第02話
ある日の夕暮れ時、その日も日課にしている10kmの個人練習で
慣れた道を走っていた。
その日は週末だったため、人通りもまばらで走りやすく
身体の調子も良かった俺は久々にタイム更新の可能性すら感じていた。
そして、迎えたラスト3kmで彼女と出会った。
俺の前方、携帯片手に俯き何かをしゃべっている女性。
身長や格好から俺とそう年齢が変わらないだろう彼女になぜか視線がいく。
徐々に彼女との距離が近づき会話も聞こえてくる。
そして入れ替わるタイミングにそれは起こった。
「うん、そうなんだ、桜もいるんだ」
普段の俺なら何も感じずにただその場をすれ違っていただろう。
だが、桜という単語に反応してしまった俺は視線の端でそれを見てしまった。
彼女との間に生まれた風に棚引き舞い上がった雫。
小さなひまわりのストラップが夕陽で輝き彼女を照らし
とてもきれいで悲しみに堪えた笑顔が浮かび上がる。
瞬間、心が早まった。
顔が紅潮しかつてないほどに身体が熱くなる。
今までに感じた事がない感情が奥底から這い上がり
彼女を求める。
その気持ちを叶えるために今一度彼女の元へ、とはいかなかった。
調子の良さがあだとなったのか、本能が足を動かし続ける。
後ろを振り返った時、彼女はその場に立ち尽くしていた。
今なら、そう思ってもなぜか足は先へ先へと進み。
いつしか彼女の姿は消えてしまっていた。
「はー……あの子どうしてるかなー……」
その日から幾度となく思い出しては同じ呟きを残している俺。
時間があればそればかり浮かんでいた。
女性と話すのは得意って訳ではないが苦手でもない。
普通にクラスの女子とは日常会話位できている、と思う。
だが、彼女はそんな普通の女子とは違った印象を初めて俺に与えてくれた。
とてもきれいで、だけどとても悲しみに包まれたあの顔が
脳裏に焼き付き離れない。
出てくる度に心が荒ぶり身体が高揚する。
そんな気持ちを確かめたくて高田さんと付き合ってるであろう
雄一に聞いてみたかったのだが
「まっ、しょうがないか」
いつの間にかスマホ片手にゆっくりとコーヒーをすすっている
雄一へと視線を戻すと
珍しいストラップに視線が集中する。
「花、か?また珍しい物つけてるな」
俺の言葉に、ん?と小さく答えながら
それを見せてくれる。
穂先が垂れ下がった白い花、どこか悲しげで
でもその純白は何かを秘めたようで
「あースノードロップって言うらしい」
あまり聞いた事がない花の名前に相づちだけ打ちながら
しかし、雄一のどこか嬉しげな表情にピンと来る物を感じた俺は
「それ、もしかして高田さん、からとかー?」
「なっ!?どうして……」
言いつつ慌てて口元を抑えるがもう遅い。
俺がニヤニヤとこれからからかってやるからという意思表示を全面に押しだし
追撃する。
「いいねいいねー、やっぱお前高田さんと付き合っちゃえよ」
「これは、別にそんな意味はない」
ぶっきらぼうに俺から視線を外し、否定する雄一へ
俺は手を休める事無く連打する。
「えーっと、スノードロップ…ん?死を象徴する花?」
「ちがっ!花言葉は希望で…だなっ!」
心の中で笑いが止まらなくなる。
それもちゃんと書いてあったがあえて言わずにいた俺。
ちゃっかり調べている辺りかなりのお気に入りであるなと感じ
同時にそんな姿に俺は羨ましくも思った。
きっと雄一は高田さんの事が好きだし、高田さんも雄一の事を好いている。
高田さんはどうかは分からないが、少なくとも雄一自身は。
後は好きだという気持ちに気づけばきっとこの二人はいいカップルになる。
俺も……彼女とそうなれたら……。
不意に浮かんだ想いに雄一をからかう事も忘れソファーへ深く座り直す。
不敵な笑みだけ残しつつ。
そんな俺の態度に我慢しながらも雄一はストラップについて話してくれる。
「これは雫が五十嵐、さっき話した後輩な、彼女について色々と助けたお礼でもらってだな」
言い訳がましい雄一の態度に心の中で手を合わせる。
はいはいごちそうさま、と。
だが表面上は半笑いを作り明後日の方向へ視線を泳がせる事で
雄一への挑発を忘れない。
「それに、俺だけじゃなくその後輩にはお揃いのひまわりをプレゼントしてるし別に深い意味はない」
そんな俺の態度につられるように話をする雄一。
否定する言葉の羅列、
しかしその中の一つの単語に俺の内心穏やかでは無くなる。
ひまわり、その言葉は俺の脳裏を刺激しフラッシュバックする。
夕陽に輝くひまわりのストラップ、そういえばデザインが似てるような気も。
「ははっ……まさかな……」
自嘲気味に呟く、そんなことあるはずない、と。
未だ懸命に説明する雄一の話をなんとか聞き流しながら、
出かかった独り言を飲み込む。
そうすることで何とか平静を装う事が出来たが
結局俺の悩みは解消される事はなかった。
雄一と別れた帰り道、暗くなった道を一人静かに歩いきながら思い出す。
リハビリが順調な雄一、そう遠くない未来にまたあいつと競える事は出来るだろう。
だが、その時俺は一緒に走れることが出来るだろうか。
彼女を目撃したあの日から俺のタイムは下降線を辿っている。
部員やコーチにも心配されているが一向に良くならない。
外見上のフォームにはなんの変化も問題もない。
と、なればやはり精神面、心の問題。
そして、俺には思い当たる節があった。
否、それしかなかった。
どんなに忘れようとしてもくすぶりが消えない。
走るたびに脳裏から表れ心が支配される。
その度に体には現れない違和感でタイムが伸び悩んでいる。
そんな気がした。
「今の俺だと役不足かもな……」
一人小さく呟き悲しくなる、自分自身の弱さに。
たかが一人の女の子について思い出すだけで、
こんなにも悩み苦しむ。
それは自分くらいの年頃なら当然の悩みなのかもしれない。
だが、初めて経験する感覚は誰しも不安に思うもので。
「あーダメだダメだ」
また頭の中でループし始めた考えを、
頭を振ることで必死にかき消す。
出来れば彼女と少しでも話せたら何か変わるかも、
そう思っていても、
「如何せん相手がどこの誰かも分からんしな……」
結局解決策が見つからないままこの日も帰宅するしかなかった。
今回は1週間で間に合った……w
次回も出来るだけ1週間でいけるように頑張ります。
ここまでお読み頂きありがとうございました。