生徒の意志を尊重したい
「その書類はそこに閉まっといて!」
俺とニアは今現在、ギルに雑用を押し付けられ、それに追われている状態だった。
「そこってどこ!?」
「だから.....その、黄色いシールが貼ってある棚。」
俺は慣れているニアとは違いどこに何があるのか全く把握出来ていなかった。
「悪いな。もたついて。」
「仕方ないわよ。初めてでしょ?ここくるの」
「ああ。ここは資料室、なのか?」
「ええ。主に学校や生徒の資料なんかを取り扱ってるんだけどね。」
資料室にしてはなんか狭いような....。
この部屋の明かりは窓から入る木漏れ日のみで奥は薄暗くて見えない。
もしかしてこの奥も続いているのか?
「なあ、ニア。この奥にも何かあるのか?暗くてよく見えないんだが。」
「あー。あるにはあるけど、特別な許可が降りないと入れない部屋があるだけね。基本的に魔導書とか禁書とかの類ね。」
「そんな物騒なもん置いてのかよ.....。」
「まあ、なんせ国がバックに付いてるからね...。」
俺はダンボールに無造作に入れられた名簿を順番通り並べているとふと目に触れるものがあった。
「なあこれって.........。」
「あー。それね。」
俺が手にしているのは退学者名簿とラベルが貼られた黒い名簿だった。
「それはその名の通りよ。」
「開いていいか?」
「うん、別に許可も要らなそうだし。」
俺はそっと表紙をめくる。
表形式にまとめられた名前が退学理由も添えて記載されていた。
そこで俺は思はず、息を呑む。
「・・・・・・・。」
「どうかした?」
「生徒に対して暴行行為、その他様々な理由により退学って.....もしかしてニーナが関係しているのか?」
そこの部分の生徒の退学理由が全て同じだったのだ。
「うん....。私が来てすぐだったと思うけど。まあ一概には言えないけど。確かに何かと問題を起こしていたのは聞いたわ。ブラックリストにも載っていたらしいし。」
「ブラック...リスト?」
「そう。まあ言わば退学候補者が載ってる名簿のことね。」
「そんなものまであるのかよ。」
「確か、イヨちゃんも載ってたはずよ。」
「え!?」
あの成績だから大丈夫だと高を括っていたが...。
「安心して。アルフ先生が来てからは名簿が改定されて、イヨちゃんの名前はなくなったから。」
「よかったぁぁ。」
一瞬血の気が引いてしまった。
でもさっきの見る限り、やはりニーナに何か危害を加えた生徒は皆学園長から適当な理由を付けられて退学させられてしまうのか?
俺は正直、ただの噂と捉えていたがそれが本当となるといよいよ笑えなくなる。
なぜなら、そのままではニーナ自身が一人になっていく一方だからだ。
彼女は笑いこそするが、その奥で悲しむ表情が脳裏にちらつく。
何とかしたい。
俺は本当に彼女が笑っている姿が見たかったのである。
雑用が終わり、俺は学園長に呼び出されたため、学園長室へと向かう。
当然、頭は不安のオンパレードである。
まさか授業場所がバレたのか!?
それとも何かもっとやばいことしたのか!?
