秒時間がかかるため、アマルガムには拘束しきるまでに力業で逃げられるだろう。事前に広げておいて、突っ込んできたらそのままのネットのように丸め込んだりできるか?
いや、俺の糸に気づいて襲い掛かってきたくらいだから無理か。
この魔法、魔獣を生け捕りにする際重宝した。大きめの熊型魔獣でも糸一本で拘束できるくらい強度があるし、何よりも毒持ちの昆虫型とか触らなくて済むし。
進化の仕方がエグいんだよな、虫とか特に。
で、拘束した後は解剖である。逆さに吊るして首を切り血抜きから、腹を裂いて臓物を取り出す。
今回は獲物が人だから皮は要らないけど、獣なら毛皮は防寒着にしていたところだ。
目に見えていないところで殺したからか、それとも魔獣を解剖しすぎたからか、命を奪うことに遠慮がなくなっている気がする。
なんか、せっかく二度目の人生なのに、結局性格とか生き方は変わらないのかも。
あ、そういえば。
解体してから思い出した。
一応、死体を確認に行くことにする。
とりあえず五人の方から行くか。どうせなら生き残った娘に御者させよう。
そのままの森の入り口まで転移して、その先は徒歩で向かう。視界が悪い場所で少しずつ何度も転移を繰り返すより、歩いた方が魔力の温存になる。
限界に当たったことはないが、無限ではないからな。
「あー、やっぱり臭いな」
商人の死体は放っておいて、5体の男の死体から探ることにする。
実は魔法を使う上でなんとなく感じたのだが、頭蓋骨の内側、脳の真ん中辺りに熱源がある気がしたのだ。これはどうやら俺の想像でしかなく、体温に変化はなかったのだけれど、魔獣を腑分けしてみると、知らない結晶体を発見した。
種族ごとに場所は違うが、脳の中、うなじの辺り、心臓の直ぐ下。俺の予想では生命活動において重要な部位に附随している気がする。
そしてそれぞれ、形や色に違いがある。
まあ、答えを言ってしまうとこれが魔力の源のようだ。
家を出るとき、部屋を片付けながら、ふと両親に訊いてみたのだが、なんのことはない、この世界では一般常識で、わざわざ腑分けするほどのものではにようだ。
強い魔獣ほどこの結晶が大きく、高値で売れるのだとか。
俺の革袋にも何個か入れてあり、町に着いたら路銀にする予定だ。
さて、その結晶体だが、人間にもあるのか。
俺の予想だと、ある。特に魔法使いにはあるだろう。
じゃあ、一般人には? なかには少しだけ魔法が使える人もいるし、全く使えない人もいる。
せっかく殺してしまったのだ。有効活用しないと申し訳ないだろう。
なんだけど、こいつら臭いんだよなぁ。
盗賊だかなんだか知らないが、まともに風呂など入っていないのだろう。精々、川で水浴びくらいか。
空気を管状に固めて上空に伸ばす。海水浴とかする時、水面にうつ伏せで浮かんでいても水上にパイプが出て息ができる奴、シュノーケリングなんかで使うアレを魔法で作る。
我ながら凄く無駄な魔法の使い方をしていると思う。もうちょっと学があれば空気の濾過とかでガスマスク風に格好よく作れるのかもしれないけど、どっちにしろ材料は空気で透明だ。間抜けな見た目もバレることはない。
無論、死体にさわる前に全身を空気でコーティングしておく。血の匂いって洗っても落ち難いんだよ、石鹸ないし。
最初に心臓を観察する。実物を見るのは初めてだが、保健体育の教科書や人体模型で見るのと変わりない形だった。中にも結晶体はない。
じゃあ、続いて本命の脳行ってみよう。
頭蓋骨の内側から、外側に指向性を持たせて発破する。綺麗に頭蓋骨を輪切りにする方法? 知らん。
結局、目当ての結晶体を発見したのは五体目の男の死体だった。
非常に小さく、最初は頭蓋骨の破片かと思ったが、血を落とすと骨の色ではなかった。
表面に光沢のある紫色の結晶体。大きさは直径5ミリ程。彼自信、この結晶体でどれだけの魔力を使えていたのか、確認してから解体すればよかったと後悔する。
と、そこで俺のセンサーに動体反応が引っ掛かった。
「ッ......!!」
木の陰から俺を覗き込み、反射的に頭を引っ込める。
商人の娘だ。追っての姿が消え、隠れていたのだろうが、それでも自分を探す声が聞こえなくなり、のこのこと出てきたらしい。
「おい、そこの娘。もう安全だから出てこい」
俺がそう言うと、恐る恐るといった様子で俺の前まで来て、急に跪いた。
なんで?
「危ない所を助けていただき、有難うございます。私はエンダタで商人を営んでおります、カトール家の長女、ハンナ・カトールと申します」
ああ、感謝を伝えたいわけね。
「無礼を承知でお尋ねします。この森の手前の方に藍色の外套を纏った白髪の男性を見ませんでしたか?」
跪き、頭を垂れながら両手を握り会わせ、その肩は震えていた。
「その男性なら、殺されていたよ」
「...........そうですか。ありがとうございます」
「同じ外套を着ているところを見ると、父親か?」
「ええ、私の父です」
質の良い生地で仕立てられた外套の胸元には、金糸で同じ紋が刺繍されている。
そんな上等な物を仕立てる余裕があるなら、護衛を雇った方がいいだろうに。
「あー、うん。じゃあ、気をつけて帰りな」
俺は、逃げ出すことにした。
無理無理無理無理!
やっぱ助けなきゃよかったわ!
もうすげー落ち込んでたじゃん彼女。
前世で携帯の画面が割れて落ち込んでる女子を慰めるのに失敗した俺が、親を殺されて落ち込んでる女の子慰められるわけないじゃん。
伊達に童貞じゃねぇんだよ!
あんな空気耐えられないわ。
歩いて行くつもりだったけど、もう一刻も早くこの場を離れたい。
「じゃあ!」
飛んで逃げよう。
「え!? そんな、せめてお名前だけでも!」
時代劇かよ、と心の中でツッコミを入れておく。
この出会いが後々俺の人生を大きく左右する。
事はなかった。