賢者は初めての差別を受ける
なぜ、おっぱいがあるんだ?
「まさか!!」
俺は急いで股間に手を当てた。
どれだけ探しても息子はいなかった。
待てなんで俺、女になってんだ!?
鏡をみる。
そこには黒髪ロングの女がいた。つまり今の俺だ。
まてまてまてまてまてまてまてまて。
どうゆうことだ!??
頭が混乱の渦に呑み込まれていく。
俺は急いで職員に連絡した。
「おい!俺、女になってんだけど!!」
一息ついてから男は話し始める。
「それが......ですね。何者かの魔法でシステムがハッキングされまして、勝手にあなたの新しいキャラクターを構築されてしまいました。」
「はあ!?じゃあ、俺の今のステータスは......。」
俺はステータスを出した。
そこには性別女、職業農民、レベル5、呪い有と書いてあった。
「職業が農民....だと!?それにレベルも。とにかく、これからどうすればいい?」
「落ち着いて。とりあえず、学園の方に向かってください。そこは寮なのですぐに行けますから。」
「いやちょっと待って!そこじゃなくてステータスと職業の話!」
「それは.....ですね、復旧の目処がまだ立っていませんので、なんとも....。」
「そもそも、農民が魔法士志望の学生に何を教えんだよ!それにレベルも5だぞ!」
「知識だけで当面は何とかしてください。実戦はともかくとしても。学園の方にはこちらから連絡しておきますので。」
農民だけでもきついのになんでレベルまでもこんなに低いんだよ。それに性別女とかふざけてんだろ。呪いも消えてねえし。
「こちらも全力を尽くしますので復旧が出来ましたらご連絡致します。」
「ちょ、ま」
そう言って通信は切れた。
くそ!!とにかく準備して学校に行かねえと。
着てる服が男物のせいでやたら胸が苦しい。
俺は部屋に既に送られていたトランクから貰っていた教科書を取り出してその部屋を飛び出した。
走りながら辺りを見渡す。
ここは完全に団地のような作りになっていた。
同じ形をした建物がちょうど『コ』の形になっており中庭があった。
そして奥に学園と思しき一際目立つ建物が見えた。
あそこか。
俺はそこに全速力で向かった。
どうやら季節は春らしい。
少し肌寒いくらいの気温だった。
俺はテンパりすぎて階段の位置さえすぐには把握出来ずに寮を出るのにてこずった。
俺はやっとのことで学園にたどり着き、昇降口に貼ってある学園案内図をみた。
俺はそれを指で追いながら、職員室を探す。
「職員室は.......二階の奥か。」
俺は階段を駆け上がる。
周りには生徒と思われる男女が右と左にきっちりと分かれて歩いていた。
こんなに殺伐としているのか、この学園の男女は。
俺はその光景に物珍しさを感じつつ、その背景に映りこんだ『職員室』という札のかかった部屋を見つけた。
「ここ、か。」
俺はドアノブに手をかけ、ぐっと力を入れる。
職員室の扉を開けると教員らしき人々が机に向かっていたり、談笑していたが俺が入るなり一斉に静まり返った。
よく見ると女性が一人しかいなく、他すべてが男性だった。
「あの......紹介できましたアルフ=ルーレンです。よろしくお願いします。」
しばらく沈黙が続いたがやがて奥から少し偉そうな男が机から立ち上がり、こちらへ向かってきた。
その男がいた机をみると副学園長と彫られた木の置物が置いてあった。
こいつが副学園長か。
「あなたがアルフさんでしたか。こちらこそよろしくお願いします。早速ですが、1-4の教室に向かってください。」
早速授業かよ....。
俺は持っていた荷物を置こうと机を探したが、それらしきものがどこにもなかった。
「はい。ところで、あの.....私の机はどこでしょうか?」
職員室を見る限り、各教員一人一人に机が支給されてるように見えるが。
その証拠に周りを見ても多くの人が机を利用している。
するとその男は鼻から嘲笑うかのように息を吐いて、口を開く。
「女性ごときに机などありませんよ。そこらへんの床にでもを置いておいてください。」
