第13話
夕暮れ時のグラウンドを走る。
いつもよりも体が軽い、のは気のせいではない。
脚がいつも以上に自然と前に出る。
それに呼応するように腕の振りも大きくなり、
発する呼吸はいつも以上に整えられたリズムを作り出す。
「進先輩っ!ラストですっ!」
タイム係の後輩部員の声を背後に受け
ラスト1週である事に残念な気持ちになる。
まだまだ、もっと走りたいし走れる自信もあるのに、と。
だが、楽しい時間はあっという間に過ぎ去るもので
「ハイッ!」
いつも以上に速く感じるラストスパートで白線を越えると
徐々にスピードを落とし後方を確認。
併走していた部員はトラックの反対側を未だ走っていた。
「すごいですよっ!先輩っ!どうしちゃったんですかっ!」
驚愕に彩られた顔を隠す事無く俺の元へ駆け寄ってくる後輩。
その手に持ったストップウォッチはせわしなく揺れており
未だ確認出来なかったが、タイムはいいことは分かっていたので
「あーほんとになーまさに絶・好・調ー」
後輩のテンションに合わせるように少しおどける余裕を見せる。
実際に調子がいいのは間違いなかった。
走り終わった後の状態、それだけでも先週までの俺とは違う事が自覚できる。
ゴール後膝に手をやり、乱れた呼吸を必死に整えていたのに
今自然と息が出来、体に疲労感をまるで感じない。
なにより体がもっと走ることを求めており、
このままさらに何十週も出来そうな気さえしていた。
「マジで先週までの先輩とは別人っすっ!宇宙人にでもなりましたかっ!」
あまりに真剣な顔でふざけた質問をする後輩を窘めながら、
しかし、自分自身もこんなに変われるものなのかと驚いていた。
先日のあの出会いによって彼女の素性が少しでも分かった。
そんな些細なことでも俺は浮かれ、喜んでいた。
そしてそれは悩みの軽減となり体に思った以上の力を与え
『自分で言うのもなんだが本当に現金な事で』
ここ数日のタイムはスランプ知らずどころか最速を更新し続けて、
結果的に精神面の改善が必要以上にタイムに還元されていた。
「これなら来週の大会も優勝間違いなしっすねっ!」
「あーまぁそうだといいな」
あまりに持ち上げる後輩に少し辟易しながら、クールダウンを行っていると
「遠藤、ちょっといいか」
唐突に背後にかかる声に振り向く。
すると、そこに大柄で筋肉質な男性が見下ろすように俺を見ており
「部長、どうしたんですか?」
陸上部の部長、大友先輩へ呼ばれた内容を問いかける。
あまりにも自然な受け答え、
しかし俺はこの時もう少し疑問を持つべきだった。
「あぁすまないが、来週の大会お前はキャンセルになった」
「……はっ?」
「うーむ……ここか……」
日も昇り始めたとある日曜日。
遠藤 進はいつもの制服姿でいつもの自分の学校
ではなく、他校へと遠征に来ていた。
(予定通りなら今頃大会だったのにな……)
最近の記録更新から部内でも今日の大会での
入賞を期待されたが、
(まぁライバルの頼みなら仕方ない、か)
顧問を通して部長から言われた事、
それは安藤 雄一のリハビリの手伝いだった。
どうやら顧問同士仲が良かった関係で
是非お願いしたいと連絡があった。
当初は大会に参加しない部員を選定してたらしいが
「お前とそのリハビリ相手は仲がいいと聞いたらしくてな」
部長から問われ正直にそれは話した。
もちろん、大会参加予定だったので断ることも出来たが
(ま、あいつもやりやすいだろうしな)
言葉とは裏腹に鼓動が加速する。
久方ぶりに雄一と走れる事のほうが遥かに魅力的に感じた進は
二言目にはリハビリの手伝いを志願していた。
(そして今にいたる、っと?)
正門をくぐった先で見慣れた人影が揺らめく。
いつもとはと違うジャージ姿の雄一、
部活をする上で当然の格好なのだが、
どこか新鮮な姿に笑みがこぼれる。
そんな進を視線に捉えた雄一が
屈託のない笑顔で進の元へと駆け寄ってくる。
「おはよう、進」
「おっす、雄一」
いつもと変わらない挨拶をいつもと違う姿で交わす。
その行為に二人して可笑しくなり自然と笑いがこみ上げる。
だが、横に控えていた男性の姿が映り即さま真面目な顔に戻す。
「えっと、遠藤 進君だったね、今日はお願いします」
「あっ、いえこちらこそ」
ぺこりと小さくお辞儀する初老に少々疑問を感じつつ
進も会釈する。
(うちの顧問って顔広い、のか?)
進の顧問はまだ30台後半でバリバリの体育系体質の先生。
雄一の顧問と仲がいいとの話だったが年から考えると
完全に教師と教え子くろいの差がある。
そんな詮索で少し歪んだ進の顔を気にすることなく
初老の男は淡々と雄一に告げる。
「じゃあ儂は職員室にいるから」
「あっはい、ありがとうございます」
どことなく、雄一も余所余所しく会釈している。
その姿に進が小首をかしげていると
雄一が少し意地悪く微笑みながら答えを教えてくれるのだった。
「あぁ、あの人、顧問代理なんだよ」
雨が降る日がポツポツとあり
やっと梅雨らしくなってきた感じがありますね
でも、気づけばもう7月はすぐそこです。
グンと暑くなる時期、体調には気をつけたいものです。
本日、実はもう一本の連載も更新しております。
よろしければそちらもどうぞ
ここまでお読み頂きありがとうございます。