3話 小悪魔の涙は鋼鉄の精神に打ち消される
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とある週末のことだった。
「はぁ。今日も疲れた…」
俺はめずらしく残業で夜遅く帰ってきた。
「あれ、ゆのは…まだ仕事から帰ってなかったか」
まぁ、週末だしキャバクラなんて稼ぎどきだよな。ゆのと同居し始めて数日経った。
なんだかんだで土日以外は俺はあまり顔を合わせることはなく、ゆのとは大体すれ違いだ。
一日うちで顔を合わせる時と言えば、俺が起床した時にゆのが布団でくっついて寝てる時ぐらいだ。
布団に入ってくっついて寝られるのも最初はびっくりしたけど、もう正直もう慣れてきたからなんともないんだが。
…こんなこと世の中のキモヲタに知られたら
「リア充氏ね!」
とか言われそうだが。
「ゆの、今日は週末だし帰り遅いよな。先に寝るか」
時計を見ると0時を過ぎていたので、俺はもう寝ることにした。
ーーー翌朝ーーー
起きたら昼の12時だった。
あー、寝すぎた。
「あれ?珍しくゆのが居ない」
あの香水と煙草混じったにおいで寝起きはゆのが隣にいることを把握してるんだが、今日はゆのの姿がどこにも見当たらない。
あいつ、化粧だけ落として、朝に風呂入るから働いたとそのまま寝るんだよなぁ…。
煙草のにおいがきついと結構落ち着かないものがある。
仕事終わりで疲れてるんだろうから注意あえずに大目に見てるが、本音はシャワーを浴びてほしいものだ。
「とりあえず飯でも作るか…。
どうせコンビニでも行ったんだろう」
俺は台所に向かい、冷蔵庫の残りものでカレーでも作ることにした。
ゆのが今居ないってことはもしかしたら友達と出かけたとか、金持ちの客と飯とか買い物の可能性もあるし。
まぁでもすぐ近くのコンビニに行っただけかもしれないし、カレーならゆのが食わなくても明日も俺が食えばいいしな。
あいつ、一緒に飯食う時と食わない時があってたまにこまるけど。
急に客と飯食いに行ったりするから、事前に言ってもらえなくて俺が作りすぎてしまうんだよなー。
『ガチャガチャ!』
玄関で鍵を開ける音がした。
「はぁー…
あ、先生起きてるじゃん!!!
ただいま!!!
わーカレー作ったの???
いいにおーい!!!」
ゆのが帰ってきた。
ゆのの両手に本がたくさん入った紙袋が…。
「お前、どうしたんだその荷物…
買ってきたのか?」
「あー!!!これ、前の家に置いてたアタシの雑誌。
今日さー、前の同居人に、残りの荷物早く持っていけ!って怒られちゃって。
他の荷物は宅配便で送っておいたんだけど、雑誌だけ先生に早く見せたかったから袋に詰めて持ってきたんだー!!!」
「ふーん。そうなのか」
俺に見せたいもの?なんだろう。
「とりあえずご飯ご飯!!!
カレーアタシも食べる!」
「お前、今日仕事は?」
「休みだよ!!!
今日日曜日だもん!!!
今日は先生のために一日空けてあるから!!!」
えっなに、俺のために予定空けてあるって…。
今日俺に何か貢がせる為の買い物日かなにかなのか…?
こえぇよ…。
「とりあえずご飯食べよ!!!」
ゆのは、カレー皿を棚から取り出して米をよそい始める。
ゆのでも手伝いとかしてくれるんだなと思った。
お茶を注いでくれてたり。
食い終わった後も、さらを水に浸けてくれてたり。
人は見た目では判断できないものだ。
言ったら怒りそうだから黙っておくけど。
「先生!食後にコーヒーいる?」
「あー、ほしいかも」
今日はゆのがやけに優しい…。
サービスもいいし。
やっぱり、これは買い物に付き合わされるんだ!!!
絶対そうだ!!!
「ところで先生、コーヒー飲みながら話したいことがあってー」
ゆのが雑誌のふくろを持ってきた。
雑誌の束を袋からドンと出し、その中から一番最近買ったであろう雑誌を取り出す。
きた、これは間違いなく雑誌を隣でくっついて見ながら欲しいもの指指してねだり始めるやつだ!!!
絶対そうだ!!!
「ちょっと、先生聞いてる?」
ゆのが、顔を膨らませながらこっちを見てる。
はー。とりあえず聞くだけ聞いてやるか。
「なんだよ」
「だからさー、先生の漫画の資料でアタシが今まで買ってた雑誌持ってきたの。
今日は先生に色々教えつつ資料まとめてあげよーと思って!!!」
ん???
