希望を見出すためには
私の魔法で彼の使える魔法はすべて知っていたし正直負ける気はしていなかった。
ただ周りの視線が痛かった。
決闘を申し込むことを事前に周りに伝えていたのだろう。
すぐに野次馬が集まってきた。
「決闘のルールはどちらか一方が戦闘不能になるもしくは負けを認めた方の負け。勝った方は負けた方のいうことをなんでも一つ聞く。いいね?」
「.........ええ。」
気は進まないがやるしかない。
私は持っていた杖型の魔道具を構える。
おそらく、彼が使ってくるのは攻撃型の簡易詠唱だろう。
それに備えれば、勝てるはず。
私は相手の胸元にあたりに意識を集中させる。
あまり手の内を周りには見せたくなかったけど、早く終わるのが優先だ。
彼は自前のメリケン型の魔道具を手にしていた。
おそらく、あれには様々な魔法が元から組み込まれているのだろう。
彼はゆっくりと息を吐いた。
「では始めるとするよ。」
彼の顔から笑が消えた。
彼はそのまま、真っ直ぐとこちらへ向かってくる。
「【我に力を】」
「あの魔法.........」
「ジーク様、本気よ....」
彼がよく試合などで使っている詠唱魔法だ。
彼の詠唱の優れたところは極限まで詠唱準備期間が短いことにある。
それでいて強力な強化魔法が使えるのだから流石というところだ。
ただそれには凄まじい集中力が必要なはず。
そこをつけば、勝機はあるのだ。
「すまないね。」
何に対しての謝罪かわからないが彼はそう言いながら右の拳を繰り出してきた。
私はそれを杖ではね上げてかわす。
彼は素早くそれに合わせて、左手を宙に挙げて魔法陣を創り出す。
これはよけなきゃまずいかも.....。
私は後ろへと後退して、魔法陣を避ける。
流石に、速い。
一発目の攻撃からの流れるような二発目。
財閥の次期当主だけはある。
とにかく、攻撃を受けないように相手の間合いは避けよう。
私はまた一歩退く。
「あいつ、戦う気ないんじゃねえの?」
「でも相手があのジーク様だけに勝ち筋がないんじゃないの?」
「逃げてるだけでは勝てないよ?」
「・・・・・。」
そんなことは分かっている。
試合は誰もが拮抗すると思っているに違いないが、私は生憎これを長引かせるつもりなど毛頭ない。
彼は後退した私を見てチャンスとばかりにこちらへと詰めてきた。
私はそれに真正面から対峙した。
「お、おい。」
「あのままじゃ、攻撃をもろに.....」
「何を考えているんだ......」
予想通り、拳が私の溝あたりを狙って飛んでくる。
ここだ。
私は素早くそれを受け流し、彼の胸元あたりを杖でトンっとつく。
すぐさまは彼は後に退く。
「な、何をしたんだ?」
彼は多分にどこに何をされたか気づいていないのだろう。
私はゆっくりと魔法陣を発動させる。
すると突然、彼はしゃっくりのような声を上げた。
「これは......しゃっくり?」
そこで周りがドッと沸く。
「なんだよ、あいつ。あんな魔法で勝てると思ってるのかよ!」
「しょぼすぎるでしょ」
彼も鼻で笑う。
「何のつもりかな?」
「いえ?普通に戦ってるだけですが?」
「残念だけど、こんな子供の浅知恵のような魔法では僕は負けないよ」
周りの騒音など気にも止めず、彼はまた間合いを詰めようとする。
そこで私はこの魔法をまた発動させる。
また彼がしゃっくりをした。
「何度やっても無駄だよ。そんなもので私は....。」
「子供の浅知恵を舐めてはいけませんよ~。」
そろそろ種明かしといこう。
私はこれを連続的に発動させる。
「だから.....何度......やったって.....無駄.....だと......!?」
やがて彼は声を発せなくなる。
当たり前だ。呼吸をしようとする瞬間に肺の横隔膜を持ち上げさせている。
つまり彼は呼吸のたびに、空気を取り入れているのではなく、逆に空気を吐き出してしまっているだ。
この魔法は本来電撃系の魔法だが、それを応用して使っている。
簡単だが、効果は意外とある。
まあ、すぐに集中されて魔法を解かれたら終わりなのだが。
今の彼にはそんな余裕はないだろう。
「降参だったら右手を挙げてください。そうすれば魔法は解除します。」
すると彼は顔を歪めながら、右手を挙げた。
相当苦しかったのだろう。
