第07話
「へー進にぃの家この辺だったんだー」
子供二人を自由に遊ばせながら
俺と桜ちゃんはベンチで一休み。
近況を伝えつつ桜ちゃんとの再会に
花を咲かせていた。
赤西 桜ちゃんはお世話になった
陸上部OBの妹さん。
高校へ進学して早々一人暮らしだった俺を
何かと心配した赤西先輩はよく晩ご飯を誘ってくれた。
家族の人も快く迎え入れてくれて
俺は暫くその好意に甘えた。
そこで知り合ったのが桜ちゃんで当時からなぜか
進にぃと俺を呼びプロレス技をかけられまくっていた。
曰く、体の硬い俺を怪我しにくい柔らかい体にするためだとか。
嘘か真か赤西先輩も桜ちゃんのプロレス技で
怪我しにくい体になったらしい。
そんな縁で知り合った桜ちゃんと赤西一家。
いつも優しく俺にとっては安らげる場所だった。
だが、その関係はずっと続くものではなかった。
赤西先輩が部活を引退時に
俺は赤西家へ通うことをやめた。
いつまでも甘えるわけにもいかなかった。
高校生とはいえ父親に認められ一人暮らしをしている以上、
俺はそれに応えないといけないと考えたからだ。
そしてその事を赤西先輩を始め一家全員が真剣に聞いてくれた。
当初、桜ちゃんや先輩の両親は心配してくれたが、
最後は俺の決意を後押ししてくれた。
本当にありがたく、別れの際は感謝しか出来なかった。
「……みんな変わりなく元気だった?」
「当然だよ、現に私が元気でしょ?」
ニコニコとあの頃と変わらない、
人懐っこい顔で答えてくれる桜ちゃん。
「そっか、よかった」
別れの際、赤西家全員の悲しげな顔が
今でも思い出される。
特に桜ちゃんは涙まで流してくれて。
だから桜ちゃんの言葉に俺は心底安心していた。
そして、それは桜ちゃんも同じだったのかもしれない。
フワリと優しい笑顔をたたえたまま
視線を子供達に戻す桜ちゃんが話す。
「進にぃもさ、元気そうでよかった」
「……あぁ、元気だよ……」
それを合図に会話が途切れる。
子供達のはしゃぐ声だけが響く物悲しげな公園。
でも不思議と居心地は悪くなかった。
「あーそういえば進にぃさっきここで何か叫んでなかった?」
嫌な事が脳裏から戻ってくる。
ふと桜ちゃんを見れば手を口に当て
目を細めて俺を見ている。
完全に俺をからかう準備をしていた。
「……ちょっと悩み事でな」
「その悩み聞いてあげちゃうけど?」
胡散臭い台詞をジト目で制すが相手が悪い。
年下のくせに人の弱みを瞬時に掴み離さない桜ちゃん。
ここで抵抗してもいいが最終的にはプロレス技という
強制尋問イベントを起こしたくないので素直に話すことにする。
ただし、核心部分は隠しながら
「……で、近くにお菓子屋があってそこで週一で取り置きがあるんだが」
話しの途中、キョトンとした表情で答える桜ちゃん。
その仕草に違和感を感じ一度話を止めると
自然と桜ちゃんから答えが飛び込んできた。
それは俺にとって願ったり敵ったりな出来事。
「それって紗英のお店、だよねきっと」
「紗英さん知ってるのか、ってそうか」
視線を駆け回る二人の子供に戻す。
今頃になって思いだした事、
紗英さんと一緒に時折店にいる可愛い店員。
そう、あの二人は紗英さんの弟妹だったのを。
しかし、そうなると疑問が浮かぶ。
なんで桜ちゃんは紗英さん、
ではなく子供達と一緒にいるのか
その疑問はしかしすぐ桜ちゃんが答えてくれる。
「紗英は私の友人なんだけどね、ちょっと今店が忙しくてその手伝いでね、
子供達見てるんだ」
「手伝いって、なら店直接手伝った方が……」
言いながらどこか居心地悪そうになる桜ちゃんに
何となく納得する。
店の手伝いがうまくいかなった事を。
「……まぁ人には得手不得手あるしね……」
「あはは……」
そして、そこまで言って重要な事に気づく
ということは先ほど店にいたのは桜ちゃん、紗英さんの友人、
少なくとも顔なじみではある人物であるのではないか。
その事実に聞きたい衝動に駆られ今度は俺が落ち着かなくなる。
だがなんとかそれを隠しつつ冷静に無難な問いで話を引き出す。
「あーそうなると今店手伝ってるのは」
「うん、私と紗英の友人で五月だよ」
思いがけないところから彼女の情報を得ることが出来た。
五月さん、しっかりと名前をインプットしながら、
次のプランを練る。
桜ちゃんには悪いが彼女と一緒なら
店にも戻りやすいし、なにより五月さんとも会いやすい。
この機会を逃すまいと頭をフル回転させ
どうやって桜ちゃんと同行して店に行くかを考える。
レースの時でもここまで使った試しがない脳をフル回転してる最中、
唐突に上がってきた可愛い言葉で事態は好転していく。
「桜お姉ちゃん、そろそろ店戻ろうよ」
「もどろもどろー」
遊び疲れたのか紗英さんの弟妹達が
桜ちゃんの元へ駆け寄り催促する。
二人に手を引っ張られ
少し困ったような表情を浮かべながらも
どこか嬉しそうにそれに答えようとする桜ちゃん。
それは兄弟というよりも母と子のように見え、
「ごめん、進にぃまたねー」
「あぁ、また……って俺も用事あるから一緒にっ!」
そんな感傷に浸る間も与えないのが桜ちゃんだった。
人一倍行動が早い桜ちゃんが、
こちらの制止の声も虚しくサッと公園を後にする。
今なら彼女と一緒に店に戻れる、そう思った俺は、
消えかけていた桜ちゃんの影を必死に追いかけるのだった。
ふと思いつき昔使っていた小型のノートPCを
引っ張り出したらまぁ遅い事、
当時はそれでも満足して使ってたんですがねぇ……
でも軽量化したら十分使える性能になり暫く重宝しそうです。
捨てずに持っていて良かったと思える瞬間でした。
ここまでお読み頂きありがとうございます。