*04話 青の薔薇は甘く愛を注ぎ、黄の薔薇は嫉妬を秘めて咲く
「私……もう僕でもいいよね。僕だって、ずっとあなたを愛し続けてきたんだ。
僕はまだ、小さな少年だった頃、自分が賢いと思って愚かな人達を見下していた。
あの当時、魔術師団長だった父がそんな人間だったからね。常に優秀なところを見せなくちゃいけなくて、僕はとても気を張って生きていたよ。
ある日ね、試験で満点を取ることが出来なくて、すごく落ち込んで木の下で膝を抱えていたら、ウキウキと嬉しそうに歩いて来る男の子に会ったんだ。
すぐ、世継ぎの王子だって分かったよ。綺麗な金の髪と瑠璃色の目をした、息を飲むような美しい子だったからね。
白い紙を振り回していた男の子の手から、その紙が僕の前まで風で飛ばされてきた時は、驚いた。見たことないくらいのひどい点数の答案だったからね。
男の子は近づいてくると自慢げに僕に言ったんだ。『すごいでしょ。頑張ったから前よりいい点数がとれたんだよ』と。僕は本当に驚いた。僕だったら死にたくなるような点数なのになぜ笑ってるとか、前の点数は何点だったんだとか、この頭でこの国大丈夫か、とか瞬時に色々考えたよ。
『バカ?』と思わず呟いてしまった僕に、あなたは『苦手なものを頑張ったの。これだけ点が取れて嬉しいんだよ。得意なものはもっと頑張るし、苦手なものは得意な人に任せるからいいんだよ。点が悪くても生きていけるし』と満面の笑顔で言ったよね。あなたの前向きな言葉に僕は感心したんだ。張りつめてた心が、スッと軽くなったんだ。
あなたが頑張っても実にならない人だと気づいた時は、僕があなたの足りないところを補いたいって思った。あなたを助けて守りたいって。あなたのためなら勉強も苦にならなくなった。あの当時からずっとあなたを愛し続けてる」
そう言うと青髪の青年は、金髪の青年の頬を両手で挟んで額に唇を近づけた。唇が額に触れた瞬間、他の青年達の口から息が漏れる音がしたが、当然無視した。手の平で滑らかな頬を名残惜しそうに撫でた後、両手を自分の胸に押し当てた。
「青い薔薇は全ての障害物を押し流す怒濤の水の力を持つ、澄んだ心で国を守り国を死に場所と定めて守護していく者の証。でも、僕はあなたのいる所で生きていきたい。あなたを守って、あなたを愛し続けたい」
胸に押し当てた両手から、光が零れ始めると青髪の青年の少し幼さの残る整った聡明そうな顔が歪む。
「……あっ、ああ……あ」
息を弾ませて、漏れでる声はどこか淫靡な響きを持つ。ほっそりとした体が僅かに震え、何かに耐えるように眉が寄せられていた。
「ん、あっ!ああ……」
胸に当てられた手から光が大きく広がると、青髪の青年は体を震わせながら両膝をガクリと床につけた。大きく肩で息をしながら、手の中の青い薔薇を見て、少し口元を持ち上げる。
「たくさん愛を注いだよ。どうぞ僕の愛を受け取って。ただのブルーとして僕はあなたを愛し続けていくから」
青髪の青年は今度ははっきりと微笑むと、金髪の青年の手に薔薇を握らせた。
金髪の青年は両手で握った薔薇を胸元に運んだ。淡い光とともに薔薇が胸に吸い込まれていくと息を詰まらせる。
「っ!……あ、あ、……溢れ……これ、なに、たまらない……ああ」
金髪の青年は胸元に手を当てて、大きく震えた。頬を赤く染めて弾むような息を繰り返す。
「私の事も忘れないでください」
黄髪の青年が前にいた銀髪の青年を押しのけるようにして、乱れた息遣いの金髪の青年の膝にすがった。
「嫉妬してしまいます。私だってあなたをこんなに愛してる」
金髪の青年の視線と膝元にすがって見上げてくる黄髪の青年の視線が交じり合う。柔らかで暖かみのある琥珀と金の混じった目に似合わない嫉妬の色を見て、金髪の青年は乱れた呼吸のままふるりと震えた。
「私の心がどんなにあなたで占められているか見せてあげたい。
