決意を糧に
「機材のトラブルか何かですか!?」
「いいえ。恐らく向こうに設置された魔法陣自体がダメになってしまっているのでしょう。」
教職員たちは動揺する。
学園長の顔にも焦りの表情が見えたが、やがでそっと息を吐いた。
「まずは向こうのものと連絡を取りましょう。」
それにしても、一体どういうことだ。学園長の魔法が妨害されているということか......?
しかしこれは簡単に言っているが、容易ではない。
学園長は相当な実力者なはず。そのような人が作った魔法陣を妨害できるなんてのは明らかに単独犯ではないことを示していた。
複数、いや組織の可能性が高い。
学園は軍と提携しているだけあってすぐに会場から通達があった。
「................会場が何者かによってジャックされた!?」
「どういうことですか?」
学園長が落ち着いた口調でそう尋ねる。
「会場内を指揮していた軍のものから通信が突然途絶え、扉が強力な魔法によって閉ざされてしまっているらしく........現在、状況確認を急いでいるようです。」
緊迫に満ちた顔が事の重大さを物語っていた。
「なんてことだ!?」
副学園長の声だけが響く。
「そ、それでは、うちの生徒今どうなってるんですか!?」
「それが......学園長の娘さんが人質に取られたようです......。」
「そうですか。」
学園長の落ち着ききったその言葉に俺は違和感を感じた。
何故そこまで落ち着いていられるんだ?
「それで、相手の要求は?」
「学園の責任者を会場へよこせ、とのことだそうです。」
「つまり、私に来い、と。」
それを聞きさらに周りに動揺が走る中、学園長はゆっくりとこちらを振り返った。
「わかりました。準備をしてきます。各職員は周りの生徒の連絡を。」
そう言ってこの部屋から出ようとする学園長を俺は呼び止めた。
「準備って.....何のですか?」
「.......決まっているでしょう。会場に出向くための」
「あなたはこの学園から出れないはずだ。それなのにどうやって会場へ向かう?」
室内を雑言が反響する。
「き、きみは一体何を言っているだね!?今は一分一秒が惜しい時なのですよ?」
「そうですよ!何を意味のわからないことを」
説明するしかない、か。
「学園長の魔法はおそらく、この学園全体に干渉できますよね?」
「それはそうだが、それとさっきので何の関係が.......」
「それはつまり、この学園自体が学園長の魔法で作られ、その形を維持し続けている。要はかなり広範囲の魔法を発動し続けているわけだ。」
「さっきから君は何を」
「なら、学園長がこの魔法自体に魔力の供給をやめる、すなわちあなたがその魔法の干渉範囲内から出たら一体どうなると思いますか?」
答えは言わずもがな分かるはずだ。
「学園自体が、崩壊する?」
副学園長よりも先にニアが答える。
「そんな......」
「違いますか?」
俺はまっすぐと学園長の目を見た。
しかし学園長の眼が揺らぐことは無かった。
「ですから、一旦ほかの魔法士に魔法を引き継いで」
「これだけ巨大な魔法だ。引き継ぐのは容易ではない。そしてそんなことは向こうも分かっているはずだ。」
「ならなぜあんな要求をするのですか?学園を破壊したいなら、わざわざこんな回りくどいことをしないのでは?」
「狙いの違いだろ。おそらく、奴らが見ているのはあなたがこの巨大な魔法を成し得ることが出来るほどの力を持つ魔道具の方だろう。そしてあなたはこの狙いの違いに初めから気づいていましたね?」
大方、あのあと部屋を出て魔道具をどうにかしようとしていたのだろう。
つまりはなから向かうつもりなどなかった、というわけだ。
「・・・・・・」
ここで初めて学園長の目に曇りが見える。
「なら、どうしろと?これでは八方塞がりではないですか?」
「俺が行きます」
「ちょ、アルフ先生!?」
ニアの戦慄しきった声が耳を抜けていく。
「君ねえ、低レベルの魔女見習風情が行ったってせいぜい返り討ちにされるだけなんですよ!?」
もう一人にのガタイのいい教師が顔真っ赤にしてこちらを睨みつける。
「私が、それを許可するとでも?」
学園長の目はギロりとこちらを睨んでいた。
「そうですよ!学園の威信がかかっているわけですから、ここは軍に任せましょう。」
おそらくここでもたつけば、学園から学園長が引き剥がせないと判断され、ニーナはタダじゃ済まないだろう。
それに彼女はサイコメトリーに近い魔法を継承した人間でもある。それを犯罪グループが放っておくはずがない。
ついに、決断の時が来たようだ。
「ニア、俺の辞表を書いて提出しておいてくれ。」
「え!?!?ちょ!?!?」
ニアは突然話を振られ、何が何だか分からないという顔をした。
俺が振り向いた背中に学園長が言葉を投げかける。
「この学園を、去る、と?」
「ああ。生徒、それも娘を平気で切り捨てるような学園長がいるようなところで働くなんて御免だからな」
「なぜ、そこまでするのですか?」
「それをあんたが言うのか?」
「それは.......」
「あんたは親だろうが。あの子の。」
ふと頭をよぎる。
だれにも迷惑をかけまいと俺の元から去ろうとした彼女の寂しげな横顔を。
様々な責任と義務を背負って苦悩していた彼女を。
俺は勢いよく扉を開ける。
全ての視線を振り払うかのように力強く。
「行くの.......体育館.......ポータルを」
