牢獄の住人たち
「あなたたちは何者なの?どうしてここへ?」
サラが他の者に比べて冷静な一人の老人に尋ねた。老人はサラの問いかけに対して、少し悲しそうな顔をした。
「これを見てください。説明するよりも早いと思います」
老人の一人は未だに泣きわめている。その傍らで老人は俺たちの前で腕を伸ばす。干物のように水分の感じられないしわしわの腕を淡い光が照らす。それからさきの尖った石の欠片を床から拾い上げ、自らの腕を傷つけ始めた。しかしどれだけ傷つけようとも傷は残らず、傷つけた先から皮膚が再生していた。
「な、なんでよ…。どうなってんのよこれ」
その反応を見て、老人は次に首元に通る太い血管を石の破片で切り付けた。やはりいくら切り付けても傷はすぐに治る。血は一滴も出ない。
「これがわしらがここにいる理由です。死ぬことができない、それどころか傷をつけることすらできない。そんな得体の知れない化け物をここへ閉じ込めているんです」
「なんかあの薬物の症例に似てるわね…。どれくらいここにいるの?」
「もう投獄されてから数百年が経ちます」
「寿命もないわけね…。」
老人の腕に見覚えのある黒々として血管が浮かび上がっていた。この老人も俺と同じなのか…。
俺の傷が一瞬で治ることはない。しかし俺とこの老人たちが何らかの繋がりを持っていることは明らかだった。
本当ならこの老人たちから話を聞きたい。もしかしたら俺の過去に触れることができるかもしれないのだから。レーネの方を見ると不安そうに俺を見つめていた。やはりその話も俺が聞いてはいけない理由があるらしい。サラもそれを察してか、老人がそうなってしまった経緯など、それ以上は踏み込まなかった。
「ところであなた方はなぜこちらに?」
今度は老人から俺たちに問いかけてきた。俺たちは一堂に顔を見合わせたがうまく説明できる気はしなった。
「一応罪状は国家転覆罪ってなってるみたいね…。でも実際には違うのよ?これには色々事情があって」
サラは取り繕うように早口で付け加える。老人にサラの言葉に驚いている様子はなかった。
「この第一地下牢には国に危害を加える恐れのある者しかこないのです。しかし現在この牢はほぼ満員の状態、なぜだかわかりますか?」
「なぜなの?」
「国が治安維持を名目に厳しく取り締まりすぎたからです。特に最近では謎の薬物の中毒者が増えているようでして、もはや手に負えない者はここに全て投獄されている」
そこでサラがはっとして俺の方を見た。
「その話で思い出したけど…。アルフ、まさかあんたもその薬を使ってるわけじゃないでしょうね?」
「使ってない。どうしてそう思うんだ?」
「あんたの腕にも薬物中毒者特有の黒い血管が見えた気がしたからよ。試しに今ここで見せてくれない?」
どうやら衛兵との戦闘の時に見られたらしい。俺は一瞬迷いはしたものの、隠し通せるものでもないと考え、素直に腕をまくりサラに見せた。
サラは俺の腕を見て明らかに動揺した。レーネは俺の腕から目を逸らさずに見つめていた。
「こ、これ…、やっぱりあんた使ってるじゃない!!!」
サラが俺の腕を掴み上げ、激しく糾弾する。その目には確かな怒りと悲しみが見て取れた。
「違うんです!!これにはちゃんとした事情が…」
レーネがすかさず反論しようとする。その言葉にサラは少しだけ安心したようだった。
「説明してもらうわよ。今までのこと」
俺は頷き、今までのこと、特にステンノのこととゼロのことを順を追って説明した。
◇ ◇ ◇
「なるほどね…。つまりその腕は薬のせいではなくて、ステンノっていう魔力で出来た生命体のせいってこと?」
「そうだ」
「それは知性があるの?」
「ああ、会話もできる。俺の魔法のサポートもしてくれている」
「…乗っ取られたりはしないのよね?」
「それはわからない。けどその気ならタイミングはいくらでもあった」
恐らく乗っ取るのなら俺が魔力の結晶に近づいた瞬間や衛兵との戦闘の際など、俺は傍から見ても隙だらけだっただろう。
サラは確かめるように俺の顔に近づき、瞳を覗き込んできた。サラの緊張気味な息遣いと微かな汗の匂いが伝わってくる。相変わらずサラの瞳は澄んでいて綺麗だった。
「どうだ?乗っ取られてたり洗脳されてるように見えるか?」
「今のところは大丈夫そうね…」
その様子を見て、レーネは俺たちの間に素早く入り込みサラを睨みつけた。
「私はあなたがしたことを許していません。あなたのせいで私達の平穏な生活はめちゃくちゃにされたのですから」
「あんな危険な人物を放っておけるわけないでしょ!?」
「ゼロのどこが危険なんですか?せっかくこれからってところだったのに…」
「危険よ、あれがどれだけの人を傷つけたことか…」
「それは呪詛学会のせいで本当は…」
「そんないつ暴走するかもわからない兵器のどこが安全なのか逆に教えてほしいくらいだわ」
「…レーネ、もうやめよう」
「ご主人様!?」
「確かに客観的に見れば危険な状態だったのかもしれない。それにサラ達にもう既に嗅ぎ付けられていたんだ。遅かれ早かれ誰かに正体がバレていただろうよ。今はサラがゼロを見逃してくれたことに感謝しよう」
「見逃した…?」
レーネはすぐさまサラを見た。しかしサラはそれに反応してそっぽを向いた。
「馬鹿じゃないの?私が見逃すはずないでしょ。あの場には殺すつもりで行ったわよ」
サラはそういうが、あの時ゼロと俺たちを見逃す動きを見せたのは確かだった。まあ俺たちが戻ってきてしまったからその計らいも半分無効になったわけだが…。
それから俺達は今までの空白の期間についてお互いに語り合った。そこでようやくなぜサラ達とギルが行動を共にしていたのかがわかった。
勾留されたまま夜も更け、俺たちは固く冷たい石の床の上で各々が睡眠を取ることにした。
レーネは俺のすぐそばに場所を決め、疲れと安心感からか俺の体の一部分に触れながら静かに寝息を立て始めた。俺は壁に腰をかけ、そのまま寝ようとしていたが、学園に残してきたゼロやニーナのこと、学園の状態が気になり、中々寝付けずにいた。
俺の正面あたりで背を向けて横になっているサラも時折重心を変えるために動いていることから、俺と同じようにまだ寝ていないようだった。
老人たちは四隅にかたまり、耳を塞ぎながら睡眠を取っていた。
多くの囚人たちがここで生活しているわりには地下牢全体はとても静かで不気味なほどだった。
学園はこれからどうなるのだろうか。俺が捕まったことが学園に知れ渡れば復帰するのはかなり難しそうだが…。
「ねえ、まだ起きてる?」
囁くようなサラの声に俺もまた静かに答えた。
「ああ、起きてるよ」




