才能は杭を打たれるもの。
イヨはゆっくりと息を吐き、素早く魔法陣を書いている、がコレはフェイクで本当は脳内で構築しているものを可視化して出しているだけである。
「!?」
ギルの表情がみるみる変わる
当然だ。本来手では書けないほどのスピードで魔法陣を構築していくのだ。
多くの生徒が視認するだけで精一杯だろう。
元々魔法陣は手書きのものを別に覚えてもらう方針だったが、途中から『魔法陣をあえて見えるようにする方に労力を費やした方が効率がいいのでは?』というレーネの意見を聞き、その方向で行くことにした。
そのため、この試験に関して言えば、訓練をしたのは脳内で構築した魔法陣を可視化させる魔法だけで後は基本的に何もしなかったのだ。
横を見るとニアは豆鉄砲をくらったような顔をしていた。
「あの......これはいったい....。」
「一週間、魔法陣を書かせる練習をたくさんさせただけだ。」
もちろん、これは大嘘である。
本当は一週間のほとんどを戦闘訓練に費やした。
「ありえないわ。彼女、前までFランクだったのよ!?」
「Fランク?」
「アルフ先生は来てまもないから知らないだろうけどこの学校にはA~Fまでランクがあるの。」
「イヨはそれの最低ランクだったのか?」
「というか、なぜかギル先生が入学初日の試験を始めようとしたら何も出来なくなっちゃってそれから学校に来てなかったのよ。」
なるほど...。
まあ大体理由はわかるが........。
「だから数値が出ずにFランクか。」
それならイヨの実力が認知されていなかったのにも納得ができる。
「ってそんなことはどうでもいいのよ。どんな手を使ったらあんなことになるのよ!」
う〜ん、かなり悩みどころだな。これを説明したら不正扱いされるかもしれない。それにあの方法は俺のいた世界でも魔法の根幹を破壊しかねないという抗議があってその場にいるものしか知らないように手配したくらいだからな。
「まあ、あいつの才能が桁外れだっただけだ。本当、覚えが良くて助かったよ。」
言ったあとで思ったがこんなもので誤魔化せるのか?
「そうなの?なんかまだ納得いかないけど....。まあ試験結果見た方が早そうね。」
結果を見てか.....。
「ちなみに結果ってのはその場で出るのか?」
「いいえ。最後の戦闘模擬試験の後総合的にランク付けされるの。あの子、わかる?」
そう言ってニアは一人の男子生徒を指さす。
その男子生徒はすらっとした顔立ちに眼鏡をかけ金髪で長身だった。
「あいつがどうかしたのか?」
「あの子が前回のトップよ。」
そして突然、ニアは顔をこちらに近ずけ手招きする。
俺は耳を顔に寄せる。
というか、距離近ッ!
