軍からの派遣教師は差別主義者
俺とニーナは階段を上がり、教室へと向かう。
授業が終わった直後なのか、廊下はかなり騒がしかった。
俺はそれを横目に歩を進める。
しばらくして教室の前に、忙しない表情をしたギルとニアが目に映る。
俺が近づくとニアが先に気づいた。
「あ、いましたよ。ギル先生」
「まったく、何をしているんですか?」
「いや、すいません。サボっていたうちのクラスの非行生徒を保護しまして」
「あー!先生ずるいですよ!人を生贄に。先生だって立派な職務放棄だったじゃないですか!」
「あれは仕事だっつーの」
「へー。エロ本読むのが、ですかー」
「だからッッ!」
ニーナは冗談混じりに言った。
なんで図書館で本探してるだけでそうなるんだか....。
そんな俺たちの会話を聞いてニアが呟く。
「ニーナさんてあんな風に笑うんですね......」
「ええ.....私も初めて見ました.....」
「それで、何かあったのか?謹慎期間はもうおわったはずだが」
「ええ。それとは別件で私たち三人に呼び出しがかかってるのよ」
「別件?」
「うん。内容はまだ知らされてないからわかんないけど......」
まさか前にサラが言ってた....?
いやでもそれなら、ニアも呼び出される理由がない。
「ニーナは教室に戻っとけ」
俺はニーナの背中を手で押す。
「えー。じゃあ次の授業には来ないんですかー?」
するとギルが口を開く。
「戻ってきたら、再開しますよ」
「だとよ」
俺はギルの言葉をそのまま流すように言った。
「そういう事じゃなくて.........でも分かりました」
ニーナは終始納得のいかない表情をしていたが渋々、教室へと戻っていった。
学園長室に来るのは久しぶりな気がした。
それにここに来るのにいい思い出がない。
俺は自然とまた身構えてしまう。
ギルが緊張した面持ちでノックし返事を待つ。
するとすぐに中から応答がある。
中に入った時、俺は思わず目を疑った。
そこには見知らぬ男とサラがいたからだった。
隣の男はきっちりと整えられた黒髪と丸みを帯びた眼鏡が印象的だった。
「ッ!........」
俺は飛び出しそうになった言葉を飲み込む。
あくまで今はサラとは他人ってことになっている。
ここで変なアクションを起こすわけにはいかないのだ。
学園長は椅子に座っており、俺たちが入ってくるのを確認してから話し始める。
「今回、君たちに来てもらったのは軍から派遣されてきた教師陣を紹介するためでね」
そう言って、学園長は目でサラたちに合図を送る。
「初めまして。軍から派遣されてやってきたウルド=ゾーイと申します。こっちは部下のマリー。本来なら別のものが来る予定だったのがですが、前回の事件で腕を負傷したらしいので代わりのものが来ました。何卒よろしくお願いします。ギル先生」
その男はギルだけを見て、ニッコリと笑ってそう言った。
それに合わせてサラは説明を始める。
「この度、国は今回の事件を踏まえて、未来あるこの学園の生徒には自己防衛魔法の習得が必要不可欠である、と判断致しました」
サラのいつもとは似ても似つかぬ口調に俺は吹き出しそうになるが、サラは俺の目をまっすぐ見てがんを飛ばしてきているのでどうやら笑うなということらしい。
「なるほど」
「ギル先生。あなたの噂はかねがね聞いておりますよ。お逢い出来て光栄です。なんでもレベルが60を超えただとか?」
「あいにくそういう話にはあまり興味がないので」
「これは失礼致しました」
「これから授業のコマを一つ自己防衛のための魔法を教習する時間に置き換えます。この方針は国からなので、曲げることは出来ません。よろしいですか?」
サラは淡々と話していく。
「ええ、構いませんが」
「そうですか!ギル先生と私なら素晴らしい授業が出来ますよ。そう、私たちならね」
