定められた選択と客人
俺は地響きのする寮へと全速力で向かう。
後ろからニアの声がするが構わず走る。
「アルフ先生!止まって。」
ニアは俺の手を掴む。
「今は時間がねえんだよ!。」
「このまま寮に向かったら死んじゃうわよ!」
「航空機ぐらいなんとかなるだろ」
「こうくう...き?なにそれ。今から爆発系統の魔法が空からあの寮に降り注ぐのよ?」
それは随分とまた物騒なことするな.....。
「それでも何とかする!」
「何とかならない。」
「なら、その申請を止めてくれ。これを最後の頼みだと思って。」
「.......。」
ニアは俯き、表情は伺えない。
まあ普通に考えればここで手助けするわけがない。
俺なんかに加担をすれば、ニアまで巻き添いをくらうかもしれないし、何より重い処分を受ける可能性もある。そういう点で見れば、俺に協力するメリットなんてない、か.....。
「やっぱり何でもない、とにかく避難を」
俺が言い切る前にニアが言葉を挟む。
「わかったわ。とりあえずできる限りの事はやってみる、だから.........。」
そこでニアは言葉を切る。
「だから?」
「........だから、これが最後の頼みなんかに絶対させないから。」
「おう。」
俺はまた走り出す。
ニアが申請を遅らせたとしても助かる見込みが格段に上がるわけじゃない。
俺が向かっている途中に建物が倒壊すれば、俺もレーネもタダじゃ済まない。
とにかく急がないと....。
「レーネ、いるか?」
「はい、おります。」
レーネは認識妨害魔法を解いていた。
「俺は転移魔法陣を書いてイヨを助ける。手伝ってくれるか?」
「もちろんです。」
「死ぬかもしれないんだぞ?」
「承知しております。」
「そうか。」
返事は分かっていた。
献身的すぎるレーネ。
しかしそれに頼るしかない無力な自分を俺は恨んだ。
階段をおり、昇降口をぬけると寮から黒い煙が上がっているのが見えた。
寮の外壁にはところどころヒビが入っていて今にも崩れそうだった。
そして外には人ひとりいない。
恐らく、全員避難し終えたのだろう。
それはつまり、いつでも寮を破壊できることを意味していた。
俺は寮の階段を上り、イヨの部屋前まできた。
部屋の扉は激しい横揺れのせいか歪み、開けられない状態になっていた。
「レーネ、破壊してくれ。」
「承知しました。」
そう言ってレーネは強化魔法で右手を強化し、行き良いよく扉を突き破った。
部屋に入ると中はぐちゃぐちゃに荒らされていた。
「なんだこれ.........。」
壁には穴が開き家具は倒れ、床はところどころ禿げていた。
そしてそこにイヨがいた。
「!?」
俺たちは急いで駆け寄る。
イヨを仰向けに倒すと腹部からは大量に血が流れていた。
顔は青白く、ぐったりとしていた。
なんだこの傷は.....。まるで何かにひっかかれたような。
血は今も溢れだしていた。いくら抑えてもとまらない。
近くにはイヨの魔道具であるステッキが転がっいた。
何かと交戦していたのか?
というか、この傷は修復可能なのか......?イヨは息をしてるのか?そもそも誰がこんなことを?俺の初めての教え子がなんで?イヨが何をしたっていうんだ?この子になんの罪が.....。
思考がぐるぐると回る。
まるで思考だけが自分の体から離れていくようだった。
「.........さま............ご主人様!!」
「!」
レーネの声で我に返る。
「今はボッーとしてる場合ではありません。早く処置しなければ手遅れになります。」
「すまん、混乱していた。レーネはイヨに回復魔法を頼む。俺は奥の魔導書室からブレスレットを取ってくる。」
「承知しました。」
とりあえず、イヨはレーネに任せておけば大丈夫だろう。あとはあのブレスレットをつけて、全員転移魔法で脱出だ。
俺は部屋に入ろうと扉を開け中に入る。
入ると前までなかった機械のようなものがあった。
「なんだこれ..........ッ!?」
すると突然、強い魔力を放ち始めた。
そしてこの機械に俺は見覚えがあることに気づく。
これは........俺が前いた刑務所にあった魔力結界装置か!!