「噂によるとギル先生が目をかけてるらしくて直々に魔法を教えてるらしいの。」
「そうなのか?どこにそんな根拠が。」
「だって専攻してる魔法も同じだし、詠唱の波長もすごく似てるのよ。おかしいと思わない?」
「まあ、それもそうだな.....。」
確かに詠唱の波長は師によく似る。
俺もレーネもあのクソb....師匠のものとほぼ同じ波長だったりする。
まあ俺もレーネも詠唱魔法なんかほとんど使わないからあんま意味ないんだけど。
「でもそれってやっていい事なのか?」
「あなたが今やってることもそれに含まれるでしょ。」
「確かに....。」
言われてみればそういうことになる。
「少々顔を近ずけすぎでは?」
「!?」
突然、反対側の耳からレーネの声がした。
「どうかした?」
「い、いや別に何でもない」
見えないとはいえ声を発するのはやめていただきたいものである。
「私がそばにいるというのに他の雌とイチャイチャされるとうっかり魔法が暴発してしまうかもしれませんので。」
低く冷たい声が耳元を流れる。
「絶対うっかりじゃないだろ、それ....。」
俺たちはニアに聞こえないように呟いた。
しかしこれからはレーネにもある程度気を使わないといけなくってしまった。
するとどうやらイヨの試験が終わったらしかった。
イヨは一息ついてこちらに向かってきた。
俺は軽く手を挙げて合図をする。
「おつかれさん。なかなか良かったんじゃないか?」
「はい!自分なりの最高を出せた気がします。」
「次は実技か。」
ちなみにこれが一番心配だったりする。
戦闘は強化魔法だけで何とかなるほど甘くないのだ。がしかしイヨの場合に限ってはそうではなかった。俺が最初に教えた強化魔法だけですべてを終わらせるほどの威力をたたき出せるのである。
前に1度だけ組手をやろうとして死にかけたことがある。
マジであの時はレーネのカバーがなかったら死んでたかもしれない......。
だから俺が心配しているのは威力を抑えられるかどうかについてだ。
魔法というのはある程度の魔術師にもなれば誰だって人をひとりやふたり消し炭に出来るほど強大な魔法を撃つことはできる。後先考えなければだけど....。
しかしそれを意識して抑えるとなるとなかなかに難しい。
そもそもなぜ抑える必要があるのかと言うと、本当の闘いの際にすべての魔力をその一撃に込めた場合、それでやりきれなかった後のリスクがどうしても大きくなってしまうからである。
そのため魔術師は基本的に魔力を小分けして使う。
しかしそれがイヨにはできなかった。
集中しすぎて全部魔力が流れ込んでしまうのだ。
結果、イヨは一回集中して魔法を放った後は時間を少し置かないと次の魔法が打てなくなる。
そしてその魔法は必然的にすべてイヨの渾身の一撃になってしまうため、威力が跳ね上がる。
それはもはや一週間程度どうにかなるものではなかったため、予定を変更してイヨが放った魔法を相手に当たるギリギリで透明化したレーネが威力を気絶する程度の衝撃に抑え込むという風にした。
これは少し反則っぽいがバレなきゃ犯罪じゃないのである。
見えなきゃ証拠も残らないしね☆
俺はイヨに目で合図した。
わかってるな?
は、はい。
一応会話としてはこんな感じだ。アイコンタクトだから合ってるかは知らんが。
そしてギルが次の試験に移ることを宣言した。
「次の戦闘模擬試験の準備をしなさい。尚、呼ばれた二名は前へ出るように。」
「この試験って二人ずつやるのか?」
「そうよ。基本的には1体1ね。」
「何回やるんだ?」
「2回よ。組み合わせは一回目に同ランクかそれ以下の相手とで二回目は上位ランクの人とやるの。」
「へぇ〜。」
つまり、二回目は実質下克上をするための試験みたいなものか。
ここは切り抜けてほしいがな。
最悪、俺が魔法を無効化しちまえば死者も出ることはないし大丈夫だとは思うが....。
そして一試合目が始まる。
二人の男子生徒が呼ばれ前へ出る。
お互い持ってる魔道具はスタンダードなタイプの杖型だった。
「分かっているとは思うがこれはどちらかが戦闘不能になるまで続ける!でははじめ!!」
「「よろしくお願いします!」」
「あの二人のランクは?」
「二人ともCランクよ。」
こちらもやはり行われていく試験は粗末なものもあれば息を呑むようなものまで何でもあった。
一回目の試合のあと、間髪入れずに二回目がはじまる方式だ。
そして生徒のレベルにはかなり幅があった。
とりあえず、分かったことは一回目も二回目も同性同士でマッチングされることだった。
それがある意味で1番安心した。
そしてついにイヨの名前が呼ばれる。
やはりマッチングされたのは同じクラスの女生徒だった。
「相手のランクは?」
「確か、Dランクだったと思う。」
「え?でも格上とは2回目からじゃないのか?」
「普通はそうだけで相当やらかさない限りDよりしたなんてつかないのよ。それこそ判定不能とかじゃないとね。」
「じゃあ、イヨの場合格上と当たるのはほぼ、必然ってことかよ。」
まあまだ同性だからキョドることもないとは思うが...。
イヨとその女生徒は中央へと向かう。
そしてのその周りを生徒が取り囲んでいる状態だ。
「危なくないのか?周りにいて。」
「危ない?そんな威力の魔法を生徒が撃てるわけないでしょ。だからギル先生も黙認してるんじゃない。」
「ん~。」
やばいな。レーネのカバーの重要度が跳ね上がってしまった。
「それが、どうかしたの?」
「ん!?いや別に!?」
俺はニアに聞こえないように囁く。
「レーネ、カバー頼んだぞ。」
すると耳元で声がする。
「承知しております。」
声を出したことによって風が耳にあたって背筋がゾクゾクする。
「それと耳元で風を含んだ喋り方するのやめろ。俺は耳が弱いんだよ。」
「承知しておりますが?」
見えないはずのレーネのドヤ顔が頭に浮かぶ。
くそ、しかもわざとやってんのかよ!
