2話 口の悪い女王様は日の目を見ないままなのか
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病院で点滴を打ってからだいぶ楽になった。
昨日は病院から帰ってそのまま寝てしまった。
「うわっっ!!!
なんだこいつ…
ずっとくっついて寝てたのか!?」
起きたら隣でゆのが、化粧も落とさず寝ていた。
正直寝起きの状態で金髪ギャルの顔がドアップで表示されるとビックリする。
仕事終わりでそのまま俺の家に来たんだろうか。
少し髪の毛が煙草臭かった。
香水の匂いと煙草の臭いが混じってる。
こいつ、仕事終わった後はいつもこんな感じなんだろうか。
「おい、いつまでくっついて寝てるんだ」
「んー…
せんせぇおはよぉ」
「化粧落とさずに寝たのか」
「あっ!!!あたし、仕事終わってすぐに先生の家にきたから、寝てなかったんだ!!!
先生が寝たら安心してアタシもそのままぐっすりってヤーツ。仕事もそのまま休んじゃった!!!
っつーか、化粧落とす!!!肌荒れるし!!!」
ゆのは風呂場にシャワーを浴びにいく。
俺は新しいバスタオルを1枚置いておいてやった。
全く。
今後はきちんと風呂に入ってから布団に入るよう注意しとこう…。
それにしても、寝ずに俺の家に来て、そのまま病院にも運んでくれて、俺が寝付くまで起きてたのか…。
仕事も行かずに寝るぐらいなら、よっぽどだ。
なんだかんだで可愛いところもあるんだな。
ー♪
『おくま、今日17時から●●駅の焼肉屋にて集合でよろしくなー』
携帯が鳴ったので開いてみると、絵師仲間からだった。
今日俺は、絵師仲間との飲み会の約束をしていた。
絵師仲間とは定期的に月に一回くらいの頻度で会っている。
今回の飲み会は合同誌を一緒にやるメンバーとの交流みたいなもんだ。
昨日風邪を引いてしまったので今日の集まりは欠席する予定だったが、幸い体調もすっかり良くなったことだし、今回ゆのをモデルにしたオリジナル漫画も描けることになったし、絵師仲間にも新作のことを話したかったので出向くことにした。
「病み上がりだけど体調もかなりよくなったし、出かけるか。
おい、ゆの。俺は先に出かけるから、内側から鍵掛けといてくれ。」
「先生の家、コテねぇのかよー」
「なんだコテって」
「髪の毛巻いたり真っ直ぐにするヤツだよー」
「お前直毛なんだからそのまま出かけりゃいいだろ、髪は店で巻いてもらえよ」
「今日の同伴は太客だしオシャレしとかないとなんだよー」
「はぁ。今日はもう出かけるから、そのまま行ってくれ…。帰りに買って帰るから」
「絶対だよ!!!温度は200度以上のヤツじゃないとダメだよー」
「注文多いな…って、おい!!?」
風呂上がりのゆのが、バスタオル1枚でドタドタと部屋に入ってきた。
「おいっ!ちゃんと服着てから部屋に入るようにしろ!!!」
「あっ!ごめーん!前の家のクセで!」
全く何を考えているんだこいつは。
相手が俺じゃなかったらどうなっていたことか…。
こいつにはそれだけ俺も男として見られていないってことなんだろうけど。
まぁ俺もゆののことは好みではないとは言え、可愛いとは思っているので、(化粧で作られた顔だけど。)可愛い子が、限りなく裸に近い状態で目の前をウロウロすることに今後慣れることはないと思う…。
「お前相手が俺じゃなかったら、大変なことになってるぞ。服を着て部屋に入りなさい」
「はぁー。先生はお堅いなぁ」
「お堅いとかじゃなくて常識だ。…って、おい!!?」
ゆのがバスタオルを『ストン!』と落として下着を履き始める。
「お前何やってるんだよ!!!なんでここで服着てるんだよ!!!やめろって!!!」
