*03話 白の薔薇は清廉に咲き、赤の薔薇は情熱の炎を宿す
「余は愛してはいないそなたを妃に迎えたが、そなたにひどいマネはした覚えはない。贅沢も男遊びもしたい放題して、国を滅ぼすほど楽しんだであろう。そなたこそ、余を利用して好き放題したいだけで愛してはいなかったろうに」
呆れた果てたような声音で金髪の青年がそう言うと、桃色髪の女性は怒りの形相でその場でドンドンと足を踏み鳴らした。
「なによ!なによ!そんな事いっても要するに男が好きだって事なんでしょう?わたしを騙して汚ならしい!男同士でおかしいわよ!みんなで何がしたいのよ!変態よ!頭がおかしいんじゃないの!」
ぎゃーぎゃーと暫く青年達を罵った後、
何かを思いついたかのように桃色髪の女性はピタリと動きを止めた。ニコリと青年達に微笑んで見せる。
「ああ、そんな事を言ってわたしの気が引きたいのね?たちの悪い冗談だと思うけど、わたしに仕えるなら許してあげる。さあ、謝まりなさいな。そして宝物庫に……ッ」
最後まで言い終わる前に、青い光が飛んできて桃色髪の女性にぶつかるとパッとその場から女性の姿が消えた。
「あっ!つい城門の外まで飛ばしちゃった」
「よくやった」
右手を突き出した青髪の青年が呆然として言うと、赤髪の青年は親指を立てて笑顔で青髪の青年を見た。
「私達はまだしも、陛下に対してまであの物言いは不敬すぎますよね。消えてくれてよかったんですけど、城門の外ですか」
黄髪の青年は遠くを見つめながら何とも言えない表情を浮かべた。
「まあ、いいんじゃないだろうか。浪費家の王妃は有名だったからな。あの髪と格好だし、民衆はすぐ気づいて報復するだろうが、当然の報いだし、苦しめてしまった国民に少しでも溜飲を下げてもらえばいいだろう」
黒髪の青年は何とも言えない表情の黄髪の青年に、気楽な感じで話しかけた。
「苦しめた国民か……余も同罪だな。いや、もっと罪深いのか。こうなるのが分かっていて、こうなるようにアレを妃にしたのだから……」
金髪の青年が苦しげに呟くと、青年達は押し黙った。沈黙の中、銀髪の青年は再び玉座の前に跪き、金髪の青年の顔をじっと見つめた。沈黙を破って口を開く。
「陛下、あなたより罪深いのはこの私だと申し上げましたでしょう。あなたを諌め、民を救い、国を守らなければならない立場の私が、あなたの愛を望み国を滅ぼす道を選ばせたのです。あなたに罪を犯させたのはこの私です。あなたの罪も私にください。どうかお心を痛めないで」
「そのようなこと……望んだのは自分だと、この罪は自分のものだと分かっている。誰かに押しつけるような事はしない。国を捨て、罪を犯してもおまえ達の愛が欲しかったのだ」
金髪の青年は潤んだ瑠璃色の目で、銀髪の青年の、神秘的な色合いを持つ金の混じった紫の目を見つめ返した。
「余は、ああ、もう余ではないな。もう、私は王ではない。国を捨て、名前を捨てたのだ。もう、おまえ達と対等の立場の人間になったのだ。跪く必要はない。陛下ではなく、オージュストと……いや、オージと呼んでくれ。ただのオージとなった私を愛して欲しい」
銀髪の青年は金髪の青年の言葉に深く頷いた。
「私は幼い頃、王家にすら跪く事のない神教王の息子である自分を、人より偉い人間だと思い込んでいました。王宮に父に連れられていった時です。舐めていた飴を地面に落としてガッカリしていた所にあなたが通りかかりました。
あなたはその飴を拾って『3秒たってなければ、大丈夫』と私に差し出してきました。
でも、もう土がついてしまっていたので、私はまた舐める事を拒否しました。そうしたら、あなたはその飴を自分の口に入れて舐めて土を落とすと土のついた唾を吐き出して『いらないなら貰うね。世の中にはね飴一つ舐められない人もいるんだよ。捨てたら勿体ないでしょ』と飴を舐めながら去っていきました。
私は驚愕しました。世継ぎの王子が人の落としたなめかけの飴を勿体ないと拾って舐めたのです。
私は己の傲慢さを悟りました。あなたの貧乏性……いえ、勿体ない精神は私の心を打ちました。あなたのそばで、あなたのために祈りたいと思いました。あの時から私はあなたを愛し始めたのです」
そこまで言うと、銀髪の青年は覚悟を決めたような真剣な面持ちになった。
「白の薔薇は何物にも染まらず癒しと浄化の力を持つ、清廉潔白に国を守護する者の証。神の加護は失いましたが、あなたのための祈りが、あなたを守りたい心が、あなたへの愛がこの胸にある証拠を見せましょう」
