闇を切り抜けて、
私は天井を落とすことには成功したものの足を負傷してしまっていた。
「はぁ...........はぁ....」
無駄な呼吸音が勝手に体から漏れてくる。
私は足に目をやる。
出血と痛みがひどい........。
見たところ折れているとまではいかないが、おそらくヒビは入っいるだろう。
それに石の破片で出来た切り傷も痛みに拍車をかけていた。
私は片足を引き釣りながら、壁をつたって前へと進む。
本当なら回復魔法を使いたいところだが、あの手の魔法にはかなり時間を要する。
だから今は我慢して進むしかない。
助けを待ちながら。
しかしこれだけのことがあったのだ。おそらくは軍の人達がすぐそこまで来てるはず。
すると突然、私のすぐ後ろの壁がすごい音を立てて崩れる。
「!?」
急いで振り返ると、嫌という程見てきた彼の笑顔が目に入る。
その姿は魔法陣の光に照らされ、余計に不気味に見える。
まだ動けたのか......。
「さっきのは流石にやばかったよ.....。」
「ッ...!」
私は力を振り絞って地を蹴り前に進む。
しかし片足に体重がかかった瞬間に痛みでバランスを崩す。
直後、赤褐色の魔法の弾がこちらへ飛んでくる。
まずい、防御、しなきゃ....。
私は防御魔法を張ったが、痛みで集中ができず、ところどころほつれてしまっていた。
その結果、私の体はいとも簡単に後方へと飛ばされる。
「くっ…」
全身が壁に強く叩きつけられる。
痛い.......。
私は立ち上がり、前を見る。
するとすぐに首に手をかけられる。
「ずっとお前が憎かったよ。僕がお前に負け、学園を去った後の屈辱。今ここで晴らしてやる。」
彼はそう言い放った後、拳に強化魔法を集中させる。
まさか..............。
「女である尊厳を失わせてやるよ.......。」
「......やめて、それだけは....!」
だんだんと彼の拳が強化されていく一方で私の体には力が入らなくなる。
どうして........。
「最後に教えてやるよ。なんでお前が思い通りに動けないのかを。」
正面から彼を見るのは初めてだった。
そこで私は異変に気づく。
彼の顔と腕の血管が黒く変色していたのだ。
その顔つきはまるで........。
「あ......く......ま」
「悪魔か。それも悪くない。僕はもっと強くなるんだ。あの方達とともに。あの方が私に弱体化魔法を与えてくれたおかげで.......僕はもっと強くなれる!!!!」
彼はケラケラと笑った。
「弱体、化?」
「そうさ.....。お前は俺の魔法により弱体化しているのだ。」
だから彼は私との間の実力差を容易く埋められたのか。
でも、果たして本当にそんな魔法が....存在するの?
「無駄話をしてしまったね。これで、本当の別れだ。腹に力を入れろ。子宮ごと吹き飛ばしてやる。」
凄まじい量の魔力が込められた拳を彼はゆっくりと振りかざした。
ダメだ.........。
今度こそ、終わる。
私はそっと目を瞑った。
「恨むなら、自分が女ということと母親を恨めよ。」
目の前の絶望を直視したくなかった。
頭でずっと鳴り響いていた耳鳴りが死を悟った瞬間に、氷のように溶けてく。
ああ...............アルフ先生。
「死ね」
「死ぬのはてめえだよ。」
直後、瞼の暗闇を切り裂くような閃光が入ってくるの感じた。
目を開けると、私が一番会いたかった人が立っていた。
私は先生を一瞥するとともに意識を落としていった。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「ニーナは無事か!?」
「はい。意識を失っているだけと思われます」
俺はほっと胸を撫で下ろす。
しかし........。
「傷が思ったよりも......。とにかく、回復魔法を使ってみます。」
「頼む」
ニーナは体中ボロボロだった。
足からは鮮血が漏れ、体の数カ所には打撲痕があった。
しかもほぼ魔力も使い切ってるのかよ........。
「邪魔しやがって............」
俺が吹き飛ばしたそいつは瓦礫からムクっと立ち上がった。
「あれを食らってまだ動けんのかよ......」
おそらくは痛覚が麻痺しているのだろう。
それに、その血管......。
「そんな女を殺させろォ!!!!その女のせいで僕は.........」
「ニーナのせい?自業自得の間違いだろ」
「違う、その女は母親を使って俺たちを」
「お前、学園の禁書庫に入ったな?」