「えー!?先生が服着ろって言ったんじゃんー。着ろっつったりやめろっつったりワガママだなー!」
「俺が言ってるのは風呂場で服を着てこいってことだ」
「はぁー…わかったわかった」
ゆのは、裸のままペタペタと服を持って風呂場に向かう。
こんなことが毎日続くのか…。俺の精神が持つかどうか不安になってきた。
でもきっと今の俺の生活を世の中のヲタクに知られたら、リア充滅びろって言われるに違いないな。
女の子が起きたらくっついて寝ていたり、風呂上がりに裸で部屋に入ってきて話しかけるんだから、羨ましがらない奴は居ないだろうな…。
「先生、今日はどっか出かけんのー?」
服を着たゆのが部屋に入ってきた。
さっきは裸だったし見ないようにしてたから気づかなかったけど、風呂上がりでスッピンの状態になっていた。
化粧をしていないゆのの顔は、童顔で割とまともな顔立ちだった。
『化粧した顔のインパクトがすごいから、スッピンはきっと酷いんだろうな…』
と思っていたので正直ビックリした。
しかし、金髪だとノーメイクの顔が合ってなさすぎるとは思った。
こいつ、なんで金髪にしてあんな濃い化粧してるんだろ…。
普通に黒髪にしてナチュラルメイクにすれば絶対ヲタクウケするんだろうな。
「今日は絵師仲間と飯に行く。今回の飲み会は、合同誌を一緒に描くメンバーなんだ。
それに新作のオリジナル漫画の話もしたいし、この前試作で作ったグッズがあって、今日みんなで交換し合う約束してんだ。
店は、この前お前と一緒に行った焼肉屋だ」
そう言って俺は試作のアクリルキーホルダーや合同誌の下絵をゆのに見せた。
「へー!これ、なんかアタシの正反対の見た目のキャラだね!!!」
「そりゃお前と会う前に描いてたキャラだし。
それにそれは二次創作って言うんだ。
お前をモデルにした新作はこれから描いていく予定だから、まだ下絵すらできてないよ」
「ふーん、そうなんだー。楽しみにしとく!
てことは今日会う人達は先生のお友達???
この前店に来てたりんかさんのお客さんとか?」
「あの人は先輩だから、また違う奴ら。
今日会う奴等は歳が近い奴ばっかりだし」
「そういえば先生って今いくつなの?」
「今年24歳」
「結構若いんだ!もっと歳に見えたよー」
こ、こいつ…。
いちいち失礼なヤツだ…。
「まぁよく言われるけど…。
ってやば!もう16時じゃねぇか。じゃ、出る時鍵掛けてくれ。」
「あっ!先生ー!」
ゆのに呼ばれたが、御構いなしに俺は合鍵を置いて急いで家を出て、駅へ向かう。
今日は土曜日だったので、駅はかなり混んでいた。
「おー!おくま!!!
早いじゃん!!!」
一人、茶髪のイケメンが手を振って近づいてくる。
こいつの名前はナオヤ。絵師を始めて一番最初の即売会で隣同士になって、同い年だということもわかり、それをきっかけに仲良くなった。
ナオヤは同い年だが顔の良さもあり、オシャレな絵柄のイラストを描くので女性人気が高い。
俺みたいな冴えないヲタクと仲が良いのが不思議なくらいだ。
まぁイケメンなので当然、ファンを食っているという噂もあるのだが、友達としてつるむぶんには関係のないことだし俺は気にしてはいない。
「早いなって、5分前じゃねーか。俺が一番遅いかと思ったのにみんな案外時間ギリギリなんだな」
「おくまくん、ナオヤくん、こんばんわ。
まだ二人しか来てないの?」
ナオヤと二人で話していたら、黒髪の女性が駆け寄ってきた。
タレ目の優しい顔立ちにナチュラルメイク。
フリルのついた可愛らしい服装をしていて、髪型はもちろん黒髪ストレートロング。
いかにもヲタクが好きそうな容姿をしたこの女性の名前は、マナミさんという。
マナミさんは絵師界隈でも貴重な女性絵師だ。
