研究の成果は予期せぬ不安を招く
◇ ◇ ◇
小さなランプひとつだけがこの暗い部屋を照らす。
ランプの中の火は魔石を燃料によく燃える。ゆらゆらと蠢く火を私はただじっと眺めていた。
そこに手を洗い終えたエメが部屋に入ってくる。
あの作戦の後、私たちは街の一角にある隠れ家で日々研究に明け暮れていた。
「なんでこの部屋はこんなに暗いんだよ、サラ。ランプならもっとあるだろ?」
「いいのよ、この方が落ち着くし」
「はぁー。んで、ここへ呼んだわけは?」
「私もギルに呼ばれただけだから分からないわよ。それより、そっちの研究の成果は?なんかわかったの?」
「ああ。あの子供の腕には体内の魔力を制御する魔道具が埋め込まれてた」
頭に子供の腕の大きな傷跡が過ぎる。
「ただその魔道具は壊れてた......いや壊されてたよ」
「だからあの子はおかしな言動をしてたってこと?」
「たぶんな。ただ細かいことまではまだ分からない。それと頭を調べたが、例のドラック中毒者と似たような症状をしてた。魔道具との関連性はまだ不明だが、まあほぼほぼ関係しているだろうな」
そのドラッグとは、恐らく今学生の間で密かに流行っていると言われる魔法の適性を無理やり上げるものだろう。
「サラの方はどうだったんだよ」
「資料は一通り調べたけど、あの取引会場にいたと思われる子供以外有力なものはなかったわね。気になったのは実験に対して遺体の数が少ない事ね」
「どういう意味だ?」
エメの影が火に照らされ、揺れ動く。
「研究所にあった資料じゃかなりの量の死者が出たはずなのに、遺体がほとんどないの。あったのは謎の汚水と不気味な魔道具だけ」
「なるほど.....。その遺体がどこにあるか分からないってことか」
「そう」
研究所からはそれぞれ、魔力を少量含んだ汚水と何使うのかわからない設備が押収された。生存者らしい生存者は少ししか見つからず、その他はみな行方不明だ。それに見つかった子らの身元も全員不明。しかも記憶に欠損がある子供ばかりだった。
「それより問題は頭であるはずのイリスを潰したのに、なんでまだヤツらは動けているのか、だろ?」
「そうね.....」
私たちの目論見では、イリスを潰せば、頭を失った呪詛学会の活動が弱まる、もっと言えば完全に停止するはずだった。しかし現実には、今も活発に動き続けている、との報告が各地で挙がっていた。
「新しいトップが現れた、としか考えられないわね」
「それはアルフの師匠を名乗ってるやつのことか?」
檻にいたアルフを連れ出した張本人、イザベル。
国の中でも有数の魔女だったはず。
「うん.......。それかまだイリスは生きているとか」
「その線は薄いと思うぜ?あの量の魔力と血液を一気に失えば、普通は死ぬ。仮に生きていたとしても回復は望めない」
「あいつらに普通は通用しないって知ってるでしょ?」
「・・・。」
それにイザベルはイリスを連れて、あの場から去っている。呪詛学会の力があれば、あれほどに酷い傷でも治せるのかもしれない。そう私達に思わせるほど、呪詛学会の力は未知数なのだ。
「入るぞ」
ノック音と共にもう見慣れた男達が姿を見せた。
ギルとベックだ。
ギルは珍しくスーツではなく、白衣のような者を身にまとっていた。ベックはギャングらしく、黒くパリッとしたスーツを着ている。
「やっと来たか。話ってのはなんなんだよ」
「そう慌てるな」
ギルは手に持っていた革製の四角いカバンから、なにやら書類を取り出した。
「これを見てくれ」
私とエメはそれぞれ、それを手に取る。
書いてあるのは、前にも見たあの少女の身体データ、そして.........アルフのものだった。
「どういうこと.....?なんでアルフのまで入ってるの」
エメも同じ質問をしたかったらしく、ギルに答えるよう目で促していた。
ギルは肺で温められた重い空気を吐き出し、ゆっくりと話始める。
「彼女は今、アルフ先生と行動を共にしている。真意は分からない。呪詛学会からの刺客なのかもしれない。ただ彼女は今、その少女を匿っている」
エメは途端にギルの襟首を掴みあげた。
「・・・何ハッタリかましてんだよ?」
「姉御、落ち着いてください」
すかさず、ベックが止めに入るもエメは全く相手にしていないようだった。
「お前は黙ってお座りしてろ」
「・・・」
片や私は頭で処理しきれず、熱暴走しそうになっていた。
あれだけの被害を出した私たちの敵をどうして匿う必要があるのか、私には理解出来なかったからだ。
「確証はあるの?」
「ああ。その前に手を話せ、エメラダ」
「.......畜生が」
エメも少し頭が冷えてきたのか、手を離した。
