切り抜けた先に、
すぐさまイヨはステッキから集中を解き、臨戦態勢に入るが相手は周りを防御魔法で固めていた。
さっきの一撃を警戒してのことだろう。
それにしても......。
「防御魔法の一つ一つが精密で綺麗だ。」
「そうね。あの子はそういう繊細な魔法が得意なのよ。」
「じゃああの魔道具は?」
「あれも座標計算から出力の調整までやらなきゃならない面倒くさい代物なのよ。そっちの世界にはなかったの?」
「いやあるにはあるが.....。」
俺が知っているのは火薬を使用するものだけだった。一応魔道具用に改良したものもあるとは聞いていたがそんなに繊細なものだとは.....。
レオンは防御魔法を維持したまま、イヨに拳銃から魔法を放つ。
それは火薬のよりは遅いが避け損ねれば、致命傷は避けられない威力だった。
イヨは反射神経のみを駆使してそれを避け、相手に詰め寄る。
イヨとしては一発当てれば終わりだが、当て損ねればその時点で負けが確定してしまう。
なので慎重に試合を勧める。
ここでレオンはイヨに喋りかける。
「君はAランクの僕に勝てると本気で思っているの?」
、と軽い挑発をしてくる。
そしてレオンは魔法を打ちながら話しかけるがその魔法には全くブレがなかった。
普通、人間の頭は複数のことを同時にやれば、その過程でミスが生じるのは当然だ。ましてや僅かなズレなど当たり前のレベルで起こるはず。
しかしレオンにはそれがないのだ。
「集中力の化け物だな....。」
ただイヨにだって人とは違う集中力と魔法陣構築技術がある。
大丈夫、勝機はあるはずだ。
俺の頭はイヨの敗北シーンの作成を拒絶したのだ。
そしてイヨは完全無視を決め込んでいた。
それが正しい。魔法での戦闘は集中力を切らした方が負けだ。
ただ順調だったイヨの集中力もある話題で次第に乱れていく。
「隷属農民教師に教わっていて、魔法なんて上達するの?」
「............。」
「まさかあんなクソみてーな教師に教わる奴がいるとは思わなかったよw」
「ッ.....。」
少しずつイヨの魔法に対する反応が鈍くなる。
ダメだ。耳を貸す必要は無い。今は避けることに集中してくれ....。
俺はそう願ったが最後の一言が致命的なミスを生ませた。
「まあ、Fランク同士お似合いか。」
「ッ.......!!」
「あ?なんだよ。」
「アルフ先生はFランクなんかじゃない!!!」
イヨの顔には見たことのないほどの怒りが満ちていくのがわかった。
イヨはすぐさま相手との距離を詰める。
しかしそれは明らかなミスだった。
レオンは完璧な防御で周りを固めている。そんな中に飛び込んでいけばどうなるかなんて、誰もが予想できていた。
案の定、レオンは引き金を引く。
しかし出てきたのは弾ではなく、無数の魔法陣だった。
元からプログラムしてあったのか。
俺はあの魔道具は予想以上に厄介なものだと悟る。
その中でも手の内が見えないという点においてかなり手ごわい。
基本的に魔導書なんかを使えば、大体の攻撃の予測がつくため、読みやすいがあの魔道具では複数パターンの攻撃方法があるため予測が付きにくいのだ。
そして相手の魔法がなんなのか分からないままでイヨは突っ込んでしまったのだ。
この試験で試されているのは戦闘経験の豊富さではなく、判断力なのだろう。
ただほぼ授業に出ていなかったイヨではそこに差がつくのは当然と言ったところだ。
無数に放たれた魔法陣のほとんどがダミーだったが一つだけ打撃系の魔法が仕組まれていた。
しかしイヨはそれに反応ができず、左手にダメージを負ってしまう。
「痛ッ.........。」
イヨの目には涙が浮かぶ。
傷口は紫に変色していた。
回復魔法を使えば一瞬で治るが今はそんなことをしている余裕などない。
すぐさま次の攻撃魔法が放たれる。
だがイヨはそれにも反応できず、横に倒れる形でなんとか直撃を防ぐ。
「これはかなりまずいな......。」
「そう、ね....。」
イヨの顔には苦痛と焦燥感でいっぱいだった。
『焦りは毒』
師匠に昔言われた言葉を思い出す。
焦りは真綿が首に巻き付くようにゆっくりと忍び寄りじわじわと自らを蝕む。
態勢を立てなさなきゃ、でも左手が痛む。
そんな焦りが彼女をじわじわと追い詰める。