絵師仲間数人の情報によると、絵師界隈でもマナミさんの囲いが出来てしまっているぐらいらしい。
ナオヤは、マナミさんのことはあまり好みじゃないと言ってたが。
かくいう俺は囲いの一員ではない。断言する。
なぜなら俺はマナミさんのことを純粋に絵師として尊敬しているからだ。
この人の描く絵は美への追求が半端ないからだ。
だから、俺のこのマナミさんへの想いをその辺のミーハーな囲いと一緒にされちゃあ困るってわけだ。
マナミさんはどんな人に対しても平等に優しいから、優しくされたヲタクはすぐ舞い上がる。
俺は何を言われても平常心を保つようにしている。
もちろんマナミさんのことは、尊敬しているだけであって、それ以上何もないが。
…ちょっと熱く語りすぎてしまったようだ。
ナオヤとマナミさんと談笑していると、次々と絵師友達が集まり始めた。
今日は男性絵師9人、女性絵師1人合計10人での集会だ。
1人欠席のようなので、合計9人で向かうことにした。
なんだかんだでみんなギリギリに来たので予定時間よりも5分遅れで店に入ることに。
店に着くと、マナミさんの両隣はすぐに埋まる。
そして俺とナオヤが隣同士になる。
まぁマナミさんの両隣がすぐに埋まるのはこ絵師仲間で飲み会する時のお約束的な感じだ。
「マナミちゃん何飲む!?何食べたい!?」
マナミさんの囲いががマナミさんをちやほやし始める。
俺はいつもこの空間がどうも苦手で、ナオヤに苦笑いでアイコンタクトを送る。
すると、ナオヤが会話をみんなに振って流れを変えてくれる。
こいつのこういうところが俺は友達としてとても好感が持てる。
こういう友達思いなところも女にモテるポイントなんだろう。
「今回の合同誌は、少年漫画のパロディで行こうと思っててー。
振り分けはこんな感じでどうかなーってこの前いったけど、みんな下絵できてたら見せてねー!
あと、交流もしたいしみんなでグッズ交換もやりましょ!」
みんなで焼肉を楽しみつつ、合同誌の話をする。
今回合同誌の主催はマナミさんだった。
マナミさんの主催ということで人数もかなり集まった。
今日の集会も、大半はマナミさんと交流したいという奴ばかりだ。
俺とナオヤは普段の付き合いもあり呼ばれたが。
「あ、あれ???」
アクリルキーホルダーと、合同誌の下絵がない。
…そうか。
家を出る前に、ゆのに両方とも見せて、そのまま出て来たんだ…。
急いでたし忘れてた。
そういやゆの、俺が出る前になんか俺のこと呼び止めてたもんな…。
どうしよ。ここは素直に謝るしかないか。
「あ、みんなごめん…俺…」
『ガラガラガラガラ』
店の扉が開く音がした。
「いらっしゃいませー、お連れ様ですか?」
「あっ、知り合いに忘れ物を届けにきたんです。
先生ー!!!!!!先生ー!!!」
ん?なんか身に覚えのある声が。
「先生!」
声がする方を見るとゆのの姿が。
な、なんでゆのがここに居るんだ…。
というか、ここに居る絵師仲間がゆののこと見たらDQNだのビッチだの散々言いそうだし、やばいことになりそうだ…。
コッソリトイレに行くフリでもしてゆのを帰らせよう…。
とかなんとか考えてるうちに、ゆのが俺たちの席まで来た。
「先生!!!無視しないでよー」
「なんだこのDQN」
「誰か知り合いか?」
「すげービッチくさい…」
みんながざわつき始めた。
「もう!!!おくま先生!」
ゆのが名指しで俺を呼んだ瞬間、場の空気が凍りついた。
「あれ?あの子…おくまの知り合いなの?」
ナオヤが口を開く。
こいつはゆのを見てもびっくりしないようだ。
まぁナオヤのファンは女の子が多いし、ナオヤにとってはギャルでもなんでもウェルカムなのかな。
「あっ!はじめまして!
