使用人の荷物持ちをする主人
夜は尋問で疲れていたせいか、ぐっすり眠れた。
そして次の朝、俺はニアの部屋へと再び向かう。
どんな服が用意されているのだろうか。
というか外見が普通に見えてもこっちからしたら女装してる気分なんだよな.....。
待ち合わせは町の中心部にある噴水に9時集合となっている。
それまでには服を着て、準備しないとな。
俺は昨日と同じく、インターホンを押す。
するとノイズ混じりの声が聞こえる。
「どうぞ..........。」
「お、おう。」
なんかやたらやつれた声してるけど大丈夫なのか?
俺は急に不安に駆られる。
扉を開け中に入ると髪の毛がところどころボザボサでアホ毛が出ているニアがいた。
「おい。大丈夫か・・・?随分疲れてるっぽいが。」
「ええ。ちょっと昨日あれから悩んじゃって徹夜しただけ。」
「徹夜!?そんな無理しなくても......。」
俺、結構軽いノリで来てたんだけど...。
俺が申し訳なさを感じているとニアが手に服らしきものを携えて戻ってきた。
「それが?」
「そうよ....とにかく着てみて。」
「わかった。」
俺は言われた通りに服を脱いでゆく。
しかし同性といえど、人前で肌を晒すのは恥ずかしかった。
俺は顔が熱を持つのを感じる。
「こっち見るなよ。」
「いいじゃない。ていうか何赤くなってんのよ!こっちまで恥ずかしくなるじゃない!」
俺が受け取ったものを着ようとした時、それは普通に紛れ込んでいた。
「おい、これって。」
「ああ。そのブラジャーもちゃんと着けてよ。」
「え・・・・・・?」
「え?ってアルフ先生もしかして......ブラ着けたことないの!?!?!?!?」
あるわけないだろ!と叫びたいところだが、無論そんなことは出来ない。
「じゃ、じゃあ今までもしかして・・・ノーブラだったの!?!?」
「い、いや流石に直じゃなかったぞ!」
「そんなの当たり前でしょうが!!!ていうか今までどうしてたの....?」
「そりゃ、サラシ巻いたり絆創膏貼ったりして.....ってんなことはいいんだよ!」
言ってから気づいたがめちゃくちゃ恥ずかしい宣言してるな.....。
「とにかく、ブラをつけて早く支度しないと待ち合わせに遅れるわよ!」
ニアに強引に流されながら、俺は渋々それらを着用していく。
というか、『これ』ってどうやって付けるんだ?
俺が手を持て余し、付けあぐねているのを察知したのかニアはすぐさま指摘する。
「慣れないうちは前でホックを止めてから後に回す方が上手くいくわよ。」
「ほほー。」
「ていうか、あなたくらいの女性にこんなこと教えるの初めてなんだけど......。」
俺は一通り服を着終え、鏡の前に立つ。
「思った通り、結構似合ってるじゃない!」
「そう、なのか?」
鏡の前には肩がかなり派手に露出される白いワンピースを着た見知らぬ女性がたっているようにしか見えなかった。
こんなものなのか?
と、俺は時間を確認する。
「あんま時間なさそうだから、もう行くわ。使い終わったら洗濯して返す。」
「別に洗濯しなくても......」
「そこはキッチリやる主義なんでね。」
俺はニアにお礼をいって待ち合わせの場所へと向かった。
噴水には休日のせいか人がたくさんいた。
ただそれぞれは皆違った目的で来ているようだった。
涼みに来た人、待ち合わせをしている人、母親同士で子供を見ながら談笑している人、何かの宣伝をしている人。
その中に一際は光を放つ女性がいることに気づく。
その女性は俺と目が合うと、スタスタと歩いてくる。
「お前、まさかレーネ、か?」
「はい、メイド服で街を歩くのは目立ちますから。」
レーネは黒いフワッとした服に白いカチューシャ、それからチョーカーと見慣れない格好していた。
そしてそれが新鮮でなんか、グッときてしまった。
「ご主人様もオシャレ、してくれたんですね。」
「あ、ああ。流石にワイシャツにズボンじゃパットしないしな。」
「じゃあ、参りましょうか。」
俺とレーネは並んで歩く。
しかしよく考えてみるとレーネも大人しくなったなと実感する。
昔は怒ると家中の皿を割ったり、家具を倒したりと散々だった。
人間の姿になっても、そのスタンスは変わらずにあったが、それに比べて今回の荷物持ちというのは怖いくらいに罰が軽いような気がする。
俺がボッーとレーネの顔を見ながら回想しているレーネもこちらを見ていることに気づいた。
「私の顔に何かついてますか?」
「い、いや。ただ、変わったなって。」
「そうですか。それに比べてご主人様はあまり変わりませんね。特に女ったらしのところとか。」
「いや、なんでだよ!」
「だって気づけば、周りに女性ばかりじゃないですか。」
「それは......。」
