二人の弟子
俺とゼロは認識妨害魔法を使って姿を見えないようにして外に出ていた。
外には誰もいなかった。恐らく全員が瓦礫の方に探索しに行っているのだろう。
とにかく今のうちにゼロを安全な場所に.....。
俺たちはそのまま学園の俺の部屋へと向かった。
雨が酷く降り頻る中、寮の扉の前まで来て違和感に気づく。
扉が半開きになっているのだ。
中にレーネと師匠がいるがはずだが。
俺が中に入ろうとした時、脳内に囁かれる。
【ゼロの妨害魔法は解かない方がいい】
なぜだ?
【いいから】
俺はそれに黙って従い、自分のものだけ解いた。
ゼロに言葉を発しないようジェスチャーで伝え、恐る恐る扉を開け中を確認する。
中は薄暗く、俺が扉を開けたことで差し込んだ光が部屋を照らした。
そして暗い中でひとつのくっきりとした像が浮かび上がる。
それは椅子に腰をかけた師匠だった。
俺が入ってくるのを見ると師匠はやっと来たかという感じで立ち上がる。
「やあ、遅かったね。作戦は成功した?」
「いえ、失敗しました」
「レーネ君とは会えたかな?」
「・・・は?」
俺は思わず頓狂な声を上げてしまう。
俺はレーネを師匠に預けてここを出た。
それなのに、そのセリフは.......。
部屋中を見渡してもレーネの姿はない。
俺が一歩師匠ににじり寄った時、足に何かが当たるのに気づいた。
視線を下に落とすと黒い封筒が落ちているのが目に入る。
このデザインどこかで....。
それを拾い上げ中を確認すると今回の作戦についての概要が細かく載っていた。
これは本来関係者にしか渡されるはずのない機密情報のはず...。
「師匠、これは?」
「・・・」
師匠はただ黙ってこちらをじっと見つめていた。
まるでこうなることが分かっていたかのような態度。
嫌な感覚が脳裏を掻き乱す。
もし万が一、レーネがこれを見たとしたら.....。
「レーネはどこですか?預けましたよね、師匠に」
もはや答えの分かり切った質問をしている自分に半ばうんざりした。
師匠は俺の言葉を聞いて閉ざしていた口を開く。
「レーネ君は自分で魔法を解いてここから出ていったよ。もちろん、君を追うためにね」
「魔法を..........解いた?」
レーネには俺と師匠で複合した魔法をかけてあった。
レーネの魔力はレーネの感情に強く左右され、気の昂りが命取りになる場合もある。
その魔法はそれを抑えるためにあり、レーネはそれを首輪と言ってとても大切にしていたはずだ。
俺への誓の印だといって。
それを解いたっていうのか.......?しかも自分で。
「じゃあ、レーネは.........?」
「そうだよ、今頃君がいた軍の基地にでもいるんじゃないかな」
俺はそれを聞いて師匠の襟首に掴み上げた。
自分でもびっくりするくらい手に力が入る。
師匠にこんなことをするのも、こんな感情を抱くのも初めてだった。
「離しなよ」
「俺はあなたにここでレーネを守ってくれるよう頼んだはずです。なのにこんな.....」
師匠は掴んでいる俺の手をいとも容易く外し、襟を正した。
「彼女は本気だった。私はそれを一人の弟子として尊重したまでだよ」
師匠はそのまま玄関へと向かう。
俺はその場に倒れ込み、頭を抱えた。
俺が崩落に巻き込まれたことをレーネが聞けば、レーネの体内にある魔力が暴走するリスクが高まる。
ましてやレーネの今の状態で魔力が暴走したらレーネの体はもう.....。
とにかく、今はレーネの元に行かないと...。
「アルフ、少し野暮用が出来た。だから君の聞きたいこととやらに答えることは出来ない」
何も話す気はないということだろうか。
俺は逃がすまいと問いかける。
「師匠、俺にはあなたが分からない。あなたは昔から俺に何も語らなかった。そして俺はそれを聞くのがずっと怖かった。でも今、そんなことは言ってられない。師匠は.....なんなんですか.....ッ!」
師匠は俺を拾ってくれた時から今に至るまで過去の経歴から素性まで一切教えてくれなかった。
ただついてこい、と。
師匠は俺の切羽詰まった様子を見て肩を落とした。
そして振り向く。小さな体が扉の向こうの光で大きな影を作り出して俺を覆い隠した。