俺は記憶を引っ掻き回す。
いや、まだ俺は何も悪いことをしてないはずだ。多分........。
学園長室にはいつもの席にどっぷりと座る学園長の姿があった。
眼鏡をかけ、ニーナと同じく銀髪で整った身なりは周りを圧倒する何かを放っていた。
「何の御用でお呼びでしょうか。」
すると学園長は髪を払いあげ少し笑う。
「何もそんなにかしこまる必要は無い。」
「じゃあなんで......」
「ただ途中経過を、と思ってね。」
「途中経過、ですか。」
と言われても特にあれから何があったわけでもない。
ただ会話して少し教えて終わっただけだからな。
「まだ教えただけなので何とも.....」
「その様子なら上手くいっているようだね。」
「...........は!?」
人の話聞いてたか?この人。
「だって普通に話せているのだろう?」
「そりゃ、まあ生徒と教師ですし。」
「今まで彼女につけた教師は会話すらしてもらえないことが多かった。まあそれは彼女の魔法にあるんだがね。」
ニーナはサイコメトリーに近い魔法を使うことが出来る。
ただそれとこれとでは話が繋がらない。
「彼女は触れただけで対象者自身も知らないようなことをすべて把握出来てしまう。よほど特殊なことがないかぎりね。」
学園長は最後だけやたら含みのある言い方をした。
まあ確かに考えてる事が筒抜けだったら、会話すらしないのかもな。
全部分かっちゃってるわけだし。
「まあこれからもよろしく頼むよ。大会まではね。」
「はい。」
「それと!もし今回ので結果が出せなければ、わかっているね?」
「はい?」
俺は突然会話の間合いを詰めてきた学園長に対して、一瞬遅れをとる。
「君は確かに前の一件で手柄をたてかもしれないが、使えないと判断すれば私は容赦なく君を切る。」
「う.....。」
脅しか、と思ったが目がマジだ。
ニーナの噂の根源はやはりこの人にありそうだ。
俺が言葉を選んでいると、後ろから物音がした。
「誰だね。」
しかし応答がない。
どうやら窓からの風で扉が開いたらしい。
学園長は窓を締めながら話を続ける。
「君には期待しているよ。今のところは、ね?」
眼鏡が光の反射でぎらりと光る。
俺はそこで初めて自分が面倒くさいことに足を突っ込んでいると気づいた。
前と同じ場所で俺はニーナを待つ。
とりあえず、場所の変更から取り合ってみるか。
俺は周りを気にしつつ、宿屋の前で待つ。
待つこと数分、ニーナらしき人物がきた。
今日は髪を結っていた。
そしてその美しい銀髪はネオンの光を反射してより優美に映る。
「今日は前より早かったな。」
「ええ。努力しましたから。」
「そうか。なら行こうか。」
さすがに二回目なので受付等はスムーズに進む。
ニーナはぽふっとダブルベッドに腰掛ける。
「とりあえず、今日のところはこの布を延々と眺めてイメージを膨らませる練習な。」
「えーー。地味じゃありませんか?」
「地味でも何でもやるんだよ。俺はその間にお前が作れそうな魔方陣を作図しとくから。」
俺は部屋の角にある机に道具を並べていく。
聞きたいことは山ほどあったが俺はそれをぐっとこらえる。
恐らく、それを聞くのはタブーだから。
「「・・・・・」」
俺が黙々と作業進める中、ニーナが唐突に俺の背中に言葉を投げかける。
「先生は.......私の事どう思ってますか?」
「は!?」
俺が急いで振り向くとそこにはいつものいたずら顔があった。
「アルフ先生の反応、初々しくて可愛いですね。」
ニーナはクスクスと笑う。
「大人をからかうのもいい加減に....」
「何でアルフ先生は私のことについて、深く詮索しないんですか?」
いきなり核心に迫られた気がした。
突然、蛇に睨まれたような、そんな感覚だった。
「詮索って....なんの」
「言わなきゃわかりませんか?」
「それは....」
本当はわかっていた。
彼女に関わった全ての人間がなぜ学園を去っているのか。
その裏にはどんな力が働いているのか。
俺は正直に話すことにした。
どうせ彼女の魔法の前では無力だ。
「気にもなるし聞きたいが、お前が話したくないことを聞く気にはなれないし、なによりそれは授業に関係ない..........からあえて触れなかった。」
するとニーナは少し破顔した。
「やっぱり、先生は優しいですね......。授業は今日限りで終わりにしましょう。」
「それはどういう....」
俺はそこで零れる言葉を止める。
真意が見えてきたから。
ニーナの表情はさっきとは打って変わって険しくなっていく。
「先生も知っているでしょう。私に関わったらどうなるのか。」
「そんなもの、俺には関係が」
「今まで、ありがとうございました。母には...私から説明しておきます。」
そう言って無理やり会話をきり、部屋を出ていこうとする彼女を俺は引き止めることが出来なかった。
ニーナは俺を守ろうとしてくれているのだ、とわかったから。
その意志を踏みにじるのは嫌だった。
だが同時に、ニーナのその判断を俺は許すことが出来なかった。
俺はその日から毎日、資料室で夜遅くまで残ることになった。
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