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少年の手段と裏目

「なぜ、ここに来た? 」


「家族を取り返しに来た」


「家族って、お前たかが動物ごときに.....」


「俺にとってはたかがじゃない」


少年は私の方を見た。


私はそれに喜びと批難の入り交じった目で返すことしか出来なかった。


どうして来てくれたのか、と


「あの金貨はどうした 」


「ここにある」


少年は手の中で光る金貨3枚を見せた。


「使わなかったのか」


「この金貨と引替えにその猫を返して欲しい」


少年はまたもや苦しそうに顔をしかめ、出かかっていた咳を無理やり噛み殺す。


「どうする、兄貴」


男は少し間をおき、それから話し始めた。


「お前.....今はそんな動物感動劇をやれる時じゃないだろ。お互いに。そんなものは平和な時にやればいい。が、今はどうだ?魔女狩りだなんだで魔法使いはみんな狩られていく。終いには単なる金目的、あるいは怨みだけで魔法使いに仕立てあげ、なんの罪もない人間たちが吊し上げられる 」


「今はそんなもの関係ない」


「もう一度、胸に手を当てて考えてみろ。そしてお前のその手にある金貨とこの黒猫見比べて見てみるんだ。お前だってまだ死にたくないだろ?」


少年は表情を変えない。その瞳の奥には確固たる決意があるような気がした。


「俺にとってこの金貨では到底釣り合わない価値がその猫にはある。その猫は俺が死んだ時、俺を唯一覚えていてくれるかもしれない、大事なたった一匹いや一人の家族なんだ」


「そういうのはもううんざりなんだよッ!!」


男はあからさまに苛立った様子で少年を睨みつけた。


「とにかく、今だったら見逃してやるからその金貨を持って失せな。そうすればお前はきっと幸せになれる 」


「嫌だ。家族を、レーネを返してもらう」


レーネとは少年が最近私にくれた名だった。


私は呼んでくれた名に呼応するように身をよじり、引き返すことを即すつもり鳴いて見せた。


しかし、それは私の意図とは逆に作用してしまった。


「動物の死なんての所詮人間とっちゃ大したことない出来事なんだ。どんなに悲しんだところで1年も経てばケロッとしてるもんさ 」


「嫌だ」


「これが運命だと納得する日が必ずくる。そしてそれはお前の糧になる。だから黙ってその金貨を薬に変えてこい。それでお互い長生きしよう!な?」


「嫌だ」


男は少年に同意を促すが、それでも少年は揺るがない。


「この金貨は返す、だからレーネを返せ」


「くそガキがッ!!!こっちは半分親切心で言ってるんだぞ!!!」


「レーネを返せ。そのためなら、俺は手段は選ばない」


「ハッ!手段だァ!?お前みたいな魔法すら使えない魔抜けに何が出来る!!」


「返さないって言うのか?」


「ああ。じゃあその手段とやらを見せてみろよ」


すると少年はポケットから小型のナイフを取り出した。


「ハハハッ! 魔法の代わりに刃物ってか。ナイフごときでこちらが怖気づくとでも思っているのか?」


少年はそのまま右手にナイフを持ちながら、左手を宙に挙げた。


少年は突然手をナイフで切りつけた。


「なんだ?ここで公開自殺でもすんのかァ?」


手からは血管を切りつけたことで血が湧き水のごとく流れ出始めた。


少年はそんなことを気にしていないかのようにどんどんとナイフを左手に沈みこませていく。


私は必死に鳴き続けた。


しかし、少年には届いていないようだった。


そして、やっと手を止めたかと思った矢先、少年は切りつけていた左手を勢いよく男達に向けて振った。


すると流れ出ていた鮮血が男達の顔に飛び散る。


「うわっ!?血が顔に!??」

「なんのつもりだ.........?」


「それは俺の血だ。俺の血が今、お前らの粘膜や口に付着した。これがどう意味かわかるだろ」


少年は苦しそうに咳き込み、血痰を地に吐いた。


男達はみるみる青ざめていく。


「まさか........俺たちに、伝染病を感染させるつもりか!?」

「そんな、やべーよ!!そんなことされたら俺たち最後は窒息して死んじまうよッ!」


片方の男はパニックに陥っていた。


「そうだ。ただ今すぐ洗い流せば、まだ間に合うかもしれない。それがわかったらさっさと.....」


少年が言い終える前に男は行動した。


「黙ってれば、ガキが良い気になりやがって」


「おい、お前.....」


男はさっきまで私を殺すために使おうとしていたナイフを再び手に持っていた。


「なあ、早くこの血を洗い流さないと俺たち二人とも伝染病に犯されちまう!!」


「うるせえ!!今このクソガキにここのヤツらの恨みは買うとどうなるかってことを身をもって思い知らせてやる」


「何をする気だ.......?」


少年の顔色が変わったの見て、男は愉悦に満ちた表情をした。


ナイフには私の顔が反射して映っている。


「甘いんだ。すべてが。こっちが逆上することなんてこれっぽっちも考えちゃいなかったろ?」


少年は自分が置かれている立場を分かり始める。


今度は少年が青ざめていっているのだ。


「足し算や引き算で人の感情が読めると思うなよ、なァ!?」


返り血を浴びた男達の表情は対照的だった。


死に怯えるもの、死を求めるもの


「お前の家族が」


「おい....」


「目の前で切り裂かれる姿を」


「やめてくれ.......」


「その小便臭い眼によく焼き付けとけやッ!!!」


「やめろォォ!!!!!」


次の瞬間、少年の叫声と共に私の腹のあたりに強烈な痛みが走った。


その痛みの正体を知るために私が視線を腹に向けた時、それを写した私の眼は真っ赤に染まっていた。

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