皆さん、先生のお友達ですよね!
アタシ、ゆの!先生の漫画のモデルやってまーす!」
「え???モデル???」
「なんだおくま、DQN漫画でも描き始めるのか」
「こんな女の子ヲタクウケしないだろ…」
みんながヒソヒソとゆののことを中傷し始める。
俺はみんなの目が気になり、何も言えなかった。
「あ…先生、ごめんね急に…
先生とこの前会った時に、先生、これ忘れていったから届けに来たんだ…
アタシこれで用済んだし帰るから…」
ゆのが封筒を差し出した。
そして封筒の中には、合同誌の資料と交換用のアクリルキーホルダーが入っていた。
わざわざ届けてくれたんだ…。
それに、『この前会った時』って言ってくれて、同居してることもちゃんと隠してくれた。
しかも、今日金持ちとの同伴だって言ってたのに。
断って持ってきてくれたのかな。
なのに俺はこんな時まで保身に走って、ゆのを庇えなくて情けない気持ちになった。
ゆのは、自分が悪く言われている空気を悟ったのか、帰ろうとしていた。
でも俺もこの空気で言い出しにくい。
あとで家に帰ったらフォローしておこう。
ゆのもきっと今の俺の気持ちはわかってくれると思うし…
「まぁまぁ。
えっと、ゆのちゃんだっけ?
おくまの忘れ物届けてあげるなんて優しいね。
今少し時間あるの?
ちょうど一人欠席になって席も空いてることだし、座ってゆっくりしていきなよ」
ナオヤが立ち上がった。
「え???でも…」
「いいよな?みんな。おくまも」
「あ、あー」
「ナオヤがそう言うなら」
「おくまもいいかな?マナミも」
最後に、俺とマナミさんに確認を取ってきた。
「私は…みんながいいんなら…」
マナミさんは少し怖がっているようだった。
マナミさん、ゆのみたいな子は苦手なのかな?
マナミさんとゆのって、なんとなく性格とか趣味とか合わなそうだ。
まぁ、俺の偏見だけど。
「俺はいいよ。
そのかわり、ゆの。
お前は俺の隣にくること。
いいな」
「えっ?
わ、わかった!
先生!
ありがとう!」
それから一時間ぐらいみんなで食事を楽しんだ。
最初はゆののことを怖がって居た奴らも、ゆのの持ち前の明るさで、すぐに警戒は解けた。
「ゆのちゃんよく見ると可愛いよねぇ」
「なんでそんな金髪なのー?若くて可愛いんだから普通にしててもモテるでしょー」
「ゆのちゃんは彼氏とかいないの???」
みんながゆのに対して話しかける。
さっきまで中傷してたのに…。
まぁ、なんだかんだでゆのも笑ってて楽しそうだし、とりあえずはこれでいいか。
ゆのが楽しいなら俺はそれでいい。
「あの…私ちょっと気分悪いから、お手洗い行ってくる」
マナミさんが立ち上がった。
マナミさん、さっきから辛そうな顔してたし大丈夫なのかな、心配になってきた。
「先生、先生」
ゆのが小声で話しかけてきた。
「なんだよ」
「あのマナミさんって、先生の好きな人?」
『ブフォ!!!』
その瞬間、俺は飲んでいたビールを吹き出した。
「はぁ!?ちげーよ。あの人は絵師として尊敬してる人であって、好きとかそんなんじゃない」
ああいう外見の女性は素敵だとは思うが、伏せておこう。
「ふーん。先生ああいうのがタイプなんだ。
アタシと真逆だね。『お姫様』って感じ。
髪の毛サラサラで、淡い色の服が似合ってて可愛らしいね」
げ、タイプってことバレてる。
しかもお姫様って…。
女の子から見るとそう見えるのかな…。
普通の子が言うと悪口っぽく聞こえるけど、ゆのが言うと嫌味っぽくないのが不思議だ…。
ギャル特有の、清楚系女子に対して悪気なく暴言吐いちゃうヤツだこれ!!!
