表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
半妖狐少女と仮面少年の恋語り  作者: ましろ
五章 妖狐少女と仮面少年の決戦語り
36/37

【5】


 重すぎて、振り払えない。

 私はこの山に住む妖たちに取り押さえられていた。まぁ、そうだよね。私のせいで炎が燃え広がっているのだから。転んだ拍子に思わず放ってしまった狐火は、ここにいる妖たちへと燃え移った。

 私の狐火は、人間であるから、完全な狐火じゃない。

 この狐火の殺傷力ははっきり言って全くないんだ。それはあくまで、人間、動植物に対して、ただ驚かしたり、幻覚を見せる程度のもの。でも、妖相手であれば、狐火は通用する。だって、狐火は妖の力だから。妖相手に、妖の力は通用する。そのせいで、妖に狐火が見事に燃え移ってしまったわけだ。ただし、人間の血が流れているから中途半端な力だけどね。

 そんな悠長なことを言っている場合じゃない。

 攻撃されたと思った妖たちは、私を抑え込んだ。このままじゃ、はっきり言って血みどろの未来しか待っていない。主に私が。そのことを脳裏に思い描けば、恐怖そのもだけれど。

 でも、今は、そんなことを考えている場合じゃない。

 そんなものは恐怖なんかじゃない。

 目の前には綾人くんがいる。

「さようなら」と告げた綾人くんが、私を見て立っていた。ただ、目の焦点があっていない。どこか、意識だけが違う場所へと行っているようだった。

 男の人に憑りついているふゆくんに狐火の炎がまとわりついているせいで、男が苦しんでいた。もちろん、ふゆくんも。ごめんね、と心の中で謝ってから、私は綾人くんへと叫んだ。


「綾人くん!」


 私の声に、綾人くんがびくん、と体を震わせる。その目が緩慢に私へと向けられた。視線が合う。


「綾人くん、今のうちに逃げて!」


 綾人くんは何も言わなかった。ただ、呆けた顔を浮かべているだけ。彼に何が起こったのかわからない。でも、彼には逃げてほしかった。


「綾人くん! 早く!」


 叫んだと同時に、私にのしかかっている妖が私の首を絞めはじめた。ゆるゆるとまるで苦しむさまを見たいがために、ゆっくりと締め付けている。首への圧迫感に苦しくなるけれど、私は言い続けた。


「……綾人くん……っ」


 逃げて。お願いだから。

 綾人くんは、無反応。私の声が届いているのかすら、わからない。でも、私は言い続けるしかなかった。逃げて、と。

 そうして、苦しさから意識が飛ぼうとした瞬間だった。


『ぎゃ』


 妖の悲鳴とともに、苦しみから解放された。一気に空気が体の中に流れ込んで、むせかえってしまう。


「琴音先輩!」


 私を支え起こしてくれたのは他でもない綾人くんだった。綾人くんの手には何やらお札めいたものがある。その力は絶大なものなんだろう。突きつけられていないにもかかわらず、私の肌がちりちりと痛かった。


「綾人くん……?」


 朦朧とする意識の中で、彼を呼べば、綾人くんはほっとしたような安堵した表情になった。あぁ、綾人くんが近くにいる。私に話しかけてくれている。それだけで、すごい嬉しかった。だから、私は思わず。


「綾人くん! 会いたかったよー!!」


 抱き着いてしまった。綾人くんからうめき声が聞こえた気がしたけれど無視。私はぎゅ、と綾人くんに腕を回し続けた。


「琴音先輩、離して!」

「だ、だって、綾人くんがこんなに近くに……! さようなら、って何なの、もーっっ!!」

「ちょ、すみませんでした! だから、離して!」


 そう言われて私は渋々彼から腕を放す。彼は一息ついてから、私の頬に向かって手のひらを伸ばしてくる。その指先が私の頬に触れて――思いきりつままれた。


「痛い!」

「痛くしてるんだよ、馬鹿!」


 ば、馬鹿!? いきなりはひどいよね、綾人くん!


「じゃなくて、何でいきなり馬鹿扱い!?」

「自分の方が危険な状態なのに、どうしてオレだけを逃がそうとしているんだっていうか、どうしてここにいる!? オレとお前はもう絶縁したはずだぞ!!」

「だ、だって……!」

「言い訳無用だ! お前がさっさと帰れ!」


 あまりの言いようにさすがの私もかちんときた。


「そ、そこまで綾人くんに言われる筋合いはないもん! そもそも、綾人くんだって危ないところだったじゃん! そ、そうだよ、どうして死のうとしたの! 少しは抵抗しなよ!」

