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半妖狐少女と仮面少年の恋語り  作者: ましろ
五章 妖狐少女と仮面少年の決戦語り
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【3】


 オレは山の中を駆けずり回っている。

 はっきり言って卑怯だ。チートにもほどがあるだろ。

 男――鹿野勇大は笑いながらオレを追いかけまわす。ナイフを振り回す姿は、気が触れたからくり人形のようだった。

 やみくもに山の中を走っているため、どこからどうやって走ってきたのかわからない。きっと、無事に終わっても、帰るのが困難になって遭難しそうだった。

 男はそのことを考えていないのか、オレの後を追いかけてくる。

 全身で息をしているオレに対して、勇大は疲れた様子は見せなかった。おそらく、それは、勇大に憑りついているあのふゆくんのせいだろう。

 ふゆくんの姿はあの男の子の姿ではなくなっている。一言で言えば、影、だ。人間の形をした影で、その色は黒だったり赤だったり、こちらの不安と恐怖を駆り立てる色をしていた。

 あきらかにふゆくんは、別の存在になりつつある。

 別の存在になりつつあるそれは、どうやら勇大に力を与えているようだった。おそらく、あの中学生を襲っていた男たちが倒れたのと原因があると思う。でも、何が起こっているのかはさっぱりだった。

 とりあえず逃げないといけない、ということはわかっている。

 捕まれば――オレは殺されるはずだ。ためらいもなく。楽に殺してくれるのならいいけれど、復讐心に囚われている勇大はオレを殺しつくすはずだ。オレをとことん苦しめて、なぶるように。オレを殺すのはいいとして、その後だ。もしかしたら、勇大は琴音先輩に手を出す可能性だってある。オレを殺すだけではその憎悪が薄まらないなら、周囲にだってそのナイフを向けるはずだ。それは何としてでも避けたい事態だった。

 くそ、何でこんなことになった。

 そう毒づいて、そうだった、すべてオレが悪かった、と気づく。もし、オレが勇大を利用しなければ、こんな未来にはならなかったはずだ。そもそも、オレが人を利用して生きなければ――オレが誰かに助けを求めていれば、もっと違う未来があったはずなのに。

 奥歯をきつくかみしめた。そんなことを考えても仕方がない。自分が悪いなら、それを償うだけだ。勇大のこれも氷山の一角のはず。オレに復讐心を持っているのは、もっと、他にもいるはずだ。


「救いようがないな、オレも……」


 今までの罪が、こうして降りかかってきた。それも仕方ないことなんだろう。

 でも、せめて、最後に――……。

 そう考えて、オレは頭を振った。あの人を巻き込んではいけない。これはオレがやらないといけないことなんだから。

 オレは決意して、立ち止まった。

 振り返る。

 勇大よりオレの足の方が速いから、勇大との距離をだいぶあいているはず。すぐには追いつかれないだろう。そう思っていたのに、その勇大の姿はすぐ後ろにあった。


「どうした? 鬼ごっこは終わりか?」


 怨嗟を纏った声音には、喜々とした狂気の色が滲んでいて。オレはそのまま地面へと押し倒された。


「なぁ、綾人?」


 うつろな勇大の目には、もう正気のかけらも残っていない。どんよりと凝った闇だけが、そこにあった。


「死ねよ?」


 勇大がナイフを振り上げて――……、



 ――綾人くんが困っていれば、どこにいたって駆けつけるよ。

 嘘を言ったつもりは全くなかった。それどころか、今でもその言葉通りに体が、心が動いている。だって、私は彼を放っておけないから。

 だから、どんなところにいようと私は駆けつける。綾人くんが困っているなら、どこへでも行くつもりだ。

 山の中を駆け巡る。暗い山中は冷たい闇が広がっていた。闇に包まれる木立の間を縫うように動き回り、時々、背の高い草がむき出しの肌を斬りつけていく。ちく、としたけど、そんなことはどうでもよかった。

 走る。

 走る。

 そうして、嗅覚がようやく綾人くんの匂いを嗅ぎつけた。


「いた……!」


 息も絶え絶えで、お腹が苦しい。でも、そんなことはどうでもいい。早く、早く、綾人くんの元へ行かないと……!

 私は最後まで走りぬいて、ようやく最後の木立を抜けた時だった。

 そこにはとんでもない光景が広がっていた。

 男が、綾人くんを殺そうと、ナイフを掲げている。早く何とかして助けないと――そう考えて、私はぴたり、と止まった。

 男にはやっぱりふゆくんが憑りついていた。しかも悪霊化している。私の今の狐火ではあの状態のふゆくんを追い払うことはできない。そして、ふゆくんが憑りついている男はふゆくんの影響で暴走状態に入っている。相手を殺すことも厭わない――そんな全力の状態。しかも興奮しているから、加減もできないはず。いくら腕っぷしがいい私でも、今のこの男と勝負をしても負ける。確実に。

 ――助ける手立てが見つからない。

 私は、どうやって綾人くんを助ければいいんだろう?



 勇大がナイフを振り上げて、オレへと刃を落とす。オレはその前に、手で握っていたそれを、勇大の顔に張り付けた。

 瞬間、ばしん、と何かが迸った音が響き渡る。


「ぎゃ」


 勇大が苦しそうな悲鳴を上げた。

 勇大の顔には札が突きつけられている。オレでは解読できないぐんにゃりとした文字が墨で書かれているお札だ。

 ――よかった、効いた。

 霊験あらたかなそのお札は人伝に手に入れたものだ。当初は琴音先輩に使おうと思って用意していた文字通りの切り札だったのだけれど、琴音先輩に使うことなく終わった。むしろ、使おうと思っていた当時のオレが恐ろしい。これがここにきて役に立つとは思わなかった。

 勇大は顔に張り付いた札を引っぺがそうとするが、その手すらも札は拒んだ。勇大を苦しめるようにずっと、張り付いている。

 これですべてが終わるはずだ。

 これでうまく勇大からふゆくんが離れれば、あとはオレが片づければいい。後片付けは悪霊に追われるより楽な仕事だ。

 でも、勇大の肩越しにいるふゆくんらしい影がオレに向かって笑いかける。その瞬間だった。


『へぇ、まだ諦めないんだ?』


 ぎくり、と体が強張る。この声は――違う、これは、過去の声だ。その艶めかしくて、でも、人を嘲るような声色は、すぐ後ろから聞こえてきた。オレは背後を振り返る。そこにあの人たちがいた。その人たちはオレのかつての家族。居候先でオレは奴隷のように扱われた。そこはオレにとってまさに鬼の住処であり、そこに住まう人もまた鬼のような人たちだった。その人たちがオレの後ろにいる。あの女の人も、男の人も、男の子も。オレを蔑んだ目で見ていた。


『あんたはいつもそうやって人に迷惑をかけるんだ? このろくでなし』


 さりげなく罵倒するその人は、その人たちは、幻影だ。過去の、そう、幻影。わかっている。わかっているのだけれど、オレの心臓がバクバクと大きく、苦しく鳴っていた。


『綾人くん』


 幻影は、嗤う。


『早く死ねば?』



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