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帰還して手に入れる光

部屋に戻り、俺はそのまま自分のベッドにレーネを寝かしつけた。


すると薄暗い部屋の中でゼロが眠っているがうっすらと見えた。


俺はゼロをどこか別の場所に移そうかと悩んだが、それがしづらくなるほどよく眠っていたのでそのままにして、代わりに毛布をかけておいた。


俺はベッドの側の椅子に腰をかけ、レーネを見ていた。


眠っているレーネを見ていると、たまらなく不安になる時がある。


もしかしたら呼吸をしていないのではないか、魔力が上手く体を回っていないのではないか。


そうした不安が頭の中をぐるぐると回り、寒気がした。


その度に何度も呼吸を確かめ、脈を測る。


大丈夫、大丈夫だ。


それらの衝動を可能な限り減らすため、今出来ることはなんでもやった。


よく見るとレーネの体には傷が多く、また魔力が少なったかったため予め蓄えておいたポーションを必要な部分に使った。


未だどこか不安そうなレーネの表情。まだ悪夢の中にいるようだった。


俺はそれを少しでも和らげるため手を握り、時折さすったり、手で包み込むようにして安心させそうとした。


それが功を奏したのか、レーネの表情はだんだんと穏やかになっていった。


それを見て、俺は安心してしまったのか体に力が入らなくなっていく。


今までせき止められていた凄まじい疲労が眠気を誘う。


まだ寝ちゃダメだ...。せめてレーネが起きる....までは。


「この手は.....離さ....ない....」


【ダメだ。少し休まないと体がもたないよ】

「ステンノか.....?」

【今は休みな】

「・・・。」


俺はその声を皮切りに深い眠りの底へと沈んでいった。



俺は初めて猫の姿のレーネを見た時、どこか惹き付けられる何かがあった。


それに引き寄せられるように俺は無意識のうちに黒猫撫でていたのをよく覚えている。


真っ黒い体に月に鋭い影を落としたような尖った眼、そして体内から溢れる魔力。


俺はすぐに普通の猫ではないことを悟った。


それからは師匠に頼みレーネを人間に姿に変え、身の回りの世話や生活の補助をしてもらうようになった。


レーネは最初声を発することはなく、また目も合わせなかった。


ただ黙っているだけ。


しかしレーネは決まって朝一番に起きて俺を起こし、俺よりも先に寝ることがなかった。


いつも傍にいた。何も言わずとも俺の傍に居て、ずっと俺のことを見続けていたのだ。


そしてある時、レーネは突然片言の言葉を話し始めた。


元々猫であったレーネは当たり前だが言葉は話せなかった。いや理解してはいたが、発声の仕組みが分からなかったのだ。


最初は俺の名前を呼ぶので精一杯だったがその内流暢に話せるようになりレーネが考えていることや伝えたいことがその都度分かるようになった。


「レーネ、今何を考えてたんだ?」

「ご主人様のことを.......考えておりました」

「そう...か。今伝えたいことは?」

「.......っ!。....特にありません...」


俺は意思の疎通が出来ることが嬉しくて、こんな取り留めのない会話を何度も続けていた。


思えば俺にはレーネに会った時から今までずっと謎の執着心のようなものがあった。


それはずっと昔からあり、俺の頭の空洞を埋める唯一の光として大切に保管されていた。


そして俺はそれを常に大事にしてきた。それだけは失うまいと胸に抱いて生きてきたのだ。


そしてその光は今、俺の手中にあった。温かく、時折呼応するかのように俺の手を強く握り返すそれは。


「様....っ!、ご主人様......ッ!」


聞きなれた声が俺を眠りから引き揚げた。

ゆっくりと重たい瞼を持ち上げる。


視界には、微笑むレーネの姿。


俺はそれを見て無意識に強く抱き締めていた。強く強く。


「っ!? ...........ご主人様....?」


レーネは俺の行動に一瞬戸惑ったようだが、すぐに俺に抱擁し返してきた。

レーネの体はとても温かく、強く血の巡りを感じた。

もうあの時、化け物の中にいたレーネではないのだ、と実感出来た。


「よかった...........よかった....ッ!」

「はい......ッ」

「ごめん、レーネ。俺はお前の気持ちを裏切るような事をして.....ごめん」

