5話 君からの贈り物を期待して心にもないことを言ってしまう
「あーよく寝た。
…ウッ!まだ2月だし寒いな…」
2月14日、平日の朝6時。
俺は平日は普通のサラリーマンなのでいつもこの時間に起きる。
「んー…せんせぇ…」
ゆのがだるそうに目をあける。
まだゆのは帰ってきてからそんなに時間が経ってないんだろうか。
「せんせぇおはよ…」
半目の状態でゆのが答える。
「お前すごい顔してるぞ。
もう少し寝とけよ」
「んー…。
アタシ起きてから色々やって昼寝するからー…」
ゆのはゆっくりと身体を起こす。
俺は冷蔵庫へ飲み物を取りに行った。
すると、冷蔵庫に大量のラッピングボックス的なものが…。
な、なんだこれ?お菓子?
「おいお前、冷蔵庫使ってもいいけどな、あまり色々詰め込むなよ」
「あー!それね、店に今日持っていくんだよー!!!
今日バレンタインイベントなんだよ!!!」
あー。なるほど、バレンタインね。
チョコか。
「なんか赤いドレス着て、指名の人にチョコ渡すんだよ!!!
まーアタシは一応ナンバー入りだし数多いから冷蔵庫占領しちゃったけど、今日全部なくなるから安心してよ!
それにしてもフンパツしちゃったよー」
ゆのがそう言いながら、紙袋を持ってきてチョコを袋に入れ始める。
「フンパツしちゃったよってお前、全部同じチョコじゃねーか。
客は他人と同じものもらって嬉しいもんなのか?」
「高い店で買ったからいーのいーの!
とりあえず高いとこで買っとけば大丈夫っしょー!」
よく見ると高級洋菓子店のラッピングだった。
いくらナンバー入りでもこれだけの数買ったらそこそこお値段はるのでは…。
…うーん、なるほど。
こいつは俺の家に寄生し始めたからより一層無駄遣いに拍車がかかってるわけだ。
絶対そうだ!
「とりあえずこれで全部ー!
今日出勤の時に忘れないようにしないとだー!」
そう言ってゆのは紙袋を冷蔵庫に収める。
そして髪を結んでキッチンの方へ向かう。
「あれ?お前もう準備終わったろ?
ゆっくり寝とけよ」
「んー!一つだけ手作りチョコ作るの!」
ん?なんだそれ?客じゃない奴にチョコ渡すってことか?
こいつにそんな特定のヤツいたっけ?
「お前誰に渡すんだ?」
なんとなく俺は聞いてみた。
「えー…内緒ー!」
ゆのが楽しそうに笑いながらまな板の上でチョコを刻む。
なんだこいつ、俺と一緒に住んどきながらちゃっかり別で男捕まえてるのか。
こいつに釣り合うぐらいだし…相手はホストとかヤクザ…かな…。
どちらにしても俺、一緒に住んでることバレたら殴られたりでもするのかな〜…。
やだなぁ…。
「あっ!やべ、もう8時じゃん!!!
じゃー俺会社行ってくっから!!!」
「あっ…うん!!!
先生行ってらっしゃい!!!」
ーーーー
朝の混雑時、満員電車に乗り、会社へ向かう。
これが俺の平日だ。
休日の絵師ライフとは至って地味なこの生活だが…。
まぁ下積み時代は誰しもこんなものだ。
「おくまさん、こちらどうぞ。」
若い女子社員がお茶と一緒にチョコレートをくれた。
社内の義理チョコってやつだろう。
「あーありがとう。今日はバレンタインだっけな」
「そうですね!
おくまさんは彼女さんとか居ないんですか?」
「あー…。
ま、まぁ一応一緒に住んでる子は居るかな、うん」
ここで彼女居ないとか言うのはずかしいし…。
彼女が居るとは言ってないぞ!
それに一緒に住んでる子は居るし!
嘘は言ってないぞ、断じてな!
「へぇー!じゃあ彼女さんが今日はおうちで待ってるんですね!