女になったのだから仕方がない、という言い訳が通じる相手でもないことを知っている俺は黙る。
「まあ、今回のことはこれでチャラ、ということですね。まあ次やったら、許しませんけど。」
レーネがギロりと喉を鳴らして睨む。
臨戦態勢の時のレーネだとすぐに悟る。
「次って、じゃあ授業どうするんだよ!」
「場所を変えてください。それかこちらの部屋でやるか、とにかくあの場所で授業をやることは禁止します。」
「う・・・。」
まあ事実、ネムには見られてしまっていた訳だし場所は変えざるをえないか。
俺はニーナに頼む決心をつけた。
その後、市場につく。
そこは食べ物から家具まで何でもある場所だった。
「んで、何を買うんだ?」
「とりあえず、食品ですかね。」
「そうか、それでなんでそれをカゴに入れてるんだ?」
「これですか。これはこんにゃくと言って食物繊維が豊富な食べ物で健康にもいいのです」
「違う、そっちじゃない!お前がもう片方の手でさっきからカゴに放り込んでいる大量の避妊具のことだよ!!!!」
レーネは真顔でどんどんとそれらをカゴに突っ込むがやがてはっと気づいたような顔をする。
「まさか、使わなくてもいい、頃合なのですか!?」
「だから頃合もクソもないだろ!使わないものを買うな。全部戻せ。」
レーネは一瞬ふてくされたような顔したが渋々それらを元に戻す。
買うものは思ったよりも多いらしく、結構な重量になった。
「そろそろ昼食にしましょうか。」
唐突にレーネからそんな提案をされる。
確かにそろそろ荷物の重量で腕が痺れて来た頃だし、丁度いいかもしれない。
「それもそうだな。んでどこで食べたい?」
「なら、あそこのカフェにしましょう。」
そこはガラスを挟んで外にテラスのあるオシャレな感じの喫茶店だった。
俺たちはそこでパンケーキとコーヒーを頼む。
中もまたかなりの数の人がいたがちょうど良く二席空いていたので入るタイミングど座れたのだった。
考えてみれば、こちらの世界に来てから初めての外食だった。
レーネが来る前は適当に食ってたし、レーネが来てからは基本、あいつが作ってくれたしな。
ただこうして見ると外食もたまにはいいかなと思ってしまう。
喫茶店はとても落ち着いていて、雰囲気も穏やかだった。
差し込む光はコーヒーをまるで神秘的なものかのように写し出す。
それを啜りながら、パンケーキを口に運ぶ。
うまい。
「そちらのも食べさせて頂けますか?味が気になるので。」
「いや、味が気になるのもなにも同じもの頼んでんだから味も同じだろ。」
レーネはあからさまにムスッとする。
「家中を荒し回っていいのですよ?」
「わかったからそれだけは勘弁してくれ。」
前も家中を引っ掻き回され、修理に来た業者からは殺人でもあったのではないかと疑われたほどだ。
あの時の業者のただ無心で作業して、気を紛らわせようとする横顔を俺は忘れることが出来ない。
そんな過去のトラウマもあってこれは従うしかないのだ。
これじゃどっちが主人だかわからない。
俺はパンケーキを一口サイズに切り、それに蜂蜜をかけ、フォークで抑えてレーネの口へと運ぶ。
レーネは右の髪の毛を指でかき揚げ、髪がパンケーキに当たらないようにゆっくりと口に運ぶ。
というか、この食べされる構図が恥ずかしい。
「どうだ?味、変わんないだろ?」
「いえ、全然違いましたよ?」
「え!?嘘だろ!?」
もしかして違うものを頼んだのか!?
「こちらの方が.....断然美味しいです。」
するとレーネは自分のパンケーキを食べやすいサイズに切っていく。
そして切り終わったものに丁寧に蜂蜜をかけ、俺の口元へ持ってくる。
「食べてみればわかりますよ。なぜ美味しいのか。」
「そ、そうか?」
俺がそのパンケーキを食べようと口を開けた時だった。
突然、荒々しく店の扉が開かれる。
「三人なんだがすぐに席を用意してくれ。俺たちは今腹が減って死にそうなんだ。」
その男達は皆ガタイが良く、まさに屈強な男そのものだった。
ただ少し気になったのはところどころ黒ずんだ右腕だった。
まるで刺青でも入れてあるかのようにキレイに血管の部分だけが黒い。
当然、この混んでいる中すぐに席など用意できるはずもなく、店員がたどたどしく対応にあたる。
「すいません、現在満席でして少々お時間がかかってしまいます。」
「聞こえなかったのか?俺たちは今腹ペコなんだよ!!」
「ですから、現在満席でして.......。」
すると男の一人が思い切り、近くにあった傘立てを蹴りあげる。
「さっさとしろ!!!!!!!!」
「ヒィィ!?」
傘立ては鉄製なのにも関わらず、歪み使い物にならなくなっていた。
魔法、なのか?今の。
それとも素の力だけでか?