「............あ??なめてんのか?」
反射的に喧嘩腰になる。
辺りがざわつく。
「き、きみねぇ、副学園長になんて口の聞き方してんの!!」
隣のハゲがそう指摘してきたが頭が沸騰して、言葉が頭に入ってこない。
耳が熱い。
「なんだとこのはge」
「待ってください!」
職員室に一人だけいた、女性教諭が仲裁に入ってきた。
「この人、まだこの世界に来て間もないみたいなので私が後でしっかりと教えておきます、なので今は気を沈めてください!」
「しかし君ねえ。」
「すべて女性である私たちが悪いんです。」
「まあ分かってるならいいんだけどねぇ。」
黙って聞いてればこのクソハゲ......。
俺が胸ぐらを掴もうとしたその手を女性は攫うように握って職員室を飛び出した。
「ちょっ。いいのかよ、あんなに舐められたままで!!」
「いいのよ。今は面倒を起こさないことが大事なの。」
「納得いかないね。てかお前誰だよ。」
「あー。まだ言ってなかったね。私、あなたの隣のクラスの副担やってるニア=レーベルよ。よろしく。」
「よ、よろしく。俺はアルフ=ルーレンだ、気軽にアルフでいい。」
「私もニアでいいよ。それと......あなた、本当に女?」
「へ?」
俺は今の今まで、自分が女だということを完全に忘れていた。
ただ今更一人称と喋り方変えたところで別になにか変わるわけでもあるまい。これで突き通そう。
「あ、ああ。昔から男勝りってよく言われる。こういう性格だと思って気にしないでくれ。」
「そうなの?変わってるのね。まあ、これからお互い副担任としてよろしくね!アルフ先生。」
先生か.....。女とはいえ、悪くない響きだ。
そして俺はひとつのことに疑問符を抱いた。
「俺たちって担任じゃないのか?」
するとニアはしばらくキョトンとしていた。
「何言ってるの?当たり前でしょ。あなたはまだ来たばかりだから分からないと思うけど、この世界では男か女で優劣が決まるのよ。」
嫌な世界だな全く。
あの職員室にいた焼畑農業跡地みたいな頭をしたやつらが目に浮かんで来て俺の怒りを解凍する。
あの態度は人としておかしい。
「それでいいのか?」
するとニアはため息をつく。
「................良くないに決まってるでしょ。でも従うしかないの。じゃないと、」
そこで彼女は黙り、吃る。
その目には何かに対する怯えが映っていた。
「・・・。」
俺はこれ以上、何を言えばいいのか分からなかった。
たった少しの言葉だったがその言葉の重みを目と声圧がすべて説明した。
恐らく、何かしらの理由があるのだろう。
「ほ、ほら!早く担当クラスに行かないと遅れちゃうわよ!」
「ああ。」
「それと、ここで暴行事件なんて起こしたら、相当重い処分が降るわよ。ここ名門校だから。」
「え?」
「最高で終身刑まであるのよ。」
「終身刑!?!?!?」
「そうよ、知らなかったの?」
「知ってたらあんな態度とらねえよ!ていうかそれ重すぎないか??」
「とにかく、今度から気をつけなさい。前なんて教頭に『そのサハラ砂漠みたいな頭に草生やしてやるよ』って言って植木に頭を突っ込ませて、終身刑くらった人だっているんだから!」
「まじか......。」
その人とすごく気が合いそうだ。ぜひとも、お友達になりたい。
「ほら、行くよ。」
ニアの言動でこの世界の女性に対する考え方の違いに俺は懐疑心を抱きながらも、それを押し殺して、俺たちは各々の担当クラスに向かった。
1-4の教室の前には男教師が立っていた。
「遅いぞ。自分の立場をわきまえろ。」
「はい。すいませーん。」
一瞬、相手の顔が曇る。
「君、名前は?」
「アルフ=ルーレンです。あんたは?」
「ギル=フリークです。これからよろしくお願いしますよ。早速ですが、教室に入ったら簡単な自己紹介をお願いします。それと口の聞き方に気をつけなさい。性別をわきまえろ。」