「はい…。ご主人様、私も心配をおかけして申し訳ありませんでした。でも、ご主人様がご無事で本当に...良かった.....」


そうした会話をしているうちに、気づけばお互いに涙を流していた。

そしてそれを拭い合うようにお互いに身を寄せあった。二度と離れないように、体を結びつけ合うように強く密着した。



枕元の明かりが、俺たちの顔を赤く照らす。

二人で並んで肩をつけてベッドに座っていた。


「レーネ、師匠とは話したか?」

「はい。お話をして私が魔法を解くのを許可してくださいました」

「そうか。レーネは....そのままでいいのか?」


レーネが俺の元に来た時に、施した魔法。


魔力をある程度抑え、且つ暴走しないようにするためのもの。

それが今、解かれた状態にある。

「.....はい。このままで大丈夫です、いえこのままが良いです」

「理由を聞いてもいいか?」

「はい。これならご主人様と一緒に戦えるからです」

「そうか.....」


俺はレーネにこれを切り出そうか迷ったが、結局話すことにした。


「レーネ、伝えておきたいことがあるんだ」

「.......っ!?.....は、はい、なんでしょうか....」

レーネは不自然に動揺したがすぐに表情を戻した。


「実はな......俺.....」

「........は...い...」


いざ言うとなると言葉が出てこない.....。軽蔑されるのが怖いのだ。

いや、でもこれからこれをレーネに隠しておくなんて出来ない。


レーネも俺に同調するように膝の上で拳を握りしめ、震えていた。


「もう半分くらい、人間じゃないかもしれない」

「................はい?」


レーネは寝耳に水をかけられたような頓狂な顔をしていた。

どうやら想定外だったらしい。


俺は袖をまくり上げて、レーネに見せる。


俺の血管は照明に照らされて、より一層黒々としていた。そしてそれらは樹形上に体の至る所へと広がっていた。


レーネはそれを見て困ったように笑った。


「軽蔑、しないのか?」

「しませんよ。たった今別件でご主人様を恨みたくなりましたが......」


後半はなぜか少し怒ったような口調になっていた。


とはいえ、俺はレーネの答えに深く安心していた。


この黒い血管は俺の腕に限らず、体中がこうなっている。

この血管一本一本に流動体のステンノがいるのだ。


俺はそれからレーネに今まであったことを全て話した。

レーネはそれを落ち着いて聞いていた。



「俺は時々、怖くなるんだよ。記憶がないときに一体何をしていたのかって。もしかしたら、多くの人を傷つけているかもしれないって....すごく怖くなるんだ」


ずっと不安だったのだ。ポッカリと空いた記憶の穴。この間に一体何をしていて、なぜ収監されていたのか。


怖くて怖くてたまらなかった。

俺はその記憶を探したくもあったが、反対に知るのが藪をつつくようで怖いというのがあった。


それに過去の記憶がないというのは、自分を構成する重要な要素が欠けているという感覚を俺に植え付けていた。それが恐怖の根源だったのだ。


俺が淡々と自分が抱えている不安を吐露しているとレーネが俺の手を握ってきた。


「大丈夫です。ご主人様が傷つけた人などおりません。それどころか救われた人がいます」

「そんなの...」

「必ず居ます。私が保証致します」


レーネはそう言うとさらに強く俺の手を包み込んだ。

レーネの体温は少し高いようですごく温かった。


俺はレーネの目を見る。とても真剣な眼差しでとても慰めで言っているようには見えなかった。


「これから俺に何が起きるかはわからない。もし俺の頭がイカれたら、その時は俺を止めてくれ」

「わかりました。必ず止めて、それから必ず元に戻します」

「ありがとう」


俺たちはゼロが起きるまでしばらく寄り添ったままでいた。


どれくらい時間が経っただろうか。ある時突然、レーネが話し始める。



「ご、ご主人様....起き上がりたいのですが足がもつれて動きません。なので......その....手を貸してくださいませんか?」


レーネの声は少し上ずっていた。


「わかった」


俺は言われた通り、レーネに手を貸した。

すると俺の手はその瞬間、強く引っ張られ体勢を崩した。

「!?」


そして気づいた時にはレーネの唇が俺の唇に触れていた。

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