授業はネオン街の光ともに。
俺は待ち合わせ場所で待ってる時も頭からニーナのことが離れなかった。
ニーナがそんなことをする奴には見えなかったからだ。
俺は時計を確認しつつ、圧倒的ピンクを放つ建物の前で待ち続ける。
てかこの状況かなりやばくないか?という疑問が数分前から俺の動揺をさせる。
俺は今、生徒と待ち合わせをしてるだけ、深い意味はない。
俺は自分にそう言い聞かせ続けた。
しばらくの時間が経ち、自問自答にも飽きてきた頃、ようやく待人が姿を見せる。
黒い帽子を目深にかぶり、制服ではなく私服を着ている彼女はまるで別人のようだった。
ただ帽子から少し出た美しい銀色の髪は彼女であることを証明していた。
「お待たせしました〜。待ちました?」
俺は時計に目をやる。
一時間ちょっとぐらいか?
「待ちました?じゃねーよ。めちゃくちゃ待ったわ!ここの前で待ってんの結構恥ずかしんだぞ!」
「いいじゃないですか、女性なんですから。今のところは。」
彼女の目の奥には小悪魔のようなものがチラつく。
「はぁ。」
弱みを知られているというのは心臓を握られている気分に似ている。
例え、その気はないにしてもいつでも握り潰せると言わんばかりの抑止力が弱みというものにはあるらしい。
「じゃあ、入りましょうか。」
「ああ。」
このワンシーンだけ切り取るとまるで俺が教え子にいかがわしいことをするようだが、断じてそんなことはない、はずだ。
中は通路を挟んで、小窓が一つあるだけの簡易的な造りをしていた。
俺たちはそこで料金と引き換えに鍵を受け取り中に入る。
短時間いるだけで結構取られるな......。
部屋にはハート型のベットに枕が二つと、まあ「THE」みたいな部屋だった。
無論、シャワーとかもちゃんと付いてる。
「先生!このベッド凄いですよ!!」
ニーナは無邪気にベッドにダイブする。
まあここ来たら、それを最初にやるわな。
「そんなことより、授業するぞ。」
「えー。まだ色々やりたいことあるのに。これとかー。」
ごそごそと手になにかをもつ。
「?......................!?」
それは紛れもなく、安心安全着脱式の例のアレだった。
「それは授業では使わねぇぇぇよ!!!」
「でも大事ですよ?」
「まあ.......確かに大事だけどそれは元に戻しておけ。」
「むー。」
ニーナはプクっと膨れる。
帽子をとり、その長い髪を露わにするとどこからどう見ても可憐な美少女だった。
その美少女は俺に穢れのない笑顔を見せる。
俺は一瞬見惚れてしまった。
「どうしました?先生。ボッーとして。」
「い、いや。」
「ははーん。今、私のこと襲おうとしてましたね〜?」
彼女はさっきの笑顔ではなく、いつものイタズラをする少年のような無邪気な顔に戻っていた。
「そ、そんなわけないだろ!」
「今、声震えてましたよ。」
「からかうんじゃない。」
「えー。だって〜。」
「とにかく授業してさっさと帰るぞ。とりあえず、そこのベッドに仰向けで寝てくれ。」
「え・・・・・?」
ニーナはそこで固まる。
そしてしばらく、考え込んでからなにかしらの決心をつけた。
「はい、先生の仰せのままに。」
なんか態度がおかしい気がするが、俺は準備に取り掛かる。
俺は彼女が仰向けになっている間に鞄から対照的な配色の魔法陣が記された布を取り出す。
俺はそれを彼女の真上に貼ろうとベッドにのる。
ギシッとベッドは音を立てて軋む。
天井は案外低かったので付属していた木の椅子をベッドの上に置いて俺が乗るだけで優に届いた。
「ふぅ」
俺が一通り、布を取り付け終え、ふととなりをみるとニーナが強く目を瞑って縮こまっていた。
その顔色には見慣れない赤みがあった。
いや別に、目を瞑る必要はないんだが......。
俺は椅子から降りようとした時、変な方向に椅子の足がベッドに沈み込み体勢を崩す。
「うわッ。」
まずい。下にはニーナがいる。
このまま落ちて怪我でもさせたら大変だ。
俺はその崩れた体制を立て直そうとバランスを取ったが、努力虚しく俺はニーナの上に覆いかぶさる形で転倒してしまった。
俺は彼女に当たらぬように手で踏ん張ったため、衝突は避けたらしくぶつかったような痛みはなかった。
ただ、彼女の体に少し触れているらしい腕は生暖かった。
俺らゆっくりと目を開ける。
すると息がかかる距離にニーナの顔があった。
近距離で目が合う。
「ッ!?」
「・・・。」
俺は落ち着くために、鼻で一度呼吸を挟む。
なんとも言えないいい匂いが体の中へと入っていく。
だめだ、全然落ち着けない。
俺はとりあえず、誤解がないようにゆっくりと言葉を確認するように発する。
「す、すまん、これは.....その。」
俺は頭をフル回転して言い訳を探したが、全く見つからなかった。
いやこれはもう何を言ってもダメだろう。
どう見たって襲ってるようにしか見えない。
終わったのだ。我が教師人生は。
俺は半ば諦めかけていた。
俺はもう一度ニーナの顔を見る。
そこには先程の赤みなどなく、至って普通の表情でこちらを見ているニーナがいた。
「先生、気をつけてくださいよ〜。ベッドの上の椅子は不安定なんですから。一瞬、勘違いしそうになっちゃいましたよ。」
まさか、この状況を勘違いせずに理解してくれたというのか?
