医務室の孤独な住人
一階の一番奥に医務室はあった。
俺は扉を叩き、中に人がいるかを確認する。
すると、どうぞ、と返事があった。
俺はそれを聞いて、中に入る。
「...............なんだアルフか」
白衣姿に黒髪でポニーテール、それに生気が全く感じられない白い肌。
俺は彼女に挨拶をする。
「リン、薬をもらいに来た」
「ああ、前に言ってたやつ....。今取ってくるからそこへ座ってて」
リンはいつも通り眠そうに言った。
中はカーテンで日が入ってこないようになっているので、少し薄暗い。
「しかし、ここには相変わらずものが溢れてるな」
「うん、君が初めて来た時から誰もきてないし」
「え」
「この国の事情があるから。本当にたまに女子生徒がくるくらい。後はみんな職員室付近の医務室に行く」
この学園には医務室がふたつある。
一つは職員用、もうひとつがここの生徒用なのだが今はそれらも曖昧になったらしい。
リンはゴソゴソと戸棚を屈んで漁っている。
その姿はあまりにも無防備だったので指摘する。
「リン、その.........もうちょっと気をつけてくれ、格好とか」
「別に女同士なんだから........って君は男なんだっけ」
リンにはあらかじめ、男であると伝えたあった。
というより、バレたのだった。
ニーナの大会の一件が終わった後。
俺は激しい吐血に苦しみ、考えた末学園の医務室を尋ねることにした。
無論、心配するためレーネには吐血のことや医務室に行くことは黙っていた。
恐る恐る俺はその部屋に近づく。
部屋には窓がなく、外からは中の様子が見えない。
すると中からものを落とすような音が響いてきた。
「!?」
「誰かそこにいるの?」
「いや、ちょっと用があってきたんだが......」
「入って」
言われるがまま中に入ると、棚から落ちてきたであろう缶や瓶に埋もれた女性がいた。
「おい、大丈夫.........か?」
「大丈夫、それより、君、名前は?」
抑揚のない一定のトーンで話しかけてくる。
そして何故か凄く眠そうだ。
「俺はここで教員をやってるアルフ=ルーレンってものなんだが.........」
「変わった一人称だね.....私はリン=エミール」
「じゃあ、リン先生今日なんだけど」
「リン.....」
「?」
「リンで構わない」
「そうか.......なら俺も呼び捨てで頼む」
「そんなやらしいこと、させるの?」
「!?.....ただ名前よぶだけなのに?」
「うん、けど今回は特別にそうする」
「はぁ..?ところでそろそろ起き上がったらどうだ?」
リンはまだ物に埋もれたままだった。
「いいの、暫くこうして薬の調合とか考えていたいから.....」
「そう.....なのか」
変わってるな.....というか本当にここの教員なんだろか...?
「それで、今日はどんな用事で?」
「ああ......回復ポーションとかを貰いたいんだが、あるか?」
「あるけど.......何に使うの?」
「えーとだな..........最近、吐血とかが酷くでそれで回復ポーションを使いたい」
吐血するようになった経緯とかはここでは伏せておいた。
「吐血?」
すると、リンは口に手を当て、何かを考え始めた。
やがて、微睡んでいた目を一瞬だけ開いて、のそのそと歩き出していった。
しはらくして、奥の倉庫らしきところから戻ってくると、手に数本の試験管を抱えていた。
「どれがいい?」
「え.....っとどう違うんだ?これ.....」
まず一本はジェル状の白い物体、もう一本は少し紫がかった半透明の水、最後は黄色がかった液体。
正直、どれもやばそうだが全部回復ポーションというのなら飲まなくもない......。
「まず一本目は牛乳を常温で放置して10日経過したものでつぎは....」
「ちょっと待ってくれ....いまなんて?」
「だから、常温で牛乳を放置して....」
「ごめん、やっぱ聞き間違いじゃなかった。なんでこんなもん出すんだよ!!」
「いや、放置するとこんなにドロドロになるんだなぁ。今度から私は牛乳を放置するのをやめようと思いましたまるって思って.....」
「いや、それをポーションとして出すなよ!しかもなんで日記口調なんだよ....!」
「次は回復ポーション、それで次はガラムマサラ
、クミンシードなどなど6種のスパイスを配合して作った......」
「いや、最初はいいけど次のはなんだよ!」
「いや、夕飯の献立.....」
「を ?」
「ポーションに........」
「意味がわからない....。とりあえず、そっちの回復ポーションだけ......」
「これはだめ、ダメ絶対。断じて渡せない」
「なんか問題でもあるのか?」
「うん、まだ完成してないから....今から作ってくる」
どうして未完成品を持ってきたんだよ、 とも思ったがさっきよりはマシな方なので黙っておく。
リンはその試験管を持って奥へと消えていったが、途中から鼻歌が聞こえてくる。
「言いたいことも言えないこんな世の中じゃ〜〜♪♪」
「回復ポーション作ってる時にPOISONを歌うな!」
これは確かどこか異国の曲だった気がするが.....。
「じゃあとりあえず、ポーションを使う前にそこに横になって」
「え、なんで?」
「原因を探るため」
「いや、別に原因とかは知る必要ないんじゃ...」
「どこから出血してるのか分からないとポーションも効かないでしょ」
「う.....」
まあ、大丈夫だとは思うが....。
すると、リンはポケットから吸盤のついた聴診器のような魔道具を白衣のポケットから取り出した。
「それは?」
「内部情報がわかる魔道具」
リンはそう言うと、吸盤の部分を俺の胸の辺りに当てる。
ただなかなか上手くいかないようでなんども、やり直す。
「胸が邪魔でやりづらいね、取ってくれない?」
「無理に決まってんだろ」
まあ、一応可能と言えば可能なんだけどな。
俺はふとと気づく。
「なあ、リン。なんか、会ってからずっと真顔なんだが、なんか嫌なことでもあったのか?」
「いや、これが普通。ずっとここで独りでいたから、自然と表情もなくなった。だから人と話すのも.....久しぶり」
「へぇー。」
「「・・・」」
微妙な沈黙が流れる。
「とりあえず、おっぱいの話でもしようか」
「いや、微妙な空気をその話で転換しようとするな」
俺は吸盤を当てられながら、周りを見渡す。
ホルマリン漬けの謎の植物に人体模型までなんでもあるな。
「?」
リンが首を傾げた。
「いや、なんでもあるな、って思って」
「うん。基本的に薬使うものなら、なんでもある。ドラコンの鱗とか黒猫の脊髄とか、あと蛇の抜け殻とか」
「何の薬に使うのかさっぱりだな」
「基本的には滋養強壮薬とか財布に入れたりとか」
「最後のは薬関係ないだろ!!」
「あ」
「どうした?」
「出血場所がわかった...........けど.....?」
「?」
そこで再度リンは首を傾げて、魔道具を当て直した。