絶対そうだ!!!
それにしてもこいつ、マナミさんのことをお姫様って言ってるけど、ドレス着て髪の毛巻いて王冠付けてる仕事中のお前の方がよっぽど見た目はお姫様っぽいけどな。
こいつはどっちかというと姫って言うより、例えて言うなら暴言を吐く圧倒悪役、女王って感じ。
マナミさんは清楚で優しいお姫様って感じ…森の中とかに居そう。
ゆの、これ言うと怒りそうだし言わないけど。
「マナミさん、トイレ入ってから戻ってこないね。
先生心配だと思うし、アタシ様子見てくるよ」
そう言ってゆのは席を立った。
全く。お節介な野郎だ。
「おくまー。ゆのちゃん、話してみたら良い子だな。よく見るとかわいいし」
「わかるわかる。裏表なくて話しやすいしなー」
「かわいいからコスプレさせて即売会の時にうちのサークルで売り子させたいわー」
さっきまでゆのを悪く言ってた奴らが、騒ぎ出して、俺は心底呆れた。
というか、若干ムカついた。
ゆののいいところになんて俺は最初から気づいてるし。
お前らなんて見た目でゆのを中傷したくせに。
まぁ、ゆのが楽しいなら俺はもういいけどな。
と、その時ーーー
「テメェこのクソアマ!!!もういっぺん言ってみろ!外出歩けねぇ顔にしてやろーか!!?」
「きゃー!!!」
いきなり、ゆのの怒鳴り声と、マナミさんの悲鳴が聞こえた。
「なんだ!?」
みんなが野次馬のように席を立って廊下に出る。
すると、トイレ付近の廊下で、ゆのがマナミさんの胸ぐらを掴み、殴りかかろうとしていたのだ。
「おい!??
ゆの、お前何してんだ!!!
やめろ!!!マナミさんにあやまれ!」
俺はとっさにゆのをマナミさんから引き離す。
マナミさんを見ると、目に涙を浮かべていた。
「先生!!!
アタシ悪くない…この女が!!!」
ゆのは俺の方を見て訴える。
マナミさんはポロポロと泣き始めた。
「ゆの、とりあえずあやまれ」
「やだ!!!」
ゆのは、「やだ」の一点張りで言う事を聞かない。
もう、俺が代わりにあやまろう。
「マナミさん、申し訳なかったです」
頭を深く下げる。
「なんで先生があやまるんだよ!!!
…もーいい。
アタシ先生のためならなんでもできるけど、この女とは絶対仲良くしない!!!
仲良くするとか無理!!!」
ゆのはそう言うと、マナミさんを睨みつけて走って店をでた。
「おくまくんごめんね。私、ゆのちゃんに好かれてないみたい」
マナミさんはずっと泣いていた。
「い、いえ。あいつにはよく言っておきますので…」
ゆの、どうしたんだろう。
怒ったゆのはヤンキーそのもので、俺もびっくりした。
薄々悟ってはいたが、ゆのってやっぱり元ヤンなのか…。
まぁヤンキー上がりで現在ギャルって、おかしくはないけども…。
笑ってるゆのしか見たことなかった俺にとっては衝撃的だった。
「マナミちゃん大丈夫!!?ケガしてない!!?」
「あのゆのって子こわいなー。マナミちゃんが可愛いからって嫉妬か?」
「おくま、あんな子と仲良いなんて大変だな」
「あの子、元ヤンってやつ?すぐ手が出るんだねー。こわすぎるね。凶暴だわー」
「あの子よく見ると目元の化粧やばすぎるなwww 目の色青いしwwwまつげ長すぎwww」
「わかるわかる。スッピン絶対ブスwwwスッピン美人のマナミちゃんに対しての僻みでしょーwww」
「ていうか見た目ビッチくさいよなwww」
「なんか髪の毛明るすぎて傷んでて汚いしwww清潔感ないよなー」
「その点マナミちゃんは黒髪だしサラサラだし」
みんなが次々と手のひら返しになってゆののことを悪く言い始める。
さっきまで可愛いとか騒いでたのに…。
全く都合の良い奴等だ。
こういうヲタクは束になると人の粗探しをし始めるからな…。
俺はゆのが元ヤンっぽいのもなんとなーく勘付いてた。
でも裏表なくていい子なのも知ってる。
ってゆうかゆのはスッピンも可愛かったし。
さっき俺は見たし。
本当、手のひら返しで好き勝手言ってくれるなこいつらは。
むかつく奴等だ。
「みんな心配かけてごめんね。みんながゆのちゃんとせっかく仲良くなれたのに」
マナミさんがみんなを気遣った発言をする。
「私は大丈夫。気にしてないから。みんなありがとう」
マナミさんが涙を流しながらニコッと笑う。
「マナミちゃん、あんなことされたのに優しいなー」
「マナミちゃんまじ天使!!!」
俺はなぜかその時心のどこかでモヤッとした。
マナミさんがゆののしたことを気にしてないのは良かったけど…。
みんなゆのの話も聞いてないのに、ゆののことを悪く言っていることに俺は疑問を感じていた。
「あれ?
