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半妖狐少女と仮面少年の恋語り  作者: ましろ
四章 少女と少年の自身語り
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【6】


 そういえば、今日は祭りだったか。

 オレは山道がにぎわっていることで、ようやく今日のイベント思い出す。そういえば、琴音先輩も行きたいとか言っていた気がした。琴音先輩のことだから、きっと、真っ先に向かうだろう。そう思い浮かべて、オレは笑った。

 今日、スマホに琴音先輩から連絡が来ていたけれど、オレは無視をした。彼女の呼びかけに、今日は答えられないからだ。

 空はもう暗くなっている。外灯の明かりで足元は照らされていたが、ここから見える山中はとても暗い。何かが起こっても、きっと、すぐには気づかれないはずだ。

 オレは過去の光景を思い出す。

 山の中に捨てられて、闇に一人怯えていた。怖くて、寒くて、絶望しかなくて。もう死ぬんだな、と、子供ながらに考えた。

 その時は幼い琴音先輩に助けられたけれど、今日はそうはいかない。

 オレは一人で行かなくてはいけないんだ。

 オレは補正されたアスファルトの道路から、そのまま木や草が生い茂る山中へと入った。補正されていない山の中は歩きづらい。漂う空気も冷たく湿っていて、踏みしめる土の感触もでこぼこで歩きづらかった。伸び始めた草や、木の根で転びそうにだってなる。でもオレはまっすぐに突き進んだ。

 勇大と会うのは、この山の中。明確な場所なんてない。落ち合わなくても、きっと、向こうが復讐心と憎悪で、オレを見つけるはずだ。これから血みどろの展開があるかもしれないから、この祭り会場と離れた場所でやりあおうと思って山の中へと入ったのだけれど――。

 これじゃあ、勇大と会う前に疲弊するな、なんて、頭の端で考えていると、何かの声が聞こえた。

 神社付近にいるから、神社の祭りではしゃぐ人の声かと思ったが違った。

 どうやら先客がいたらしい。

 神社から少し離れた場所――とはいっても、山の中。人目が付きにくい場所に、集団がいた。

数的には十数人。その十数人に囲まれているのは、三人。そこにいる全員が男だ。囲んでいる方は社会人がいるから、平均的には高校生以上。対して三人は、見るからに中学生だった。その小さな体を震わせている。こんな人目につかない山中で集団暴行と恐喝とは恐れ入る。

 オレは無視しようとしたが、ガタイの良い大人の男が一人の中学生の体を押す。中学生は恐怖で怯えきっていて、そのまましりもちをついた。それを見て、笑い声をあげる男たち。

 その笑い声が、がんがんと頭の中に響く。

 ――あぁ、うるさい。

 そして、悲鳴を上げる中学生三人組。

 ――うるさい。

 中学生も運がない。こんな祭りでおそらくふざけ半分で山へと入ってしまったんだろう。それを見つかってしまったのだから、まぁ、仕方がない。きっと、誰かが助けてくれるだろう。

 オレはそこから視線を外して、どんどん奥へと入ろうとした。

 でも、追いかけてくる笑い声と悲鳴が、オレの足を踏みとどめる。オレは背後を振り返る。

 そこでちょうど、オレは一人の中学生と目が合ってしまった。中学生の目には涙が浮かんでいて、今にも泣きだしそうになっている。その唇が開きかけて、でも、男たちに殴られた。

 その中学生は今、何を言おうとしたんだろう?

 悲鳴と鳴き声と、笑い声。

 求める目と、縋ろうとしても縋れない声。

 どうしてだろう。

 それがどうしても、――過去の自分と重なる。幼いあの自分と。

 そして、思い出すんだ。


『大丈夫?』


 幼い少女の、温かい笑顔を。

 その笑顔を脳裏に描いた時、オレの体は動き出していた。

 …………………。

 ………………。

 ……気づけば、目の前には男たちが唸りながら倒れていた。オレの後ろには呆然とする中学生たちが座り込んでいる。


「あの」


 声をかけられて、オレは中学生たちを見る。


「助けてくれて、ありがとうございました」


 中学生たちは見事にボロボロだった。涙や鼻水で顔がぐちゃぐちゃで、殴られた顔は腫れあがっていて、地面に転がったせいで薄汚れている。


「ありがとうございます」

「ありがとう……」


 ぼろぼろと泣く中学生に、オレは顔を背ける。

 何でオレは助けたんだろう? そう疑問に思いながら。でも、


「早くここから離れたほうがいい」


 それだけを残す。


「はい」


 中学生は頷きながら、そそくさと逃げていく。その気配を感じながら、オレはあの中学生の目を思い出していた。目が合った時の中学生は何を言おうとしていたんだろう。その唇がつづる言葉を、思い描いてみる。

 助けて。

 そう、助けて、と彼は言おうとしていた。たとえ、それが言葉にならなくても、目が助けを求めていたんだ。

 それは、昔の自分とまるきり一緒で――オレは足を止める。


「そうか……」


 何で中学生を助けたのか。


「オレは……」


 今までのオレは一人が怖くて、けれど、一人で生きていくために多くの人を蹴落としてきた。それなのに、中学生に幼い自分の過去を重ねて、そこにかつての琴音先輩の笑みを思い出して、見捨てるつもりが助けてしまった。

それはなぜだ?

 ――オレは、誰かに、助けてほしかったんだ。

 あの中学生に「助けて」と、求められた時、中学生たちの気持ちが痛いほどに分かった。それこそ目が合ったその瞬間にオレの中で、孤独という恐怖と、誰かに縋りつきたいほどに助けを求めていた感情が一気によみがえったほどだった。

 そうだ、勇大と対決するとなったあの日、湧き上がった感情はこれだったんだ。「助けを求める」ことも分からなくて、ただ、変な感情を持て余して――オレは、その時から助けを求めていたんだ。

オレは中学生に自分自身を重ねて、無意識に助けてしまうほどに、誰かに助けを求めている。

 そう、今も。胸中で暴れ狂う恐怖を必死になってなだめながら。


「はは……」


 それに気づいたところで何になる? もう後戻りはできないんだ。オレ一人で生きていかないと、オレ一人でやっていかないといけない。

 ふと、琴音先輩の顔が浮かんだ。

 琴音先輩に連絡をして、助けを求めたら、きっと彼女のことだから迎えに来てくれるだろう。助けに来てくれるはずだ。でも、それはいけない。これはオレの問題だからだ。


「てめぇ……」


 オレにやられた男たちが立ち上がる。オレにぼこぼこにされたせいで、あちこちが傷だらけだった。

 けれど、


「先約は俺だ」


 そういって現れたのは鹿野勇大だった。

 男たちが訝しげな顔で勇大を見つめて、いきなり白目をむいて倒れだす。それも全員だった。そして、神社――祭りの方からも悲鳴が上がったのが聞こえた。何が起こったのか、それすらも把握する余裕なんてオレにはなく。


「こんばんは、綾人」


 勇大が微笑んだ。優し気な顔つきをしているから、その笑みはとても柔らかなものになるはずなのに。けれど、山の中にたたずむ勇大の目は虚ろで、どこか人間離れをして、――これが本当の〝化け物〟かもしれないと思った。


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