イヨは緊張はしているようだがさっきよりは落ち着いて見えた。
さっきのが勇気づけになったか。
相手の手には魔導書らしき本が握られていた。
「ところで魔導書使うのはありなのか?」
「そうよ。基本違法なものじゃなければ何でもありなの。勝ちさえすればいいのよ。」
「そう、なのか.....。」
それだけ聞くとすごく乱暴に聞こえるがそれがここのやり方なのだろう。
ただ相手が魔導書を使ってくれるのはむしろ好都合だった。
イヨの魔法の場合は使うのは一瞬。
その一瞬さえあればいいのだ。しかしその一瞬を防がれたり、避けられたりしてしまうと途端に勝ち目がなくなる。なぜならイヨはそれに全てを使ってしまうから。
本当はそんな無茶な戦い方を教えたくはなかったが時間が足りなすぎたためやむを得なかった。
ギルの合図とともにお互い構える。
おそらく相手のすぐ側にレーネが配置し終えているはずだ。
イヨの手には彼女の魔道具であるステッキが握られていた。
そして周りの視線は彼女達に集まった。
本来のイヨなら男子からの視線だけでもつらいはずだがステッキに意識を集中させているおかげか気になっていないようだった。
さっきの試験でのことがあったため空気は前より、緊張感を帯びていた。
そしてついに戦闘開始の合図がかかる。
その瞬間相手は即座に魔導書を開いた。
魔導書は普通使う場合は3秒くらい時間がかかる。
しかしイヨに必要なのはその3秒だけだった。
イヨは集中を解き、瞬発力強化の魔法を自分にかけ、相手のこめかみ目掛けてステッキを思い切り振りかぶり、当てた。
その瞬間、凄まじい衝撃波と共に相手が倒れ込んでしまった。
それから遅れてイヨが片膝を地につける。息も荒かった。
周りには衝撃波で飛ばされた机が散乱していた。
イヨの方は魔力欠乏のため立っていられなくなったんだろう。
相手は倒れたままで動かない。
すぐさまギルが確認行く。
しばらくの静寂の後ギルは口を開く。
「気絶......している。」
どうやらレーネが上手くやってくれたようだ。
本来なら気絶ではすまないほどのダメージをレーネは魔法を使って軽減させたのだ。
「今のは.....なに?」
ニアの顔は一言で「驚愕」だった。
「ただの強化魔法だ。」
「今のが....?」
「そうだ。」
「絶対おかしいわよ!今のは絶対高度な魔法陣を要してやっと出せる威力のはずよ。」
「農民がクワなんかを長く使えるようにするために何をするか知ってるか?」
「なによ、急に。そんなの知るわけないでしょ。私たち、魔術師なんだから。」
私たち.....か。今や俺はそれに含まれないのか。
「強化するんだよ。クワの周りを魔法で。それの究極系があれなわけ。」
俺は軽く説明することを意識した。実際あれは十分の一にも満たない威力だった。だからここは深く追求させてはいけない。ニアがあの魔法知らなくて本当によかった。
「それでこの次はもっと格上と当たるんだろ?」
俺は無理やり話を変える。
「そう....ね。」
「それはギル先生が決めるのか?」
「たぶん。」
恐らく次はあの戦法は通用しない。
防御魔法で対抗されたらおしまいだ。
ただこの警戒心が重要だったりする。
なぜならこれで相手は初手でタイムロスするようなことが一切出来ないと判断するからだ。