私は小さい頃、劣等感でいっぱいの子どもでした。もう、役を辞してますが、あの頃は父が宰相で、私は宰相の息子として、公爵家の嫡子として期待に応えなければなりませんでした。色々な習い事や勉強をさせられました。
ご存じでしょうが、私の姉はとても優秀で、何をやっても私は姉には勝てなかったんです。魔法はもちろん、剣や体術すら、負けてしまいました。不甲斐ない弟を何とかしようと親切のつもりだったんでしょうが、姉は父以上に私に厳しくしました。私は容赦なく叩いてくる姉が怖くて怯えていました。姉に対する劣等感と怖れで私はがんじがらめになっていたんです。
そんな時、姉とあなたが幼ななじみで正式に婚約したと聞かされました。美人で優秀な姉なら、当然だろうと納得しながら、婚約者のあなたを少し気の毒に思ったりもしました。
ある日、あなたが先触れも出さずお忍びでわが家に遊びに来ました。姉を驚かすつもりだったんでしょう。
私が失敗して姉に怒られて叩かれそうな時、あなたが前に飛び出してきて、私の代わりに姉に叩かれて吹き飛びました。
謝る姉にあなたは言いました。『わたしはとても痛かったけど、君の手は痛くないの?平気なの?』と。姉は顔色を変えて、何か思うところがある様子でした。
後であなたに、なぜ前に飛び出したりしたんだと尋ねたら、あなたは『だって、きみ、とても怖がってたんだもの。わたしが叩かれた方が、後でわたしの胸が痛くならないと思っちゃったんだ』と答えてくれました。腫れ上がった頬で痛そうに微笑むあなたを見たとき私の心は震えました。それから、姉は私に優しくなりました。いくらやってもダメな人もいるのが分かったし、人の痛みも分かったから、とか言ってましたけど。
優しいあなたの役に立って、あなたを守りたいと思った時、私の縛られていた心は解き放たれました。あの日から私の心はあなたで占められています」
そう言うと黄髪の青年は、体を起こして手を伸ばすと、金髪の青年の腰に両腕を回して抱きしめた。回りから不満そうなうめき声が聞こえたが、無論、無視した。
ギュッと一度力を込めて抱きしめたあと、黄髪の青年は体を離して、両手を胸に当てた。
「黄の薔薇は立ち塞がる敵に降りそそぐ雷の力を持つ。真摯な真心を尽くして国を支え、国に幸運をもたらす守護者の証。でも、私はあなたに尽くしたい。あなたを幸せにしたい。あなたを愛していきたい」
胸に重ねた両手から光が溢れ、光が増していくと、品のある涼しげな美貌の青年の表情が唇を噛み締めて何かを堪えるようなものに変わっていく。
「ん、ん、んふ……あぁ」
体を曲げて、くぐもった掠れた声をあげて、息を荒くする。額に汗がにじみ始め、パアッと光が放射された瞬間、大きく体をのけ反らせた。
「ああ!」
大きめの声をあげて青年の体がブルリと震えた。ハアハアと早い呼吸をしながら、体を起こした時には、その手に黄色の薔薇が握られていた。
「……あなたへの思いで……咲かせた薔薇です。私の胸を占める思いを、愛を受け入れてください。ただのイエローとなった私から愛を込めてこの薔薇を贈ります」
金髪の青年は差し出された黄色の薔薇を、大事そうに受け取ると自分の胸に触れさせた。
「……あ……ああ……何か……体の中を……痺れるような……あぁ」
淡い光を発して胸の中に薔薇が消えると、金髪の青年の体がヒクッと痙攣する。指先をピクピクと何度か震わせながら、乱れた息のまま体をしならせた。
「何とも悩ましいが……」
呟きながら、黒髪の青年が黄髪の青年の肩に手をかけてグイと押しのけ、ついでに側に跪いていた銀髪の青年も足の裏でズズと押して更に遠のけ、玉座の前に立った。
「私の事も気にかけていただきたい。私とてあなたを愛してるのだから……」
哀切を帯びた声でそう言いながら、見下ろしてくる黒髪の青年の、冷々とした冷徹な黒と金の混じった目と目が合って、ハアハアと息を乱していた金髪の青年は背筋にゾクリとしたものが走るのを感じた。
目を合わせながら黒髪の青年は話し始めた。