胸に両手を当てると銀髪の青年は目をつぶった。手を当てた部分が段々と光り始めると、優しい面立ちの清廉な雰囲気を持つ青年の眉根が寄り苦しそうな表情に変わる。額に汗がにじんで息が荒くなっていく。
「ッ……ああ」
息を詰まらせ、切なそうな声が青年の口から漏れた瞬間、パアッと光が爆発したように広がり、銀髪の青年の手の中に大輪の純白の薔薇が一輪咲いていた。
銀髪の青年はハアハアと荒くなった息をしたまま、その純白の薔薇を金髪の青年に差し出した。
「……私の愛をお受け取りください。あなたがただのオージになるなら、私も名前を捨てましょう。ただのホワイトとしてあなたに愛を捧げましょう」
「薔薇が……咲いたのか……」
金髪の青年は驚いたように目を見開くと呟いた。
「国のためにはもう咲かないのに、守護者ではなくなったのに、私のために咲かせたのか……」
震える手で薔薇を受け取ると、その薔薇を両手で胸にそっと押し当てる。青年の胸に触れた薔薇は淡い光を発しながら胸の中に吸い込まれるように消えていく。
「あっ、あ……んっ……熱い」
金髪の青年の口から悩ましげな声が漏れた。
「……ああ、こんなにも熱く私を満たしていく……おまえの愛、確かに受け取った……ありがとう」
金髪の青年の宝石のような瑠璃色の目から一筋涙が零れて流れ落ちた。
「……煽られてしまう」
呟いた玉座の脇に立った赤髪の青年の右手が伸びて、指先が金髪の青年の目元の涙をそっと拭いとる。
涙に濡れた頬を手の平が撫でるように滑り落ち、顎を持ち上げると自分の方を向くように力が込められた。
「私の事も見てください」
顔の向きを変えられた金髪の青年の目と赤髪の青年のどこか獰猛な光を宿す赤と金の混じった目が合った。体が焼かれるような情熱の炎を宿した目を見て、金髪の青年は小さく息を飲んだ。
「私もずっとあなたを愛してる。年端も行かない子どもの頃、私とあなたは一緒に父に剣の稽古を受けていた。あの頃騎士団長だった父の稽古はとても厳しくて、私は何度も打ち据えられて、辛くてたまらなかった。父は王子のあなたにも厳しかった。
でも、あなたは何度転がされても、何度打ち据えられても、立ち上がっては父に挑んでいった。終いには剣を放り出して両腕を振り回して泣きながら父にかかっていった。
もはや剣技でも何でもなく、なりふり構わないで父に突っ込んでいくあなたが滑稽で呆れて見ていたら、あなたが叫ぶのが聞こえた。『わたしは国を、多くの人を守るんだ!強い王になるんだ!絶対あきらめないぞー!』と叫ぶあなたの声が。
私は驚き感動した。あなたにはもう守るべき存在の自覚があったんだ。でも、あなたは頑張っても全然剣が上達しなかった。私はそんなあなたを守りたいと思った。いくら頑張ってもヘナチョコなあなたを守りたくて、真剣に剣の稽古に打ち込むようになった。あの頃からずっとあなたを愛している」
そう言うと金髪の青年に顔を近づけて、濡れた頬を舌先で舐めた。他の青年達が息を飲む気配がしたが、もちろん無視した。
顔を離してもう一度、金髪の青年の潤んだ瑠璃色の目を見つめる。
「赤い薔薇は悪しきものを燃やし尽くす炎の力を持つ。嘘偽りのない心で国に仕える守護者の証……でも私はあなたに仕えたい。あなたを守りたい。あなたを愛したい」
赤髪の青年はあふれる感情を抑えきれない熱のある声でそう言うと、左手を胸に当てた。
「……んっ……」
光が左手に溢れてくると、端正で精悍な顔立ちの赤髪の青年の表情が苦しそうなものになり、息が荒くなっていく。右手で顎を抑えられ、その表情を見せつけられている金髪の青年の息も乱れていく。
「……っ!ああ」
パアッと光が左手から大きく広がるように溢れでた瞬間、赤髪の青年の僅かに開いた口から抑えきれない切ない声が零れ出た。
ハアハアと肩で息をする赤髪の青年の左手には一輪の真っ赤な薔薇が握られていた。
「……私がどれほどあなたを愛しているか感じてください。私もあなたを思う気持ちだけを持った、ただのレッドとしてこの薔薇をあなたに捧げます」
差し出された赤い薔薇を金髪の青年は躊躇いがちに受け取ると、自分の胸に押し当てた。
「あっ!ああ……」
淡い光とともに胸の中に薔薇が消えた瞬間、金髪の青年は一際大きな声を上げて顎をのけ反らせた。
「あ、あ、こ……んな……感じる……熱が体に……あ、あ」
喘ぐように更に顎が反ると逆側から伸びた手が金髪の青年の頬を包んだ。赤髪の青年の手から奪い取るように、金髪の青年の顔を逆側に向ける。
「そんな顔を一人占めさせないで……私だってあなたを愛してるんだから」
金髪の青年の目にやるせない表情を浮かべる青髪の青年の、青と金の混じった冴え冴えした怜悧な目の色が映った。