「私は君に多くを語れないのよ。けどこれだけは言っておく。私は君の敵ではないよ 」
しっかりとした口調で丁寧に並べられた言葉はどこか真実味を帯びている。
けど、今までそれを見てきた俺にとってそれは逆に疑いの余地を残した。
言葉のアヤなんじゃないか、と。
「.....いつになったら話してくれるんですか?」
「いつかは話す。けどそれは今じゃない 」
曖昧すぎる。
俺は唇を噛み締め、下を向いた。
「アルフ、君はレーネ君のことをしっかりと考えるべきだ」
「今、それとこれとは」
「人の気持ちはは足し算や引き算では読めないよ」
「!」
全身が既視感に包まれる。
この気持ち、この感覚。どこかで....。
「焦りは毒。教えたよね?」
「・・・。」
「じゃあね」
師匠はまるで散歩にでも行くかのような歩調で部屋を出ていった。
師匠の表情は結局、最後まで同じだった。
一緒に暮らしてた時と何も変わらない優しい表情。
子供の姿をしているのに凡そ子供には見えない表情。
何も変わらない、昔のまんまだ。
師匠は俺にとって母のようであり、妹のようであり魔法の師だった。
俺はそこで初めて、ゼロの魔法を解く。
「ゼロ、しばらくここにいてくれないか?」
「ここに.....?戻ってくる?」
「ああ。必ず」
「わかった」
ゼロは一瞬不安げな表情を浮かべたが俺の返答を聞いて素直に頷いた。
激しさを増す雨をかき分け、一心不乱に走る。
師匠はレーネが本気だったと言っていた。
あいつが自分からあの魔法を解くということが何よりもそれを示していた。
レーネは俺との唯一の関係性さえ捨てて、俺を追ってきたのだ。
そしてその責任は俺にある。
それは全てレーネの俺に対する思いを軽視した結果だ。
「さっきはありがとうな」
【何が?】
「忠告だよ。おかげで師匠にゼロを見られるずに済んだ」
【ああ。意味なかったね、それ】
「え?」
【一瞬だけ彼女はゼロのことを目で捉えてた】
「それじゃあ、師匠は分かってて何も言ってこなかったってことか?」
【おそらくね。けど危害を加えるつもりはないんじゃないかな。今のところは】
「どうしてそう思うんだ?」
【なんとなくだよ】
師匠には何か隠してることがある。
それはもはや明白だった。
しかしその隠していることの規模が師匠を知れば知るほど分からなくっていくのだ。
そして俺はそれに対して目を逸らし続けてきた。
走りながら、俺は得体の知れないそれに話しかける。
「名前はなんて言うんだ?」
【名前なんてどうだっていいじゃないか】
「何かと不便だろ」
【じゃあそうだね。ステンノ、とでもしとこうか】
「わかった。ステンノはゼロのなんなんだ?」
【それ、言う必要ある?】
「あるよ。それでお前が信用できるか決まる」
【言っても信用しないよ、きっと。根拠がないし】
「信用するさ。絶対に」
【.........私は彼女の姉みたいなものだよ。もう彼女は覚えてないけど】
「・・・わかった」
基地の中はかすかに人の気配がするだけだった。
念の為、俺は自分の姿を魔法で変えて中に入る。
本当は元の体に戻りたい。しかしこの体になってからまだ一度も試したことがないためリスクが大きいと判断し今回は魔法に頼った。
幸いサラから貰った軍服のおかげで顔を変えるだけで誤魔化せる。
基地の内部には顔を青くしている軍人が一人いるだけだった。
「どうしたんだ?一体」
「いや、それが突然遺体を保存している場所に正体不明の化け物が表れて今はそれを攻撃していいかどうかの許可待ちだ」
「化け物......?誰に許可を求めてるんだ?」
「ウルド様だ。しかし......」
「?」
「そのウルド様がどこを探してもいないんだ」
ウルドはあの後、ここに来たんじゃんないのか...。
もしかしたら部下が帰ってこないのを気にしてあの場所に戻った.....?
「その化け物についての情報は?お前は見たのか?」
「ああ.....。俺がウルド様を探してあの部屋に入った時にな」
「どんな姿をしていたんだ?」
「とにかく黒くて大きくて輪郭がはっきりしないが、例えるなら....巨大な猫のような姿をしていた.......」
「猫......だと?」
不快な金属音のような耳鳴りが思考を白く染めていった。




