獄中の知人との対人戦
「なにか?」
「貴様、上官に向かってなんて口の聞き方だ!?」
そんな野次をその上官と呼ばれた男は手を挙げ、静止した。
「口の利き方などはどうでもいいのだ。ただ君を行かせるわけに行かない、それだけだ。」
そう言われ周りの兵士は萎縮する。
放たれる威圧感が場を制す。
ただここで押されるわけにはいかない。
それに時間もない。
「ならどうしたら入れる?いやどうしたら、即戦力として認めてもらえる?」
「闘ってもらいたい人がいる。」
「闘ってもらいたい、人?」
「来なさい。」
そう言われ人混みの中から女性が出てきた。
そいつはサラだった。
「これから君にはマリーと闘ってもらう。もし彼女に勝てたのなら、君を即戦力と認めようじゃないか。」
「わかった。」
おそらく、この男をどうにかしても周りがいたんじゃキリがないだろう。
ならこの中で最も権威のあるものからの条件を受け入れた方がよっぽど効果的だ。
「他に意見のあるものは?」
『・・・・・・・。』
無論誰も口を挟まなかった。
ただ黙って皆サラのことを見つめるのみ。
「勝利条件は?」
「どちらかが負けを認めるもしくは確実な負けを皆が認めた場合のみとする。」
「わかりました。」
「わかった。」
俺は改めてサラを見る。
前と容姿は全く変わっていないが、魔力量が圧倒的に違っていた。
格段に強くなってる.....?
学園であった時には気づかなかったが相当鍛え抜かれていることが目の前で対峙してようやく分かった。
獄中での勝率は五分五分、と言ったところか。
あの決闘のせいで何回独房にぶち込まれたことやら。
俺がそんな追憶に耽っているとサラが魔道具に手を回した。
やる気満々らしい。
魔道具の形状はさっきの軍人と同じく剣型。
刀身はかなり長め、か。
サラの得意技は強靭な脚力で放つ『蹴り』だ。
ならなぜ、あんな魔道具を?
俺は疑問を抱きつつも同じように詠唱の準備をする。
こいつ相手には簡易詠唱しか通じないのは分かっている。
負けを認める、ね。
「レーネ、ナイフを一本貸してくれ。」
「あいにく、魔道具は持ち合わせていないのですが.....」
「いや普通のでいい。」
「承知しました。」
レーネはメイド服の裾から一本のナイフを取り出し俺に手渡した。
相変わらず、恐ろしいメイド服だ。
俺はそう思いつつもナイフを手にする。
何の変哲もないサバイバルナイフのようなものだ。
柄にはトライバル柄が入っていて刀身はおよそ30センチほど。
「お、おい。あいつ魔道具を使わない気だぞ!?」
「いや、でもマリーさん相手だからじゃないか?」
そんな会話が耳に入ってくる。
ここでのサラの地位はそんなに高くないらしい。
いやでも、サラのこの魔力量で地位が下なんてあるのか?
魔道具を構えるサラに上官と呼ばれていた男はそっと何かを耳打ちした。
その瞬間、サラの目は一層ギラギラと光り始めた。
マジの時の目だと凄まじいデジャブを感じた。
俺は咄嗟に身構える。
そろそろ来そうだと本能が感じ取ったのだ。
案の定、向こうから先に仕掛けてきた。
魔道具の剣は素早くこちらへと向けられ、俺の体を切り裂こうとする。
俺はそれをナイフであてがいかわしつつ、反撃の機を狙っていた。
やはり、前より強くなってるな。
体術ひとつとっても以前とはまるっきり違っていた。
俺はナイフをフェイントに使いつつ、拳を肋あたりに入れようとするもそれを綺麗に体術一つでかわされてしまう。
だんだんと汗が額を滲ませる。
俺は魔力消費を最小限に抑えるため、防御魔法などは一切使っていない。
つまり、一撃くらえば、終わりということだ。
ただ流石に無理がある。
体力と魔力は別物だ。
魔力は消費しなくても体力はどんどん消費されていく。
しかし先にバテれば負けは必須。
ここは相手のペースに呑まれないようにしなければならない。
そんなことを考えていると集中が不意に途切れ、刀身の先を頬に受けてしまう。
血が頬を伝って地面に落ちた。
そこで俺はこの魔道具の性質を理解した。
血を拭っても止まらないのだ。
「クソ。血栓形成を魔法で妨害してるのか。」
なら尚更、刀身には触れられない。
だが、蹴りにも注意しないと。
と思ったらそばから右足が左から脇めがけて飛んでくる。
俺はそれを後ろのけぞって回避する。
結構きつい.........。
すると周りがざわついているのがわかった。
そしてサラの顔にも驚きの色が見えた。
何をそんなに驚くことがあるのだろうか....?