だとすれば.........。
俺は急いで扉を閉める。
「どうかなさいましたか!?」
扉の閉まる音を聞いてレーネが反応する。
「何でもない、回復魔法を継続してくれ。」
何でもない、ってのは嘘だった。
この装置は罪を犯した魔術師が刑務所のある一定の範囲内から出られないようにするための結界維持装置だ。
つまり、この結界内に入ったものはそこから出られなくなる。
だからレーネをこの部屋に入れるわけにはいかない。
状況は最悪だった。
この部屋全域に転移魔法陣を構築したとしても、俺が魔法陣内にいることでその魔法は無効化されてしまう。
ブレスレットを使って元のステータスに戻ってもこの結界は内側からじゃ絶対に破壊できないため、どうにもならない。
ダメだ。どんなに考えても脱出する方法が思いつかない。
この結界は装置を中心に球体状に部屋を覆っている。つまりにどこにも穴はない。
外側から破壊する方法もあるがレーネの魔力量じゃこの結界に傷一つつけられない。
どうする......?
このままモタモタしていれば、学園長の魔法でこの寮もろとも、破壊されてしまう。
全滅。
この二文字が頭をよぎる。
しかしここで俺はあることに気づく。
さっきの脱出方法に俺を含めなければ、俺以外は脱出出来るのではないか?
俺が死ねば、二人が助かる。
こんな簡単な引き算が今まで浮かばなかったのか。
ただこの方法は呪いに頼ることになる....。
その上、レーネはこの方法を絶対に許さないだろう。
ならやめるか.......?
寮の上空には刻一刻と魔法陣が構築されていく。
凄まじい数と大きさだ。
急がないと、全員死ぬ。
悩んでいる時間はない。
ゆっくりと息を吐く。
そして、俺は覚悟を決める。
とりあえず、レーネには黙っておくしかないだろう。
とにかく、今はブレスレットを探して二人を脱出をさせるための魔法陣を構築しなければ。
あたりを見渡す。
するとブレスレットは前と同じように机に置いてあった。
これを付ければ男になり元のステータスに戻れる、が恐らく俺の魔力量でも一分そこらしかもたないだろう。
「レーネ、回復は終わったか?」
「はい、終わりました。」
「ならそこにいてくれ。今から転移魔法陣を組む。」
「承知しました。」
後は頭の中で転移魔法陣を構築するだけ。
俺は静かに魔道具をつける。
不思議と俺の頭は状況に反して冷静だった。
焦りは毒だ。
焦ってはいけない。ゆっくり慎重に座標を指定していく。
場所は医務室の近くでいいだろう。
次から次へと魔法陣を重ねていく。
そして次第に上の膨大な数の魔法陣と雑念が俺の集中力を乱す。
ニアには悪いことをしてしまった。
これが終われば、学校には死亡届けが行ってしまう。
そのことで責任を感じさせてしまうかもしれない。
ただ、方法を変えるつもりなど毛頭なかった。
無理だと思われたこの部屋からの脱出。だがそこから俺がいなくなれば簡単に成立してしまうのが、何よりにも憎かった。
その後ゆっくりと魔法陣を組んでいき、ようやく完成した。
後は起動させるのみだ。
俺は転移対象に自分が含まれていないことを確認し、魔法陣を起動させる。
これで全滅は免れる。
俺を安堵と恐怖が襲いかかる。
考えちゃダメだ。何も考えるな。
俺は自分にそう言い聞かせる。
様子がおかしいことに気づいたレーネはすぐさま俺がいる魔導書室に入ろうとするも俺が背中で扉を抑えているので入れない。
扉は激しく揺れる。
レーネは必死に扉を叩き、普段の冷静さとはかけ離れた声を上げている。
だが俺はそれを聞かないように耳を塞ぎ必死に耐える。
きっと聞けば、俺は死にたくなくなる。
しばらくして転移は開始され、その声は聞こえなくなった。
「ごめんな.........。」
俺は静かにそう呟き、ブレスレットを外した。
あれから数分が経過した。
だがそれが何十時間にも感じられた。
そしてそれは刑務所の中を連想させた。
刑の執行を待ち続けた末の孤独感は体を冷やし、心冷やし、やがて俺に死後を見せる。
死ねば見たくなかった、目を背けてきたものを見なくてはならない。
死にたくない。
そんな思いが俺をより一層焦らせた。
そしてなにより、あれに頼るのは嫌だった。
そしてそれは突然やってきた。
突如、凄まじい音ともに扉と結界が破れる。
「!?」
「何とか間に合いましたね、先生。」
そこには前に図書室であった銀髪の女生徒が立っていた。