それから男が辺りを見回しているとこちらに何故か目を止める。
レーネは背を向けている状態なので気づいていないが俺はその正面に座っているので嫌でもわかる。
ゆっくりと近づいてくる男と早く食べてほしそうにパンケーキをフォークに指したまま、待機するレーネとが交互に目に入る。
案の定、男の一人がレーネの後で足を止める。
「可愛い嬢ちゃんじゃねえか。この街にこんな上玉がいるとはなぁ。そのパンケーキ、いらないなら俺が食ってやるよ。」
そう言ってレーネがフォークに指していたパンケーキを横からぱくりと男は口に入れる。
「うまいうまい。やっぱ美人が食べさせてくれるとよりうまく感じられるなぁ。」
男は上機嫌のようだ。
それとは対照的にレーネからみるみるうちに殺気のようなものが発せられる。
レーネの目はだんだん人間とは違うもになっていく。
いわゆる、これは魔法が半分解けた状態だ。
レーネには俺が永久変身魔法をかけているが感情が高ぶるとそれが少し揺らぐ時がある。
その多くが『怒り』を覚えた時だ。
この状態に入るとレーネの目は猫の物に戻ってしまう。
瞳孔が縦長になり、ちょうど鉱物のキャッツアイのようなものになる。
こうなると本人の気が済むまで元には戻らない。
レーネは元々少し特殊な猫で莫大な魔力と知力を有していた。
そのため、俺の言葉を理解し、魔法も使えた。
だが変身させるにあたって、師匠と話し合った結果、この魔力のままレーネを人間の器にとどめておくのは難しいということになり魔力を10分の1まで弱体化させてから人間の姿に変えたのだ。
ゆえに今のレーネの魔力は普段の何倍もある。
咀嚼を終えた男はレーネの肩に手を置き、言葉を発する。
「こんなクソみたいな女よりも俺たちと遊ばないか?ここにいるより全然、楽しいぜって........イテテテテテテテテテテテテテ!?」
男は突然、悲鳴をあげて痛がる。
痛がるのも当然だった。
肩に置かれていた男の手は変な方向に曲がっていたからだ。
そこから目にも留まらぬ速さで男の溝落にレーネの拳が埋もれる。
「がぱぁぁ!?」
胃液とともに嗚咽が漏れる。
要は猫パンチなんだが、その威力はそんな生易しいものではない。
すると残る二人がこっちに向かってくる。
「おい!てめえ何やってやがんだ!?」
レーネは彼らにに一瞥も与えずに、回し蹴りで軽くあしらう。
倒れ込んだ相手の顔面目掛けて容赦なく足を振り下ろす。
男達は悲鳴とともにその場でもがき苦しむ。
恐らく、鼻の骨は軽くいっただろう。
しかし、これだけのレーネの攻撃を食らっても意識があるのだから、相当の実力者と推測ができる。
「あなた方が店を荒らそうが人を殺そうがそんなことはどうでもいいッ!!!ご主人様へのものを奪った罪は死よりも重い。よく覚えておくように。」
そう言ってトドメの一撃とばかりに男達の意識を蹴りで刈り取っていった。
その瞬間、拍手と歓声が送られる。
それを聞いてかようやくレーネは元に戻る。
しかし、かなり目立ってしまったな。
ここは早めに立ち去ろう。
俺は荷物を抱え、レーネの手を引き店を急いで出た。
「申し訳ありません。」
レーネは頭を下げる。
「いや、なんで謝ってんだよ。」
「感情に身を任せ、あんな目立つような行動取ってしまいました。これは私の責任です。」
さっきから、この状態が無限ループで俺が何度言ってもレーネは頭をあげようとしない。
「いいよ、別にあれくらい。」
「ですが、私はご主人様にかけてもらった魔法まで少し解いてしまって.......。」
「それもすぐ戻るんだし問題ないだろ。」
「・・・。」
仕方なく、俺はレーネが頭下げていても目が合う位置まで膝をおって目を合わせる。
「パンケーキはまた今度食べさせてもらうよ。その時に......味の違いを吟味すればいいだろ。」
するとレーネは予想外の言葉を言われ驚いたような顔をした。
その目尻には雫が光る。
「こんな騒ぎまで起こしたメイドをまた連れて行ってくださるのですか.........。」
「当たり前だろ。」
さっさと帰ろうぜ、と俺は無理やりレーネの手を引いて歩き出した。
こうでもしないと歩かないだろうし。
その手は恒温動物関係なく、暖かくとめどない安心感で溢れていた。
読んでいただきありがとうございました!




