消えることのない私の復讐の炎
ご主人様は昔言っていた。
怒りに任せて魔法を使うのは愚かなことだと。
けど、今はそんな助言に耳を傾けられるほど冷静ではいられなかった。
身体中が熱く、心臓は鼓動で内側から張り裂けそうだった。
怒りと憎しみは血液に溶け込み、沸騰していた。
止めどなく溢れる魔力を無理やり抑えつつ、私は男の背後に近づく。
少しずつまた呼吸が荒くなっていく。
この男を殺したら、私も殺してしまおう。
なにも出来ずにご主人様を死なせるようなメイドなどこの世には必要ないでしょうから。
私はお師匠様の所をでた時、どんな困難にも立ち向かう覚悟があった。
しかしそんな覚悟は目の前の状況に対してなんの意味も成さなかった。
わたしは結局、無力だった。
あの時授かった魔力を復讐に使うことになるなんて。
恩返しではなく、復讐に。
ご主人様がいないなんて信じたくない、けどわたしの目が、脳が、それを主張し続けた。
もしあれが本当なら、私の存在証明は欠如する。
ご主人様のいない私は空っぽだったのだ。
私は手に魔力を込め、魔法陣を宙に描く。
【灰と化せ】
その魔法が発動する直前に男は振り返り見えないはずの私の像をしっかりと捉えていた。
そして私の魔法を軽くかわした。
「魔法、解けよ。ここじゃそんなもの通用しない」
この男には私が見えている。
私はそこで認識妨害魔法を解いた。
「ほう、女だったとは。何しにここへ?」
「............です」
「はぁ?」
「お前を、お前をお前を....殺すためだァ!!」
今までだしたことないような声が喉の奥から出てきた。
それは発狂に近かった。
「おー怖い怖い。とりあえず場所を変えようか」
男はポケットからキューブ上の魔道具を取り出す。
そしてそれを地面に落とすと私達は別の空間に飛ばされた。
どうやら空間転移系の魔道具らしい。
「安心しろよ、この魔法空間は数時間で自動的に崩壊し元の場所に戻される。閉じ込められることは無い」
そんなこと、どうでもよかった。
「さしずめあなたはアルフ先生の刺客ですかね?なら見てくれましたか?あの素晴らしく愉快で道化的な肉塊のオブジェクトを」
「オブジェクト.......?」
あれは、ご主人様ではないの?
ならご主人様は......!
「彼女は今、干物のように干からびて瓦礫の地下深くで発酵しているころでしょう。一度で二度人を楽しませる、まさに素晴らしい魔法使いだ」
「は.......?」
「何やら悲しそうですね。そんなあなたに最高のプレゼントを差しあげましょう」
男は背後に一瞬を手を隠して見せたかと思うとまるで手品のように何もないところから楕円形の物体を取り出し私の前に投げた。
それは歪な形故に不自然な軌道を見せ、やがて私の足元に転がってきた。
そして私は絶句した。
それは紛れもなくご主人様の頭部だったからだ。
その顔は苦痛に歪み、痣と腫れが目立っていた。
私は凄まじい吐き気と目眩でよろめいた。
「死に際の顔ですよ。そのままそっくり型をとりました。見事でしょう」
人にここまで殺意を持ったのは初めてだった。
魔力が暴走して体が粉々になるのを私はかろうじて食い止めていた。
剥き出しの刃のような私の怒りは私の魔力中枢を刺激し、掻き乱していく。
そしてなによりも.......
目の前の薄ら笑っている男が憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くてどうしようもなかった。
私は怒りに悶え、荒ぶる思考を無理やり断ち切るために思い切り自分のこめかみを殴りつけた。
痛みがじわりと伝わりほんの少しだけ冷静になれた気がした。
「いい顔してますね。女性のその顔だけは嫌いじゃないですよ」
男は乾いた唇を自らの舌で潤した。
「その薄汚い脳漿を熟れたザクロの如く、内側から破裂させて差し上げます」
もうどうなろうと関係ない。
この男さえ殺せれば、何でもいい。
どちらにしても結果は同じ、死だ。
私は胸にそっと手を置く。
まだ鼓動している。
覚悟を決めなければ......。
ご主人様とお師匠様から頂いた魔法を、今ここで復讐のために使う覚悟を。
私は地面に頭でイメージした魔法陣を創り出す。
それと共に距離を詰めていく。
一歩ずつ、ゆっくりと踏みしめるように。
魔法が発動する。
初めは身体強化だ。
体中の筋肉を魔法に補助されるため、体は人智を超えた瞬発力を得る。
足に力を入れ、前に飛び出す。
体は軋むような音を立てて、唸った。
私はそんなことお構い無しに男に拳を入れようとする。
しかし、それはあっさりかわされてしまい奥の壁に着地した。
すぐに2度目の攻撃を仕掛ける。
これは命中するも受身を取られ、ダメージは少なそうだ。
「こちらもそろそろ攻撃といこうか」
男はそう言って無詠唱で魔法を放ってくる。
それは脳内構築魔法に似ており、何もないとこから突然魔法が繰り出された。
紫色の閃光と共にいくつかの魔力出てきた弾が飛んでくる。
私はそれを横に高速移動しながら避ける。
体が強化されているため被弾はしない。
しかし、筋肉や骨は着実にダメージを蓄積していく。
この攻撃を続けていては体が先に壊れてしまう。
なら........。
私は自らの服の中から二本のナイフを取り出した。
前にご主人様に渡したものと同じものだ。
これなら多少は体を傷めずに攻撃できる。
それに数もある。
と思った矢先に突然下から魔力弾が飛び出でくる。
私は後ろに一回転しながら、魔力をまとわせたナイフを投げつける。
一本は弾かれるがもう一本は左腕の根元部分に刺さった。
やはり、この物理攻撃は通った。
魔法使いは魔法使う時に自身の防御を緩めざるを得ないからだ。
その時突然、左斜め後ろからなんの前触れもなく魔力弾が飛んでくる。
私は完全に死角だったため避けられず私の脇腹に命中する。
「ッ.......!」
痛い.....。
一瞬肺が押しつぶされ、呼吸が出来なくなる。
私は痛みに耐えつつ、立ち上がった。
魔力弾を受けた箇所を手で抑え、すぐに傷口を確認する。
血は出ていないが、肺周辺の骨の何本かにはヒビが入ってそうだった。
男は自らに刺さったナイフを抜きながら、高らかに笑った。
その顔には苦痛などなく、なんてことないかのように振る舞い肩にかかった埃を手で払って襟を直した。
「こんな小手先の拙い攻撃では私には届かない。あなたの全力でなければ、あなたも主人と同じ道を逝くだろう」