そういえばナオヤ居なくね???」
言われてみたら。
ナオヤの姿がない。
ゆののことも気になるし、ちょっと出てくるか…。
どうせ走れば追いつくだろう。
俺は、ゆのを追いかけて外に出た。
少し走ったらゆのに追いついた。
「あーいたいた。
ゆのー…あれ???」
ゆのと…
なぜが一緒にナオヤの姿が。
ナオヤ、どこに行ったかと思ったらゆのの後つけて行ってたのか?
「あんた、うざい!!!
その笑顔うさんくせぇから!!!
アタシに気安く触んな!!!
アタシに近寄っていい先生は、おくま先生だけだ!!!」
ゆのがナオヤに向かって怒鳴っていた。
「おいゆの!!!
今日のお前おかしいぞ…
ナオヤにもあやまれ!」
俺はとっさに止めに入った。
「先生のばか!!!
もうアタシ行く!!!
今日楽しくない!!!」
えぇー…。
もうわけがわからんぞ…。
「ナオヤ、ごめん。でもあいつ、口は悪いけど本当はいい奴だから」
俺はとりあえずナオヤにあやまった。
「いや、いいよおくま。
それよりさ、ゆのちゃんってなんかいいね。
可愛いし裏表なくていい子だな」
ナオヤがニコニコしながらそう言った。
えっ???
どういう意味だ???
こいつ、ゆののこと気に入ったのか?
まじかよ…。この状況で。
でもナオヤは人を見る目もあるし、ゆのは本当は悪いヤツじゃないって気づいてくれたのかな。
でも女たらしと名高いナオヤが気の強いゆののことを気に入ったとなると…。
今後めんどくさくなりそうだ…。
「あー。ナオヤ、これ俺とゆのの食った分な。今日は俺帰るわ。なんかあの場にも居づらいし…」
「わかったよ。みんなには先に帰ったこと伝えておく」
俺は、ナオヤに金を渡して家に向かった。
ーーーーー
家に帰ったらゆのが帰っていた。
「ただいま」
「先生…」
「今日のお前、どうしたんだよ。
あんな怒鳴ったらみんなビックリするだろうが。
俺からお前の代わりにマナミさんにもナオヤにもあやまっといたから」
「先生、アタシ悪くない」
「マナミさん泣かせたんだから、お前が悪く思われても仕方ないだろ」
「もう!!!!!!
マナミマナミってなんだよ!!?
先生はやっぱりあの女のこと信じるんだ!!!
先生、アタシのこと信じてないんだ!!!
先生も結局見た目で人を判断するんだ!!!
アタシがケバくて金髪だから信じてくれないんだ!!!」
「はぁ!?
それは関係ないだろ!!!
第一お前はすっぴんでも可愛かったし…
黒髪にしても似合うだろうなって、俺は風呂上がりのお前見て思ってたし…」
あ。
思わず考えてたことが口に…。
うう…こんなはずでは…。
「はっ…はぁ!???