彼女さんのチョコレート、楽しみですねー!」
「あ、あぁ、うん。」
ゆのは今日店に出てるし、俺以外に本命のチョコレート渡す奴居るみたいだし…俺にくれるわけないよな。
まぁゆのからもらえるかもって期待は、はなからしてないけどさ。
「そこ!口じゃなく手を動かしなさい」
「は、はい!申し訳ありません…」
上司にいいタイミングで叱られたが、女子社員の質問攻めから逃れることができたので良しとしよう。
ーーーーーーーーー
昼休み。
昼食中に携帯を見てみると、ナオヤからメッセが。
『おくま、今日暇してたら19時ぐらいから池袋で飲まないか?』
あー。
ゆのも居ないし、ちょうど暇だったし、夜は飲みにでも行くかな。
そして仕事を終えて、夕方に退勤した。
電車に乗り池袋へ。
約束していた居酒屋で直に待ち合わせをした。
居酒屋に入ると、席にはいつもの絵師仲間が。
もちろんマナミさんも居る。
「おくまくん!お疲れ様ー!」
マナミさんがニコっと笑う。
そういえばマナミさんは彼氏とか居ないのかな?
まぁ今日ここに来てるってことは居ないんだろうな、そういうことなのか?
「おいナオヤーなんだよそのチョコの量」
他の絵師がナオヤをいじり始める。
「あーこれ?なんかファンの子とか、朝から電話してきてさー。
何人も居たから待ち合わせ時間ズラすの大変でさ、ホント」
みんながナオヤを見てうらやましがる。
「まじかよーキレそーwww」
「モテる男はうらやましいわーwww」
まぁ、ナオヤぐらいのイケメンなら今日みたいな日は引っ張りダコだろうな。
「大学生から人妻までバリエーション豊富だぜ?
まぁ俺の描く漫画、18禁だから高校生以下は居ないけど。」
す、すげぇ…。
こいつ女の敵だ!絶対そうだ!
まぁ俺はナオヤと友達として接するぶんにはいいけど、俺がもし女の子でナオヤのファンだったら…こえぇよ…。
ちなみにナオヤは、人気絵師なので、イラストと漫画のみで食っている。
なので他に仕事はしていない。
「ふふっ、やっぱりナオヤくんてモテるのね。じゃあ今日はナオヤくんは私のチョコレート、いらないわね」
マナミさんが笑いながら膝に置いて居た紙袋を取り出す。
「マナミちゃん!!!まさかそれは!」
「マナミちゃんまじ天使!!!」
マナミさんは今日俺たちにチョコレートを持ってきてくれたようだ。
おお、これで俺は今年はチョコレート0個を免れたわけか。
「おいマナミーひどいなー。
でもおくまだって、ゆのちゃんからもらえるんじゃないの?」
ナオヤが口を開く。
お、おぉ…こいつマナミさんとマナミさんの囲いが居る前でゆのの名前を出すとは…。
「あいつは…その…多分ほかに渡す相手居るし…」
俺がそう言うと、マナミさんの囲いがクスクスと笑い始めた。
「おくま、DQNに散々貢がされて他に男作られてやんのーwww」
「ザマァwww」
「あのビッチ何人男居るんだよーwww」
またこの流れ…。
あーもう。ほんとガキなのかなこいつら…。
「まぁまぁ。おくまくんもこれどうぞ」
マナミさんがチョコを差し出す。
箱は避けてて中身が見えるようになっていた。
一つ一つラッピングも凝っているし、チョコも店で買ったのかってぐらい本格的だし…。
「す、すごいですねマナミさん…。
これ作ったんですか?」
「おくまくんったらー。
こんなの簡単だし、誰でもできるよ」
マナミさんが照れ臭そうに笑う。
「マナミちゃんほんと絵もうまくてお菓子まで作れるなんてスペック高すぎるな!!!」
「こんなに可愛くてなんでもできるのに、彼氏居ないとか驚きだよー」
マナミさんの囲いがマナミさんを褒めちぎる。
まぁマナミさんがなんでもできてスペック高いことは納得なんだよなー。
飲み会は2時間ほどで終わり、解散した。
時間は0時…。
まぁ終電ギリギリかな。
ゆのはまだ仕事中なのか。
「まぁでもチョコ渡す男居るなら朝帰りとかもあり得るのかな…」
色々考えながら俺は帰宅した。
「あっ!先生おかえりー!」
ん?なんでゆのが帰ってるんだ?
