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半妖狐少女と仮面少年の恋語り  作者: ましろ
二章 半妖狐少女と仮面少年の一戦目語り
8/37

【2】


今日は天気が良く、晴れ渡った空に柔らかい四月の日差しが降り注いでいた。それだけでも気持ちがいいのに、そよ風が頬をくすぐるのがまた心地良い。さざめく桜の音と、雪のように舞い散る花びら。

 私たちは北校舎裏にある〝千本桜〟へと来ていた。その、奥まったほうへと私たちは入り込んだ。奥の方は、ちょっと誰かが覗いただけでは私たちは見つからないはず。

ピンク一色の幻想的な雰囲気に、ただ眺めているだけでも酔いしれてしまいそうなのに。私はなんだか落ち着かなかった。

 目の前に、会いたかった男の子がいるから、というのもあるし、何より私の秘密を握っている人物と対峙していることがより緊張感をあおっているから。私の心臓はまた早く駆け出しはじめている。それが緊張のせいなのか、それとも、目の前に男の子がいるせいかはわからないけどね。

 私と男の子は、向き合う形で立っていた。

 彼は何も言わないし、私も何を言うべきか迷っていた。


「えーと」


 最初にこの重苦しい沈黙を破ったのは彼だった。


「初めまして、オレ、1―Aの皆島綾人っていいます」


 ぺこり、と礼儀正しく彼は頭を下げる。それにつられて私も頭を下げた。


「は、初めまして、明日山琴音です。どうぞよろしく!」


 といったものの、何をよろしくされるのか。それよりも、どうやって切り出す? やっぱり遠回しに私のことを聞いてみる? それとも単刀直入? 勢い込んでここまで来たのはいいけど、真正面に立つと緊張して思考が空回ってしまう。


「明日山さんは、先輩ですよね?」

「う、うん。2―B。綾人くんより、一つ上かな」

「じゃあ、明日山先輩」

「琴音でいいよ?」

「じゃあ、琴音先輩で」


 彼はにっこりと笑う。あどけない笑顔が可愛いです。


「それで、琴音先輩。オレに用事があったんですよね?」

「え、うん、まぁ……」


 君は私の正体を知ってるよね? そう言えたらいいのに、心の準備がまだできてないから言えない。でも、


「もしかして、琴音先輩、昨日のことですか?」


 綾人くんは〝昨日〟を強調した。あ、やっぱりばれてますよね?


「そうなんだけど……」


 曖昧に私は頷く。自分の秘密を口にするのって、すごい勇気が必要なんだって今気づいた。その勇気がまだ私には足りてない。彼の前に立っているだけで不安と恐怖で、足が震えそうになっているから。


「琴音先輩の〝あれ〟、本物ですか?」


 見かけによらずすっぱりと切り込んでくるね、綾人くん。


「さっきの教室の〝あれ〟も、先輩の仕業ですか?」


 綾人くん、ズバズバと来るね! しかも、あのぱっちりとした釣り目がじ、と私を見つめている。ここは、正直になったほうがいいかもね。

 私は意識的に〝それ〟をひょこり、と出した。綾人くんの目が、ぎょ、と見開く。それもそうかもしれなかった。昨日は暗いからあまりよく見えなかったもしれないし。今は、青空の明るい光の下。私の頭に飛び出ている〝それ〟がよく見えるはずだ。

 私はそれをぴこぴこと動かす。


「どう?」


 私の頭に現れた〝それ〟は、ぴんと伸びた三角形の耳をしていた。猫の耳、ではなくて、金色の狐の耳。

 そう、私の頭には狐の耳が生えている。ちなみにしっぽもありますよ。

 綾人くんは目を見開いて、思いきり後ずさった。え、その反応は予想外。だって、私の耳を見てたでしょうに。何で、そんな反応――しかも驚いたというよりは、近寄りがたいものが目の前にあって思いきり逃げました的なものなのかな?


「琴音、先輩、それって、本物?」

「そうだよ」


 触ってみる? と聞けば、綾人くんは無表情でぶんぶんと首を振った。綾人くんの雰囲気が一変、余裕がないように見える。もしかして、怖がってる?


