閉ざされた地下牢
「しばらくはここで処分を待ってもらいます」
地下牢の厳重な扉が鍵で開けられ、俺たちはそこに収容されそうになるも俺だけガレルに腕を掴まれる。俺との戦闘でできた顔の傷はまだ完全に治癒していいないようだった。
「こいつと俺に少し時間をもらってもいいか。俺はやられっぱなしってのがこの世で一番嫌いなんだよ」
その目は俺だけを真っ直ぐ見ていた。
「後になさい。今の私達に私刑を行う権限はありません」
「私刑じゃねえよ、単なる事情聴取さ。必要だろ?」
「その権限もありません。すぐに処遇についての審議に入りますからそれまで待ちなさい」
「うるせえ!何発か殴らねえと俺の気は収まらねんだよ!!!」
ガレルは頭に血が上ってるようで、俺に拳を振りかざした。しかしエリーゼは俺への暴力を阻止するべくガレルの脛を思い切り蹴飛ばし転ばせた。
「たとえ地下牢と言えどここは王の敷地です。身勝手な行動は慎みなさい。それにあなた方が犯したミスについても私は忘れていませんからね」
ミスとはガレルが俺たちをあの場で取り逃がしたことを指しているのだろう。
学園でのエリーゼと王都のエリーゼでは振舞いが全く違うように感じられた。やはり彼女の王への忠誠心は本物のようだ。
ガレルは蹴られた部分を労わるようにしながら、俺を睨み付け、無言のまま地下牢から出ていった。
俺たちが牢に入れられると地下牢全体に光が灯り、このような檻が奥の方まで続いていることが分かった。
光がついたのと同時に牢のあちらこちらから呻くような声が聞こえだした。彼らも俺たちと同じような罪人たちなのだろうか?
檻の小さな扉は閉ざされ、エリーゼは地下牢から去っていった。檻に入った瞬間、繋がっていた手錠が外れる。手錠同士をくっつけていた魔法が解除されたらしい。
檻の中は空気が澱んでいたが、壁側の天井に外へとつながる小さな穴が無数に開いており、そこから新鮮な空気と微かな自然光が少しだけ流れ込んできていた。
エリーゼが去ったことで、俺たちは体の力が一気に抜け、壁にもたれかかる。
「俺たち、ギリギリ生きてるな」
「そうね、本当にギリギリ」
俺たちは皆ボロボロだったが、この移動の間でかなり回復出来ていた。特に俺はステンノの影響か、傷もあっという間に塞がった。
俺が力が抜けきった状態で天井を見つめ、サラに話を切り出そうとしたとき、レーネが俺に思い切り抱きついてきた。
「本当に良かったです…。ご主人様が無事で…」
「無事っていってもこれから処刑されるかもしれないんだぜ?」
「それでも今こうして抱き合えるだけで私は幸せです」
「…そうだな」
俺は再び全身に力を込め、レーネを抱きしめ返した。そしてレーネの背後にいるサラと目が合い、呆れた顔でサラが大きく咳ばらいをした。
「お取込み中のところ悪いけど、あんたに聞きたいことが山ほどあるんだけどいいかしら?」
「奇遇だな、俺もお前に聞きたいことがあるよ。でもお先にどうぞ」
「それじゃあ…、ってその前に。…そこの角、誰かいるの?」
サラの視線の先には光の届かない暗がりがあり、よく見てみるとそこには黒い塊のようなものがあり、さらに注視するとそれは人の集合体だった。
サラの言葉に反応してか、その集合体は徐々に崩れ、やがてそれは5人の老人であることがわかった。
そして外の灯りに俺が照らされた瞬間、その老人たちが一斉にこちらに集まってきた。
俺たちはその動きが攻撃的ななにかに見えたため、臨戦態勢に入る。
「ま、待ちなさい!!それ以上こっちに来たら怪我するわよ」
老人たちは俺たちから一定の距離を取り、やがて一斉に深々と頭を下げ、地面に頭を擦りつけていた。それは誰が見ても異様な光景であった。
そして老人たちは何かを呟いているようだった。最初は聞き取れないほど小さかったその声はだんだんと大きくなっていく。
「始祖の魔女様、よくぞお戻りになられました」
「始祖の魔女様じゃぁぁぁ」
「何百年待ちわびたことか…」
「魔女様、魔女様、魔女様、どうか我々をお許しください…」
「ようやくじゃぁぁ、わしらはようやく解放されるぅぅぅぅぅ」
俺たちはただ黙ってるしかなかった。わけが分からなかったからだ。しばらく続く俺たちの無言とは対照的に老人たちは口々に感謝と喜びの声をあげていた。
老人たちはその後また一斉に顔をあげる。灯りに照らされ、まるで木の幹のような深い皺が刻まれた顔が露になった。また全員腰が曲がっているようで常に正座のような姿勢で傍から見れば縮こまっているように見えた。