最後の聞いたこともない則し方に俺は突っかかりそうになったが終身刑という言葉が頭に冷水をかける。
「わ....わかりました。」
唇を強く噛む。
しかし自己紹介とか何十年ぶりだろうか。少し緊張する。
俺たちがクラスに入ると、どっと湧いた。
しかしその声はどう聞いても、歓迎されているようには聞こえなかった。
むしろ嘲笑に近かった。
「見ろよ。新任の教師、女だぜ。」
「マジかよww」
そんなヒソヒソ声が聞こえてくる。
クラス全体を見ると男女比は9:1くらいで男子が圧倒的に多かった。
席も後ろの角が女子で男子が前の方ときっちりと分けられていた。
やはり女性への差別姿勢がすごいな。
俺とギルは教壇に立った。
「静かに。この方が今日からこのクラスの副担任として来てもらったアルフ=ルーレン先生だ。みんな仲良くするように。」
「先生、それじゃ転入生と同じ扱いじゃないっすか!!」
「おっとこれは失敬(笑)転入生と勘違いしてしました。」
そこでクラス中が笑いで満たされる。
何がそんなに面白いのか。
前なら、とっくに全員しめてやるところだが今の俺のレベルと職業では逆に返り討ちにされるだけだろう。
ここは大人しく黙っておくことに越したことはない。
俺はクラスが徐々に静かになってきたのを見計らって、自己紹介をすることにした。
「紹介に預かりました、アルフ=ルーレンと申します。今後ともよろしくお願いします。」
「先生、ステータスを。」
「へ?」
「ですから、そこの教卓の上に手を置いてステータスを表示してください。全くこれだから、女はとろくて困る。」
カチンと来てしまうが、今は抑える。
しかしステータスを出すとは思っていなかった。
俺は言われた通り、教卓に手を置く。
すると黒板にでかでかとステータスが表示された。
するとさらにまた笑いが起きる
「レベル5だってよwww」
「しかも職業なんて農民だぜww」
笑っているのはほぼ男子だ。
「静かにしなさい(笑)。先生、今日は自己紹介だけで結構ですので、もう帰っていいですよ。農民には魔法を教えられないでしょうしね。小麦でも拾っててください。」
腹が煮えくり返りそうだが、ここは唇をかみしめて耐える。なぜならステータスに関してはそれが事実だからだ。
「でも、給料をもらっている以上何かしないとまずいですし.....。」
「それなら、不登校児にプリントを渡してきてください。これなら『農民』のあなたにもできるでしょう?」
頭に血が上る、がニアのさっきの話を聞いたあとだとすぐに落ちついてしまう。終身刑だけは嫌だ。
終身刑終身刑終身刑終身刑終身刑終身刑
心の中で念仏のごとく唱える。
こうすると不思議と落ち着いた。
「わ、わかりました.....。」
「これプリントです。寮の部屋番号はそのプリントの上に書いてあります。」
そのプリントを見ると退学警告通知と書いてあった。
どういうことだろうか。
俺は教室を出て、考えながら寮へ向かった。
「この部屋か.......。」
その部屋は俺の部屋からそう遠くない場所にあった。
俺はインターホンを鳴らす。
しばらくしてカチッと出る音が聞こえる。
するとノイズの入った女性の声がする。
「は、はい。」
「あ、俺さお前の副担任になった者なんだけど....」
「男の方と話すつもりはありません!!それじゃ」
「ちょ、ちょっと待って。俺は男じゃない!」
俺は急いで引き止めた。
「ウソです!女の人が『俺』なんて使うはずありません。」
「う....。それは、そういう言葉使いをしているだけで俺は女だ!疑うならドアをちゃんと、開けて直接確認してみろ!」
「..........。」
しばらくして鍵が開く音がした。
少しだけ扉が開く。
ちょこんと青髪と短く纏められた髪、それから丸メガネが印象的な女の子が顔を出した。
その女生徒は俺を見るなり、目を丸くした。
「ほらな?」
「ほ、本当に、女の人だ。」
中身は男だけどな。
しばらくして今度はしっかりと扉を開けた。
「どうぞ。」
「どうも。」
俺は中に入った。
