内通者を捜し出すこと
「.....なに?」
「この学園の内通者について何か知ってることはないか?」
「なんでそんなこと聞くの...?」
リンは一瞬悲しい顔をしたように見えた。
この瞬間だけでかなり室内の温度が下がったように感じる。光が入り込まないこの部屋はさらに冷涼感のようなものを俺たちに与えた。
「リンなら診てきた生徒で怪しいかったやつとか心当たりがあるかと思ってな」
「....なるほどね。さっきの人も最初にそれを私に聞いてきたから」
やはりガレルもその事を嗅ぎ回っているらしい。恐らくエリーゼたちの目的がそれだからだろう。
この学園の内通者発見は奴らの面子を取り戻すのには十分だ。
「だからアルフにも同じように答えるけど、そんな子は生徒の中にはいなかったよ」
「そうか。わかった」
「........アルフは私を疑ってる?」
「ん?なんでリンを疑うんだよ」
「だって裏切り者は教員の中にいるって言われてるんだよ?」
心做しかリンの語気が強まった気がする。
「教員ならこの学園にたくさんいるだろ。それに少なくとも俺は恩人を疑いはしない」
リンには俺自身の体のことで色々と借りがある。そんな人間まで疑っていたらキリがない。
「恩人.......?」
「ああ。リンにはかなり俺の体のことで迷惑かけてるからな」
「そうだね。アルフ、イクの早いし」
「なんの話だよ」
「出張に行くのがね」
「・・・」
リンのわざとらしい倒置法に惑わされてしまった。ただその時にはもういつものリンに戻っていた。
さっきのあの雰囲気はなんだったのか....。
「.....それよりもう一つ聞きたいことがあるんだがいいか?」
「.....なに?」
またリンの表情が固くなる。いや正確にはさっきと何ら変わっていないのかもしれないが、俺には変わったように見えたのだった。
「悪夢に怯えて寝れない子供がいるんだが、どうすればいい?」
「.....あの子か。眠れてないの?」
「いや寝れるんだが、時々突然起きるんだ。びっしょり汗をかいて」
「.....過去に何らかのトラウマがあるのかも」
トラウマか。やはり呪詛学会に囚われていた時の記憶はそう簡単には消えないらしい。記憶のない彼女にとってそれも大事な記憶のひとつなのだろうか。
「そういう場合、どうすればいいんだ?」
「頭を撫でてあげるとかで安心させるしかないんじゃないかな。あとは体の一部に常に触れ続けてあげるとか......変なことはしちゃダメだよ?」
「そんなことはしないから安心しろ」
「他には......薬とか?」
「出来ればそれは避けたい」
それでもし恐怖が取り払われても本質的には何も解決しないからだ。
「まあとりあえずそれをやってみるわ」
「それよりアルフの方は大丈夫なの?体のこと」
「ああ。最近は男にもなってないし、無茶もしてないから大丈夫だ」
「わかった。........気をつけてね?」
リンはその瞬間、両手で俺の手を強く握ってきた。そして俺の目を覗き込む。リンの透き通った目の中の黒が俺を映していた。
「お、おう。気をつけるよ。今日は突然来て悪かったな」
「ううん。また来て、待ってるから」
リンの手の温もりを残しつつ、俺はその場を後にした。
◇ ◇ ◇
その日の夜。
俺はリンに言われた通り、寝るまでゼロの傍にいて撫で続けた。
すると最初は不安げだったゼロもだんだんと眠りに落ちていった。
今日も魔法の勉強で疲れたのだろう。このまま悪夢など見ずに深い眠りに入ってくれればいいが。
ゼロが眠りについた後もしばらくは手を握り続ける。そして俺までがウトウトしだしたころ、背後から扉がゆっくりと開く音が聞こえる。
ハッとして意識を取り戻し、振り向くとそこにはレーネがいた。
「どうした、寝ないのか?」
「私は夜行性ですので」
レーネは基本、人間の姿の時は身体構造も人間のはずなので夜行性云々は関係ない。
ゼロの手を握る俺見て、レーネは少しだけ怒った顔したがすぐに元に戻した。
「ご主人様、私も撫でてもらってもよろしいでしょうか.....」
突然の申し出に少し困惑するも、まさかゼロが良くてレーネがダメとは言えない。が、しかし最近レーネ相手だと妙な緊張が俺の中に生まれるに気づいた。この姿の時は特に。
「いや、俺も眠いからそろそろ...」
「失礼します」
は、早い...!