さらにイヨはさっきの一撃から立て続けに攻撃を受けてしまう。
イヨの戦意はみるみる落ちていく。
体はもうボロボロだった。
しかしレオンは攻撃をやめない。
イヨが魔法を撃つ前に次の攻撃魔法を展開していく。
それは素人などの動きではなく教えこまれた動きだった。
相手に魔法を構築する余裕を与えない。
ギルのやつ.....。どれだけあいつに魔法を教え込んだんだよ...。
傍観者はケラケラ笑っていたり、下を向いていたりと色々いた。笑っているのはほぼが男子生徒だった。
一方女子生徒のほとんどはただただ俯いていた。
有り体に言ってしまえば、勝機はほぼゼロ。
誰もがそう思っていた。
そして俺自身も。
イヨはふらふらと立ち上がり、ステッキを拾い上げる。
しかしゆっくりと顔上げたイヨの目には、さっきまでなかった光のようなものが灯っていた。
「あいつ、まだやるのかよ......。」
「リタイアした方がいいだろ。」
そんな声が聞こえてくる。
「もう体が動かすのでさえつらいはずなのに....どうしてあんな目をしてられるの...。」
ニアは心配そうにそう呟く。
確かにイヨからはさっきまでの焦りが感じられるなくなっていた。
そして俺はそこで何が起きていたのか薄々気がついていた。
レーネのやつ......。
勝負には関与するなと言ったのになにか助言をしたな。
まああいつもなんだかんだでイヨのこと認めてたしな。今回は目を瞑ってやるか。
イヨはゆっくりと立ち上がり、素早く何かを唱えた。恐らく詠唱魔法の類だろう。
その瞬間、レオンは急にふらつく。
「うッ.....。」
レオンはその場に膝をつく。
「なんか気持ちわるい....。」
「俺もだ。なんか急に目眩が....。」
何人かの生徒たちも同様に立ちくらみに近い症状を訴える。
恐らく、イヨは俺が教えた二つの魔法のもうひとつの方を使ったのだろう。
「あの子は何をしたの?」
「魔法だよ。」
「どんな?」
ニアは相当このことに興味があるらしい。
「土を耕す時に使う振動魔法だよ。」
「振動.....魔法?それとあの症状とでなんの関係があるの?」
「耳の中にあるリンパ管内で振動を発生させてる。そうするとリンパ管は体全体が強く揺れてると勘違いをする。しかもあの魔法は均一な振動じゃないから余計に平衡感覚が保てなくなる。」
「じゃあどうしてレオン君だけじゃなくて他の生徒たちも同じようになってるの?」
「たぶん、座標をz軸だけ指定して他は範囲指定してるからだと思う。さすがにイヨもピンポイントであの魔法は使えないだろうしな。」
ニアの疑問はまだ晴れない。
「..........簡単に言ってるけど、それってすごく高度な魔法なんじゃないの?」
「さっきも言った通りあれは農民でも使える簡易詠唱だ。だからそんなに難しくない。」
まあ相手もそうだが学生が座標計算なんて普通は出来ないけどな。
するとここで試験に動きがあった。
イヨはここで勝負を決めるらしく、ステッキを振りかざしてレオンに向かっていく。
一方レオンはようやく立ち上がれたようだった。
「今仕掛けても防御魔法で効かないんじゃ!?」
確かにレオンの周りはさっきよりさらに多くの防御魔法で固められていた。しかしあれはどう見ても過剰。
相当焦っているらしい。
イヨはステッキを強化魔法で覆う。
ステッキは強化され、凄まじい光を放つ。
この一撃にすべてをかけているだけあってそこには気迫のようなものが感じられた。
そしてイヨは何重にも固められた防御魔法目掛けてステッキを振り下ろす。
「いや無茶だ。」
あんなに固められていたら攻撃が通るわけがない。
さっきの振動魔法もそうだが何を考えてるんだ.....。
「えい!!」
そんな声と共に打撃を与える。
当然、厚い魔法の防御壁で攻撃は簡単に止められてしまう。
ステッキは弾き飛ばされ後方へと飛んでいく。
これでイヨは魔力を使い切ったことになる。
ここまでか.....。
「ここまでみたいね......。」
俺もニアも下を向く。
教え子の敗北は俺に大きくそして重くのしかかる。
「フン、あんな猫騙しだけであんな攻撃が通用するとでもおもっているのか!!流石、Fランクはどこまで下等................。」
そこでレオンが突然、喋るのやめた。