中はきちんと整理されている普通のワンルームだった。
ただどうやら教職員とは部屋の作りが違うらしい。
「とりあえず、お茶を入れますからそこにかけて待っててください。」
「りょーかい。」
俺は指示された通り、真ん中のテーブルのある椅子に座った。
よく見ると奥にもいくつか部屋があるらしかった。
そこには書きかけの魔法陣と羽ペンが転がっていた。
しかしよく出来た魔法陣だな。ただケアレスミスもちらほら見えるが....。
「どうぞ。」
ティーカップが前に出された。中は紅茶らしい。
「ありがと。」
「それで今日はなんの用事で来たんですか?まさかもう退学通知とか!?」
「いや流石にそれはない、が近いな。」
俺は貰っていたプリントを出した。
「警告止まりですんでいる。なんでこうなっているのか理由を聞いてもいいか?」
「はい。私、その......、男の方がとてもとても苦手で......、その。」
そこで彼女は口篭る。
まあさっきの態度を見れば、言わなくてもそれはわかるが....。
「だから男の教師の授業には出たくないと?」
「はい。」
「随分、はっきり答えるんだな。出席日数が足りないから退学になりそうになってるのか?」
「それもあるんですけど、一番は今度ある実技試験に受かりそうにないっていうところです。」
「この学園には実技試験なんてのがあるのか?」
向こうの世界じゃそんなの聞いたこともないが。
まあもっともそんなことしたら狩りの対象になってしまうんだが。
「はい、月に一度。」
「それは具体的にいつなんだ?」
「来週の末です......。」
「それってかなりまずくないか?」
「はい。かなり.......やばい、です。」
実技試験の内容にもよるが、相当急いでやって間に合うかどうかのレベルだ。
「どうするつもりなんだ?」
「本番でやってダメなら、退学....します。」
変な方向に腹くくってやがるな。
「それで、その・・・。」
「?」
そこで言葉を切り、一息つけてから彼女は決心を決めたように目を見開き、大声を出す。
「お、お願いがあるんですけど!!!!!」
「お、おう?」
「魔法を、私に教えてください!!!!」
言い切ってからもしばらくこちらを見つめ続けていた。
俺は俺で返事に困っていた。
「うーん。」
「や、やっぱり、ダメ、ですか?」
彼女は涙目になり、オロオロし出す。
「い、いやダメって訳じゃないが....。」
正直、レベル5の農民が教えられることなんであるのだろうか、と思ってしまった。
「ちなみにお前は今、何レベでなにを学んでるんだ??」
「私はレベル86の一応、魔法陣系統を専攻しています。」
うわっ、まじか。86とか転移前ならまだしも俺今、勝てるところが何も無いんだけど。
「俺はレベル5の農民なんだが.......。」
「それでもいいです!」
「でも、お前にとってレベル5なんてナメクジみたいなもんだろ?」
「ナメクジでもいいので魔法を教えてください!お願いします!」
「う.....。」
ナメクジは否定しないのね....。
しかし本当にいいんだろうか?教えれることなんてほとんど....。
まあ知識ならなんとかなるんだけど...。
「じゃあとりあえず明日からってことでいいか?」
「は、はい。」
彼女はそこでようやく笑顔を見せた。
さっきからうつむいた表情しか見てなかったから気づかなかったけど、この子笑うと結構かわいいな。
まあ俺は今女なわけで去勢済みなんでなんにも感じないんだけど。
「それとまだ名乗ってなかったな。俺はアルフ=ルーレンっていうものだ。これからよろしくな。」
「よろしくお願いします、アルフ先生。私はイヨ=ハークって言います。イヨでいいです。」
「わかった。じゃあイヨ、早速明日からはじめようか。」
「はい!」
中身が男ってことはそのうち打ち明けよう。
そのうち、そのうち。
試験が終わってからでも遅くはないはずだ。
俺はその日、初めての教え子ができた。
読んでいただきありがとうございます!