ギルはぐにゃりと曲がった襟を整え、私たちの方を見た。
「あの少女には逐一身体情報を研究所のデバイスに送る魔道具が取り付けられている。それが言わば擬似的な発信機の役割を果たしているんだ」
「ああ、それで?」
「その位置情報が、学園の教員棟の、アルフ先生の部屋で止まっている。それで学園のデータベースを調べたが、その少女が転校生扱いであの学園にいることが分かった」
「そのデータをいじれるのは?」
「私と同等かあるいは私以上の位にいるものでなければ、データには触れらない。それにもし外部から不正にアクセスしても直ぐに足がつく」
「つまり内部のものにしか出来ないってことでしょ?」
「そうだ。それにデータ上では、ちゃんとした手続きを踏んでいる可能性が高い」
「データ外では?」
「そこに秘密があるんだろうが、あいにくそこまでは私にも分からない。恐らく、学園長か副学園長辺りが絡んでいるんだろう」
ランプの火がけたたましく燃え上がる。
あんなデタラメな力を持った兵器が、学園内にいるなんて想像もしてなかった。しかもまさかアルフと一緒にいるなんて.....。
「どうするの.....?」
「とにかく、あの二人を拘束、あるいは処分しなければ、学園の関係ない生徒や教員までもが巻き添え食ってしまうことになる」
「待てよ、二人ってなんだよ。アルフは関係ないだろ?」
エメは目がギロりとギルを捕える。それに伴い、一瞬にして場の温度が下がる。
「関係あるだろ?奴はあんな危険な兵器を匿っているんだぞ!?お前らが懇意にしているのは知ってはいるが、これはもはや無視出来ない事態だ」
「オレたちは長くアルフといて、あいつのことはある程度わかっているつもりだ。だからオレにはどう考えても、あいつがそんなことするようには思えない。魔法で洗脳されている可能性だってある。だから処分はさせない。百歩譲って拘束だ」
「それで学園に被害が出たら、どうするつもりだ?またお得意の殺人で場を収めるつもりか?」
そこで私は自分でも驚くくらいのスピードで、ギルに平手打ちをしていた。
「貴様.....、私に何を.....!?」
「やめなさいよ、その言い方.....。エメがあの日から毎日1時間も2時間もなんで手を洗ってるか知っているの!?」
「・・・は?」
「手から血が落ちないのよ、あの子供の血が洗っても洗っても......とれないのよ、一度手を汚したらもう........。それをエメは私たちを守るためにやってくれたのよ?」
「・・・・クソ、余計な事言いやがって」
そう言いつつも、エメはじっと自分の手に視線を落としていた。
「あの時、エメがあの選択しなかったらきっと私も殺されてあんたも死んでた。その選択に胡座をかいて、そんな事言うなんて....私、絶対に許さないから」
ギルはエメの手をじっと見つめていた。水でふやけてからも、構わず強く擦り続けていたせいか、手の皮膚がボロボロになって所々に出血も見られた。
エメはその視線に気づいて、そっと手をポケットの奥深くにしまい込んだ。
そこでようやくギルはエメが自分と同じ普通の人間であることに気づいたらしかった。
人を殺すのに、何も感じない人などいない。目には見えなくても心には大きな傷を負うことになる。
私も作戦後の夜、エメがなぜ手を血が出るまで入念に洗っているのか気づいた時には、涙が止まらなかった。何度も何度も謝ったのを覚えている。
そんな涙でぐしゃぐしゃになった私の顔をエメが優しく抱擁してくれたことも。そして『お前が生きててくれれば、それでいいよ』と言ってくれたことも。
「・・・・・すまなかった。あれは確かに私の判断と認識の甘さで招いたものだ。それをエメラダに押し付けるのは、お門違いだった」
しばらくの沈黙が熱くなった場を冷やす。
火はそれと共に次第に弱まっていった。
「姉御、ハンドクリームを」
「いらねえよ、それと姉御はやめろって何度言ったら分かるんだ」
「分かりやした。とにかく今は喧嘩をしている場合ではありません。一刻も早く、あの兵器を処分するべきです。学園内で、いつ死者が出てもおかしくないのですから」
そこで頭にアルフのことが過ぎる。
根は優しいアルフのことだ。なにか唆されて、あんな兵器を匿っているに違いない。
「そうね、私も少し熱くなりすぎたわ。ごめん。今はどうやってあそこに突入するかの作戦を立てましょう、時間もないし」
「......ああ」
「そうだな」
ランプの火は消え、代わりに白色の強い光放つ備え付けの照明がつけられた。
待っててね、アルフ。必ずあんたを助けて、檻の中での借りを絶対に返すから。
その瞬間、今度は私の中に火が灯った気がした。