俺が言い終わる前に、レーネは椅子も準備して俺の膝元に頭を置いた。その刹那を俺は目で捉えられなかった。
仕方なく、俺はレーネの頭に手を置いてまるで猫を撫でるようにゆっくりと手を動かした。レーネは俺の手が行ったり来たりするごと変な声を上げた。
「変な声出すならやめるぞ」
「はい、申し訳ございませんでした」
思えば最近はレーネとのスキンシップが取れていなかった。だからたまにはいいかと思いはするも、やはり何故かドキドキした。
「「・・・。」」
しばらくの沈黙をレーネが先に破った。
「ご主人様、お聞きしたいことが」
「な、なんだ?」
レーネの声はいつになく真剣だった。
「ご主人様、最近いつ男性に戻られましたか?」
「....あの作戦以来戻ってないな」
「そうですか。.........戻ることはできるですよね?」
レーネの言葉に俺は詰まった。
ステンノが俺の体にいる限り、それは出来ないと聞いた。今ここで言うべきだろうか。
「あたりまえ.........いや、」
「・・・。」
もうレーネに嘘はつかないと決めたはずだ。俺は右の拳を握りしめる。
レーネにだけは全て言う、もう何も隠しはしない。
「前に言った通り、ステンノが俺の体にいる限り元には戻れない。まだやった事がないから断言できないが、あのブレスレットを付けると俺は死ぬかもしれないらしい」
レーネはそれを驚きもせず、ただ黙って聞いていた。それにより生まれた沈黙は俺を酷く怯えさせた。
「でもそれがないと、呪詛学会には対抗できないんですよね?」
「ああ。こいつがいても勝てるかはわからない。でも単純な力だけなら引けは取らないはずだ」
「そうですか。じゃあ全てが終わったら、元に戻しましょうね。私も手伝いますから」
レーネはそこで初めて笑った。
俺はその言葉に安心してしまったのか、そのまま溶けるように眠ってしまった。
そして朝目覚めると何故か逆に俺がレーネの膝の上にいた。
「......うう、なんで俺とレーネのポジションが入れ替わってるんだ....?」
「ご主人様があのまま眠ってしまわれたので、お身体を痛めないように私自らが枕になりました」
俺は寝起きだったせいか、そこから起き上がる気がしなかった。
しばらくそのまま時間が過ぎる。
「.........レーネって暖かいんだな」
「!?」
レーネの膝から伝わる温度が寝起きの俺には心地よかった。そしてそれがつい口から零れてしまう。
「ご、ご主人様.....!?あのぉ.......そうです!授業のお時間が迫っていますので、急いで私は朝ごはんの支度をしてまいります」
そう言ってレーネは俺を膝から下ろし、一目散に部屋を出ていってしまった。
俺の朧気な視界でもハッキリとレーネの赤く染った耳を確認できた。
だんだんと思考がはっきりしだしてから、自分の恥ずかしい行いを俺は悔いた。
ただリンから聞いた方法が上手くいったのか、ゼロはまだ心地良さそうに寝ている。
すごく起こしにくい.......。
その後、やや遅刻気味の俺とゼロはそのまま学園に駆け込んだ。
そして学園が変に賑やか、いや喧しいことに気づく。
皆が何かに困惑しているようで、頭の上に疑問符を浮かべている。
さらにそれをかき消すようにニアが後ろから声をかけてきた。
「大変よ!!アルフ先生!!」




