表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/119

戻れる唯一の方法

「まあ、とりあえずこんなところかな。」


俺は図書館の資料を元に使えそうな魔法のリストを作った。


それでも3つくらいしかないのか。


こんなんで組手なんて出来んのかな。


時計に目をやるともう2時間は経っていた。


2時間も調べて三つかよ。シビアだなぁ、魔法も。


まあ元々農業用の魔法なんだから戦闘に向かないのは当然か。


「そろそろイヨのところに戻るか。」


俺は席を立ち、図書館を後にした。


図書館を出て辺りを見渡すもさっきの女生徒はいない。


「また会える気がする、か.......。」


彼女の目は何か確信に迫るような勢いを感じた。


名前聞いておけばよかったな.....。


俺はそんなことを気にかけつつ廊下を歩き出す。


「アルフ先生?」


後ろから聞き覚えのある声が俺を呼び止める。


俺は歩くの止め、振り返るとそこにはニアの姿があった。


「ニアか。どうかしたか?」


「その....ギル先生から問題児の個別教師をしていると聞いて.....。」


「個別教師をするとはギル先生には言ったことないんだけどな.....。」


もう知られていたのか。


「大丈夫なんですか?」


「大丈夫って何が?」


「だってあの子結構な人見知りだし....。」


「ああ、それなら案外何とかなったよ。問題は1週間後にあるテストなんだがな。」


「え???あの子、テスト受けるの??」


ニアの表情からは信じられないと言った事が読み取れる。


「そのつもりだけど......なにか?」


「だってあの子入学してから1度しか登校してきてない超不登校児なのよ?テストなんて受けても受かるわけが......。」


そんなに学校行ってなかったのか....。それなのにあんなすごい魔法陣を書けるのかよ。すこし才能の差を感じるな。


「まあ何とかして受からせるよ。頼まれちゃったしな。」


なんてたって教師になって第一号の生徒だからな。何としても育て上げたい。


「頼まれたって.....私なんて口も聞いてもらえなかったのに.......。」


「え?」


ごにょごにょとよく聞き取れなかった。


「いえ、何でもないです!!それじゃ頑張ってね。」


「ああ、ニアもな。」



「はい!」


そう言ってニアは歩いていった。


いつもの調子に戻ったようだな。


「最後まで、泣いていたことには触れられなかったな....。」


俺はニアとは逆方向の寮へと向かった。






俺がイヨの部屋の前まで来た時だった。


「なんだ?この感じ.....。」


ドアノブに触れた瞬間、背中を寒気のようなものが走り抜ける。


まるで全身がこの部屋に入るな、と警告しているようだった。


開けたくない.......が開けないと入れない。


俺は意を決して扉を開ける。


「???」


中はカーテンで閉ざされ、薄暗かった。


その中に二つの影が見えた。


「イヨとレーネ、なのか?」


黒い影がひとつこちらに向かってくる。


「おかえりなさいませ、ご主人様。」


目が慣れてきてようやくレーネだと認識できた。


「何でこんなに薄暗くしてるんだ?」


「訓練ですよ。暗闇に目を慣らすための。」


「なるほど?それでイヨは?」


というかなんで暗闇に目を慣らす必要が?


するとレーネは微笑む。


「たった今仕上がりましたよ。出てきてください。」


中からイヨと思われる人影が出てきた。


前のめりに姿勢を崩しているせいか、少し小さく見える。


「......す.......す........す.......す......す..........す。」


「?」


「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」


「!?」


殺すって言ってたのかよ。しかもめちゃくちゃ怖いしッ!!!


