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教え子の試験は嘲笑とメイドの殺意の二乗


「どうかしましたか!?なんか今男の人の声が聞こえた気がするんですけど!?」


「ご主人様の声!?!?」


俺の奇声を聞きつけてイヨとレーネの足音が近づいてくる。


そうか....男に戻ると声帯まで元に戻ってしまうのか。



俺は即効で扉を閉める。


こんな姿を見たらイヨが卒倒してしまうかもしれない。


そして声も上げてはいけない。声変わりをした男の声なんてのはすぐに分かってしまうからだ。


とりあえずこれを外すか.....。


ブレスレットを外すと肩はまた急激に重くなり、鏡の前の自分も元に戻っていた。


あの肩こりの有無はおっぱいが原因だったのか....。


女子って大変。


「悪い、ちょっと虫がいたから驚いただけだ。」


「なんだぁ。てっきりあの魔道具を使ったのかと....」


「使うと何かまずいのか?これ」


俺は扉を開け、イヨにさっきまで付けていたものを見せる。


「はい、それを付けていると10秒もしないうちに魔力欠乏で立ってられなくなっちゃうんです。」


「!?」


魔力欠乏とはいわゆる全身に魔力が行き届かなくなりある種の酸欠のような状態に陥ることを指す。


当然これを放置すると死に至る。


たださっきのこととそれは全く関係がない。


じゃあなぜ俺は元に戻れたのだろうか?


「これは何のために作ったんだ?見た感じ相当作り込まれているようだが。」


ブレスレットの質感は金属に近く金具で取り外しができるようになっている。

そしてそこにはいくつもの細かい魔法陣や魔法式が組み込まれていた。


「え...っと、魔導書室に入っている時に変な魔法が暴発しないようにと思いまして......それで体内で作られる魔力を一時的に遮断したら魔法がかからないんじゃないんかと思って作ったはいいんですけど.....。」


レーネはこちらに視線を合わせる。


気づいたか....。


イヨはそこで言葉を詰まらせる。


「要するに遮断したらものの10秒程度で全身に魔力が行かなくなってしまうと?」


「はぃ。そうなんですぅ。」


確かにかけられた魔法は対象者の体内の魔力を吸収しながらその形態を維持し続ける。そのため体内生産で得られる魔力を遮断してしまえば、その魔法を一時的に無力化することが可能だろう。


理論上は。


しかし実際にそれをすれば、呼吸をしないも同然であり、肝心の体が持たなくなるため本末転倒である。


だからさっきつけている間は魔法が無効化されて男に戻れたわけか....。


いや......?


そもそもあの魔法は古の魔法だからこそ解除することが困難だったんじゃないのか?


それをこうもあっさりと一時的にとはいえ、解除することが出来る魔道具をただの学生が作るなんて容易ではない.....。


改めて思う。


この子は本当に教えがいがありそうだ。


俺はブレスレットをイヨに返す。


「発想はいいんじゃないのか?というかよくそんなことを思いつくなとも言いたいがな....。」


イヨは俯いてはいたが、少し嬉しそうだった。


おそらく頑張って作ったものが評価されたのが嬉しかったのだろう。


一瞬でも性転換の希望が見えた気がしたが、10秒という制限がそれをぶち壊した。


俺はそんな細い糸のような願望が音を立てて崩れていくのを感じながら、イヨとの授業をそこで打ち切り、俺とレーネは部屋をあとにしたのだった。







階段を降り、俺とレーネはピロティをぬけ、俺たちの部屋に向かった。


「なあレーネ。」


「はい、何でしょうか。」


「イヨを見てどう思う?」


「すごく.......大きいです。」


「そういうこと聞いてんじゃねぇよ!!!」


「ああ、魔法のことでしたらすごく才能があるんじゃないでしょうか?」


最初から真面目に答えてほしいものだ。


「やっぱりお前もそう思うか......。」


レーネもやはり見抜いていたらしい。


まあ近くで教えていたらわかるか。


「それよりもご主人様。」


「ん?」


いつも表情崩さないレーネが珍しく悲しげな顔を浮かべる。


「どうして......蔑まれて何も言い返さないんですか?前のご主人様ならきっと....。」


「ああ、学校でのことか。まあ仕方がないんじゃないか?俺も結構頭にきたけど、現にレベル5の農民なんでね(笑)。」


俺は笑って誤魔化した。


本当は言い返したいが終身刑が怖いなんて口が裂けても言えない。


「終身刑が怖いんですね?」


「!?」


またこいつ心を読みやがったのか?


