避けられない衝突
「レーネは後ろを頼む」
「はい、承知しました」
相手はこの学園じゃかなりの実力の持ち主。これは使えるものは全部使って行かなきゃやられる。
絶対にゼロに手出しはさせない。
俺の闘志に当てられて、体中の血液がまるで沸騰しているかのように熱くなっていく。それに伴い体に施していた偽装魔法が剥がれ、本来の黒々しい姿に戻り、全身でステンノの存在を感じる。
迫ってくるギルに対応すべく、まず上半身を重点的に防御魔法で覆う。ステンノのおかげで元通りとまではいかないまでも、あの腕輪なしでも数段上の魔法を使えるため、相手に気後れする必要はない。
ギルの方を見ると遠隔魔法を使う様子はなく、近接攻撃を仕掛けてくるようだった。その後ろのエメはまだ動く気配はなく、腕組みをしてこちらを注視している。とりあえず様子を見るつもりなのか....。
ギルはそのまま腕を前に突き出し、いきなり無詠唱で魔法を放ってきた。恐らく初めから仕込んでおいたのだろう。発動の速さからしてそこまでの威力はないと分かっていてもこの距離でくらうわけにはいかないので、すんでのところで避けた。
そして避けた先にギルが既に移動していた。すぐさまギルの右ストレートが飛んでくる。俺はそれを左手で受け流し、カウンターを放ったがそれは軽く流される。その後ギルは後ろに飛び退いたかと思うと、いつの間にか用意していた魔法陣が起動し、俺の死角であったギルの背後から爆発系の魔法が飛んでくる。
それを避けることはこの体勢からは無理だと判断し、空いていた右腕で受けた。当然魔法は俺の腕に当たったのと同時に爆発し、俺を後ろに勢いよく吹き飛ばした。
何とか受身だけはとれたが、流しきれなかった衝撃が半身を襲った。右腕は魔法で防御していたためかすり傷ですんでいるが、体にダメージは蓄積していってる。
追い打ちを警戒し、すぐに立ち上がるとギルがこちらを見下ろしていた。やはりこの学園の教師をやっているだけのことはある。遠近関係なしに魔法を使いこなしてくる。
「やはりあなたと私とでは力の差がありすぎる。大人しく拘束されてください。エメラダ、こちらの決着はついたぞ」
ギルは俺に対して手のひらを向け、いつでも魔法を放てる体制をとっていた。相手を追い詰めた時でさえ油断しない。それは恐らくギルが生徒に今まで教えてきたことでもあるのだろう。
気は進まないが、ステンノに体の操作を半分だけ代わってもらうしかないかもしれない。
『代わろうか?』
「.....半分だけな。それにすぐに代わってもらう」
「ん?何か言いましたか?」
次の瞬間、俺の視界は半分堕ち、体が勝手に上に飛び上がる。魔法など一切使っていない。ステンノが俺の身体の潜在能力を限界まで引き上げて、ようやく出来ることだった。
「な!?いつのまに跳躍魔法を....?」
ギルのこちらを見る目は驚きに満ちていた。
空中で俺は魔法を練り、魔法の雨を降らした。即興で創ったため、そこまでの威力は出ないがまともにくらえば失神する程度の威力はある。
それでもギルはそれを器用にかわしていた。ただギルが全て避けきるころには俺が先に地面につき、次の行動を始められる。
避けるので精一杯のはずのギルが新たに魔法を使う余裕などなく、こちらに無防備な体を晒していた。
俺の体は地に着いた瞬間にギルに向かって跳躍し、攻撃の射程範囲まで距離を詰めた、しかし、その跳躍に際しても魔法は一切使わず、己の筋肉だけでカバーしていたため、体が悲鳴を上げているのが分かった。それでもステンノのおかげで痛みは全く感じない。
ギルはこちらを見るのがやっとのようで、振り向いた時にはすでに魔法で強化した俺の拳がギルの背中のやや右側にくい込んでいた。
ギルは短く息を吐き出すと共に前に飛ばされた。追撃の為前に少し進んだ段階で、突然俺の体が左斜め後ろに飛んだ。
そして避けた瞬間に俺が元いた場所にエメの両足が飛んだきた。しかしそこには誰もいなく、そのまま着地した。もし俺があそこにあのまま居たら、後頭部にエメの蹴りが直撃していただろう。エメは俺の死角からの飛び蹴りが不発に終わったことに違和感を感じているようで、眉根を潜めた。
避けた後にどっと冷や汗をかく。おそらく俺の反射スピードでは避けられなかっただろう。その点、ステンノの場合脳を通さず、直接体を動かせる分、俺より数段早く動ける。
「今の、何で避けれるんだ?完全に死角だったろ」
「......音だよ。地を蹴る音と風を切る音が聞こえた」
俺の口と声帯が勝手に動く。ステンノの言葉だ。
「音、ね。.....今度から気をつけるか」
まだエメは攻撃してくる様子がない。
すぐさま復帰する可能性のあるギルを見ると、ニーナが状況を察してギルを魔法で拘束していた。ギルはさっきの攻撃によるダメージで動けないようだった。
「クッ....」
「じっとしていてください。今魔法で痛みを和らげますから.....」
これで何とか相手の戦力を一人削れた。
残るはエメとサラか。後ろをちらりと見るとレーネとサラの交戦はまだ続いているようだった。
「お前とタイマンはるのは久しぶりだなぁ。いや洗脳されてるんじゃタイマンとは言えないか」
エメは少しだけ悲壮な表情をうかべた。
その時俺は声の主導権を得た。
「何度も言ってるが俺は洗脳なんてされてない」
「じゃあなぜその兵器を守るんだ?その兵器に自分を守るよう命令されてるからだろ?」
「違う!そもそもこいつは兵器なんかじゃない。俺たちと同じ人間で、俺と......同じ境遇なんだよ」
「同じ人間?笑わせるぜッ!そいつが何人殺したことか。お前もそれを見ているはずだ」
「違う、あれは呪詛学会に操られていただけなんだ。だから俺たちが憎むべきはゼロじゃなくて、呪詛学会なんだよ」
「操られてるのはお前だろ、アルフ。今助けてやるからそこで歯食いしばって立っとけ」
「断る。俺が助けて欲しいのは俺じゃない、ゼロだ」
エメは舌打ちをした後、俺に真っ直ぐ向かってきた。ゆっくり歩みよるような足取りでこちらに来る。今度は俺の目をしっかりと見ていた。
ステンノの人間離れした動きは俺の魔法とセットでその真価を発揮する。魔法が通用しない相手に対しては分が悪い。
『相手が悪いな。一先ず私はあなたの補助にまわる』
「頼む」
「ここに来て神頼みかぁ?」
俺がエメの間合いに入った瞬間、容赦のない蹴りが飛んできた。