「先輩って、その、いわゆる妖怪とかの類、なんですか?」

「妖怪って失礼な! 私はちゃんと人間のお母さんから生まれてきました!」

「じゃあ、何で、それが……」

「お父さんが狐なの」

「……それって」

「まぁ、妖になるのかな? 妖狐?」

「やっぱり妖怪じゃないですか!」

「お父さんはね。それに私は妖怪じゃありません! ハーフです!」


 まぁ、ハーフだから妖の血が半分流れているけどね。それと、妖怪って言われるのはあまり好きじゃない。私は化け物じゃないもん。


「私は人間と妖怪――妖の間に生まれたの。まぁ、こんな風に耳とかしっぽも出るし、五感だってたぶん普通の人よりは優れてる。でも、それ以外は本当に普通の人間並み」


 鼻がいいから、どこに誰がいるくらいは察知できる。耳だって小さな声や、物音だって拾うことができる。生活に関しては便利すぎるけれど、それが普通の人に備わっていないことを知っていた。私は――この人間世界にとって、〝異常〟な存在だということをちゃんと思い知っていた。


「私はハーフで、私は人間として暮らしているの。だから、人間か妖かっていうと、人間寄り。OK?」


 そう言うと、綾人くんは理解してくれたのか落ち着いた様子で頷く。綾人くんがいい人でよかった。私は頭を下げる。


「私は人間の世界で生きていきたい。だから、お願い。このことはみんなに黙っていてほしいんだ」


 再び落ちる沈黙。綾人くんに求めているのは、口外しないこと。ただ、それだけ。でも、綾人くんはなかなか返事をくれない。

 でも、


「琴音先輩、顔を上げて」


 ようやく声をかけてくれて、私は頭を上げた。

 ぱしゃり。

 シャッター音が、場違いに響く。え? シャッター音? いわゆる、写真を撮ったときに出る音だよね?


「え!?」


 見れば綾人くんが、スマホで私を撮っていた。


「あ、綾人くん……?」


 何で、私、写真を撮られたの? わからない。今、何が起きたの? 何が起きようとしているの?

 綾人くんが私にスマホを見せる。その画面には、狐の耳をはやした間抜け面の私の姿が綺麗に映っていた。


「ちょ、綾人くん!?」

「はい、保存」

「はい!?」


 綾人くんは私から少し距離を取って、にっこりと笑った。可愛い笑顔。でも、笑顔の裏に、黒い色が見えた気がする。


「琴音先輩」

「……な、何かな?」

「これで、オレに逆らえませんね」

「……」


 ……………………はい?


「ちょ、ちょっと、綾人くん!?」

「オレ、先輩のそれ、黙っててもいいですよ? でも、オレが黙っている分の報酬くらいもらってもいいですよね?」


 た、確かに、これは私の一方的なお願いだ。綾人くんにとってメリットはない。


「……い、いいけど?」


 報酬。綾人くんはそう言った。けれど、彼は何を望むんだろう? どうしてか、嫌な予感しかしない。でも、彼はいい人だ。悪いことは言わないはず。


「じゃあ、先輩、これからオレの召使いになってください」


 …………………………………………なんて言いました?


「召使いです」

「言い直されても困るよ! 何を言っているの!?」

「奴隷のほうがいいですか?」

「そっちの方が嫌だよ!」

「じゃあ、召使いで」

「いやいやいやいやいやいやいや! だから、何で、召使い!?」

「オレの学校生活が楽に送れるように」


 何とも爽やかな笑顔で、臆面もなく綾人くんは言い放つ。あれ? その人がよさそうな笑顔が、とても黒いものに見えてきたよ?


「せっかく昨日、奴隷たちを捕まえたところに先輩が割り込んできて、奴隷たちが逃げちゃったんですよ。いやー、これから素敵な学校生活が壊されると思ってひやひやしましたが、先輩が召使いになってくれて本当によかったです」


 つまり昨日の不良の生徒は、綾人くんに暴力をふるっていたんじゃなくて、綾人くんから一方的に精神的な暴力を振るわれていたと?