「お前あのときの!どうしてここに!?」
「話は後で、です。とにかくここから出ないとあと一分そこらでこの寮は消し飛びますよ。さあいきましょう。」
聞きたいことと情報量が多すぎる。
どうやってこの結界を破壊したんだ?並の魔術師じゃ破壊は愚か触れることすら出来ないのに....。
それはまとめて後で聞くことにしよう。
今は早くここから出たい。
俺はブレスレットを握りしめ、粉々になった扉をぬける。
「そんでこれからどうするんだ?」
「そうですね〜、あ!」
「どうした!?」
「空爆、始まっちゃいましたね!」
「嘘だろ!?」
途端に激しい爆発音が聞こえる。
「どうやってここから安全な所まで向かうんだよ。」
「とりあえず私の手を取ってくださいませ。」
「こう、か?」
俺は差し出された手を握る。
すると俺たちは行きよく走り出し部屋を抜け、空中へと飛んでいたのだ。
「これは......?」
「空中浮遊魔法ですよ。」
空中浮遊魔法とは魔法によって重力をねじ曲げたあと推進力を使って自由に空を飛ぶ魔法である。
昔の魔法使いなんかはこれを使って箒に魔法をかけ、空を飛んでいたらしいが....。
「随分、古い魔法を使うんだな。」
「今はそんなこと言っている暇はありませんよ。空を見てください。」
俺は上を向く。
「空爆って.....。」
「そう、無数の流星群のような爆発魔法を寮にぶつけることなのですよ。だから飛んできたものを避けなきゃ、私たち共々粉々ですよ。」
まじかよ。学園長、一体どんな魔道具を.....。
しばらく、空中を飛んでいると急に止まった。
「どうした?」
「これは、まずいですね。」
よく見るとそこにはまた結界が張ってあった。
「この程度なら簡単に破壊できるんじゃないか?」
さっきのよりはまだ薄い結界だ。
「この程度.......?学園長が罪人を逃がさぬように張った魔法ですよ?私にはとても.....?」
するとその女生徒はチラリとこちらを見る。
出来るものならやってみろ、ということか。
だが、今それをやろうとすると正体がバレる。
ここは大人しく俺もできないと言おう。
他に抜け道くらいあるだろう。
「すまん、やっぱ俺もできないわ。」
「あー。元は男だということ、隠さなくても大丈夫ですよ。」
「!?」
俺は今までレーネ以外に性別のことについて話した覚えはない。
なのになぜそれを?
「どうしてそれを、って顔してますね。」
「.............。」
しばらくの静寂が流れる。
これがカマをかけていただけの場合、墓穴を掘りそうだったので黙った。
「サイコメトリーってわかります?」
サイコメトリーはかなり高位の者しか知らないような高等魔法のはずだが......まさかこいつそれを使えるのか。
いやありえない。
こんな学園にそれを知るものがいるなんて。
俺は記憶を遡る。
確かに前あった時も言ってもないのに俺の目的とレベルをわかった上で話を進めていたのを思い出す。
辻褄が会う、な。
「それを使えば、簡単に正体なんて分かっちゃうってわけです。ご理解頂けましたか?」
こいつは信じても大丈夫なのか?
というか今の段階じゃ信用するには材料が足りなさ過ぎる。
「あの〜。早くして頂けますか。ここを抜ける以外、他に方法なんてありませんよ?」
「..........。」
「仕方ないですね。元の姿の身長は176、体重は63キロ。前科持ち。出身地はゴート街。現在のレベルは5。元のレベルは290。」
全てあっている。
仕方がない。今は信じよう。というか他に選択肢がない。
「このことは、黙っておけよ。」
「はいはい〜。」
大丈夫なのだろうか?急に心配になってきた。
だが今はやるしかない。
俺は静かにブレスレットを付けた。
「それが戻るための魔道具なんですね。」
俺はステータスを見て、戻ったことを確認する。
この姿で魔法を使うのはここでは初めてだな。
俺は右に魔法陣を展開していく。
さすがに学園長の作ったものなら、簡単には破れないだろう。
全力でいかないと。
俺は意識を右手に集中させる。
こんな魔法、農民を経験しなかったら使わなかっただろうな......。
「これは......ただの強化魔法!?」
そう、これはレベルの5でも使える超簡易魔法だ。
恐らくレベル5程度では1回やるので限界だろう。
だがそれをレベル290が何重にも重ねたら?