そしてすぐさま二回目の試験が開始される。
さっきのことがあってかクラスにいる生徒達はかなりざわついていた。
そして俺は次の瞬間、衝撃を受けることなった。
なんと二回目の試験の相手は前回の成績トップだったのだ。
「は?」
「嘘、でしょ?」
俺たちは思わずそんな声をこぼしてしまった。
ギルは薄らと笑みを浮かべていた。
俺の見立てでは次の相手は同性のCかBだと思っていたがまさかAランクの異性とは.....。
というか.....。
「何でFランクとAランクが闘うんだよ!?それに同性同士でマッチングするんじゃないのか!?」
「さっきの試合を見て、ギル先生がそう判断したんじゃないかしら......。」
だとしてもあまりに理不尽すぎる。
いきなりAランクしかも『男子生徒』と闘わせるなんて....。
「今までにこんなことは?」
「私が知る限り初めてのはず....。」
「ちょっと、文句言ってくる。」
流石に頭に血が上ってしまった。
イヨは確かに魔法の才能はずば抜けているがまだまだよちよち歩きの雛に近い。
しかもそれはギルが1番よくわかってるはずだ。
さっきの魔法が付け焼き刃なことくらい。
それをわかった上であえて自分が教えているトップランクの男子生徒をぶつけてくるなんて嫌がらせにほかならない。
俺がギルの所へ向かおうとした時、ニアに腕を掴まれた。
「なんだよ。」
「言っても無駄よ。」
「あ?また女の意見は通らないとでも言うのか?」
「違う。彼は一学年の主任なの。一学年の全てのクラスを統括しているのよ?だから彼の判断は絶対に覆らない。」
「そんなの俺には関係ない。」
「あなたには関係なくてもイヨちゃんには関係ある。あなたが変なことをすれば、火の粉があの子にも飛ぶのよ?」
「.........。」
「少し冷静になって。まだ負けると決まったんわけじゃないでしょ。」
「う......。」
確かにそうだ。まだ負けたわけじゃない。イヨの力を持ってすればまだ勝機はある。
俺は冷静さを取り戻した。
俺はイヨに目を向ける。
イヨはこちらを心配そうに見つめていた。
そして目が合うとニコッと笑った。
私は負けません。
そんな意志が伝わってきた。
「レーネ、カバーを引き続き頼む。」
「承知しました。」
「ただし、勝負には関与するな。」
「はい。」
そしで呼ばれた二人は中央に集められる。
前回トップの生徒はなにやらギルとアイコンタクトのようなものをしていた。
その顔には並々ならぬ自信が伺えた。
一方イヨはある程度呼吸は整っていたため体調は問題なさそうだった。
後は魔力量か....。
まだ大丈夫そうだがあと一発撃ったらヤバそうだ。
その一撃に全てがかかっている。
俺はそう考えた。
そして二人は魔道具を構える。
前回のトップの名前はレオン=ベート。
魔道具は黒い光沢を帯びた拳銃だった。
それは使う魔法がさほど時間を必要としないことを意味していた。
時間がかかるイヨとは恐らく、相性は最悪と言えるだろう。
レオンはイヨと目を合わせて早々に不敵な笑みを浮かべていた。
そしてそれに怯えるかのようにイヨは目を伏せる。
「では、始め!」
ギルの勢いのいい合図がかかった。
読んでいただきありがとうございました!