普通だったら、一発レッドの一発通報からの一発逮捕から『不祥事!名門校の教師、学園長の娘に淫行』で新聞の一面を飾る流れだっただろう。
お前ってやつは.....。
俺はその誤認識で何度レーネに殺されかけたか。
俺は歓喜あまって、抱きしめそうになったがそこはぐっと堪えて肩に手を置いた。
「ひゃっ!?」
「ん?」
手が触れるのと同時にニーナから変な擬音が出る。
「どうした?」
「い、いえ、なんでもないです。」
「てか、お前なんか耳赤くないか。」
俺が指摘した途端、ますます赤く染まっていく。
まさか........。
「お前、まさか照れてるのか!?まさかそうなのか!?」
「照れてません。通報しますよ?」
「まじサーセンした。」
俺は脊髄反射で降伏してしまった。
「それで何をするんですか?」
「そこに仰向けになったまま、天井の魔法陣を30秒間見つめて終わったら、何も無い壁に視線を移すだけだ。」
「そんなので本当に頭だけで魔法陣なんて書けるんですか〜?」
「ああ。あの魔法陣を見続けてから急に何もない壁とかに目をやると自然と目に魔法陣が浮かび上がってくる。それをみながら、頭で構築できるようになるまでひたすら繰り返すだけだ。」
だからあの魔法陣にはカラフルな色が塗ってあるのだ。
ちなみにこれは師匠から教えてもらった練習方法で俺とレーネは二ヶ月間、この布とにらめっこし続けようやく身につけることができた。
だからニーナは少なくとも三ヶ月はかかると読んでいる。
大会は2ヶ月後。
正直間に合う気はしていなかった。
案の定、ニーナはこの練習に苦戦を強いられていた。
まずはイメージトレーニングからになりそうだ。
「先生ー。ぜんっぜん出来ないんですけど〜。」
「そう簡単に出来るもんじゃないからな。」
「えー。ぱっとやってささっと習得できるものなんじゃないんですかー?」
「んなわけあるか。」
ニーナは面倒くさそうな顔をする。
まあ最初のうちはきついだろうな。
俺もレーネもこれがキツすぎて、魔法陣のこと考えるだけで気持ち悪くなる時期があった。
ただそうでもしないとこれは身につかないのだ。
一部例外もいたが......。
俺たちはその後も二時間ほど練習を続けたが結局習得出来ずじまいだった。
「あー。そうでした。」
ニーナは何かを思い出したような声を上げる。
「なにが?」
俺は着替えながら、耳を傾ける。
先に言っておくがこれは事後ではない。
断じて違う、と俺は心の中で弁明した。
「前回のあの結界維持装置。あれは学園の調べだと『呪詛学界』によるものだということです。」
「!?」
呪詛学界とは、向こうの世界にもあった呪術系統の魔法を対象に研究を進める気味の悪い組織だ。
しかしまさかこちらの世界にもあるとは....。
ただ俺でも内側から壊せないような結界を一体どうやってイヨの部屋に持ってきたのだろうか。
俺は前からそれが気になっていた。
「それで?それがどうした。」
「その件で明日、軍から調査員が派遣されてくるようです。」
「へー。なんのために。」
ニーナは帽子をかぶり直して、溜息をつく。
「まあ要するに、軍と学園は学園内に呪詛学界員がいるのでは、と睨んでいるようです。彼らには学会員の証として呪印が体のどこかに押してありますから。」
「それを、見つけるためにか。」
「ですから、くれぐれも目立つようなことはしないようお願いします。あんまり下手なことされると私でも処理しきれませんから。」
「はいはい。」
俺は服の寄れを直してから部屋を出た。
街は11時をまわってるというのに全然眠っていなかった。
この宿屋のピンクの蛍光色が掻き消されるくらいに。
今日はレーネ、帰ってきてるかな。
俺がそんなことを考えていると不意にどこからかの視線を感じたような気がした。
「?」
「どうしました?もしかして二回戦したいとか?」
「いや......ちょっとな。てか最後の言い方やめろ、勘違いされるだろォ!!」
「いいじゃないですか〜。誰も聞いてないんだし。」
「念には念を入れるんだよ。」
まあ多分、周りの目を気にしすぎるあまり、過敏になっているのだろう。気のせい気のせい。
ホラー小説を読んだ時に不意に後ろと前が気になったり、変な隙間が空いている扉を閉めたくなる感覚に近いものだろう。
「ていうか、いいのか?学園長の娘ともあろうものがこんな時間に家を出入りして。」
「いいんですよ。うちの親、深夜にならないと帰ってこないので。」
「そう、か。」
してはいけない質問をしてしまったようだ。
しばらくの沈黙の後、ニーナが先に口を開く。
「放任主義ってやつですよ!あまり気にしないでください。それではまた明日。」
そう言ってニーナは走って夜の眩しいくらいの光へと消えていく。
「おい!送ってくぞ。こんな遅くに女だけじゃ危ないし!」
俺は消えゆく、背中に言葉を投げかける。
「いえいえ。私たちが一緒に帰ってきてるの見られたらそれだけでまずいですし。それにアルフ先生も女でしょ?」
「まあそうだけど。」
「それじゃ、今度こそ。」
彼女は右手をこちらに上げ、笑顔を最後に見せてから去っていった。
なんかあいつ、いつもより楽しそうにしてたな。
何がそんなに楽しいのか....。
俺はそんな呆れ混じりのため息と謎の高揚感を胸に押し込めて寮へと向かった。
読んでいただきありがとうございました!