さっきの謎の寒気は殺意だったのか......って冷静に分析している場合ではない。


数時間前まで温和で素直な女の子が急に殺意剥き出しのメンヘラみたいになっているのだ。これは普通ではない。


おそらく原因は......。


「おいレーネ。」


「はい、何でしょうか。」


「お前、イヨに催眠魔法使ったな?」


「.............はて、何のことでしょうか。」


「嘘つくんじゃねぇよォ!!!!」


レーネの得意魔法の1つである催眠をおそらく使ったのだ。でなければこうはならない。


俺は即座にレーネを床に正座させる。


「何でこんなことを?」


「いえ、最初は軽い気持ちで緊張をほぐすために簡易的なものを使ったんです。」


「ほぅ?それで?」


「そしたら、イヨさんがその、あまりにも催眠魔法にかかりやすくて.........。」


「それで?」


「............,.気づいたら殺戮の鬼になってました、てへ☆。」


「てへ☆じゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇよ!!!!!!」


柄でもない。しかもそれを真顔で言う。


「どうすんだよ、俺の初めての生徒だぞォ!!それがこんな......こんな目の中に鬼を宿したような子になっちゃってんだぞ!!」


「ですから、これからは私が生徒になり、私の初めてをすべて、惜しげも無く、捧げましょう。」


「お前の思考は二進法で出来てんのか!?」


レーネはしゅんとする。


「とにかく、今すぐイヨの催眠を解け。」


「承知しました。」


レーネは指をパチンと鳴らす。これが催眠魔法解くレーネが定めたルールなのだろう。


するとさっきまで目に光が灯っていなかったイヨの目がようやく元に戻る。


「あれ!?!?!私、今まで何をして......。」


「ちょっと色々とあってだな....。」


俺は事の顛末をレーネの口から伝える。




「申し訳ありませんでした。」


レーネは深々と頭を下げる。


「いえいえ、そんな!顔を上げてください。私のためにしてくれたことですから。」


半分くらい遊んでたっぽいけどな.....。


それにしてもいい子だな。この子は。


普通激怒しても誰も何も言わないだろうに...。


俺は素直に感心してしまった。


歳に見合わないほどの謙虚さと素直さがこの子の取得なのかもしれない。


しかしそれならなぜ男をあそこまで怖がるのだろうか.....。


わけを聞いてみたいが、地雷を踏みそうで怖い。


今のところレーネも状況を把握して何も言わないでいてくれてはいるが。


それにいつかは俺も本当の事を言わなければ.....。


俺が男である事実を。


しかし果たして本当の事を言ってこの子の教師をつづけられるのだろうか?


軽蔑や畏怖されないだろうか?


そんな先の見えないモヤのような不安が俺を取り巻く。


「あの先生?」


俺がボーッとしているとイヨが顔を覗き込んで不思議そうな顔をしていた。


「すまん。ちょっと考え事をしてた。どうかしたのか?」


「いえ、あの次は魔法陣について教えていただきたいんですけど。」


そうだった。試験の項目は戦闘だけではなかった。


「ああ、わかった。んでどのタイプができるんだ?」


魔法陣には大きくわけて3つのタイプがある。


まずはその場で作るタイプだ。この場合、書き方を記憶しておく必要があり、またその場で書くという点で正確さが求めらるやり方だ。


これの良い点は詠唱魔法なら大掛かりで複雑になってしまう所を素早く展開することが出来る点だ。


逆に悪い点は書いている間に隙ができてしまう点である。


片手間で魔法陣を書くには相当練習しなければならないし、なにより集中力と神経を削るので好まない人が多い。そして得意不得意が分かれやすいところでもある。


それに対して作り置きしておくタイプもある。この場合、あらかじめ用意しておいた魔法陣を魔導書などに封じ込めておき、使いたい時に魔導書を開き使うというものだ。


これの良い点はどんなに複雑な魔法陣でも作り置きができるため、さほど時間がかからずに魔法を展開できる点だ。


悪い点はまず当たり前だが魔導書を手に持ってる時点で警戒される点だ。それの対策には幻影魔法で魔導書を隠すか、空間転移で別のディメンションから引張てくるなどがあるがどれも手間がかかる。


このようにこの2つはメリットもデメリットも存在する。


そして最後が特殊な方法によって魔法陣を展開するタイプだ。



それは先日、うちの師匠が魔法学会で発表した新たな魔法陣展開法なのだがその方法は魔法士たちを震撼させた。


それは頭の中で座標計算をして、何も無い空間から手も魔導書も使わずに魔法陣を展開させるという今までのやり方をおちょくるような方法だった。


当然、これが発表された時はそんなものは不可能だと言う声が多かったが、師匠やレーネや俺が実演してみせることでその声も次第に消えていった。



この方法のメリットは言うまでもなく、上記二つの方法のいいとこ取りをしている点だ。


逆にデメリットは尋常ではない数のイメージトレーニングを積まなければならないため1つを成功させる効率が非常に悪い点だろう。



そしておそらくイヨは三つ目を知らないはず。


だからおそらくは二つのどれかだろう。



「私、その.....魔法陣を書くのが苦手で....。」


「苦手って....どの方法とっても筆記は避けられないぞ。」


「なのでずっと頭で書く方法使ってます。」


「頭で、書く.....?それはどういう...。」


「先生も多分知らないと思うんですけど、私授業を受けてない分、魔法陣は書けるようにしておきたいなと思いまして....。それで何回も頭でシュミレーションしているうちに何も書かなくても魔法陣を展開できるようになってて...。」


「それってまさか.....。」


3つ目のタイプってことか....?


