第05話
「……?えっとお客様?」
私の笑顔が変だったのだろうか、
ドアの鐘に答えるように出迎えた私の顔を見たまま
固まっている男性に声をかける、が
「返事がない……ただのしかばね……」
一向に反応がなくその場に佇んでいる。
幸いに店内に他に人はいなかったし、
外からもお客様は来る様子はない。
あまり良くないがこのままでも……
悪魔の言葉にかぶりを振り
私、五十嵐 五月は少々悩みながら
つい数時間前の事を思い出していた。
「こんな感じだけど、大丈夫?」
紗英がレジスターを手慣れた手つきで
操作しながら説明してくれる。
さすが自営業の娘だけはあると感心しながら
人生初バイトの上司の言葉をしっかりと頭に記録する。
「操作は……うん、多分大丈夫だけど」
「そうね、お金のやりとりは緊張すると思うから最初は私が付き添うわ」
私の不安を先読みしニッコリと安心させるように話してくれる。
「でも、五月なら大丈夫だと安心してるからね」
励ましながらちゃんとプレッシャーをかける紗英に思わず苦笑する。
だが、こんなやりとりも日常茶飯事、
彼女たちと付き合ってからは慣れたもので
「えぇ、一枚一枚ちゃんとゆっくり数えてお釣りを返すね」
私の言葉に二人顔を見合わせクスクスと笑う。
そんな私たちの元へ一人の男性が近づいてきた。
大柄な体格に似合わない穏和な顔はこの店の主人である紗英の父。
私たちのやりとりを微笑ましく見守りながら彼は告げる
「そろそろ開店しよう、店の前の人たちも待ってるし」
その言葉にガラス越しに写る列を思い出す。
小さな店ながら地元では人気があるため、
開店前から店の前にはちらほらと人の影があった。
「了解ですダディ、開店します」
紗英が一人小さく息を整える。
気持ちを切り替えたのだろう、
普段以上に真面目な顔で店主兼父親へと告げると
出入り口ドアへと向かう。
その後ろ姿はいつもの紗英とはちょっと違い、
なんだが大人びていた。
「五月ちゃん、ごめんね折角の休日に手伝ってもらっちゃって」
「いえ、これくらいでしたらいつでも、とはいきませんがお手伝いしますから」
紗英と桜からお願いされた店のお手伝い。
いつもは紗英の両親が、
忙しい時は紗英も手伝って店を切り盛りしている。
しかし、紗英の母方の祖父が容態を崩したため
一時的な看病が必要になった。
すでに祖母は他界しており、兄弟の中でも動けそうなのが
紗英の母親しかいなかったため、
急遽店を空ける事になってしまった。
平日はお客さんの数もそれほど多くないので
紗英の父と帰宅した紗英でこなす事が出来たが、
週末になるとやはり来客が多く
2人では手に負えなくなる可能性が高かった。
臨時のバイトを雇ってもよかったのだが、
如何せん週末だけ、しかも短期となると一苦労。
そのため、私と桜2人に白羽の矢が立ったのだが、
「桜ちゃんもね、がんばってくれてたんだけどね……」
先週から不在日だったため桜に手伝いを頼んだらしい。
だが彼女にはところどころ大ざっぱなところがあるためか、
釣り銭間違えや商品の陳列、梱包時のミスが目立ち
戦力としてはプラマイゼロ、とは本人談。
桜自信も申し訳なさそうに私に頼みに来てたので
役立てずに反省してはいたのだが、如何せん向いていなかった。
しみじみとその時の苦労が伺える言葉を口にした店主に
「あはは、でも私も同じかもしれませんよ」
ちょっと意地悪く答える私、
しかし、それも紗英の父親だからか
見抜かれたように言葉で返される。
「いやいや、紗英も言ってたから、五月ちゃんなら絶対間違いないって」
ニコニコと優しい笑顔でプレッシャーをかけつつ
開店間近の店内を一通り見渡し
「それじゃ、五月ちゃん何かあればすぐに紗英に言ってね」
まるで長年のベテラン店員へいつもの挨拶をするかのように
明るくサッと奥に引っ込んでいった。
その姿にちょっとずるいと感じながらも、
紗英のお客様を迎える挨拶に私も呼応する事にした。
「いらっしゃいませ♪」
そんなやりとりを思いだし
不足の事態に紗英を呼ぼうかと思った瞬間、
「どうしたの?」
店内の違和感を感じ取ったのか、
奥から紗英が出来たてのシュークリームを運びながら
店番をしていた私に近づいていた。
「えっと、あの人なんか私の顔見て固まっちゃったらしくて」
「え?」
私の言葉に少々呆れ気味な顔で示した先へ視線を送る紗英。
問題の男性は未だに微動だにせず出入り口を占拠している。
紗英はその姿を確認すると小首を傾げながら男性へと近づき
「進さん?どうしました?」
知り合いなのか常連なのか、
男性の名前とおぼしき言葉を述べながら
顔の前で手を左右にふり状態を確認する。
その行為でようやく男性は正気に戻り
慌てたように左右を確認する。
そして視線が目の前の紗英に戻った瞬間、
その後方に控えていた私を捉え
「あうぅあぅあ……」
意味不明な単語を述べながらその場から一歩後ずさる。
まるで私を恐れるかの如く即座に視線を外すと
目の前の紗英に彼は大声でなぜか謝った。
「あっ!えっとすいませんっ!」
なぜすいませんなのか、
その答えを聞く間もなくドアの鐘がけたたましく鳴り響く。
開かれたドアへと影が走り、
脱兎の如くその姿は道の先へと消えていく。
「……何かした?」
「ごめん、分からない……」
一瞬にして訪れた平穏な空間の中、
紗英からの冷静な問いかけに呆然としながらも私は正直に返答する。
答えの出ないやらかしを懸命に一人分析しながら。
最近小説読んでないなとふと思い、久々に好きな作家さんの新作を買ったら
これがやっぱりおもしろくて…w
GW中に最新作まで読みたいものです、丁度今月出たばかりなので。
ここまでお読み頂きありがとうございました。