「先に断っておきますが、今のは心を読んだわけではありません。私はずっとご主人様を近くで見ていたので分かるのです。」


「ああ、そっか。お前、認識妨害魔法で近くにいたんだっけか。」


「ご主人様が........もし私のことを思ってそれを回避しているのでしたら、遠慮なさらずにいつでも見捨てていただいても.....。」


レーネはいつでも俺に忠実だ。


レーネはおそらく、自分のせいで主人が自由に動けなくなるのを恐れているのだろう。


「別にお前のためじゃない。ただ、俺が怖いだけだ。それに......猫一匹を家に残していけないだろーが。だからその......勘違いするなよ。」


するとレーネは一瞬下を向くが次に顔を上げるといつもの無表情に戻っていた。


レーネは表情が出そうになると下を向く癖がある。


「.........今のはツンデレですか?」


「違うわァァァ!!!!!」


自分で言ったあとに恥ずかしくなった。


道中に黒歴史を錬成している間に部屋にいつの間にかついていた。









テスト当日の朝、俺は身支度を整える。


「ご主人様、胸元のボタンが一つ空いていますが。」


「ああ。これはわざとやってる。胸が苦しくてな。」


するとレーネから一瞬だけ殺気が発せられた。


「それは.........嫌味ですか?」


レーネの胸元に目をやるとほとんど何も無かった。


まあ猫だからね!!しょーがない。


「いや別にそういうわけじゃない。てかこんなもんあったって邪魔なだけ.....いや何でもない。」


これを言ったら更に輪をかけて嫌味になりそうだったのでやめた。


俺が着替え終えて部屋を出ようとした時にレーネが服をつかむ。


「ん?」


「まだ話は終わっていません。」


「いや終わっただろ。」


「いえ。それでご主人様は大きいのと小さいのどちらがお好みですか?」


「話をすり替えてんじゃねぇか!」


すました顔でさらりと話を変えんなよ....。


「それと今日は自宅待機だぞ。」


レーネの顔は途端に真っ青になる。


「なぜです!?ご主人様のそばにいないメイドがどこにいますか!!!また認識妨害魔法で見えなくするので見られる心配はどこにも.....。」


「そういう問題じゃない。それに......お前の主人が蔑まれてるところなんて、もう見たくないだろ。」


「そんなことはありません。私は貴方様にずっとお側についていたいのです。どんな時でも。」


「う......,」


その顔には頑として動かないという気迫が現れていた。


いつになく今日のレーネは頑固だな。まあしょうがないか.....。


「わかった。許可しよう。とりあえず、先準備しててくれ。俺はお手洗いにいってくる。」


「承知しました。」


俺は風呂の隣にあるトイレに入るのと同時に平然とレーネが入ってきた。


「おい。」


「何でしょうか。」


「何でしょうか、じゃねえよ!!なに、平然と入ってきてんだよ!」


「私は貴方様にずっとお側ついていたいのです。そう、どんな時でも。」


「さっきとニュアンス変わってんだろうが!」


俺は力ずくでレーネをトイレから追い出す。


「はあ....。」


なんか心配になってきたわ....。


俺はそんな不安を感じつつもイヨの部屋に向かった。





部屋の前までインターホンを押す。


しばらくして声が入る。


「山。」


「川。」


「どうぞ。」


扉の鍵が開く音がした。


ていうかまだこの合言葉制あんのかよ。


あれから俺たちはイヨを鍛え上げるべく、猛特訓をした。


途中、何度かイヨが闇落ちしそうになったがなんとか試験合格レベルまでには仕上げたつもりだ。


扉を開けると制服姿のイヨが立っていた。


考えてみれば、制服姿のイヨを初めて見たのだった。学生なのにね..。


俺がイヨに視線を合わせすぎたのか、顔を背ける。


「あの....そんなにジロジロ見られると.....。」


「おっと、すまん。制服姿を初めて見たんでついな。」


そしてなぜか背中に冷ややかな視線を感じた。


振り向くとレーネがこちらを睨みつけていた。


「なんだよ。」


「変なことをすればたとえご主人様であろうと粛清しますのでよろしくお願いします。」


「変なことなんてしねえよ!」


「へ、へんなこと!?」


イヨが露骨に反応する。


「イヨも反応するなッ!」


俺だって変な気持ちになりたいよォ。


俺は女になってからずっと賢者モードだった。それは欲を超越したに等しいことだった。


そしてそれは種の存続意識の欠落を意味していた。


これがまた本当につらい。


いわゆる三大欲求のひとつを潰されてしまったのである。


ああ、男に戻りたい。


俺はそんなささやかな願いを胸にイヨと部屋を出た。


俺は部屋を出てイヨを横目に見た。