「我々だけで、ですか?」
「ええ!それはもちろん。女性になど任せていられませんしね」
ウルドは貼り付けた笑顔をでそう言った。
どうやら、俺やサラやニアには手伝わせる気がないらしい。
まあそれならそれで楽だが。
しかし、ニアは黙っていられないという顔をしていた。
その怒りはフツフツと湧き上がってるらしく表情もそれに合わせて険しくなっていく。
「あの......」
「それと授業の日取りですが」
「私たちは.......」
「明日からでどうでしょうか?」
「何をすれば.......」
「こちらに専用の資料がありますので。ギル先生どうぞ」
ウルドはまるでニアの声が聞こえていないかのように振る舞う。
ニアは目頭に涙を貯め、下を向く。
その様子が俺の視界の隅に残り続ける。
・・・・・。
俺は思い切り、学園長室の壁に拳をぶつける。
「「・・・・・。」」
「どうかしましたか?」
ウルドが初めてこちらに向かって言葉を投げかける。
「いえ、虫がいたので」
俺はまっすぐウルドの目を見て答えた。
「虫....ですか.....」
「ええ。かなり大きな」
「・・・」
その瞬間ウルドが腰の剣に手を回した。
俺はそれに合わせてポケットに手を突っ込む。
万一の場合はブレスレットで.....。
するとサラが動く。
「やめてください。先輩。ここで暴れられては困ります。未来ある生徒がいる学園で血なんて見たくないないですし、貴重な戦力をこれ以上減らせません」
とサラはウルドの後ろにいながら、真っ直ぐを俺を見て言った。
サラに言われ、ウルドは剣から手を離す。
「それも.....そうだね。軍人が民間人を殺すなんてカッコがつかないよね」
「とにかく、今後彼らは教員としてしばらく配属されることになる。お互い授業の際は連絡し合うように」
俺たちは黙ってうなづく。
少しの沈黙のあと、俺たちが退出使用した時サラは俺を呼び止めた。
「アルフ先生。こちらを」
サラは俺に黒い封筒を手渡す。
俺はそれを受け取り部屋を出た。
「それでは、私は授業に戻ります。あなた方はどうされますか?」
「私たちも戻りましょうか」
「そうだな」
「.......分かりました。では行きますか」
俺が歩き出した時、ニアは俺にそっと耳打ちする。
「さっきはありがとう。なんかスッキリしちゃった」
「なにが」
一応、とぼけておいた。実際ただ俺が拳を痛めただけだしな。
俺の華奢な体ではあれだけで拳が痺れてしまっていた。
ニアは俺や返事を聞いて、少し微笑み前を向き直した。
その日も結局、授業はさせてもらえなかった。
その日の夜、俺は封筒に書かれていた場所へと向かっていた。
街の大広場にある噴水の前、か。
俺は歩きながら、なぜそんな回りくどいやり方をするのか考えていた。
それに目的はなんなのだろうか。
あの場でギルには封筒らしきものは渡されていなかったはず。
つまり、この間言っていたのとはまた別ということだ。
しばらく、街中を下っていくとようやく目的の噴水が見えてきた。
そして、そこにはサラの姿があった。
「もう。遅いわよ。女性を待たせるなんて最低」
「格好はどう見ても女性じゃないが?」
さっきと同じ、黒く物騒なものが色々ついた軍服。それはもはや、女性らしさの欠片もなかった。
「これは....仕方ないのよ。本当は....もっとかわいい服を......ってそんなことはどうでもいいの。ほらさっさと行くわよ!」
サラは半ば強引に俺の腕を引っ張っていく。
俺はされるがままついてく。
「そんで、今日はなんなんだよ」
「これから作戦のための準備をするのよ。もちろん、あなたに手伝ってもらってね?」
サラは不気味な笑を浮かべた。
俺はそれを見て瞬時に良くないことが起こると察知するのだった。