「お前仕事は?」
「アハハッ!早い時間にお客さん呼んでー、早上がりしたんだよー!
アタシも今帰ったばっかりだし!!!」
ふーん、男と会うんじゃなかったのか。
俺は、ドサッとカバンを下ろした。
「あ、先生、その箱なにー?」
ゆのがカバンの中に入ってたマナミさんからもらったチョコを指差してきた。
「あー、これ?帰りに飲み会があってさ、もらったんだよ」
「あ…。そうなんだ。もしかして…マナミさんとか?」
「そうだけど。みんなもらったからさー」
「う、うん…
そっか…」
ゆのが何か背中にサッと隠した。
なんだ?よく見たらゆの、ちょっと元気なさそうな顔だな。
男にフラれて結局早く帰ってきたのかな?
「とりあえず風呂入ってくる」
そう言って俺は風呂場でシャワーを浴びに行った。
風呂から上がると、台所のゴミ箱にリボンがついたストライプ柄の箱が一つ捨ててあった。
「なんだ?これ…」
箱を拾ってあけてみると、中には…チョコ?
なんかトリュフっぽいけど…。
まぁ上手とは言えない形だなー。
もしかしてこれ、ゆのが作ったやつ?
ゆのの奴、男に渡せなかったのか?
まぁ、こんな出来が悪いチョコ渡すの恥ずかしかったのかな…。
「先生ー!お風呂上がったの?
あ…そのチョコ…」
ゆのが部屋から出てきた。
俺がゴミ箱からチョコを拾ってビックリしたみたいだ。
「あー、ごめん。ゴミ箱に入ってて…。
今日誰かに渡す予定だったんだろ?これ」
「はぁ?何言ってんの?
つーか、それ捨てたんだから拾わないでよ!もう!」
ゆのがチョコを取り上げようとしてきて、俺はヒョイっと避ける。
「ちょっと先生!それゴミだから!」
「あ、あー。お前、男に渡せなかったんならこれ、俺がもらってやってもいーぞ」
あれ!?なんか俺がチョコねだってるみたいになってしまった…。
こ、これはあれだ!!!
好きな奴にせっかく作ったチョコを渡せなかったゆののことを想像したらかわいそうになってついそんなことを言ってしまったわけだ。
うんうん、そういうことだな!!!
「はぁ?なにさっきから男、男って。先生何か勘違いしてねー?」
あ、あれ?
だれか他の男に渡すもんじゃなかったのか?
「それ…先生に作ったやつだし」
「俺に?ん?さっきの背中に隠したのってまさかこれ?」
さっきの少し困った顔のゆのを思い出した。
「あ…。先生が誰からももらえないと思って!!!かわいそうじゃん!!?
でも先生がマナミさんからもらったって言ってて…
それにマナミさんからのチョコすごくうまくできてるし…」
誰からももらえないとかひでーな相変わらず。
まぁこいつらしいっちゃこいつらしいけど。
「まぁこのチョコ見た目はあまりよくないけど、お前の気持ちはありがたく受け取っておくよ」
「はー!?なにそれー」
ゆのが顔を少し赤らめて怒ったような様子を見せたけど可愛く感じてしまった。
まぁ、ゆのにとってはただの義理チョコなんだろうけど、俺の為に一生懸命に作ってくれたんだなと都合の良い解釈でもしておくか。
そうでもしないと俺も虚しいからな!!!
あのあとゆのからのチョコは食べてみたけど味はまぁまぁ…だったと言っておかないと怒られそうだ。