私は約束通り魔法を解く。
「これで私の勝ちですね?」
「・・・・・・」
周りからは嘲笑と失意で溢れていた。
「あんな魔法で負けるなんて......w」
「な。流石にないよな」
とりあえず、手の内を見せずに素早く決闘を終わらせられたのだから良しとするか。
私が彼に背を向けた時だった。
「クソがァァァァ!!!!」
彼が勢いよく、魔法で攻撃してきたのだ。
顔は苦渋で歪み、目は血走っていた。
「僕が、僕がこの日のためにどれだけ準備したと思ってるんだァァァ!!!!」
私はそれを仕方なく、魔法で彼を吹き飛ばす。
これはあまり使いたくなかったけど.........。
そのまま私はその場をあとにした。
けど、これで終わらなかったのだ。
その次の日から彼と彼の周りにいる者達からの嫌がらせが始まったのだ。
トイレに行けば、冷水のシャワーは当たり前。
靴が無くなるのも当たり前。
机がなくなるのも当たり前。
それらは日に日にエスカレートしていった。
そして嫌がらせが激化していく中で私にとっての、全ての非日常が日常へと変わっていった。
ただそれ自体は別によかったのだ。
あんなことよりは。
私はいつものように落書きされた上履きをゴミ箱に捨てて、新しいのを履き教室に向かった時だった。
いつもと空気感が違うことに気づいた。
なんだろう、この感じ。
そしてその謎は朝のホームルームで解けた。
「ええ。突然ですが、下記の者達は重大な校則違反を犯したため退学になりましたことを通達致します。」
教師は持っていた紙を黒板に張り出した。
そこで私は目を疑った。
退学になったのは私に嫌がらせをしてきた生徒達だったからである。
ざわつく教室。
怯えた目を向けてくるクラスメイト達。
その日から私に何かしてくる者達は生徒教師関係なく退学になっていった。
そして必然的に私の周りに近づくものは誰もいなくなり、私をいないものとして扱った。
誰もが言わなくても分かっていたはずだ。
私に近づけば、ろくなことにならないと。
そしてこれは私の母が関係していると。
でなければ、こうまであっさりと退学はさせられない。
私はこのことについて、母に何度も問い詰めたが結局何も言ってくれなかった。
誰も何も言ってくれなくなったのだ。
私はいない。
そう強く感じた。
けど、私を無視しない人もいた。
「どこ、見てるの?僕だけを見てよ」
突然、追憶から現実に戻される。
逃げ惑うしかない私を彼は半笑いで追いかけてくる。
彼に私の魔法は通用しなくなっていた。
彼は以前とは桁違いに魔力量が増え、攻撃も以前のものより、遥かに威力が高くまるで別人のようだった。
一体あれだけあった力量の差をどうやって....?
「君が僕をコケにしたような倒し方をしてから、僕の人生は大きく変わってしまったよ。誰も前みたいにちやほやしてくれないし、父さんも僕を見てくれなくなった。」
「そんなのは私のせいじゃ....」
「全部全部全部全部全部全部、お前のせいだ」
「ッ!」
それは皆が私に浴びせたトラウマの言葉だった。
「お前のせいで......」
「あなたのせいで........」
「「「全部お前の存在が悪い」」」
脳裏をフラッシュバックするその言葉は全身を硬直させ、発汗させる。
「嫌...........こないで」
だめだ......。足が、動かない。
逃げなきゃ
目の前に振りかざされる手のひら。
少しずつ、魔法陣が形成されていく。
私は歯を食いしばり、必死に考えた。
どうすればいい。足が動かない。手も動かない。口も動かない。
動くのは頭だけ。
どうすれば、いいの?アルフ先生。
何度目かもわからない走馬灯。
今まで見てきたもの。
その全てに彼は映っている。
私と向き合ってくれる人の姿が。
私が置いてきた人の姿が。
一番近くにいて欲しくて一番遠くにいて欲しかった人の姿が。
脳裏を、埋め尽くしていった。
「終わりにしようよ。大丈夫。きっと痛くない。」
彼のトレードマークを引っさげて執行人は私に終わりを告げる。
「...............ない」
「は?」
「まだ死にたくないッッ!!!!!!!」
私は最後の力を振り絞り、彼から教わった脳内構築魔法を使った。
その瞬間、天井が砕け落ちてきた。
読んでいただきありがとうございました!