俺は学園長の言葉を最後まで聞かずに扉を閉めた。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「ポータルか....。」
それで会場まで行けるのか。
俺はそこへと全力で足を動かしていた。
「レーネ、いるか?」
「はい。おります。」
レーネは認識妨害魔法を解いた。
「すこし、手伝って欲しいことがあるんだが。いいか?」
「はい。何なりと。」
これから面倒なことをするというのにその顔はすこし嬉しそうだった。
そして俺は学園長の言っていたポータル前にたどり着いた。
ポータルは半径10メートル程の巨大な円で材質は石だったが、そこからは並々ならぬ魔力と魔法式が所狭しと描かれていた。
「それで手伝って欲しいことというのは?」
「ああ。これから男に戻って乗り込むわけだがその時、俺に幻影魔法をかけて欲しい。要は今の俺の姿のままを維持してもらいたい。」
幸いにもブレスレットはレーネにいつも預けてあるので持ち合わせてはいた。
ただ問題はむしろ容姿の方にあったのだ。
なぜなら、既に前の一件で姿が割れてしまっているためである。
極力波風立てずに行きたい。
まあ乗り込む時点で確実に騒ぎにはなるのだが、学園をやめた今の俺には関係ないのである。
関係があるのはその後の軍の対応である。
おそらく、前の件の首謀者も学園に最も近くかつ、学園に関係がある俺、と断定されてしまうだろう。
俺はそれが一番困るのだ。
「承知しました。では私の魔法を半分解く許可を。」
「許可しよう。」
俺の言葉を確認したレーネはふぅっと息を吐いた。
するとレーネの魔力はどんどんと跳ね上がっていく。
さすがにこの前カフェで見たとはいえ、威圧感が違うな。
俺はそれに合わせて男に戻る。
最悪、魔力はレーネに分けてもらえば、10秒という制限はかなり伸ばせるだろう。
しかしそれでもタイムリミットは現状、持って最大10分と言ったところだろうか。
急がねば。
俺はレーネに幻影魔法をかけてもらい、ポータルをくぐった。
ポータルをを抜けるとそこは会場のすぐ目の前の入り口だった。
そこではいくつもの簡易的なテントが張られ、作戦会議のようなものをしているところだった。
そこへ突然現れた俺たちに当然、周りの注目が集まる。
その中の一人が俺の前へと立ちはだかった。
「止まれ。貴様らは何者だ。」
俺の首筋に剣のステッキの形状した魔道具が突きつけられる。
今は時間が惜しい。
俺は無視を決め込み、話し始める。
「この中で一番実力のあるものは誰だ?」
「は?貴様は何を言って!?」
「あれれ〜?この間のポンコツ教師じゃねえか?こんな所へ何をしに来たんだ?」
どこか腑抜けた声で会話に入ってきたのは前に学園に調査をしに来た時に俺に殴りを入れてきたあの軍人だった。
「お前が一番この中で実力があるのか?」
「随分と舐めた口聞くな?教師の分際で。まあいいや。そうだ。俺がこの中で最も実力がある。」
周りを見渡しても異論を唱える者はいなかったが、抗議的な目をしているものはいた。
「そうか。なら、お前を倒せば、ここを通してもらえるな?即戦力として役に立つという名目で。」
「は?何意味わかんねえこと抜かしてんだ?あぁ!?」
その軍人は半ば半ギレで会話を続ける。
「まあいいだろう。軍人とクソッタレな女魔法教師との格の差を見せてやるよ。」
その言葉を聞いて、レーネは過剰に反応したが俺はそれを手で静止する。
「どこからでもかかってこいよ。なんなららその娼婦も加えて二対一でもいいぜぇ?」
そう言うと腰にあてがっている剣に手を回した。
そして俺はある言葉にカチンと来てしまった。
こいつ、レーネのことを娼婦と言いやがったな?
「さあ、こいよ?さぁ早く」
俺は相手が言葉を言い切らせる前にまずは渾身の右ストレートをお見舞してやることにした。
無論、魔法で強化してある。
俺は一気に間合いを詰め、右の拳を相手の頬目掛けて振り抜いた。
相手は咄嗟のことでも反応し左手でガードをする。
さすがに軍人とだけあって反応速度は早かった。
すぐさま防御魔法で左手を覆った。
が、こちらの方が威力格段に上らしかった。
「そんな鈍いパンチが通用するとでも.....」
左手の骨に俺の脚が当たった途端に腕の形が変形する。
どうやら骨まで行ったらしい。
「へ?」
その軍人は間の抜けた声を出した。
軍人はその衝撃でうしろへと吹き飛ばされ、やや時差があって、ようやく痛みが到達したらしい。
「ああああァァーーーー。腕がぁぁぁぉ!?おれちゃってるぅぅぅーーー!?」
軍人は腕をかばうようにその場にうずくまる。
「この間のお返し、それにさっきのうちの大切なメイドに対する侮辱へのお返しもパッピーセットで付けておいた。」
それにしてもオーバーキル過ぎたかな?
まあ、いまさらか....。
俺は痛がる男を視線から外して振り返る。
「レーネ、さっきのその......娼婦ってのはあんま気にすんなよ......ってなんでニヤニヤしてんだ?」
レーネの頬はなぜか緩んでいた。
「いえ、別になんでもありませんよ。」
さっきの報復がそんなに嬉しかったのだろうか?
俺はゆっくりとレーネと前に歩き出した。
それに合わせて人混みが避けるようにはけていく。
そして俺たちの背中に前にも聞いた事のあるしゃがれた声が嘆かけられた。
「待ちなさい。」
振り向くとそこには前の調査の時にいた周りから一目置かれていた軍人が立っていた。
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