「始祖の魔女ってどういうことよ…。あんたたち何か知ってるの…?」
「いや、意味がよくわからない…」
「…」
そもそもこの中の誰を始祖の魔女と指しているのかさえ分からなかった。俺たちは探り合うようにお互いの顔を見合わせた。サラは不安そうにこちらを見ておりレーネはただ黙って下を向いていた。
気づくと老人たちは俺を取り囲んでいた。そしてその内の1人が俺の手を握った。呆気に取られていた俺を無視して老人たちは俺を見つめる。
「始祖の魔女様。我々はこの日を待ちわびておりました。どうか我々の呪いを解き、この世から解放してください」
俺は握られた手を振りほどく。
「やめてくれ…。俺は始祖の魔女なんかじゃないし、あんたらを救うこともできない。すまないが、俺には何のことだかさっぱりわからないんだ…」
その言葉に老人たちは悲壮な顔を浮かべ、また涙をこぼし始めた。俺はそれにいたたまれなくなって、老人たちに問いかける。
「あんたらが一体何を待っていたのか、俺に教えてくれないか?」
老人たちは俺の言葉に頷き、涙をぬぐって話し始めようとしたとき、レーネがそれを静止するように俺に向かって手を突き、深々と頭を下げた。
「ご主人様、どうかそのお話だけはおやめください。どうか、どうか…」
弱々しく、しかしはっきりとした口調はレーネにしては珍しかった。
「この件に関して、私はどんな罰も受けますし、縁を切られても構いません。ですが、どうかそのお話だけは…」
いつになく動揺しているレーネに俺が戸惑っていると、サラが先にレーネを問いただす。
「じゃああんたは何か知ってるってことでいいのよね?」
「…」
「だんまりってことは…、まあそういうことよね。で、アルフはどうするのよ」
俺は少し考えた後、まず言うべき事を言った。
「とりあえずレーネは顔をあげてくれ。そんなレーネを俺は見たくない」
「はい、承知いたしました」
「それからこのことについてレーネに従う。だから俺からはもう何も聞かない」
「…は!?あんたはそれでいいわけ?」
サラは呆れたような目で俺を見てくるが、取り合わず話を進める。
「ああ。俺はレーネを信じるよ。レーネが聞かないでくれって言うんだ。多分そっちの方が俺のためになるんだろ」
「多分、ってあんたね…。そうね…、うん、まあいいわ、アルフがそういうならしょうがないし」
「ってことで俺はあんたらの話は聞けない。代わりに俺がいないときにでも話してやってくれ。それと何度も言うが、俺は始祖の魔女じゃない」
「そうですか…。わかりました。私達は勘違いしていたようだ」
「そ、そんなはずはないッ!!あの御姿は間違えなく…。」
「本人が違うと言っているのだ。諦めるしかなかろう」
「そんなことで納得できるか!わしらは何百年、何百年この時を待っとったと…!」
「そうじゃ、わしらはもう生きていることに疲かれておるんじゃ…」
老人たちは必死にこちらを見ながら言い争いをしていた。レーネが不安そうに俺に寄り添う。
そして老人の一人が鬼の形相でこちらに突然近づいてきた。その瞬間レーネが攻撃態勢に入ったので、それを俺は手で抑えた。
「本当に、本当に、本当に、お前さんは何も知らんのか!?」
「ああ…。何も、知らない」
「今までのことも、何もかも、かっ!?」
「…すまない」
「そんなはずはないんじゃ!!!!!!!」
老人は俺の両肩に手をかけ揺すった。そしてここで次はレーネの方を向く。
「あんたは何か知ってるんじゃないのか!?」
「申し訳ありませんが、私の口からは何も…」
「もうよさんか…。これ以上は気の毒じゃ」
「くっ……」
「これまでこんなことは一度もなかった。それなのに今日みたいなことがあるということはようやく時間が動き出したってことじゃろ?そう思わんか?」
「…」
「近いうちに必ず何かが起きるはず。つまりわしらがこの呪縛から解放される日もそう遠くないってことじゃ。そう考えれば少しは気も晴れるじゃろ」
「ああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
先ほどまで落胆し下を向いていた老人が突然暴れだし、体中をかきむしり自分自身を傷つけ始めた。しかし切り裂かれた皮膚からは血は一滴も出ず、さらに今できたはずの傷が一瞬で治っていた。
そしてひとしきり暴れた後、急に大人しくなりしくしく泣き始めた。
俺とレーネとサラはそれを見てなんとも言えない気持ちになったのだった。