俺たちは顔を上げる。
するとそこには確かにレオンの溝落にイヨの拳が入っていた。
「は?」
彼が攻撃に気づいたのは痛みが襲ってきてからだった。
レオンは呻きながらその場に倒れ込む。
「「え?」」
二人で同じ声が出てしまった。
ギルは青ざめていた。
そのせいか、勝敗の確認が遅れる。
ギルは呻くレオンに駆け寄る。
「本人が戦闘不能......との事です。」
その言葉と共に試験は終わったのだった。
ギルの唇には悔しさのあまり歯形がついていた。
そしてイヨは苦しそうに座り込む。
今ので完全に魔力を使い果たしたのだろう。
しかしさっきの攻撃で魔力を使い切ったはずのイヨが勝った.....?。
俺は目の前の事象がまだ理解出来なかった。
どうして魔力が残っていんだ?さっきのあの一撃で使い切ったんじゃ.......。
俺の疑問をレーネはすぐに解消する。
「フェイク、ですよ。」
「フェイク???」
「イヨさんは最初からステッキ全体ではなく、握っている拳に強化魔法をかけていたんです。」
「でも俺は確かにステッキが強化されるの見たぞ。」
「はい、あれこそがフェイクです。イヨさんは脳内構築魔法でステッキが強化魔法で覆われているように幻影魔法を展開していたんです。」
「だからレオンを含め俺たちはステッキ全体が強化されていると勘違いしていたと......?」
「はい。あとは相手が焦って展開した過剰なまでの防御魔法にステッキをぶつけ、油断したところで拳を溝目掛けて当てた、というわけです。」
あの状況下で脳内構築したのか......?
本来、魔法を脳内で構築する場合何千回とイメージトレーニングを積む必要がある。
だがイヨはその段階を省いたのだ。
嘘だろ.....?そんなこと可能なのか?
俺は彼女の化け物じみた集中力を垣間見た。
「それよか、お前イヨの強化魔法ほとんど軽減しなかっただろ。」
「はい。その......私も思うところあって。」
「思うところって?」
「......それは私の愛する人を......」
「ねえ、アルフ先生はさっきから誰と話してるの?」
「んや!?!?別に!?」
横を向くとニアが不思議そうな顔をしてこちら見ていた。
会話に集中してて全然意識してなかったが隣にはニアがいたのだった。
「ねぇ、さっきの試験のことだけど。」
「それよりイヨを介抱してやってくれるか?かなり苦しそうだからさ。」
俺は急いで話題をそらす。正直さっきの魔法のことはあまり触れられたくないのだ。特に脳内構築魔法のこととかは....。
「それもそうね。」
そう言ってニアはイヨの所へ向かう。
ふぅ。心臓に悪すぎる。
「それでさっきの思うところって?」
「ミスりました。」
「かるっ!?」
そんなお手頃な理由だったの!?
「それより会話の途中で他の雌と会話するなんていい度胸ですね。」
「しょうがないだろ.....。お前がいることがバレたらやばいし。」
このことがバレたら不正扱いを受けるかもしれないし。
「アルフ先生、それにニア先生も試験の結果を集計するので職員室に一緒にきてください。」
「はーい。」
「はい!今行きます。」
試験の結果を集計なんてすんのかよ。だる.....。
「イヨさんは今頃寮で休んでするはずよ。傷も治ったし。でも魔力使い切っちゃったから今日一日は動けなさそうね。」
「そうか。色々悪いな。」
「うんうん。私もイヨさんから色々話を聞いて久々に感動したし......。」
確かにさっき介抱している時に何か話していたが...。
「感動?」
感動するようなことしたかな?
「あれが性別を超えた純愛なのね......ってこんなこと言わない方がいいわね。」
「純愛......?」
ますます意味がわからない。
確かに俺は誠心誠意イヨに魔法は教えたが.....。
その事を言ってるんだろうか......?
俺は疑問符を浮かべながら、ギルについていく。
そしてなぜかさっきから背中に刺さるような敵意を感じる。
レーネがまたなにか怒っているようだ。
雌猫は本当によくわからない。
そして職員室についたときだった
「え?なに........これ。」
ニアがなにかに反応する。
「ん?どうした?」
その直後、凄まじい地響きが鳴る。
「「!?」」
なんの音だ!?
