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やるべき事

最悪のタイミングだった。こちらは満身創痍。さらにあの三人は特に厄介なもの達だったことはよく覚えている。エリーゼ、ガレル、フローラ、前にあった時の印象が強すぎて嫌でも頭に残る。


三人を見たサラはゼロを俺の方に強く突き飛ばした。この二人は裏切り者として指名手配されているはずだ。見つかればただでは済まない。しかしサラはこの状況とは裏腹に不敵に笑った。


「あなた達がこの学園を支配しているんでしょ?でもそのやり方は間違ってるわ。…だから私達が全部壊して作り直してあげる」 

「指名手配犯の分際で随分と偉そうな口をきいてくれますね?……しかしまさか獲物の方から姿を現してくれるとは思いませんでした。そこは褒めて差し上げます」

エリーゼの不気味な笑い声が地面に響く。

「言ってくれるじゃない。どちらが狩られる側なのか、すぐに分かるわよ」

「その言葉、そのままお返ししますよ」


今衛兵達はサラに注意を取られている。その上、ギルにもかなりの動揺が見られる。不意を衝くなら今しかないかもしれない。

俺はさりげなくレーネに目配せをする。するとすぐにレーネに意図が伝わったらしく、二回早い瞬きをしてきた。

その瞬間にありったけの力を振り絞り、ギルを振りほどいた。

「し、しまった!」

「いったん引くぞ」


俺は目の前のゼロを抱きかかえ、走り出す。レーネもニーナを連れて俺の後を追う。

振り向きざまの刹那、サラのこちら見る表情がなぜかっとても悲しげだった。


「追うぞ……!」

「いいわよ、追わなくて。それより上の敵が優先よ」

「く……」



真っ暗な校舎内を全力で走り抜ける。ゼロは先ほどの極度の緊張から解放されたせいか、気を失っていた。涙はもう乾いていた。腕の中の小さな温もりに強い喜びを感じていると、自分の傷の痛みが忘れられた。


とにかく今はゼロを隠す必要がある。なぜなら、サラ達が情報を掴んでいるのなら、学園側にそれが漏れていてもおかしくはないからだ。なにせ向こうにはギルがいた。もしそうでないなら、ゼロはまた学園に復帰できる。しかし最悪のケースを考えるなら、この学園を出なければならないだろう。


「ご主人様、これからどちらへ向かわれるんですか?」

誰もその場所を知らず、知っていたとしてもそう簡単には入れない場所……。

「あの学園長室の隠し部屋に向かう。そこで一時身を隠すぞ」

「承知しました。それと.....」

「ん?どうした?」

「先程は私のせいで、お怪我を負わせてしまい....」

「なんだ、そんなことか。あれは俺が気づけなかったのが悪いから気にするな。それより今は逃げることに専念する」

「はい......」


無言になると途端にサラの表情が頭に浮かぶ。サラはあの時本当にゼロを殺す気だったのだろうか.....?もしそうならなぜあの時あんな悲しそうな顔をしたんだ?

そんなことを今は気にしている場合じゃないと分かってはいても、全員が無事だった安堵からか、余計なものが頭を侵食してくる。サラやエメやギルは今も戦っているんだろうか....?


不意に頭をよぎるエリーゼの言葉。

「断頭式楽しみにしていてくださいね?」


言葉ともに浮かんだ嫌な映像を頭から追い出す。大丈夫。あいつらはそんなにやわじゃない。

まだ気持ちの整理がつかないが、今回の一件が落ち着いたら、何とか俺からもう一度説得するしかない。今度は俺一人で。


しばらくすると学園長室が見えてきた。耳をすましたが中に人がいる様子はない。俺は恐る恐る扉を開けた。


光源魔法を頼りに鍵となる教書を開き、微量の魔力を込める。すると本棚の部分が開き、階段が見えた。


俺はそこで抱き抱えていたゼロをニーナに預けた。

「え?…しばらくここで身を潜めるんですよね…?」

ニーナはキョトンとした表情をした。


レーネは全てを分かりきった顔をこちらに向けていた。

「いや......、やらなきゃならないことが増えた」


俺は前にサラに俺の部屋の合鍵を渡していた。それを使えば夜に忍び込み、奇襲もできたはずだ。それにもかかわらず、サラは俺たちに正面切って立ち向かってきた。それは俺と少なからず話し合う気があったということではないか....?それにサラのあの去り際の表情やわざと自分たちに注意を向けさせるような言動も気になる...。


あいつらは俺たちとの交戦でかなり消耗しているはず。そんな状況であの衛兵達と戦えるのだろうか?


そんなことが頭にまとわりついて離れなかった。


「ご主人様、やはり行かれるのですね?」


レーネは少し悲しそうな表情を浮かべた後、俺の目を見つめた。


「ああ。さっきまで殺しあってたのに変な話だが...」

「.....私も行きます」

「・・・」

「私も一緒に戦います」


レーネの凛とした目がその覚悟を証だった。俺は前にもこんなことがあったことを思い出した。あの時は確か魔法で眠らせたんだっけか。ただその方法はもう通じないだろうし、そもそも俺はもうあんなことはしないと決めたんだ。


「死ぬかもしれないんだぞ?」

「承知しております」

レーネも見たところサラと交戦した際にかなり消耗したようだ。俺も魔力欠乏のせいで頭がぐらぐらする。ただお互いがお互いを止めようとはしなかった。なぜなら止めても無駄だということがお互いに分かりきっているからだ。


「分かった。ニーナ、ゼロを頼む。状況が落ち着くまではここにゼロといてくれ」

「まさか.....あそこへ戻るんですか!?」

「ああ」

「二人ともそんな体で....。いくらなんでも無茶ですよ!」


俺たちの声に反応してかゼロは苦しそうに呻いた。その様子だともうすぐ目を覚ましそうだった。

「体は大丈夫だ。あてがある。ニーナ、ここまでありがとう」

俺の言葉と共に扉が自動的に閉まる。ニーナは一瞬こちらに来ようとしたが、ゼロの身を案じてか、考え直してその場に留まった。

「.......絶対に帰ってきてくださいね!私もゼロもまだ教わってないこと、たくさんありますから!」

俺はニーナに対して静かに頷いた。


やがて扉は完全に閉じて、ここはただの学園長室に戻った。残された俺たちは無言で出口に向かった。


「先ほど仰っていた『あて』というのは?」

「ああ。それにはまず別棟に向かうぞ」


移動中も度々外から爆発音が聞こえ、その衝撃がこちらまで来ていた。サラ達もここまで来たらもう後戻りは出来ないのだろう。そしてそれはおそらく俺も同じだ。


しばらくして目的地に着く。薄暗いフロアで医務室だけがただぽつりと明かりを灯していた。まるで俺たちを出迎えるように…。


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