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三十路童貞の魔法使い  作者: 吉野
2/8

なかなかにキツい画になるだろう

  育児なのか、介護なのか。

 両親からすれば前者であるが、俺の主観では後者である。


  俺はあれ以来、喋るのを止めた。

  あのあと、俺はあまりのショックに咽び泣き、疲れて眠ってしまったのだが、目が覚めて冷静に考えてみた結果、赤子のフリをしておいた方が良いと答えが出た。

  決して、母親や乳母のおっぱいに、合法的にむしゃぶりつけるからではない。

  排泄物を自分で処理できないからである。

 想像してほしい。30才のオッサンが乳房に吸い付き、オムツの中に糞尿を撒き散らして、それを無償で処理しなければならない様を。

  普通に殺処分が妥当だと思う。俺ならそうするし、許すと思う。

 勿論、素直に白状する方向も考えた。

 あの状況ではわからなかったことも、自分の正体を説明し、ここがどこで自分のみに何が起こったのか訊けば、いずれかわかる人が現れる可能性もあった。

 が。

  その後の世話は誰がしてくれるのか。

 一人ではなにもできない身である。

 気味悪がられて殺処分コースが待っている選択肢は選びたくなかったし、さらに言えば、現状に現実味がなかったのである。

  気づいたら赤ん坊になっていて、知らない場所で知らない人に囲まれていて、相棒がロストしていたのだ。

 夢だと思うのが普通だろう。何せ30年間童貞のオッサンが俺のリアルなのだから。...悲しい現実ではあるが。


 そんな良くも悪くも夢のような生活も、寝ても覚めても続くうちに、現実として受け入れ始める自分がいる。

  人は慣れる生き物だとはよく言ったもので、俺の赤ちゃんプレイも堂に入ったものだ。

  母親もあれ以来喋らない俺に対し、助産婦共々出産による極度の緊張とストレス、心体共に重度の疲労、その後、俺が無事に誕生したことによる安堵、慌ただしく変化した感情と状況のせいで一時的に集団催眠状態になって幻覚及び幻聴を患ったのでは?という感じに事は収まり、結局は自分が腹を痛めて産んだ我が子である事には代わりがないのだろう。産後の一週間ほどは不気味がっていたが、今では普通に接してくれている。

 何でも、寝顔が天使に見えたのだとか。ベビーベッドに寝転がる俺の顔を父親と二人して仲良く覗き込みながら、そんな事を言っていた。まだ言葉が理解できない赤子だと思って言いたい放題だが、気恥ずかしさを我慢して分からないふりをしなくてはならない俺としては、正直つらい。聞いているだけで背筋がむず痒くなるし、吹き出しそうになる台詞まで。


 そして、だからこそ罪悪感が酷い。

 真っ先に頭に浮かんだのは、今の状況は『托卵』なのではないかと。

  彼らにしてみれば可愛い娘に見えるのだろうが、俺からしたら知らない人間でしかない。感覚としては、唐突に二人の男女が現れて、なんの説明もなく当然のように親として俺に育児をし、可愛いと褒めて喜んでいる、そんな相手に俺は正体を証さず、保身のために偽ってさえいる。有名なところで言えば、カッコウという鳥が托卵をするが、理性的な思考を持ち、意思疏通できる手段のある俺の方が酷い事をしているのではないか、と。

基本的に考える以外の行動ができないせいで、自問自答が増えていき、解決策のない罪の意識に苛まれる。


  今も俺を見ながら頬をほころばせる両親に、苦笑いを返す。

 善い人なんだよなぁ。

 この二人。

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