さらに地面が揺れ始める。
激しく学園全体が揺れているようだった。
「私はひとまず状況を確認してきます。」
ギルが外へと走っていく。
「あなた達は職員室にに入っていてください。」
俺たちは指示通り、職員室に入ると中は大騒ぎだった。
「おい、どうなってるんだ!?なんだこの強大な魔力反応は......!?。」
「わかりません。今、位置を特定中です。」
学校中の警報機が鳴る。
「魔力反応!?」
魔力反応が出たということは何かしらの生物もしくは災害から発せられた強い魔力を魔力計測装置が感知したことを意味する。
この世界にもそれがあるのか.......。
これらの反応を頼りに戦争では敵の位置を確認するのに使われていたが今は主に災害に対する迅速な対応のために使われる。
でもなんでそれがこんな学園周辺で突然....。
「場所は学園寮付近です。」
「「え?」」
寮........だと?
「正体は何だったんだ?」
「いえ、それが巨大な魔力の塊とまでしか.....。」
「学生の避難は出来ているのか?」
「はい。」
「わかった。私が今から学園長に申請をしてくる。」
「ちょっと待て...待ってください。」
俺は嫌な予感に押しつぶされそうになっていた。
「なにかね?自体は一刻を争うんだがね!?」
「申請って何の申請ですか。」
「そんなの魔法による寮への空爆申請に決まってるだろ。」
「空爆......申請?」
「そうだ。この学園の設備はすべて学園長が魔法で作り出したディメンションの中にある。したがってこの学園に何かあるたび、破壊と構築繰り返せる。要するに壊れてもすぐに元に戻せるんですよ。そして寮もその例外ではない。」
ディメンションとは魔法で構築した空間を意味する。
そして魔法で作り出した空間は術者が自由に操ることが出来るのだ。
この学園は学園長が作り出した空間の中にあったのか....。
「それでその....学生が全員避難してるってのはなんでわかるんですか?」
「魔力反応の有無を見ればそんなの一瞬でわかるだろ。とにかく、私は急いでいるんだ。離したまえ。」
そう言って副学園長は俺の手を振りほどく。
魔力反応の......有無。イヨは今、魔力回復のために寮で休養してるはずだ。
思考がぐるぐると回る。視線の焦点が定まらない。
今イヨには魔力が全くない状態だ.....。
つまり、イヨからは魔力反応が、出ない...。
「お願いします。待ってください。寮には生徒がまだ残っているんです!!」
「それ、どういうこと!?」
「イヨは今ひどい魔力欠乏中だ。だから魔力反応が出ない。」
「そんな........。」
「とにかく魔力反応がないってことは誰もいないってことなんですよ。それにそのイヨとかいうFランクの生徒のせいでこの申請が少しでも遅れれば、他の優秀な生徒まで被害を被ってしまう。」
「Fランク.....。他の........優秀な生徒?」
なにを言ってるんだこいつは......。
俺は一瞬何を言っているのか理解出来なかった。
「生徒の命に.......魔法の優劣は関係ねえだろうがよ!!!!!」
俺は副学園長の胸ぐらを掴む。
「副学園長!?」
周りの職員が俺に掴みかかってくる。
「そのイヨという生徒は.....Fランクの問題児で有名なんですよ。それにそんな不確定情報で申請を出さないなんてことは出来ない。あなたは身勝手過ぎるんですよ。だから今あなたをここで暴行罪で拘束します。ジーク先生、拘束具を。」
「はい。」
すると奥から大柄な男がでてきた。手には魔法を無効化する術式が彫られた手錠を持っていた。
「安心してください。彼女に身寄りはありません。したがって苦情が来ることもない。ましてや女生徒など.....救うに値しない。」
人の命が、かかってるんだぞ.....?
「このクズ野郎が......!!!!。」
「貴様!!副学園長になんてことを!!!」
ここで捕まれば、その間にイヨが......いやそんなことを考えるのはやめよう。
俺は教員の手を振り払って職員室を飛び出した。
「ま、待ちなさい!!」
クソッ!!時間が惜しい。
とにかく空爆申請をされる前にイヨを寮から救出しなければ。
俺は激しい揺れの中、廊下を走り抜けていった。
読んでいただきありがとうございました!