心做しか顔は少し赤く緊張しているようだった。


「緊張してるのか?」


「そ、その久しぶりに学校に登校するので少し動悸が.....。」


まあ確かにずっと不登校を決め込んでた人間に試験当日に登校しろというのは少し酷だったか。


「でも.......。」


イヨはそう付け加える。


「でも、先生がいてくれたら、大丈夫な気がします......。」


「そうか.....。」


こんな何気ない一言が俺の胸を熱くする。


それと同時に急に照れくささを感じ俺は視線を前に向ける。


俺がもう一度イヨを見ようとした時、レーネが半ば強引に間に入る。


「はいはい、カットカットキットカット。」


それかなり古いぞ......。


「とにかく今は試験に集中してください。」


「それもそうだな.....。それとレーネ、そろそろ認識妨害魔法を。」


「承知しました。」


そういうとレーネの姿は一瞬にして見えなくなった。


この魔法はレーネの体が跳ね返した光が相手の網膜に入る前にすべて遮断するという魔法である。対象者が多少多くても問題ないのが特徴の簡易魔法だ。


簡易と言っても相当量の練習が必要だがな。


「すごい.....。本当に見えなくなった。」


イヨはこの魔法を見るのが初めてらしかった。


この魔法の難点は対象者を選択できないことにある。すなわち俺たちにもまるっきり見えなくなってしまう。だから俺は前の世界じゃこの魔法を俺が指示する時以外に使うことを禁止したのだ。


理由は何をされるか分かったものじゃないからだ。







しばらくしてようやく試験会場についた。


試験会場と言っても自分のクラスの教室なんだが、イヨにはとてつもなくハードルが高い。


案の定教室に入るとざわついた。


「おい、あの子初日で来なくなったやつだよな?」


「そうそう。なんで今頃きたんだ?」


「おいwあのへっぽこ教師も一緒だぞ。」


そんな心無い声が聞こえてくる。


ただイヨは思ったより動じなかった。


それよりも見えないはずなのに殺意だけは感じ取れてしまうレーネに心配の矛先が向かってしまった。


耳元で念仏のような声が聞こえる。


うまく聞き取れないが確実にそこには呪いのようなものが込められている気がした。


頼むから暴れないでくれよ.....。


しばらくしてイヨは自分の席へと座った。


「これから魔法定期試験を行う。最初は選択3技能を試験する。呼ばれたものから前へ来るように。」


ギルがそう高らかに宣言する。


相変わらず自信に満ち溢れた顔をしている。


そしてキッチリとワックスで整えられた髪は彼という人間をより一層際だたせる。


初めに呼ばれるのはすべて男子だった。


呼ばれたものから順々に試験が行われる。


見ていると反吐が出そうなやつもいれば、なかなかに出来るやつもいて正直イラッとしたが農民は何も言えない。


試験を眺めていると後ろからニアが近寄ってきた。


「それでどうなの、イヨさんは。」


「まあそうだな....一応は合格できるように仕上げたつもりだ。」


「そう。合格、出来るといいわね!」


眩しいほどの笑顔がこちらに向けられる。


この前の涙など微塵も感じさせないほどだ。


順番に名前が呼ばれてく中でいよいよ、女子ゾーンに差し掛かる。


すると雰囲気が一気に変わる。


試験を見ながら周りのヤツと話し出すやつもいれば、鼻で笑うやつもいて十人十色である。


そしてついにイヨの名前が呼ばれる。


イヨは緊張した面持で恐る恐る前に出る。


空気は異様な圧迫感を彼女に与える。


イヨがこの空気感に押しつぶされなきゃいいが.....。


そして何故かこちらまで緊張が移る。


ピアノの発表会の時の保護者ってこんな感じ何だろうなぁ.....。


「君は随分長いこと授業に出ていないようだったが本当に試験を受けられるほど魔法を扱えるのかな?」


ギルが少し嫌味混じりに言う。


するとイヨは一瞬こちらに視線を向けてからまた視線を戻す。


「はい、大丈夫です。優秀で熱心な先生と助手さんがいましたから。」


「ふ(笑)。優秀な先生ですか.....。」


ギルがこちらに一瞬目を向けて鼻で笑う。


「まあ、いいでしょう。それで今回は3技能のうち、どれを選択するんですか?」


「書く技能でお願いします!」


イヨははっきりとした声で答えた。


そして何よりも驚いたのは男相手に普通に会話ができているところだろう。


イヨのこめかみにはうっすらと汗が見える。


やはり男と話すのは克服はできても簡単な事じゃないらしい。


そしてイヨは書く構えをした。







読んでいただきありがとうございました!

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