一難去ってまた一難。
検査は教室にいる生徒を6列に分け、それぞれ担当の人間が確認していくという流れらしい。
そこで振り分けられる中、イヨが男性の軍人に当たってしまった。
わがままになってしまうかもしれんが、直接頼みに行くしかなさそうだな。
出来れば、サラとは見つけた時点で関わりたくなかったんだが。
俺はゆっくりとサラに近づく。
「どうかしたのか?」
「申し訳ないがあの生徒をこちらの列に入れて貰えないだろうか。」
久しぶりに聞くサラの声。正義感が強く、煌々と輝く赤みがかった瞳が彼女をより一層引き立たせる。
「すまないが、私の判断で決めるわけには....。」
「そうですか。」
すると横から男が近寄ってくるのがわかった。
「どうかしたのか?マリよ。」
こちらではマリと呼ばれているのか。
男は長身で黒髪、そして同じく腰には剣が携えてあった。
「いえ、この教員が生徒一人をこちらの列に移してほしい、と。」
「ほう?どうして?」
サラがこちらに顔を向ける。
理由はまだ言ってなかったっけか。
「うちの生徒に男性恐怖症が居て女性でないとダメなんです。」
男は俺の話を聞きながら、みるみる表情を変える。
「それはいわゆるわがままではないのか?」
「いえ、決してそんなことは。ただ......。」
一旦会話を落ち着かせないと、騒ぎにされては困る。
「そんなに男の俺からは検査を受けたくないのかー。」
男はわざとらしく大きな声で言う。
その言葉を聞き、辺りがざわつき出す。
まずい。イヨに視線が集まってしまう可能性がある。
ここは下から頼むしかない。
「違うんです。とにかく一回落ち着きましょう。」
俺は精一杯の作り笑いを浮かべる。
自分でやっててなんだが気持ち悪い。
「落ち着かねぇよ。」
男は急に顔色を変える。
直後に突然、強烈な右ストレートが俺の左頬目掛けて飛んでくる。
俺はそれを間一髪左手でガードする。
「グッッハッ!!」
俺はガードはしたものの勢いを殺しきれずに後方へと飛ばされる。
拳を受けた右手は思い出したようにズキズキと痛み始める。
だめだ。体が貧弱すぎる......。
反応はできても体が耐えられないんじゃ意味が無い。
俺は相手を思い切り睨む。
この矛先がイヨに向いて欲しくない。その一心でやるなら俺をやれ、という意思表示を目で行う。
大体のやつがこうすると俺に対する怒りをより強めて他のものが見えなくなる。
「なんだその目は?」
「..........。」
「とことん気にくわねーな。この先生はよ。他に俺に文句あるやついるか!?ぁぁ!?」
『・・・・・・・・』
周りが静まり返る。
軍と学校の力関係がわからないがギルが黙ってるってことはおそらく立場上、軍の方が上なのだろう。
すると列に並んでいたイヨが血相を変えてこちらに走ってくる。
俺は手で来るなと合図したが全く見ようともせずにこちらにくる。
「先生!大丈夫ですか!?」
「大丈夫だ。軽い打撲だよ。」
俺は左手をイヨに見えないように隠す。
俺はゆっくりと立ち上がる。
流石に左手が痛い。
あれはおそらく魔法で強化した攻撃だろう。
殴られた部分は真っ青になっていた。
「なんの騒ぎだ?」
この妙な空気を察知してかさっきまで部屋の外にいたあの強面の軍人がやってきた。
それを見て皆が態度を変えたところを見るとおそらくあいつが一番偉いのだろう。
「いえ、ちょっとしたハプニングがありまして。」
「ハプニング?」
その男は黒髪の男をギロりと睨みつける。
凄まじい威圧感がそこから生まれる。
すぐさま、軍のものはみな頭を下げた。
「申し訳ありません、しかし....」
「しかし?」
「そこの教員が一人の生徒の移動を要求してきまして。」
その黒髪の男の顔は真っ青だった。
傍から見ても怯えている様子が伝わってくるほどに。
「移動か。いいだろう、認めてやる。」
「ありがとうございます。」
俺は頭を下げる。
本当はお礼なんぞ言いたくないが一応譲歩してくれているのでしかたなくする。
しかしさっきのやつとはえらく対応が違うな。
「とにかく、調査を始めてくれ。何かあれば連絡を頼むぞ。それから、これ以上何か騒ぎを起こしたら、わかるな?」
「は、はい。」
その黒髪の男は背筋をはり、そう答えた。
そして強面の男はまた部屋を出ていったのだった。
その瞬間、張り詰められていた空気は一気に線が切れたように緩む。
さっきの黒髪の男は納得がいかない、という顔をしながらも担当の列へと戻っていった。
はぁ。少し頼むだけでこれかよ。
チョーめんどくさい。
しかし軍人てのはみんなああなのか?