「……っ、それはオレの勝手だ! オレがどう生きて、どう死のうとお前には関係ないだろ!」

「関係あるもん!」

「どんな関係だ!」

「ただいま絶賛絶縁中だけど、私は……」

「何だよ、早く言えよ!」

「私は綾人くんのことが、大好きだから!」


 やけくそになり、私は大きな声で叫んだ。こんな状況だというのに、心臓が早鐘を打っている。その鼓動が耳元で聞こえて、顔どころか、全身が熱い。なんか知らないけど、呼吸もうまくいかない。極度の緊張状態です。

 綾人くんもぽかん、としているから、よけいに恥ずかしいのです。


「えーと……」


 綾人くんを直視できない私はふい、と視線を外す。私を絞め殺そうとしていた妖たちが遠巻きに、この時だけ静かに私たちを見守っていた。ちゃっかりカラスさんまでもいる。野次馬根性は人と妖は共通なんかい。


「琴音先輩……」


 綾人くんはこの妖たちが見えていなんだろう。綾人くんは私へと視線を合わせるように、腰を下ろした。ちょ、止めて。外野の視線がすごい気になる。


「オレのこと、好きなんですか?」


 え、綾人くんもそこを拾うの!?


「どうなんですか?」


 じ、と見つめてくる綾人くんの表情は真剣だった。でも、どこか不安げでもあって。私の中にある気恥ずかしい思いは一瞬にして吹っ飛んだ。


「うん、大好きだよ。これは本当の気持ちだよ。嘘偽りもない、気持ちだよ」


 一度目の『好き』は拒絶されてしまった。

でも、二度目の『好き』は、どうだろう? 見れば綾人くんは目を見開いていた。まだ信じてもらえないのかな、その不安が過る。けれど、次の瞬間、綾人くんは嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「――ありがとう」


 綾人くんが嬉しそうな笑顔で、嬉しそうにお礼を言った。

 私はその笑顔を見て――これが本当の綾人くんなんだ、と今、綾人くんそのものを見た気がした。

 ふと、うめき声が聞こえた。見れば、男が私たちに向かい憤怒の表所を浮かべていた。その男に憑りついているふゆくんも、怒りで真っ赤な色をしていた。ここからでもわかるふゆくんの力。きっと、それは人々の生気を吸収してパワーアップしたせいだろう。

 私が固唾をのんでいると、綾人くんが笑った。え、この状況で笑えるの?


「先輩」

「なに?」

「オレも先輩のこと、大好きですよ」

「……え」


 思考回路のフリーズ。いま、なんていわれましたか? しかも、この状況で?


「ちょ、もう一回!」

「もう、これ以上は言いませんよ」


 綾人くんは立ち上がる。そして、懐から再び札を取り出した。でも、私は聞きたいことがいっぱいあった。あんなにも綾人くんは私のこと嫌っていたのに、どうして、好きになってくれたんだろう。疑問を浮かべる私に、綾人くんは苦笑を浮かべた。


「――オレ、昔から琴音先輩のことが好きだったんです」


 へ? 昔? 訳が分からない私は、ただ、困惑するしかなかったのです。



 琴音先輩以外の人間から〝好き〟と言われても、オレはそれを虚偽と受け取っただろう。でも琴音先輩の言葉は信じられた。

 彼女は嘘をつかない。

 彼女は人のためを思って行動する。

 彼女は無償の優しさを与える。

 そのせいで巻き起こるトラブルの数がとんでもないけれど。

 だから、琴音先輩に助けられたあの日から、オレはずっと、琴音先輩のことが好きだった。あんな人になりたい、と思えるほどに、差し伸べられた手のひらはオレにとって救いだったんだ。でも、オレは彼女のようにはなれない。でも、オレの中の何かが――何かを変えることで彼女には近づけるかもしれないと思った。

 琴音先輩が〝好き〟と言ってくれて本当に嬉しかった。

 琴音先輩に〝好き〟と伝えられて本当に嬉しかった。

 オレは、琴音先輩と一緒にいたい。

 そして、琴音先輩のようになりたい。

 誰かを蹴落とすのではなく、誰かを救うそんな強い存在に。

かつて憧れたものを、オレは取り戻したい。

 だから、オレは戦う。


『ねぇ、あんた、調子に乗ってない?』


 あの人が囁く。ねっとりと、あからさまな悪意を持って。でも、オレは。

 ――調子に乗ってるさ。好きな人の前ではかっこよくいたいから。

 せめて、好意を寄せる人の前では強くありたい。オレの正体を知っても、〝好き〟と言ってくれた人のためにも。


「邪魔だ。どけ」


 オレは、幻覚を――過去の恐怖を邪険にする。愛する人を助けるためなら、オレはなんだってするつもりだったから。とたん、幻影はふわり、と消え去った。

 過去の幻影を退けて、現実を見たとき――目の前にいる勇大から煙が立ち上っていた。どうやら火は消えたらしい。勇大の虚ろな目が、オレを見据えた。オレは札をもって、勇大と対峙する。


