静寂を乱す部外者
リンは椅子の上に体育座りの格好をして、両手で耳を塞いでいた。その状態のリンに対して、ガレルは何かを怒鳴りつけていた。
「答えろよォ!!」
「さっきから何度も言ってる。そこの魔法陣が....」
「ああァ!?」
ガレルとリンが話しているのを割って入るのも悪い気がしたので、俺は嵐が過ぎるのを黙って待つ。
すると先にリンがこちらに気づいた。
リンは俺を見て、耳を塞ぐのを辞め、こちらに少しの笑顔を向けた。相変わらず目の下のくまが酷い。
「アルフ。どうしたの?」
「おい、まだ話は終わってねぇぞ!!」
リンは首を傾げてこちらを見つめる。
俺はそんなリンに小動物を見る目を向けながら、ガレルを無視し真っ直ぐ向かう。
「いや、少し寂しくなってな」
ふざけ混じりで言ってみたものの、言ったあとで恥ずかしくなってきた。
「そう。そこにかけて。なにか飲み物持ってくるから」
「おい、ちょっと待て!!まだ話は終わってないってさっきから言ってんだろ。俺の幻影魔法をなぜ破れた。あれは俺の得意魔法だぞ」
「あの魔法陣が見えない?あれの前では全て無力なんだよ」
「魔法陣だと......?」
ガレルは扉を凝視した。そこには見事なまでに創り上げられた魔法陣が目立たないように仕掛けてある。それはいつ見てもよく出来ている、と思わせられる。俺も最初、あれには気づけなかった。
「わかったら帰ってくれない?これから大事な時間なんだ....」
「・・・いいや、帰らないな。確かめたいことが出来た」
そう言ってガレルは拳を思い切り振りかぶってリン目掛けてそれを投げた。
その拳には無数の身体強化魔法がかけられていた。恐らく前と同じものだ。どうやら本気でやるらしいことがそれでわかった。
俺は咄嗟にリンとガレルの間に入り、その拳に同じくらいの魔法を脳内でかけた自分の拳をぶつけて叩き落とした。
ガレルはぎょっとした顔で俺とリンを見た。ガレルの拳は痺れているようで小刻みに震えていた。
「あ、誰だてめぇ」
ガレルは考え込むようにこちらをじっと見た。
「俺はここで教師をやって...」
「思い出したぜ。前俺に歯向かってきたへぼ女教師だな?この前はよくもエリーゼを呼びやがって。今ここであの時の礼を.......ん!?」
「?」
一瞬だった。気づくとガレルはリンに平手打ちされていた。いや、正確には見えなかった。ただ平手打ちされたであろう格好になっていたのである。
ガレルは一瞬反応に遅れたが、すぐに自分の頬を手で摩った。
「攻撃、されたのか.....。俺が!?」
ガレルがリンの方に向き直ろうとした瞬間、さらに追い打ちをかけるように、リンはガレルに半透明の謎の液体をかけた。
「・・・?なんだよ、冷水でも浴びせて俺が引き下がるとでも?」
「それは魔力除去剤だよ。その液体が付着した部位の魔力の巡りが悪くなる。それと同時に皮膚が魔法を弾くようになる。つまり君は今手、顔、さらに胴体の一部に魔法は一切使えない。もちろん君が得意としている身体強化もね」
それを聞いて、ガレルは顔色を変える。恐らくリンが言っていることが嘘でないと分かったのだろう。現に液体が付着した部分の魔力は確実に薄まっている。ガレルが先程まで拳にかけていた身体強化魔法も全て外れていた。
「こ、効果の持続時間は?」
「2日だよ。今一所懸命洗い流せば、持続時間が短くなるかもね」
「......く。お礼を楽しみにしとけよ、クソども」
ガレルは捨て台詞を吐いたあと、そのまま足早に部屋から出て行ってしまった。
それを見送って俺たちはようやく一息つけた。
「いいのか、あんなことして。後々面倒じゃないか?」
「いいよ、別に。.....ふふ」
「どうしたんだよ、急に笑って」
「あの時間は嘘でね、本当は一週間なんだよ」
「そりゃ随分と長いな。なんのためにそんな嘘を?」
「このポーションは頼まれ物でね。本当は使うつもりなんてなかったんだ。それなのに使わされちゃったから、その腹癒せにね。きっと二日経っても効果が切れなかったら、彼は焦る。そしてそれが永遠に続くんじゃないかと思うだろうからね」
俺はそれを聞いて少しゾッとした。可愛い顔してなかなかえぐいことをする......。
「なんでそんな大事なポーションを使ったんだよ」
「止めなかったらきっとアルフに殴りかかってだろうから。それに守られたのは久しぶりで、正直少し嬉しかった....」
「そうなのか?」
「うん、いつも守る方ばかりだったから」
リンは嬉しそうにそう呟く。きっとリンはこの医務室で俺より遥かに多く生徒を守ってきたのだろう。
そこでふと視線に赤いものを捉え、俺はそれを注視する。よく見るとリンの親指が出血していた。
「リン、それ...」
「ああ、さっきポーションの口を指で折って開けた時に切っちゃったんだね」
よく見ると試験管の先端部分が床に転がっていた。
「そんなワイルドな開け方してたのかよ....」
俺はリンの手の出血部分を指で押えて回復用の魔法を唱える。
「いいよ。私こういうのには慣れてるから。おしっこかけとけば治るよ」
「お前....医者としても女としてもそれはまずいだろ.....、まあこれぐらいはさせてくれよ」
「まさか男に女を語られるとはね、いや今は女か、じゃあ甘えさせてもらうね...」
魔法が唱え終わるとリンの傷口は綺麗に塞がった。
「ありがとう....」
「礼を言うのはこっちだよ。あの時リンが止めてくれなかったら、俺はここでのびてたかもしれない」
「うん.......。それで今日は何の用事?本当に寂しかっただけ?別にそれだけでも来てくれたのは嬉しいけど.....」
「まあそれもあるが、別の用件もある」
俺はそこで話をきり出した。
「内通者のことでちょっとな」
その言葉で、少しだけ空気が変わったような気がした。