嘘だろ....。あれは向こうの世界で発表されたばかりでまだ俺とレーネと師匠の3人しか使えないはずだが.....。


ただこれが本当ならこの子の才能は測り知れないほどだ。


「とりあえず、やって見せてくれるか?」


「はい。」


そう言うとイヨは目を閉じる。


数秒後何も無いところから急に氷の結晶が空中に形成され始めた。


「錬成魔法........か。」


これは簡単なように見えてわりと複雑な魔法陣を通常なら書かなければならないものだ。


液体の錬成から凝固までを組み込んでおく必要があるからだ。


どうやら、さっきのことは本当らしい。


イヨに目をやるとなぜか暗い顔つきをしている。


「どうかしたのか?」


「やっぱりこんなんじゃダメですよね.....。私、本当は魔法の才能がないことはわかってるんです....。」


まさかこの期に及んでまだ自分の才能に気づいてないのか......?


俺たちがどれだけの時間をかけてあのやり方を身につけたのかを。


俺はここである強い決心が生まれた。


『この子の実力を学校に認めさせたい。』


少なくとも俺が男だとバレるまではこの子に魔法を教えていたい。


そんな強い意思が芽生えた。


「いや、ダメじゃない。」


「え?」


イヨの予想外の反応に対しての戸惑いと驚きがつたわってくる。


「実力はこの学園で.....いやこの世界でもトップクラスだろう。」


「で、でも私前の試験でも最低ランクだったし.....。」


おそらく、授業を受けてない分がもろに出ているのだろう。


「それはこの学園の目が腐ってるだけだ。だから俺がこの学校にお前の実力を認めさせてやるよ。」


イヨは一瞬涙目になるが堪える。


「お、お願いします!!」




俺がそう宣言した後、レーネが静かに耳打ちする。


「それで、具体的にどうなさるつもりですか?レベル5の農民の元賢者様。」


「ぐはッ.....!」


途端に現実に引き戻される。


そうだよな.....。レベル5の農民の女に言われても説得力が皆無だよな。


認めさせると啖呵切ったのはいいがおそらく筆記は避けられない。だからイヨにはまずそれを覚えてもらわなければならない。


「なあ、イヨ。この部屋に魔導書ってあるか?」


「はい。一応ありますけど.....。」


「どこに?」


「奥の部屋に。」


「わかった。」


「あの、何に使うんですか?」


「ちょっと筆記の訓練にな。」


俺はリビングをぬけ、部屋に向かう。


当面は戦闘訓練をこなしつつ、魔導書の魔法陣に手を加えたものをイヨに正確に書かせる訓練をすることになるかな......。


試験でまさかあの方法を使わせるわけにいかないしな。


まあさっきの見てる限り、戦闘は大丈夫そうだがな。


俺は部屋の扉を開ける。


部屋の中は無数の本棚と壁際に机と鏡が配置されていた。


「結構あるな.....。」


俺は魔導書の1つを手に取ろうとした時、机の上に置いてあったブレスレットに目がいった。


よく見るとそこにはかなり作り込まれた小さな魔法陣が刻み込まれている。


「魔道具っぽいな。」


俺は何気なく、それを手につけてみた。


すると急に肩が軽くなる。


しかしそれ以外は特に何も起こらない。


普通はここであらかじめ仕組んでおいた魔法陣が展開されたりするものだが特にそういった事も起こらない。


これは何をするための魔道具なのだろうか....。


肩こりを治す魔道具とか?


俺は不意に鏡に目をやり、瞬間的に衝撃を受ける。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぁォッッ!?」





そこには『かつて』の俺の姿が写っていたのだった。





読んでいただきありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