右には数百の魔法陣が構築されていく。
これら全て強化魔法だ。
後はこれで右手を覆ってひと振りするだけ。
右手には試験でイヨが使ったものの数百倍の魔力が込められている。
俺は力強く右から左へと拳を振り切る。
すると結界は音立てて軋み始める。
これで何とか破壊できると思うが......。
でもやっぱり結構硬いな....。
しばらくした後、結界は粉々に崩れていく。
「学園長の結界が粉々に....。流石ですね......って大丈夫ですか!?」
流石に魔力を使いすぎた。
早く外さないと.....。
だが、手の震えが止まらない。
ダメだ。外せない。
「これを.......外し......くれ」
「はい。わかりました。また後ほど。」
後....ほど?
やばい意識が。
全身に魔力が回らなくなったのだろう。
目を開くことさえままならなくなった。
そして俺の記憶はそこで途絶えた。
俺は意識が戻るのと同時に起き上がる。
「ここは!?」
周りを見ると何やら病室のベッドらしき場所で寝ていたらしい。
「気づきましたか。」
カーテンの隙間からひょこっと女性が顔を出す。
「あんたは?」
「私は医務室担当のエレナ=ライムです。」
「そうだ!、イヨは無事ですか!?」
「はい、目立った外傷もなく。今は隣で寝ていますよ。」
そう言ってエレナは隣のカーテンを開ける。
そこには気持ちよさそうに寝息を立てているイヨがいた。
よかったぁ........。レーネの回復魔法は完璧だったようだ。
「誰が俺をここに?」
「生徒会の書記さんですよ。」
あいつか.......。結局あいつに何も聞けずじまいだったな。
「私はあなたが目を覚ましたことを職員方に連絡してきます。くれぐれも無理なさらぬように。」
はぁ。これで俺もクビか.....。
すると俺の右がやけに濡れていることに気づく。
何でだ...?
もしかしてと思い、俺は周辺の空を掴む。
すると感触があった。
「ひャ!?」
変な声がした。
「レーネ、そこにいるんだろ。」
レーネは認識妨害魔法を解いた。
その顔はいつもの冷静さの象徴のような真顔のレーネがいた。
「エッチ、ですね。」
「何が?」
「先程、触った場所。」
特になにも感じなかったが......。
「私はまたさらに怒りました。」
「なんで!?」
レーネは喉をゴロゴロと鳴らす。
「私が謝って欲しいのはそんなことではありません。」
そっか。部屋でのこと、だよな。
「無断であんなことしたのは謝る。本当にすまなかった。」
俺は素直に頭を下げる。
あれはレーネの思いを踏みにじる行為だった。
「私は怒っています.....................けど、」
「けど?」
「それ以上にご主人様が無事で嬉しかったです。」
レーネは静かに涙を流す。
ただただ静かに。
そこで俺は気づく。
俺の隣が濡れていた理由を。
レーネのイヨと一人医務室に取り残された気持ちを。
レーネの爪には血が固まった後があった。
それだけ扉を引っ掻いたのだろう。
「本当にごめん。」
俺はレーネを抱きしめていた。
レーネは顔を俺の胸に埋めて表情は見えないがただただ泣いていた。
すると突然、ノックがする。
レーネは再び認識妨害魔法をかけた。
俺も抱きしめていた手を離す。
「どうぞ。」
「失礼します。」
扉が開いた。
そこにはギルと涙目のニアがいた。
「アルフ先生!よかった。」
ニアは今にも飛びかかってきそうだった。
だがそれをギルが止める。
「ニア先生、それは後にしなさい。アルフ先生、あなたには学園長から呼び出しがかかっています。」
俺も解雇か........。
少し残念ではあるが全て丸く収まったからいいか....。
「わかりました。今向かいます。」
俺は重い体を持ち上げ立ち上がり、ギルと共に部屋を出た。
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