「ッ.....!?」
「お仲間たちと一緒に。」
「え?どういうこと?」
サラが不思議そうな顔をしてこちらを見る。
「こいつはニーナに勝ちたいがために禁書庫に入り、自己を強化する魔導書いわゆるドーピングしやがったんだよ」
「・・・・・・。」
やつの息を呑む音が聞こえる。
「なぜそれをって顔してんな。逆に聞くけど、バレないわけないだろ。」
「でも、上手くやればバレないもんじゃないの?」
単細胞のサラがまたしても不思議そうな顔をする。
「あの学園全土が学園長の魔法で構成されているんだ。それを特に禁書庫なんてのは大体、網がはってあるもんなんだよ」
「網?」
「そう。言わば、探知系の魔法陣が大量にあそこには張ってある」
それについて、学園の記録名簿には全て細かく書いてあった。
「しかし.......!」
「どうせどっかのテロ組織かなにかに情報を見返りに魔道具を借りたんだろうが、そんなんで何とかなるもんじゃねーんだよ」
「ッ!」
図星って顔だな。
「じゃあ、彼の退学にニーナ?って子は関係ないの?」
「そう。逆恨みもいいとこだ」
「クソが.......。そんなことはもうどうでもいい!!お前ら諸共.....」
そう言って、魔力込めだした。
「おい、手錠とかあんのか?」
「あいにく持ち合わせてない。だから」
「だから?」
「手足の骨くらい折っても構わないでしょう」
サラの目がいつもさの間にか血に飢えた獣のようなものになっていた。
相変わらず、怖い.......。
「ご主人様!回復終わりました。」
「わかった。こっちも早いとこ片付けるか」
俺が詠唱を唱えようとした時、突然隣の壁が爆発する。
そして小さな子供の声がした。
「そいつらとは戦わない方がいい。きっと瞬殺される。それに弱体化も効かないしね」
爆発の煙の中から出てきたのはまだ年端もいかない小さな女の子だった。
「イリス様、しかしッ!!」
「君も大分薬が回って判断力が鈍ってきてるね。蛙が蛇二匹、目の前にしてまだ気づかないかね~。」
「..........ッ!申し訳ありません........。」
「下がっとけよ」
イリス様と呼ばれた子供は周りのヤツらと同じ黒いローブを着ていた。
「貴様、何者だ。」
サラが魔道具に手を置き、言葉を発する。
「うーん、このアリーナを襲った集団の統率者って言えばわかる?」
「「ッ!」」
俺もサラも咄嗟に身構える。
「レーネ、ニーナと安全なところに」
「..........承知しました」
レーネは一瞬不服そうな顔しただけですぐに言うことを聞いた。
おそらく、自分たちがいれば足でまといになると悟ったのだろう。
「ま、見た感じ学園長もいないみたいだし、こちらの要求は呑んでくれなかったか~。そのせいで学園内もがっちり固められてるって報告もあったしな~。一先ず、任務完遂とはならずせいぜい半分といったところか.......」
その子供は口元に手を当て、呟くように喋る。
そこで俺はある部分に引っかかりを覚える。
「半分?」
話を聞いている限り、その任務とやらはひとつも成功していないように取れた。
なのになぜ半分.........?
「さてと?」
その子供はこちらをギロりと睨む。
全身が震える。
久々のこの感覚.......。
これはまずいかもしれない。
そう悟ったのはサラも同様だったようだ。
その証拠にいつもなら真っ先突っ込むはずのサラが今は一歩引いている。
逃げるのが正解か?
俺は脱出経路を探す。
俺たちが入ってきた方から逃げるのが一番安全。
だがそんな隙があるのか?
黒いローブからアメジスト色の瞳がこちらを凝視し続けている。
刃物のような眼光がちらつかせて。
「そっちが動いたら、始めよっか?」
そこからはウキウキとした表情が伺えた。
逃がしてもらえそうにないな。
「サラ、本気で行くぞ」
「...........わかった」
サラは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに状況を呑み込んだようだ。
「おお?もうやるの?本当は君を生け捕りにしたいんだけどな~。前は失敗しちゃったし」
子供は俺の目を見てはっきりと言い放った。
前.........?
まさか、あの魔力結界も俺を捕まえるために?
何のために?
いや、今は目の前の現状に集中しなければ。
雑念を抱いたまま、勝てる相手ではないのだから......。
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