これ、全部俺の漫画の為に持ってきたものだったのか。
なんだ。おねだりする為のものかと思ったら。
それにしても、こんなにたくさん手持ちで運んで、重そうだし大変だっただろうなー…。
それなのになんだか俺が勝手に勘違いして申し訳ない。
「先生の描いたキャラクター見たけど」
「あー、試しに何枚か描いてみたやつか」
「とりあえず、髪の巻き具合とか全然だめ。
あれじゃただの寝癖じゃん!!!
ちゃんと髪の毛は毛束感を出して!!!
あと顔周りは外巻きね!!!
あとネイルー、ちゃんと長くして。
それから、つけまもっと増やして!!!下まつげもね。
服装は見せブラをつけること!!!胸元開いた服だよ」
「う、細かいな…。
ヲタクからしたら、髪の毛うねらせて明るくしとけばギャルって認識になると思ったけどちがうのか」
「そんな適当なやり方じゃ流行んないよ!!!
なんの為にアタシが近くにいるかわかんないし」
適当って言われた…
これでも自分なりにリサーチしてかいたつもりだったんだけど…。
「あとはー、ヒロインの服装!!!
漫画、日にち変わっても同じような服しか着てないじゃん!!!」
「えー。ギャルが着てる服なんて全部同じようにしか見えないんだけど…。
あとキャラの印象付けもしたいから基本は同じ服装でと思って…」
「はぁー!?全然ちがうし。
もう、先生は、しばらくはアタシの雑誌見ながら服のデザインしなよー。
わかりやすく付箋貼っててあげるからー。
アタシが気に入ってて実際買った服とか、持ってないけど欲しい服とか貼っとくからね!!!」
そう言って、ゆのがペタペタと雑誌に付箋を貼り始める。
あ、欲しい服にも付箋貼るってことは、これやっぱ買ってくれってことか…。
いやでも買ってとは言われてないけど…
でも、絶対そうだ!!!
「まぁ、キャラクターは色々足りない部分はあったけどさー…ストーリーは良かった…かな」
ゆのが口を開いた。
これって、褒めてくれてるんだよな?
「あのまんがの途中のシーン…ヒロインの為に早く漫画を仕上げたら、ヒロインに俺の気持ちが伝わるって主人公思ってるところ」
あぁ…。
この漫画は、主人公がヒロインをモデルにした漫画を描いて、ヒロインと一緒に世の中を見返そうとす、まさに俺たちの関係をそのまんま漫画にしたものだった。
ゆのが言ってるそのシーンは、この前のマナミさんとゆのが喧嘩になってた時に、俺がゆのから信頼されてないのかなって想いから、早く漫画を完成させれば俺はゆのに信頼してもらえるようにその時の俺をそのまんま描いたものだった。
「あの時のアタシ…先生しか信じてなかったから…先生がマナミさんのことをかばって…アタシ…」
ゆのが悲しそうな顔で話す。
あの時の怒ったゆのとは別人な気がした。
本当はゆの、弱々しい一面もあるのかなぁ。
こっちのゆのの方が可愛いってみんな言いそう。
でもあの時のゆのは涙を武器にしなかったから。
「別に、かばったつもりはなかったけど…
ゆのならあとからフォローすればわかってくれると思ったから。
でもそれは俺がただゆのに甘えてただけだった、ごめん」
「あ…ううん!!!
いーのいーの!!!
そういうことだったのかー…
あはは!!!なんかアタシ、悩んで損したなー!!!」
ゆのが笑顔になった。
さっきまでの悲しそうな顔のゆのじゃない。
やっぱり、ゆのは笑ってる方がいいな。
「でも先生、あの時はアタシ一応傷ついたんだからねー!」
「ごめん」
「だから今度買い物付き合ってね!!!
アタシが欲しいもの、黄色い付箋貼っといたから!!!」
こ、こいつ…。
やっぱり買わせる気だったのか…。
全く、容赦ないやつだ。
まぁでも、俺もゆのに対して悪いことしちゃったのは事実だし…。
服ぐらいなら何着か買ってやるかな。
「はいはい、わかったよ」
「ほんとー!?
ありがと!!!先生大好き!!!」
大好きって…。
もしかしてこいつ、モノ買ってもらったらみんなに言ってるのかな…。
まぁ、機嫌直ったみたいでよかった。
「先生!!!付箋貼り終わった!!!
ピンクの付箋がアタシが持ってる服でー、黄色い付箋がアタシが欲しい服ね!!!
あっ、アタシ仕事から帰って来てそのままだった!!!
今からお風呂入るから!その間雑誌見てて!!!」
ゆのはそう言って風呂場へ飛んで行った。
おいおい…。
雑誌を見てみると、明らかに黄色い付箋の方が多いんですが…。
まぁゆのも笑ってくれたし、今はとりあえずこれでよかったとするかな。