それぞれの密会
「それは本気で言っているのかな?」
お師匠様は落ち着いた様子で言葉を落とす。
「はい、本気です」
私がそう答えるとお師匠様は深くため息をつき、こちらを見直す。
ガラス細工のような瞳に影が落ちる。
「私はアルフのように甘くないから、はっきり言うよ。私は君を兵器にするつもりはない」
「ッ.....」
質量のある言葉が鋭くこちらへ投げられる。
「でも、理由は聞こう。どうしてだい?」
「..........ご主人様は最近、一人で行ってしまわれることが多くなりました。私がお傍にいるのに......」
「それは自分が弱いから......だと?」
「そうです」
「それは違うと思うよ」
私は指先に視線を落とす。
「いいえ、違いません。私がもっと強ければ、もっと戦えたら、もっと魔力があったら役に立てるのです」
「じゃあ、君はあいつが戦っている時、黙って見ていたのかい?」
「.....それは.........」
私は言葉を詰まらせてしまう。
黙って見ていたわけではない。
でも........。
そんな自問自答が繰り返された。
「彼なりに君に役割を与え、君はその与えられた役割を果たしていたんじゃないか?」
「・・・・」
確かにご主人様は何かご指示し、私はそれを遵守してきた。
でも、それではダメだ。
与えられたものを安全な場所でただこなす。
その間にご主人様は苦しみながらも戦っている。
でも私がもっと役に立てるようになれば、一緒に戦える。
ご主人様を守れるかもしれない。
悲しい思いをしなくても....済むかもしてれない。
「私は.........ご主人様が苦しむ隣でのうのうと生きてたくありません」
「じゃあ、仮に私が君の力を解放して、君も一緒に苦しめば、アルフは救われるの?喜ぶの?幸せなの?」
「・・・」
さっきから、私は黙るばかりだ。
お師匠様の言葉は非の打ち所のないほど正しい。
「ごめん、少し虐めすぎたかな。確かに君の気持ちも分かるよ。君は主人に忠実だからね。けど、君はアルフの大切な人で砦でもあることを忘れないで欲しい。そして汲んでやってほしんだ」
「それは私も同じですッ!」
思はず、私は身を乗り出す。
「ご主人様は私の大切な人で唯一の家族なんです....。ご主人様が居なくなったら、私は...........」
目頭が熱くなる。
それを悟られぬよう、下を向く。
するとお師匠様の温かい手の感触が頭部に伝わってきた。
私は恐る恐る顔を上げる。
すると優しげな顔をしたお師匠様がいた。
「まったく、本当にジレンマもいいとこだね。私との契約は魔力の抑制だったね」
「はい」
契約とは私を猫から人間の姿へと変える時に交わされたものでご主人様は知性を、お師匠様は魔力をそれぞれ担当されている。
ご主人様との契約は自分の力で少しだけ緩めることは出来るが、お師匠様のものではそうはいかない。
「君がもし、本当に魔力が必要になった時以外使わないと誓えるかい?」
「はい、誓えます」
「わかった。なら、これを君に託しておく」
お師匠様はローブのポケットから赤い宝石のついたペンダントを取り出し、机に置いた。
そこからは凄まじい魔力が感じられた。
「これは?」
「戒めのペンダントさ。君が必要な時、この宝石を壊すといい」
「そうするとどうなるのですか?」
「この宝石には君の魔力が封じ込めらていてね、これを壊すということは[破戒]を意味し、一時的に契約が無効になる。すると君の魔力は元に戻る」
「なるほど.....」
しかし、お師匠様は尚も言葉を続ける。
「ただ、人っていう『器』はそのままだから膨大な魔力をある程度自らの体内で制御出来なきゃいけない」
「もし.....制御できなければ...?」
「最悪の場合、君の体は圧縮されていた魔力が膨張して破裂する」
「ッ.....!」
「このペンダントを壊すということの重みがわかったかな?」
つまり、これは覚悟を試すものでもあるということ.....。
「だから、出来れば私はこれを君に使って欲しくないわけさ。まあこれを使うってことは同時によっぽどの事態を意味してるから大丈夫だと思うけど」
私はゆっくりとペンダントを拾い上げる。
銀色の金属できた鎖に重みのある赤い宝石。
私は息を呑む。
「どう?受け取る?」
「有難く、頂戴致します」
「そっか.....」
お師匠様は今度は少し悲しげな顔をした。
私は持っていたペンダントを今度は首につける。
ちょうど胸の上あたりにあたる金属部分は私の鼓動と呼応しているようだった。
血液のように赤く、美しい宝石が光を反射して様々な角度に光るを放つ。
「ところで.....」
「なんでしょうか」
「あいつが今何をしているか知っているかな?」
「今は仕事中だと思われますが」
ご主人様は重要な仕事があると言っていましたが.......。
「ふーん。なら、ちょっとだけちょっかいかけちゃおうかな」
「?」
お師匠様は何やら透明な液体の入ったガラスの瓶をポケットから取り出した。
そして、瓶の先端についている栓を抜き、中の液体を机に蒔いた。
すると机が鏡面の如く反射し一枚の鏡のようになった。
「これは?」
「ほいっと」
お師匠様が手をかざし、魔力を込めるとご主人様が映し出された。
その瞬間、心臓がキュッと萎む感覚に襲われる。
早く、会いたい.....。
しかし、映し出されたのはご主人様だけではなかった。
「両隣に.........女?」
片方は軍人のアバズレ.....おっと口が悪くなってしまいました。
片方はご主人様の古い知人。しかし、もう一人は知らない顔。
「それでこの雌共は?」
「レーネ君、口がものすごく悪いぞ.....」
「失礼しました。」
「彼の古い友人達だよ」
「友人......ですか」
にしては二人ともくっつきすぎな気もしますが....。
しかも、体を密着させているだけでなく顔も近い。
あと少し触れてしまいそうだ......。
私は自分の心がだんだんと荒れていくのがわかった。
帰ったら問いたださなければ.....。
「う........」
「どうした?アルフ、お前何か顔色が悪いぞ」
「おう、なんか急に悪寒がな....」
後でポーションでも買って飲むか....。
今、俺たちはウルドと別れて、馬車に乗って軍事施設へと戻っていた。
そしてウルドと別れた途端、サラの態度が変わる。
「ねえ。アルフ。もっと詰めなさいよ。ただでさえ狭いんだから」
「しょうがないないだろ。お前が二人用の馬車の後部座席に無理やり入ってきてるんだから」
サラが俺とエメが二人で後部座席に乗ろうとした所、猛反発してきたので現在三人で乗ってキツキツになりながら、座っていた。
「アルフが狭いなら、もっとこっちに詰めていいぜ。ほらほら」
エメは俺の肩に手をかけ、引っ張る。
まるで若い子に子に不届きを働く中年男性のような手つきだ。
それに対して、サラが目くじらを立てる。
「そんなのダメに決まってるでしょォォ!!!こっちに詰めなさい」
「お前はさっきから意見コロコロ変えすぎなんだよ!!!」
「とにかく、早く本題に入るわよ!!」
サラは自分から蒔いた種を焼き払うが如く、大声で俺たちを一喝した。
「とりあえず、これを見て」
サラは胸ポケットから、一枚の黒い封筒を取り出す。
「なんだそれ」
エメは不思議そうに封筒を覗き込む。
「これから取引襲撃について説明するわね」




