火蓋は切って落とされた
ひと通り嗤い終えたイリスはその幼い顔を持ち上げた。
「また君たちか〜。本当に縁があるね」
「そうね。残念なことに」
向こうは想定外のはずなのに妙に落ち着いている。そしてそれが私の不安を煽る。
「とりあえずなんでここに、とだけでも聞いておこうかな〜」
私はそれを聞いて苦々しく思いながら口を開く。
「情報源を生かしておくはずがないってのとあんたらが必ずこれを回収しに来る」
私は今はもう何もないアルフが乗せられていたキャスターを指さした。
「ってことを言っている男がいたのよ」
「へぇ〜。それだけでわざわざここへ?」
「それだけじゃねぇ。アルフが本当に死んでるのかを確かめにってのもあるぜ。そうしないと何も出来なくなっちゃう女の子がいてな」
突然割って入ってきたエメは私の方をチラリと見た。
大きなお世話だっつーの
「ところで君たちが僕に何回勝てたか覚えてるかな〜?」
「覚えてないわね」
「覚えてねえな」
「その無謀さには毎回感心するよ〜。いいよ、教えてあげる〜。答えはゼロだ」
イリスの魔力はどんどん膨張していて今にもその小さな体から溢れだしそうだった。
黒いローブで隠れて体は見えないけれどイリスも今出回ってるあの妙な薬を使ってるのかもしれない。じゃあなきゃあんな前に見たような腕力の説明が出来ない。
「あーあ。こんな時エースとやらがいたらね」
「エース?なんだそりゃ」
「私の前にいたらしいのよ。もう辞めちゃったけど。それの後釜で私は入ったの」
「なんで今それを?」
「ん?いやちょっと今そいつを恨みたくなっちゃったから」
こんな厄介なやつとなんで私が何度も戦わなきゃいけないのよ。
私はそんな諦めたような弱音をいつの間にか心の中で吐いていた。思えば前の私なら強がってこんな気持ちすら押し殺してたかもしれない。けど今は違う。
そんなことをしてもなんの力にもなりはしないしないことを私は知ったのだ。
私は目の前の敵を倒してこの国を変える。
「いくわよ、エメ」
「おう」
私は服の下に隠してあった魔道具に魔力を注ぎ込んだ。
すると全身を守るように取り付けられた魔道具が魔力に満ちていく。
これはイリスに対抗するために上官が用意した身体強化系の魔道具だ。
黒い光沢を帯びていて質感は鉄に似ているけど鉄よりも軽くて硬い。
そしてそれぞれの魔道具に魔力が充填されるとランプが赤く点灯した。
準備完了の合図だ。
その瞬間、私は予備動作なしで勢いよくイリスに突っ込んだ。
魔道具のおかげで体がスイスイ動く。筋肉や骨の一つ一つの動きに魔法補正がかかっているからだろう。
そのまま渾身の蹴りをイリスに浴びせる。
今回は手応えがあった。
私の蹴りを腕で受けたイリスは後方に思い切り飛ばされた。
効いてる....の?
土煙が舞い、一瞬イリスの姿を隠すがすぐにそれらは吹き飛ばされる。
「結構効くね〜。その魔道具」
イリスは起き上がると目の色を変え、それと同調するようにさらに魔力量が跳ね上がった。
一体どこまで増えるの.....?
「久しぶりに本気だすよ〜」
イリスは自分の体に言い聞かせるようにポンポンと体を叩いた。
その行為になんの意味がわからなかったがすぐにその効果を見た。
私が瞬きをしている間にイリスは姿を消したのだ。
「ッ!?」
どこに消えたの.....?
後ろ、みぎ、左、どこを確認しても姿を捉えることが出来ない。
「サラ!!!上だァ!!!」
エメのつんざくような声が響く。
私はそれを受け咄嗟に上に腕を構えた。
そしてその通りにイリスが上から姿を表した。どうやら天井に張り付いていたらしい。
ただ今はそんなことどうでもいい。とにかく受け止めないと....。
イリスは私に真っ直ぐ拳を飛ばしてきた。
私もそれを真っ直ぐ受け止める。
イリスの拳が直撃した途端、身体中の筋肉が強ばる。
背筋が軋むように湾曲し腕がしなる。
魔道具も接合部の金属と金属が擦れて不快な音を立てていた。
ダメだ、押されすぎている。足の踏ん張りをもっと効かせないと.....。
私は足の部分の魔道具に魔力を集中させた。すると呼応するように魔道具足をさらに強化した。
そして咄嗟に横に目を向けるとエメが加勢に入ろうとしていた。
ダメ!!今来たら作戦が水の泡になる。
私はそれを必死に目で伝えた。
それを見たエメは静止する。
「お仲間は冷たいね〜。助けてくれないんだ」
「クッ....!!!」
全身が痛い......。
「そんなおもちゃじゃ私は倒せないよ〜。もっと力を入れないと」
「うぅぅぅ....」
どんどん力が強くなっていく。
このままじゃ押される一方だ。とにかく拳を弾き返して体勢を立て直さないと......。
私は腹筋と背筋の力、そしてそこに魔道具の力をのせてイリスを退けた。
歯を思い切り食いしばったことで歯の内側が欠けてしまっていた。
私のその残骸を口で転がした後、床に吐き捨てる。
吐き出されて歯は床に転がり石に紛れた。
「エメは詠唱を始めて。私が何とかこいつを食い止めるから」
「その作為的な余裕。すごくむかつくな〜」
イリスは軽く舌打ちをした後、そのまま舌なめずりをした。
「次でその腕、握りつぶしてあげるよ」
「出来るもんならね」
もちろん、エメは詠唱など出来ない。
これはブラフだ。詠唱というのは詠唱行為そのものが大きな隙になる。
つまり詠唱者は狙われやすいという事だ。そしてイリスは対人戦においてあまり遠隔魔法を使わない。
そのほとんどを身体強化及び移動魔法に費やしているからだ。
それを上手く利用してエメを攻撃させる。
その瞬間、エメがイリスを取り押さえればイリスは一切の魔法を使えなくなる。
私たちが賭けるべき勝機はそこしかなかった。
今回の戦いで軍の半分が消失、残りの半分はほとんどがウルドの派閥の人間。たとえ上が死んでも思想は変わらないだろう。
つまり、こちらは量では勝負できない。
勝負をかけるのはエメと私が創り出す一瞬だ。
だから私たちの狙いがバレたら最後こちらに勝ち目はなくなる。
何とかして上手くイリスを押さえつけ、決定的な隙を自作自演する。
それはあまりにも遠く無謀に思える、けどやるしかない。
目とから流れ出た血が頬を伝って口に流れ込んでくる。私はポケットからポーションを取り出し、血液と共にそのまま流し込んだ。
「回復なんかしても無駄だよ〜。だって君と私とでは桁が違うからね」
イリスは袖を捲り上げる。
そして私は目を見開く。
イリスの腕は真っ黒に染っていたのだった。