そんな不思議を抱くまもなく、次から次へと蹴りが繰り出される。
しかしこれも全てかわす。
さすがに刑務所で散々受けてきた分、かわすのは容易かった。
隙を見て、溝に向けて拳を放つ。
入ったな。
「ぅ........」
サラが小さく呻き後に後退した。
が、まだ立っていられるようですぐにこちらに向けて簡易詠唱を放つ。
そして溝に入れたはずの右手になぜかこちらも痛みが残った。
見ると、腕の表面の皮膚がパックリと割れていたのだ。
そこから血が溢れ出す。
あの一瞬で、どうやって切りつけたんだ?
少なくともそんな隙は与えなかったはずなのに。
そして空間振動系らしい魔法は俺の肋付近で弾ける
「ぐぅ..........」
思ったより、痛い..........な。それに腕の血も止まらねぇ。
けど今がチャンスだろう。
俺は追い打ちをかけるべく、ナイフを突き立て向かう。
サラもすぐにそれに反応して、ナイフを受け流した。
これでいつもなら、必ずあれが来るはずだ。
俺は相手に勘づかれないように前だけを見る素振りをした。
そして次の瞬間、手首に打撃が加えられる。
「痛ッ.....」
その衝撃で俺はナイフを地面に落とした。
次に予定していたように『膝蹴り』が溝に向かってきた。
よし。
俺はここで初めて魔法を使った。
防御系統の魔法だ。
俺は膝を魔法で受け止めた後、ガッチリと膝を押さえつける。
「え.................!?」
俺は押さえつけた足を相手が離そうと力を込めた隙に、手を離し顔を上げた。
驚く相手の顔に俺は面と向かう。
この景色にも既視感がある。
まだ獄中でこいつを男だと思っていた時にやった技だ。
俺は間髪入れずにサラの額目掛けて、頭突きをかました。
「痛ッ!?」
「いッ!!」
この反応も全く同じものだった。
サラはその後、地面にうずくまる。
俺もなんとか立っていられる程度だった。
俺も痛かったが、相手も相当痛かっただろう。
俺は地面に転がったナイフを拾い上げた。
「あ、あんた馬鹿じゃないの!?女性の額めがけて続きなんて.........」
久しぶりに聞く口調だ。
俺はそっとサラの首筋にナイフを突きつけた。
「これで文句ないな?」
「・・・・」
気がつくと周りは静まり返っていた。
「マリーさんのあんな口調初めて聞いたぞ、おれ.....」
「俺もだ....」
俺は上官の男を見る。
「素晴らしい戦いを見せてもらった。」
その顔には嬉々とした表情が浮かんでいた。
「そんでさっきの話は?」
「いいだろう。あなたを即戦力として受け入れる。その代わり、彼女も同伴が条件だがな。」
「わかった。」
俺はナイフをレーネに返した。
「ご主人様、頬と腕の傷口がまだ....」
「これは大丈夫だ。それより、急ごう。ニーナが心配だ。」
俺は地面に突っ伏しているサラに手を貸す。
「大丈夫か?」
「大丈夫、です。」
こちらの世界ではその口調で通っているのか。
サラは俺の手を取り立ち上がった。
黒い軍服に付いた土埃をサラは払った。
「では少数精鋭で。外側の敵は我々が処理し、あなた方には人質を救出及び先導者の取り押さえを頼む。」
「はい。」
「わかった。」
「それから、そのメイド、か?その人は....」
「こいつも連れていく。」
「わかった。」
すると突然、ドーム状の会場から爆音と黒い煙が上がった。
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