不自然な力
「エメッ!?」
一瞬の出来事だった。
視認できないスピードでエメが後方に飛ばされたのだ。これを目の前の少年がやったのだろうか...。
けど、エメには魔法が効かないはず。それに少年の手にはしっかり魔道具が取り付けられている。魔法は当然使えない。
「オレは大丈夫だ......。痛ッ.....。そいつから絶対目を離すなよ」
「おい、どうしたんだ。何をされた?どんな魔法を.....?」
「魔法じゃねえ。蹴りを一発腹にくらった。多分、器官は破壊されてない。呼吸が出来なくなったくらいだ」
「あの一瞬で、だと......?」
「ギル、あんたエメが攻撃される瞬間が見えた?」
「...........いや」
「私も同じ。これは使うしかないかしらね。この魔道具」
「ダメだ。相手は子供。おそらく拉致被害者だろう。ここは保護を最優先にすべきだ」
「.....そんなことはわかってるわよ!でも保護する前に私たちが全滅してたら、どうにもならないでしょ」
「くっ.......」
「とにかく、なるべく使わないようには努力しましょう。これはあくまでも最終手段」
「わかった」
「エメ、立てる?」
「大丈夫だ。なんともない」
エメをチラリと見る。エメは大きく咳き込み、地に血痰を吐いた。
少年の雰囲気はさっきとはだいぶ違っていた。こちらを見る目が変わっているのだ。
「大人しくすれば、あなたを安全な場所に連れていく。約束するわ。だからそこでじっとしてて」
「嫌だよ。僕は痛いのが大っ嫌いなんだ」
「じゃあ尚更ッ!」
「僕は痛みを感じなくなる方法を教わった。他の人に痛みを与えればいいんだよ。そうすれば痛みを感じない。....痛くされない」
「.....話し合いは無用のようね。最後に聞くけどそれは誰から教わったの?」
「僕のお父さんだよ」
少年は満面の笑みを浮かべだ。その作り物の笑顔が彼の纏う不気味さをより際立たせた。
その笑顔と同時に空気の流れが変わる。
私の全身を包み込む魔道具が自動的に反応し、私を後ろへと飛ばせた。
その瞬間、少年の拳が飛んできていた。少年は右手を大きく振り抜く。私は魔道具の判断に助けられ、それを避けることが出来た。
それにしても早いわね.....。
ここはある程度、魔道具を自動制御にしておいた方が良さそうね。
そこから少年の猛攻が続く。
少年の一発一発の拳に気圧される。一撃が重い。イリスと同じだ。その体からは想像もできないような力を拳や蹴りに乗せてくる。
そして何よりも怖いのが、魔法を一切使えないのにここまで出来ることだ。
彼の手にはしっかりとあの魔道具がついている。あの状態では魔法は一切使えない。つまり全ての攻撃は身体強化魔法などではなく、純粋な彼の力のみによって繰り出されていることになる。
それに対してこちらは身体強化に大きく依存している。それでさえこちらが押されている状態なのだ。
ギルは隣で魔法陣を創る。それが少年の体にまとわりついた。
おそらく重力制御系の魔法だ。しかし少年の動きは全く衰えない。
「くッ.......。なぜ効かない。並の人間なら動けなくなるはずだぞ」
エメも後方から出てきて、少年と対峙するが魔法を使ってこない相手との相性はよくない。なぜならエメが有利を取れるのが、相手の魔法が一切効かないという所にあるからだ。
腕力では魔道具を一切付けられないエメは少年に劣る。
「これは結構やばくないか?」
「そうね.......」
もはや渋ってはいられないかもしれない。しかし彼も呪詛学会に利用されているだけの被害者にすぎない。そんな相手にこの魔道具を使うのはあまりに残酷な気がしてならなかった。
どこかに突破口はないのかしら......。
辺りを見回す。この部屋は厳重にロックがかけらていた。つまり、重要な何かが置いてあるはずなのだ。その中にもしかしたらこの子についての資料があるかもしれない。
この部屋には大きな魔道具がいくつか置いてある。それに無数の資料らしきが紙が散らばってる。探すしかないのかしら.....。けどそんな暇を与えてくれるわけがない。
少年はこちらにジリジリと近づいてくる。
「僕を助けてくれないの?」
「助けるわよ!!だからお願い、そこで大人しくしててよ」
「僕はお父さんに言われたんだ。痛みを与えられる前に与えろって。そうすればお前は痛くなくなるんだって、そう教えられた」
「そんなものは父親じゃないわ」
少年は洗脳されている。誰でもそう見抜くことができるほど少年の行動と言動は常軌を逸していた。
「お父さんだよ。僕のたった一人の家族だよ」
そう言い放ったのと同時に、またもや魔道具が反応を示す。今度は体を無理やり右に避けさせられた。
その瞬間、少年の拳が左から右へと空を掠めた。
「ギル、エメ、何とかこの子を抑えられない?」
少年の拳が右へ左へ飛んでくるのを魔道具が常に反応して避け続ける。
体が無理な早さで動かされ、悲鳴を上げ始める。
この魔道具も長くは使えないのね.....。
「今も重力魔法でかなりの圧がかかっているはずだ。普通なら動けない」
「他の方法はないの?」
今度は後ろにのけ反りながら、一回転して後ろに着地した。
その直後に少年の右の拳が地面を砕いた。そしてその時、あることに気づいた。
攻撃を繰り出している部位が全て右半身からだけなのだ。拳も蹴りも全て。
右腕は黒く染っている方、つまり傷がない方だ。
それに対して左腕は傷だらけだった。
ということは攻撃をしている部位だけがダメージを受けていないということになる。しかしそれはおかしい。生身であの猛攻を繰り返せば確実に体に傷がつくはず。
そもそも普通に考えれば、骨も肉もあれには耐えらない。 それこそ左腕よりも酷い傷が右腕には残るはずなのである。
攻撃を避けながら、彼の右腕を注視してみる。
すると先程地面を割った手の甲には、確かに血のようなものが一瞬見えた。
しかし次の攻撃を繰り出す時にはそのようなものは消えている。
つまり、ダメージを受けてはいるがすぐに修復しているということになる、のかしら.......?
だから攻撃は全てすぐに治る右腕、右足で行っている。
けどこれはあくまで仮説に過ぎない。
でもこの仮説が正しければ彼の並外れた力の源はあの黒い右腕、ひいては右半身にあるのではないか。
そこをつけば勝機があるのかもしれない。