「えーと、綾人くん。穏便にことを進めようか?」

「それ以上反論すると、この画像流しますよ?」

「や、止めて!」


 この子、とんでもなく悪い子じゃない! 見た目にすっかりと騙されてしまった。こんなにも内面が腹黒い子だなんて思わなかったよ。


「ちなみに、先輩の親友の桐戸美月先輩に真っ先に送りますからね?」

「え、何でみーちゃんのこと、知ってるの?」

「調べただけですよ。オレの情報網、甘く見ないでくださいね?」


ニッコリ笑顔が、これほど凶悪に見えたことがあっただろうか? 人は見かけによらないというけど、それは本当かも。内面が黒すぎるでしょ、この子。

 私はにこにこと微笑む綾人くんの前で考え込み始める。

 はっきり言って、とても不利な状況だ。いや、不利どころかもう詰んでいる感じ。例えば海がざぱーんとした断崖絶壁を背景に、ここから飛び降りたほうが楽なんじゃない? くらいに、もう絶望的だった。ただ、諦めて飛び降りたほうが楽だけれど、挫けずに飛び降りなかった場合はどうなるんだろう?

 現実問題、私が半分妖狐、というのは家族以外知らない。不覚にも綾人くんに知られてしまったのだけれど。でも、親友のみーちゃんも知らない。私のことを助けてくれる人は、この学校には一人もいないんだ。はっきり言って、それはそれで絶望的。しかも先が見えない真っ暗な未来付きだ。

 それなら、彼に従う方が楽かもしれない。言い方は悪いかもだけど、彼の監視もできるしね。その方が、まだ対処のしようがある。


「決まりました?」


 ちくしょう。決まりましたよ! というか、選択肢は一つしかないも同然だったけどね!


「わかった。――綾人くんの言うとおりにするよ」

「じゃあ、召使いに?」

「嫌だけどね!」


 きっぱりと気持ちだけは否定しておく。だって好きで召使いになるわけじゃないからね。そんな趣味があると思っても困るし。まぁ、ただ、メリットとしては、気になる彼の傍にいられるからラッキーくらいには思っている。別にいいよね? これくらい幸運感に浸るのは。


「よし、交渉成立」


 綾人くんは嬉しそうだ。にっこりと笑って、声だって弾んでいる。でも、何でかな? 心なし、距離感がある。そう物理的に。私と彼の間には、気のせいかもしれないくらいのわずかな空間があった。でも、どこか距離感を図られているのも感じる。まぁ、いいか。

 私は綾人くんの顔を見て、「今日も顔色悪いなぁ」と首を傾げて、


「あ」


 と、思い至った。というか、忘れていた。そうだった。綾人くんについていたことをすっかり忘れていた。

 私がじっと見ていることに気付いた綾人くんが、「何?」と瞬きをする。くそう、可愛いね。でも、


「少しじっとしてて」

「え?」


 私は綾人くんに近づく。さくり、と、地面を踏むと、綾人くんが警戒するような雰囲気を出した。でも、かまわない。どんどん近づく。綾人くんが後退した。私が踏み出すたびに、綾人くんも一歩後ろへ。


「綾人くん、動かないでよ」

「いやいや、どうしてそんなに近づくんです?」

「近づかないと、捕まえられないでしょ!」

「――捕まえる?」

「そ。昨日、見つけたんだけど、捕まえるどころじゃなくなっちゃったからね」


 綾人くんがきょとん、とした隙に、私は左手を伸ばして、彼の手首を掴んで、ぐい、と引っ張る。突然のことに綾人くんがたたらを踏むけど、そこは男の子。力強く抵抗された。でも、それさえも私は無視して、さらに右手を彼に伸ばす。その指先は彼の頬、髪を、通り過ぎて彼の背後へ。

 そして、それを掴んだ。


「……さっきから、何です?」


 綾人くんが「何やってんだこいつ」といわんばかりに睨んでくる。気づけば私は、彼の近くにいた。顔が近すぎる。き、昨日と同じ状態だった。でも、昨日と違うのは睨まれていること。睨まれてるから怖いよ。でも、顔は可愛いけどね。


「待って綾人くん、落ち着いて。君、最近、体調が悪かったでしょ?」

「……どうしてそれを?」


 綾人くんが私の手を振り払う。掴まれるのは嫌だったのかな? まぁ、強引に掴んだ私にも原因があるんだけど。でも、そんな風に嫌そうにされるのは、少しだけ傷つくんだけどね。まぁ、いいや。


「綾人くんの体調不良の原因は――これ!」


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