俺があれこれと考えていると近くにいたイヨの今にも泣き出しそうな顔がちらついたため、俺は頭に手をやる。
「なんでお前が泣きそうになってんだ。」
「だって.....私のせいで....。」
おそらく、俺の手の傷の度合いが分かってしまったのだろう。
「お前のせいじゃないって。大丈夫だから、早く列に戻れ。」
俺は背中を手で押し、イヨを列に戻した。
ふぅ。
でも正直言えば、左手だけで済んでよかったとも思っていた。
もしイヨにまでと思うと変な汗が出る。
痺れるように痛む左手を簡易魔法で処置していると今度は右から声がした。
「先程はすいませんでした。我が軍のものがとんだ失礼を。」
右を向くとサラがいた。
心配そうに見つめるその顔はやはり獄中にいた時のサラのままだった。
しかしこんなお淑やかな感じだったけ?こいつ。
前はもっと豪快だった気がするし髪型ももっとボリューミーな感じだった気がするが。
「いや、俺も無理を言ってしまって申し訳ない。」
「ところであなた、さっきの攻撃を受けて大丈夫だった?」
俺は左手に視線を落とす。
痛々しいほど青く変色した左手は刺すような痛みを放つ。
俺はその傷をワイシャツの袖で隠す。
「ああ。一応処置はしたから大丈夫だ。」
これ以上目立つような行動はしたくなかったのだ。
「そう、ならよかった。ところであなた名前は?」
「............どうして?」
「どうしてって言われると困るんだけど....。」
ここで名前を答えたら、身元がバレてしまう可能性があるため、出来れば答えたくない。
「なんか、私の知人の目にそっくりだったから血縁者かなにかかなって思ったんだけどアイツ家族いないって言ってたし、他人の空似かな。」
アイツ呼ばわりかよ......。
まあいい。名前を聞かれずに済むなら何だっていいのだ。
でも目が似ている、か。
俺はなるべく彼女と目を合わせないよう意識した。
やがて彼女は同僚に呼ばれ去っていった。
教室がざわつく中で順調に調査は進められていく。
これならすぐに終わりそうかな。
俺はほっと胸を撫で下ろしていると、ニアが教室に入ってくるのが見えた。
するとギルが俺に向かって手でこっちへ来いと合図しているのが見えたため、俺はギルの所へ向かう。
「なにか用ですか?」
「ええ。教職員もチェックするらしいので。」
「チッ。めんどくせーな。」
「何か言いましたか?」
「いえ、何も。」
生徒が調べられていくのと同時に職員達も検査を受ける。
「腰の上あたりを見ますのでワイシャツをたくしあげてください。」
俺たちは言われるがまま、ワイシャツの裾を掴んで持ち上げる。
そこでニアのへその部分がチラつく。
俺はそれを視線に入れないように反対側を向いた。
「アルフ先生、どこを見ているんですか?」
「西南の方をな。」
「節分じゃないんだから、こっち向けばいいのに。」
「いやそういう訳にもいかなくてだな....。」
俺が頑として別の方向を向いていると、顳かみに突然、人肌を感じる。
次の瞬間、えい、と頭ごと無理やりニアの方を向けられる。
そこには優美で見事な曲線を描いた美しいお腹とへそがあった。
「同性なんだから!」
「いやだからって見る必要ないだろーが!」
俺は顔が赤くなっていないか心配になり、咄嗟に下を向いた。
同性じゃないんだよ....俺。
その後も時間はかかれど、無事調査は終了したのだった。
俺はニアに帰り際に終わったら部屋に来てほしいと言われたので部屋へと向かっていた。
なんの用事だろうか。
試験までまだまだ日にちはあるはずなんだがな。
というかレーネのこと、どうすっかな。
やはり、これを機会に連れ戻した方がいいだろうか?
でも謝りたくねーなぁ。
俺何も悪いことしてないし。
いや、イヨにも迷惑かかるしやはり、連れ戻そう。
俺はイヨになぜ呼ばれたのかより、別件のことで頭がいっぱいだった。
俺はその混戦した思考回路のまま、イヨの部屋へと入る。
最近は俺が来るとわかっている場合は鍵がかかっていないのだ。
中は真っ暗だったため、俺は電気のスイッチを押すために壁を伝う。
そこで突如、俺の思考は暗転する。
目が覚めると、俺は椅子に腕を拘束された状態で身動きが取れないようになっていた。
目の前には冷たくこちらを見つめるレーネと心配そうにのぞき込むイヨがいた。
はっきりと動作しない頭をフルで使ってようやく言葉を絞り出す。
「.........これは?」
「これより、尋問を始めます」
「は?」
読んでいただきありがとうございました!