「勇大、今まで悪かったな。今、――オレが助けてやるよ」


 ――絶対にこの状況を何とかしてみせる。



 私の前には綾人くんがお札をもって男の人――ふゆくんと対峙する。あのお札は地味にかなり痛い。紙切れ一枚と言えど、その効力は絶大だ。でも、悪霊と化したふゆくんに、しかも力を増しているため、どこまでその力が通用するかわからない。そもそも、綾人くんはその筋の専門じゃないから怯ませることはできても、祓うことはできないはずだ。もしかしたら、怒り狂っているふゆくんに、そのお札はもう通用しないかもしれなかった。

 おそらく綾人くんはそのことがわかっているはず。でも、彼は逃げないで、私の前に立っている。まるで私を守ってくれているかのようだった。

 かっこいいなぁ。

 やっぱり、好きだなぁ。

 ふと、〝好きだよ〟なんて言われたことを思い出して、もう頭が沸騰寸前だった。人に思われるってこんなにも気恥ずかしいものなんだね。でも、嬉しい。心が弾んで、温かくなって、無性に笑ってしまった。

 以前の私なら、男の人をどうにかすれば終わると思っていたはずだ。力でねじ伏せたり、狐火を使ったりね。そうするのがとても手っ取り早いから。でも、今は違う。

 彼を助けたい。

 そして、彼が救おうとしているあの男の人も助けたい。

 だってあの人を、綾人くんは救おうとしているから。頑張っているから、戦っているから。それなら、私だって頑張ろうと思う。

 そんな私の前で、綾人くんはお札を男の人に見せつけるかのように突きつけていた。男は――ふゆくんは、そのお札の威力を恐れてか、綾人くんの隙を伺っている。そして、綾人くんへと男が突進してきた。手には何も持っていないけれど、大人と子供の力の差は歴然としている。

 私は、笑ってしまった。

 私は何を悩んでいたんだろう。

 私は人間であり、――妖狐でもある。その前に、私は〝明日山琴音〟なんだ。琴音はどうしたい? それは綾人くんを救いたい。では、どうする? それは助けるべきだ。

 たとえ、私の正体が綾人くんに知られて、〝化け物〟と嫌われても、私は綾人くんを助けたい。別に嫌われたっていい。だって、綾人くんが、笑ってくれたから。私が望むのはみんなが笑って終わる、ハッピーエンド、それだけだよ。


「私、綾人くんのこと、本当に好きなんだな」


 男は綾人くんへと迫る。

 私は駆けだす。綾人くんの肩を掴んでぐ、と引き寄せて、後ろへと放る。

 綾人くんが何かを言った。振り返ると、目と目が合った。綾人くんの目が驚愕に見開かれている。そんな彼に、私は笑った。


「もう、大丈夫だよ」


 私が助けてあげるからね。

 私は自分の中にある妖狐の力を完全に解放する。妖狐の血が爆発的に私の体を駆け巡った。

 体が熱い。感覚が敏感になる。視線が高くなって、男の人を見下ろす位置までになった。


「琴音先輩……」


 綾人くんの目には何が映っているだろう? きっと、それこそ、正真正銘の化け物が映っているだろうね。でも、かまわないよ。まぁ、いっか、ですまされるくらいに。

 男の人は怯えたように見上げる。

 それは男の人の本当の感情だ。現実世界にはいない化け物を前に、怯えきっている。そうなってしまえば、ふゆくんが固執する憎悪が極端に薄れるはずだ。そして、その通りになる。ふゆくんは男の人から外れて、私へと向かってきた。

 あの人懐っこい笑顔がないふゆくんは、赤黒い影となって目も当てられない姿となってしまっている。私は狐火を纏い、それを一気に周囲へと放った。

 狐火がふゆくんを、周囲にいる妖たちを呑み込んでいく。炎の波は、山一帯を覆っていった。あちこちから悲鳴が上がる中、私は呆然とする綾人くんを無理やり背中に乗せた。

 とりあえず戦線離脱。

 ここにいる用はないからね。

 私は狐火を纏いつつ山を駆け下りて、学校へと向かった。

 すでに時刻は夜。この時間帯なら、誰もいないだろうから。



   * * *



 そうして、人知れず起こっていた事件が幕を下ろした。

 祭りで倒れていた人々は無事に意識を取り戻したが、何が起こったかは記憶には残っていない。少女に狐の耳が生えていたことも、神社の外れの山中で密かに戦いがあったということも。ただ、〝大きな狐〟が現れて、山を焼き、炎に包まれた山を駆け下りていったという噂が流れたが――現実味のないその噂は、いつの間にか消えてしまった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