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半妖狐少女と仮面少年の恋語り  作者: ましろ
五章 妖狐少女と仮面少年の決戦語り
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【4】


 私の足は止まったままだった。

 それよりも驚くべき光景が次々と展開されていた。ナイフで綾人くんを殺そうとした男に、綾人くんがお札を突きつけた。そのお札の効力で男が苦しみ始めて。でも、なぜか綾人くんがいきなり後ろを振り返って、恐ろしいものでも見たかのように顔面蒼白となった。尋常じゃないくらいに震えあがっている。

 二人が二人して苦しんでいた。

 どうしようかという思考は、どうすればいいんだろう、という思考に切り替わった。

 でも、綾人くんを助けたい、という気持ちは変わらない。今のうちにふゆくんをなんとかしたい。でも、体が動かなかった。

 悪霊と化したふゆくんを祓うには、生半可な力ではできない。何しろ、ふゆくんは男の人に力を注出いるから。半分人間、半分妖狐という今の私の狐火じゃ効果はない。

 それならどうするか?

 一番、手早く、簡単で、確実な方法が一つだけあった。

 私が一時的に完全な〝妖狐〟になることだ。もともと私は半分人間で、半分が妖狐という存在。どちらの血も流れている。そして、その血を本当に一瞬だけ変えることができる。妖狐の血を全身に巡らせるんだ。そうすれば、私は完全な妖狐となって、ふゆくんを祓える。逆に完全な人間にはなれないけどね。

 私は、その気になればすぐにでもできる。

 でも、と迷ってしまうにはわけがあった。

 妖狐――つまりは狐。完全な妖という姿は、この人間の世界にはありえないものだ。その姿を綾人くんにさらすというのだろうか? あのオカルト嫌いな綾人くんに目撃されてしまえば、私はもう完全に綾人くんの傍にはいられない。それにもし私の姿が世間に知られれば、それこそ、人間の世界にはいられない。

 苦しんでいる二人を前に、私は立ち尽くした。

 そんな私に闇の中から声が聞こえた。


『お前、妖だろ?』

『そうだ。お前から妖の匂いがする』


 くすくすとおかしそうな笑い声とともに、女とも男ともつかない声がどこからともなくかけられる。


『どうして、そこにいるんだ?』

『来いよ。おまえもこっち側の存在だろ?』


 ――こっち側。こっち側って、どっち側? それは決まってる。闇の中に潜んでいる彼らは、妖だ。山にいた妖たちが、私の中にある妖狐の血を嗅ぎつけてきたようだった。


『仲間、だろ?』


 くすくすくす。笑う声に、私はたじろいだ。確かに、私は妖狐だ。でも、人間でもある。片足がそれぞれ二つの世界に突っ込んでいる状態の、半端な自分。それが、私。どっちつかずの私は、そうして、今もこうやって悩んでいる。救いたいのに、綾人くんに嫌われるという可能性を見出して動き出せない情けない自分。だって仕方ないじゃん。私、綾人くんのことが好きなんだから。彼と一緒にいたいし、できれば、笑いあっていたい。でも、私の中には妖狐が潜んでいるんだ。そう、私はこの妖たちの仲間でもあるんだ。

 ふと、綾人くんが立ち尽くす私へと振り返る。その目が大きく見開いた。その驚愕はゆるゆると微笑に変わる。

 そんな綾人くんに男が、札に戒められながらもナイフを突きつける。綾人くんは逃げようとしなかった。

 綾人くんの唇が動く。

 何て言った?

 何を言った?

 一回目のそれはあからさまな拒絶の言葉だった。

 でも二回目のそれは、まさしくその通りの意味なんだと私は直感した。

 その唇は、


「さようなら」


 そう告げていた。

 ――さようなら。

 そう、彼は私に別れの挨拶をしたんだ。



 ふと気配を感じて、振り返ればそこには琴音先輩がいた。狐耳をはやして、おびえたように耳が臥せっている。その顔も歪んでいた。その表情が「どうしよう」と雄弁に語っている。琴音先輩でも、この状況を何とかする術はないんだろう。でも、別にいい。こうして駆けつけてくれたことが、とても嬉しかった。何より、その顔が見られたことでようやくオレは決心した。

 オレは罰を受けよう。

 幻影には罵倒されて。

 勇大に恨まれて。

 この先にある未来は、きっとその繰り返しのはずだ。オレはそれだけのことをしてきたから。

 だから、「さようなら」と、オレは別れを告げた。琴音先輩がきょとん、と目を瞬かせて、そして、オレが何を言いたかったのかわかったのだろう。琴音先輩が走り出して――思いきり転んだ。

 その時だった。

 琴音先輩が半分妖狐化してたせいだろうか、琴音先輩が転んだ拍子に狐火が弾けた。それがなぜか一気に燃え広がる。


「え……」


 木に、草むらに、地面に青白い炎が立ち上った。その炎は風もないのに、勢いを増してどんどん広がっていく。

 琴音先輩もこの状況に、顔がこわばっていた。どうして、こうなってしまったのかがわからないようだった。

 そして、炎は勇大にも燃え移った。


「ぎゃあああ!」


 勇大が燃える――でも、勇大は燃えていない。どういうことだ? と、よく見てみれば、燃えているのは勇大じゃなくてふゆくんだった。赤黒い影となったふゆくんはその炎に焼かれながら、身もだえている。そして、なぜかどこからともなく悲鳴が聞こえてきた。まるでこの世のものとは思えない、地の底から聞こえてくる低い悲鳴。それが耳に焼き付いて離れない。

 琴音先輩は何をしたんだ?

 と、琴音先輩を見れば、琴音先輩の体に何かがのしかかっていた。これもまた黒い影だった。琴音先輩を押さえつけて、首を絞めていた。

 明らかにその黒い影は人間じゃないのがわかった。理解したオレは、条件反射のようにその黒い影から意識を意図的に外そうとしたが、そうしている場合じゃない。早く、琴音先輩を助けないと。


『ねぇ、あんたがあの子を助けられると思うの?』


 嘲笑する声が、背後から聞こえてきた。オレの足が止まる。


『助けられると思っているの? あんたはいろんな人を引きずり降ろしては滅茶苦茶にしたんじゃない。そんなあんたが、あの女の子を助けられると思っているの? 自意識過剰も甚だしい』


 幻聴だってわかっている。これは、オレが生み出した、過去の恐怖の面影だっていうことが。でも、幻聴の割には妙にリアルすぎて。ぽん、と誰かがオレの肩を叩いた。その手はとても冷たくて。振り返ってはいけない、と、オレ自身が言っているのに、オレはゆっくりと振り返った。そこにいたのは、やはりその人で――幻覚の割には存在感のある手が、オレの肩に置かれていた。


『ねぇ、綾人――あんた、死ねば?』


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