もう!先生やめてよ!!!何言ってんの!?
アタシもう仕事行くから!!!」
ゆのが顔を真っ赤にしてそう言って、外に出て行った。
えー…。
お、怒ったのか?セクハラっぽかったかな、俺…。
それにしても、俺はゆのにとって信用がないんだろうか。
俺はあんなことになって、ゆのに原因があると疑っているわけではない。
でもマナミさんだって俺が憧れている大切な仲間だったから…。
ゆのからしたら、俺がマナミさんの肩を持ったように見えたのかな。
正直ゆのなら後からフォローすればわかってくれるって思ってしまった。
それは俺がゆののことを信頼してたから…。
でも逆にゆのを怒らせてしまった。
「どうしたら、ゆのにわかってもらえるんだろうな…」
ふと机に目をやると、書き立てのプロット…ゆのをモデルにしたオリジナル漫画の。
そうだ。
ゆのをモデルにした漫画を少しでも進めよう。
早く完成させれば、ゆのだって俺のことを信じてくれる。
想いはきっと形にしないとなかなかわかってもらえない。
俺が正直になれるきっかけを作れるのは、イラストや漫画の中しかない、そう確信した。
ーーーーーーー
「ただいまー」
ん?ゆのの声だ。
この煙草のにおい…。
ゆの、仕事から帰ってきたのか。
あ、漫画のネーム描いてたらそのまま机で寝ちまったんだ…。
とゆうか夢中で描いてたら疲れたし眠気とれねぇし…このまま二度寝しようかな…。
ゆのとも喧嘩して気まずいし、とりあえず今はたぬき寝入りしとこう。
「ガチャ」
ゆのが部屋入ってきた。
「先生ただいまー。あ、寝てるし。ん?これって…」
薄ら目を開けてゆのの方をみると、俺のプロット、それから書きかけのネームをゆのが見ていた。
「これって…アタシのこと…?」
そして、ゆのが俺の方にまた視線を戻す。
俺は、とっさに目を閉じる。
「先生、ありがとう」
ん???
なんかうしろから抱きつかれたっぽいんだが…。
しかも頰になにか柔らかいものが当たったような…。
目を瞑っていたし何が当たったのかわからなかった。
ゆのはまた部屋を出ていった。
台所のほうでなにか音がし始めたけど、眠気が取れず俺はまた寝てしまった。
ーーーーーーーー
二度寝して起きたら朝の7時…
さすがに寝すぎたかな。
俺にはブランケットがかけられていた。
ゆのがかけてくれたんだ。
ベッドを見ると、ゆのが寝ていた。
夜まで仕事してたんだしこの時間はさすがに起きないか…。
起こさないように静かにしよう。
「あれ…」
机の上に目をやると、おにぎりがラップにかけられていた。
『先生 おつかれさま』
と、メモも添えられていた。
ゆのがあれから作ってくれたのかな。
料理とかしなさそうなのに。
ゆの、もしかして俺のネーム見てくれたのかな。
この漫画を通してゆのに俺が思ってること、少しでも伝わるといいな。
ゆのが起きたら仲直りをしよう。
そうだ。今回のお詫びとして、今度の休みの日一緒に出かけて服でも買ってやるか。
い、いやいや。これは貢いでるわけではないぞ。
作品作りに必要な現場体験でもあるんだ。
貢いでいるわけではない。決して。うむ、うむ。
「とりあえず歯、磨いて顔洗おう」
洗顔した時に頰にピンク色のキラキラしたものが付着していた。
あれ、なんだったんだ?まぁ洗ったら取れたから気にしてないけど。
ーーーーー
きっと今のゆのなら俺が思ってることもわかってくれるから。
そんな気がした。
ゆのの良さを世の中に浸透させられる漫画を描けるのは俺しかいないから。
あいつの良いところを世界中の人間に伝えたい。
ゆのが側に居てくれる限り、それは不可能ではない。
俺はそう考えながら今日も漫画の続きを描くのであった。