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雫から始まる物語  作者: あまやすずのり
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第16話

「ラストッ!」

 静かだった校庭に終わりを告げる声が大きく響く。

 それと同時に残していた力を解放し

 後ろに付く雄一を振りほどこうとペースを上げる。

 だが、それを簡単に雄一は許さない。

 後方から聞こえる呼吸音に乱れが混ざっている。

 だが、その音は遠のくことなく同じリズムで耳に入ってくる。

『ここまで付いてくるとは……』

 まだリハビリ期間よりブランク期間の方が長いはず

 なのに未だ振り切れていない。

 すでに距離にして20km以上は走っている。

 ところどころでインターバルを挟んでいるし

 その都度ペースも上げているが

『これは……うかうかしてられないかもな』

 驚愕に値するほど雄一は走れていた。

 今はがむしゃらに、必死に付いてきているだけだろうが

 やがてこれが涼しい顔で真横を走る姿に戻った時、

『俺は……』

 斜めに傾けた体を真っ直ぐに戻し

 最後の直線をかける。

 ラストの1本。

 久々に雄一とかけるこの直線を脳に

 しっかりと焼き付けるように

 進は全力で五月が控える白線へと

 足を伸ばし飛び越えていった。


「はい、どうぞ、えーと……」

「あっ、遠藤 進、です」

 息を切らし、地面へ腰を下ろしてる進の上から

 五月がドリンクを差し出してくれる。

 それをありがたく受け取りながら

 進が今更の自己紹介をすると

「ふふ、じゃあ遠藤先輩、でいいですか?」

 可笑しそうに微笑む姿に目を奪われる。

 あの日とは違う、だけどとても魅力的な笑顔。

 それだけで徐々に収まったはずの鼓動が高鳴り

「あ、う、どうぞ……」

 自分でもなんだがよく分からない答えを返してしまう。

 そんな進にまた一つ小さく微笑み、ふと視線を変える。

 その先には雄一が膝に手をつき肩を大きく揺らしながら

 未だ上がった息を懸命に整えていた。

「安藤先輩、ボトルとタオルすぐ横にありますので」

 進の時とは違うどこか冷たげな対応に

 チラリと雄一が視線を上げた。

 だが、まだ返事が出来ないのか

 右手を挙げるだけだった。

「ちょっと飛ばしすぎたかな?」

「いいんですよ、もっと徹底的に虐めてください」

 答えを求めたわけじゃないのに

 律儀に進の呟きに呼応してくれる。

 その言葉から何となく、

 雄一も日頃から苦労していることを感じ、

 進は苦笑いを浮かべる。

「それじゃ、私ちょっと用事ありますので」

 そう言い残しスタスタとこの場を後にする五月。

 その後ろ姿をボーと眺めていると

「ふーん、なるほど、な……」

 いつの間にか進の横で

 ボトルを携えた雄一の姿があった。

 いつもの雄一とは違う、

 初めて見たかもしれない、

 ニヤニヤ顔に進がため息をつきながら

「……お前、知ってたのか?」

「はて、何のことかさっぱり」

 とぼけた表情で明後日の方向へ視線を向けながらボトルを傾ける。

 そして気づく、

 先程までへばっていた雄一の姿は既に無い事に。

 激しく揺られていた肩は整い、

 すっきりした顔で真っ直ぐ立つ。

 ほんの数分、いや数秒前まで

 呼吸すらやっとだった姿はどこにも無かった。

「相変わらずの回復力な事で……」

「ん?何か言ったか?」

 なんでも、そう答えながら変わらない雄一に安心する。

 と同時に憧れていた。

 長距離選手としてのその才能に。

 長距離はただ単純にスタミナがあれば良いというものでもない。

 そして、ただ速ければ良いというものでもない。

 距離と高低差、それに合わせたペース配分、

 自分に取って最適な走り方を詰め実行出来るか。

 それが少なくとも進にとっての長距離の走り方。

 だが、雄一は違う、中学時代に聞いた雄一の言葉に驚愕した。

『うーん、リズムよく楽しく走る、かな』

 それだけだった。

 冗談、と最初は思った。

 しかし雄一の走りを見れば見るほど、

 一緒に走るほどそれは納得できた。

 楽しそうに走っている時は手がつけられない。

 ドンドン先へ先へと足が伸びていくその姿と

 底なしかと思える程のスタミナで置き去りにされる。

 そして、長距離を走りきった後とは思えない体の状態。

 それら全てが証明していた。

 雄一は楽しみながら走る事で

 自然と体がペースをコントロールするタイプ。

 だがそれは日によって違うペースになる。

 ペースの波の激しさ、

 それを支えるのが高い回復力だった。

 だから無茶なペースでも

 最後までしっかりと走りきる事が出来る。

 それが雄一の長距離選手としての才能だった。

 計画的に走る俺とは違う、本能の走り。

 その走りに俺は惹かれた。

 選手として、いちファンとして。

 だから、また走ってくれる事に感謝している。

「ほんと、ありがとな」

「また、なんか言ったか?」

 今一度の小さな呟き、

 それをめざとくまた聞きつけようとする雄一に

 なんでもと言いながら進は空を見上げていた。

 晴天の下、雄一とまた走れる喜びを今一度かみしめながら。

ドンドンと暑さが増す毎日、いかがお過ごしですか?

作者は仕事終わりはいつもグッタリです(笑)

そんな暑い中でも今後も更新していきますよー

……ちょっと夏バテ気味に鞭打ちつつ……(笑)

皆様も体調にはくれぐれもご注意下さい。


ここまでお読み頂きありがとうございます。

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